ロイジウス達の考え
◆◆◆執事 ロイジウス◆◆◆
「ハイル様、ここ最近お変わりになられましたよね」
「確かにそうね」
メイドたちが昼食の休憩中に話している。
「頭打ってからだと思うのよ。私は絶対そうだと思うわ」
一番身近でハイル様の世話をしてきたエルファニーが言う。
「エルが言うなら間違いないわね」
エルファニーは、生まれた当初からずっとハイルの世話をしてきた。そのため、少しハイルには馴れ馴れしい部分もあるのだが、彼女のおかげでハイルが今まで耐えられてきたというのもあるとロイジウスは考えていた。実際、ハイルの一番信頼があるのはエルファニーなのだ。
「そうよ。私が言うんだから。ハイル様が倒られたことがあったでしょ? その時、私になんておっしゃったと思う?」
「なんておっしゃったの?」
「私を真剣な目で見ながらこうおっしゃったの。『大丈夫だよ。もう、心配は掛けないから』って」
「「「え? 本当に?」」」
エルファニーが少しハイルに声を寄せながら真剣な顔で言ったが、ロイジウスたちは信じられなかった。彼も思わず声を出してしまった。メイドたちの話に口を出すのははしたないので、普段から静かに立っているだけのロイジウスが、声を出したのが珍しかったのか、メイドたちの視線が集まる。
しかし、彼にとってもそれくらい衝撃的なことだったのだ。彼の知っているハイルは、そんなことを言う性格ではないのだ。
「こほん。話を続けてください」
ロイジウスは咳ばらいをして気恥ずかしさを誤魔化す。
「本当に! びっくりしたもん。あんな真剣な目をしたハイル様、初めて見たかも」
エルファニーの表情から本当にびっくりしたと分かり、ハイルが言ったのは本当だということが分かる。
ロイジウスが仕えているこのトル―ストン家は、伝説の『大賢者ハイク様』と『聖女カイナ様』の一族だ。今まで魔法の天才しか世に出してこなかった。凡人と言われる存在などいないのがこのトル―ストン家だ。分家の当主が、本家を目の敵にしっているロイジウスたち召使いは、ハイルが魔力がほとんどないということを知った時、彼は捨てられるのではないかという懸念までしていた。
ハイルの魔力が、凡人以下ということが分かって時の当主の顔は憎しみで溢れていた。流石に、本家にも赤ん坊が出来ていたことは知らせていたので、当主はハイルを捨てることはしなかったが、家の隅っこに追いやってしまった。
この分家の一家は、当主の魔法は絶対という考えが染みついてしまっていたことをロイジウスたちは知っていたが、まさか実の息子をごはんも大した量もあげず自分の憂さ晴らしのためだけに使われるとは思ってもいなかったのだ。ただ、かと言って自分たちの勝手で量を増やせるわけもなく、ハイルがどんどん弱っていく様子を何もできずにただ、話を聞くことしか出来なかったのだ。
毎回のようにロイジウスたちはハイルに無力な自分たちで、何もできずに謝ることしか出来なかった。そんな彼らにハイルはただ、『いいよ。僕が悪いんだ。僕が生まれてこなければ、ロイジたちもこんな思いをしなくて済んだのかな』と否定的な意見しか言ってこなかったのだ。
しかし、彼が『大丈夫だよ。もう、心配は掛けないから』と言ったのだ。そして、更にそこまで教えていないはずなのに、自分たちが読むことですら困難な本を読んでいたのだ。悪いところ打ったと思ってしまってもロイジウスたちは悪くはないないのだろう。
「でも、ハイル様にとっても私たちにとってもその方が良いんじゃないの? もう、私はハイル様が悲しんでおられる、自分に否定的なことをおっしゃっている様子を見たくないわ」
一人のメイドが、その場面を思い浮かべているのか、少し顔をいか目ながら言う。
「そうねぇ〜。でも、それでまた心を折られてしまったときはどうしようもないわよ」
「かと言って、それを私たちにどうか出来ると言ったら、無理じゃないですか?」
「結局私たちはまた、もう一度ハイル様がだんだん暗くなられていく様子を何も出来ずに見守っていくしか出来ないのでしょうか?」
「いや! そんなことはないはずです!」
そんなメイドたちの会話を聞いていたロイジウスは、その言葉に思わず反論してしまった。そんな彼にメイドたちはギョッとした目を向けた。
