第4話 月夜見の実力と追っ手 後編
…ま、それでも端から見ればヤバい僕ら。
それに対する追っ手からの反応は、かなり単調なものばかりだった。
「バ、バケモンだ!」
怯えるやつ。
「こうなったら弱そうなチビ狙うしかねーだろ!」
ヤケになるやつ。
「そうだな…女みてーな名前だし。もしかして本当に女なんじゃね?」
馬鹿にするやつ。
ギャハハハハハ…
雑魚っぽさ丸出しの下品な笑い声。
こんな奴らばかりじゃないか。
狭い世界は闇しかこの目にウツサナイ。
…広い世界に行けば、こんな闇は消えてしまうのだろうか。
どちらにせよ、こんなのは希望観念に過ぎないのだ。
「…これ以上、この世界に絶望させないでもらえるかな。」
そう小さく呟く。
辺りの空気が重く変わっていく。
ヒューーと、低く響くような風が吹く。
しかし、追っ手達は気づかず喋る。
「は?聞こえねーよ?あ、分かった!命乞いでもしてんだろ?」
「…黙れ。」
低く冷たい感情のない言葉。
さっきまでとは何だか違う雰囲気に追っ手達の頭の中では警戒音が鳴り響く。
「…お前は一体何者だ?」
勇気ある1人が問う。
「…葉宵。…対象確認、消去する。」
感情がまるで感じられない声。
だが、この場の者を惹きつけたのは変色した瞳。
元の瞳は闇夜のような紺桔梗。その色の瞳はどんな宝石よりも美しかった。
だが今の瞳は、無感情で両手を血で真っ赤に濡らす、壊れた人形のような…朱殷だった。
その色は、昔から人の血を表すために用いられてきた。
さて、これを理解出来た者は、一体何名いたのだろうか?
殺戮を連想させる色が目の前にある事の意味を。
瞳の中に『希望』の光はない。
ただ機械的な…純粋なる殺意が宿っていた。
殺意そのものが存在していると言っても過言じゃない程に、濃密で圧倒的な殺意。
それに当てられ、全く動けない対象を、糸で縫い上げるように少ない回転数と動作で切り捨てる。
後には、唯の肉片しか残っていない。
あまりの早さに飛び散った血が花のように空間を彩る。斬る姿は舞う様にしなやかで美しい。
周りにはそう見えてしまうのだ、残酷なまでに華麗な消去行為は。
愛刀、舞斬華の由来は此処から来ている。
勿論、チビ・女言った奴は木っ端微塵にした。
自業自得だし、雑魚キャラ感満載だったんだよ。
ちなみに、葉宵モード時の思考は、完全にならない限り僕のままだ。
チッ…また出てきた、それも2人。
僕に対する軽蔑の視線付き。
それも複雑さを滲ませた、キモチワルイやつ。
…って、何気に挟んできたし。
相手に動きは…無いな。
time limitまで時間がないというのに。
完全な葉宵になりたくないんだけど。
さっきの糸流斬だって、あれ以上のスピードで動けば、慶兄や向日葵を巻き込む羽目になる。
元々、糸流斬は並の人間では風が吹いたという認識しか出来ないほどの速さで動き、敵を抹殺する暗殺術。
そんなもの一度でも喰らえば、即死或いは手傷を負う事になる。
この殺気に当たっても、動揺すらない。
おそらく、かなりの手練れなんだろう。
って事は、他の奴らは数で足止めする捨て駒ってところか。
でなきゃ、裏山の結界なんて破れる訳がない。
…内部に協力者がいるなら話は別だが。
はあ…面倒な奴が相手みたいだ。
ま、成るように成れ、だな。
おっと、その前に…
「慶兄、向日葵。早く祠へ。俺が殺られたら…慶兄頼んだ。」
視線と気を逸らさずに声をかけた。
こうでもしないと、2人の安全は保証出来ない。
祠が開かずとも、攻撃圏内から離れてもらわないと、不味い敵かもしれないし。
「頼んだって…はあ、分かったよ。向日葵、行くぞ。」
慶兄はスッと向日葵の手を取り、走り出す。
その姿は姫を連れ出す王子様のよう。
ここに白馬があれば完璧だろうに。
「待ってよ、兄様!それでは、兄上が!」
2人が離れた事を気配で確認し、僕はさらに深く意識を集中させていく。
相手の息遣い、心音、動作…その全てを認識下に置くように…
「…なあ。お前の剣術って殺人剣術だろ?そっちの2人とは雰囲気がまるで違う。雰囲気だけなら、人間じゃないぞ。」
背後にいる男が不意に話しかけてきた。
声に震えはなく、単純に気になったから斬り合う前に聞いておきたかった、というところなのだろう。
こっちからすれば、傍迷惑な事だがな。
「…当たりだ。だが俺は人間だ。」
無感情で抑揚のない、冷えた声が空気を切り裂く。
「そうか……で、最後に1つ聞く。お前、年はいくつだ?」
さっきから…何なんだ、この男?
斬り合う定めの者と話すなど…呑気にも程がある。
漫画やアニメじゃないんだぞ…これは。
待った無し、斬られたら死ぬ…リアルなんだよ。
それを分かってんのか?
「…8歳だ。これで満足か?」
殺気を瞳に集中させ、鋭く睨む。
こちらの意図を察したのか、男は閉口した。
もう、時間的猶予はほぼ無い。
早めに片付けるとするかな。
両者共に剣を構えた。
先に斬りかかって来たのは後ろの男。
その刃を『後ろを向いたまま』避け、素早く後ろに振り上げた右足の靴底で蹴り飛ばす。
動揺の色を見せる男に、左足も振り上げ、バク転しながら両足で剣を蹴り折る。
そして折った剣身を、着地して直ぐ右回し蹴りで心臓目掛けて弾き飛ばす。
「ゴハッ!」
その間、僅か0.5秒。
何が起きたのか把握出来ぬまま、あの世行き。
これは、豪蹴折と呼ばれる不意打ち戦法で体術の一種だ。
まあ…普通は靴に鉄を仕込んだ上でしか出来ない。
普通の靴では、逆に足が斬れてしまうからだ。
僕の場合、体に魔力を纏わす魔体術、纏を利用してやっている。
正面の男は、僕が背後の男を消去すると同時に、斬りかかってきた。
何の迷いもない純粋な太刀筋だ。
…だが、それではこのモードの僕は倒せやしない。
少し体をずらしただけで避けられるくらいのレベルだから。
ずらした状態から、がら空きの懐に入り込み、愛刀1つで何度も何度も無数の十文字を刻みつける。
十封字斬。
それは相手の腕が伸びきり、武器が身に届かぬ状態で、身体に何千個もの十字傷を付け、攻撃をする間も与えず、腱を全て斬り、動きを封じる技。
殺人剣術の一種だ。
こんなの喰らって生きてたらもはや人外の存在…バケモンだ。
一般的には、これを出来る僕の方が、バケモンに見えるだろうが。
「こんなものか、な?」
グルグルと視界が歪み回ってきた。
そろそろ…time limitか。