「申し訳ございません。しかし、また、もう一度ハイル様が落ち込んでいかれる様子を見るのはもうこりごりです。私たちに出来ることだってあるはずです」
ロイジウスは、慌てず、穏やかに、自分の気持ちを伝えた。その言葉にメイドたちも真剣に耳を傾けた。ずっとそばにいたエルファニーはもちろんのこと、その他のメイドたちも自分がつらい状況にあるはずなのに、自分を傷つけてまで彼女らの気を使ってくれる、ハイルのことが大好きなのだ。
「でも、どうすればいいのでしょうか? ロイジウス様はどうされるおつもりでしょうか?」
「私たちに出来ることは、当主様の命令に逆らっても、ハイル様に十分なお食事をお届けすることです。ハイル様の病弱な気質は食事不足によるものだと思います。まず、ハイル様には健康になっていただきましょう。
そして、ハイル様ももう5歳です。トル―ストン家ならとっくに魔法の訓練、ご勉学は始まっているご年齢なのです。読み書きは今まで私たちで教えて来ましたが、それ以上は出来ません。なので、私から旦那様を説得して、家庭教師を付けてくださるようにします。魔法も同じです。
ハイル様は私たちも知っているように、魔力が少ししかお持ちでなく、歴代のトル―ストン家の方々のように最強の魔法使いと言われるようになるのは、はっきり言って不可能だと。だからと言って諦めるのは早計だと思います。
魔法の道と言っても、強い魔法使いになることだけではないのです。魔導具を作る、魔導の道もあります。
ハイル様は、聡明です。トル―ストン家の血筋です。かの伝説の『大賢者ハイク様』も、魔導の天才でもあられたと言われています。今まで魔導の道に行かれたトル―ストン家の方は、あの方しかおられませんが、あのお方ならきっとハイル様を気に行ってくださると思います。きっとハイル様は旦那様たちをあっと驚かせるようなお方になられるでしょう」
そんな彼の考えに、メイドたちはハイルが輝ける将来を想像できた。そして、自分たちが今何をしなければならないのかを考え始めた。
◆◆◆転生魔術師 ハイル◆◆◆
俺は、昼食を食べた後、気配を完全に消す魔法を改良し、全くと言ってもいいほど魔力を消費しない、魔法を使ってキッチンにいた。少し食事が足りなかったので、つまみ食いをしようとしたのもあるが、休憩中のロイジが普段どんなことを話しているのかふと気になったからだ。
しかし、ロイジは全く話をせず、ただメイドが話しているのをただそばで聞いているだけだった。
「ハイル様、ここ最近お変わりになられましたよね」
その言葉がきっかけでメイドたちが俺の話を始めた。聞いていると最近のハイルの行動が前と比べて変だという話だった。頭を打ったせいだと思われているようだ。あながち間違いでもないのだが。
ハイルの記憶にもあったが、ロイジたち召使いは、魔法が絶対などというバカげた考えなど持っておらず、しっかりと家族がおかしいことが分かっていた。それでも、雇い主に逆らうことも出来ずに、自分の無力感に打ちひしがれていたみたいだ。ハイルは好かれているなと思った。
そんなとき、俺がエルに言った言葉にあのロイジがとうとう口をはさんだ。メイドたちはびっくりしていた。とうの本人は恥ずかしそうにしていたが。
俺がエルに言った言葉は、自分でも少しくさかったと後から思い出して恥ずかしくなっていたのは秘密だ。
それで、ハイルがもう二度と心を折られないためにどうすれば良いか話し始めた。もとに戻そうとは考えないみたいだ。まぁ、俺もみんなの立場だったら、そのままにしておくと思う。わざわざつらい思いをさせる必要などないからだ。
メイドたちが自分たちに出来ることなどないと言ったとたん、ロイジが大きめの声で反論した。
「いや! そんなことはないはずです!」
流石に俺もびっくりして、一瞬だけ魔法が解けてしまった。あぶないあぶない。
それから、ロイジの論説が始まった。メイドたちもその話を真剣に聞いていた。ハイルのことを考えれてくれていることがはっきりと分かった瞬間だった。
ロイジは俺を魔導師にしようとしているみたいだ。前世の俺が魔導の天才なんて情報はどこから来たんだ? 俺がいた時代には魔導など存在しなかった。そこに期待されているんだ。その期待に応えられるように、魔導もしっかりと勉強することに決めた。魔法に関係なることならば、やってそんすることなどないのだ。