第3話 カオスと青天の霹靂
ふわふわと浮かんでいるような感覚がする。
それは心地よくて表情が緩んでいく。
しばらく経った後、温かい何かに撫でられた気がした。
反射的にそれに擦りよってしまった。
「可愛い……ああ、可愛すぎるよ……ふふふ…」
…身の危険を感じるその声が耳に入ると同時、目を開けた。
闘うなら敵を見た方が色々と困らないからだ。
「んんっ………!…お、お前ら誰だ!?」
瞼の向こうには何十人もの子供達がいた。
少年少女、低身長高身長、髪の色等々…
こんな視覚情報他、様々な形で一度に入ってきたのだ。そりゃ脳だって混乱する。
お陰で声は裏返るわ、動揺するわ…もう散々な事態になった。
「あ、起きたぞ!」
「本当だ~!」
「せんせぇ~、あの子起きたよぉ~!!」
「やった~!今日はご馳走だぁ~!」
小さい子達の反応(一部抜粋)
「こんな可愛い子が…男の子だなんて……か、か、神様、ありがとう!!」
「この変態が!お前は黙っとけ!」
「ああ、怒らせちゃった。本当学習しないよね。」
中学生~高校生ぐらいの人達(一部抜粋…ホモ約1名はかなり例外的。ツッコミ&野次?他)
「コイツ本当に男なん?身体とか見た目モヤシやし…って、ヤバい!コイツ身体ムッキムキや!」
ちょっ、徐ろに服脱がすなよ、関西弁野郎!
で、ペタペタ触んなし!
てか自分、そこまでムキムキじゃないし…
「マジか!でもムキムキの癖に…なんだこのエロさは!?」
撫でまわすような触り方に悪寒が生じた。
「ひっ、やめっ!そんな触り方、すんな!…この変態ショタコン野郎!」
思いっきり顔面殴ったらどっかへ吹っ飛んだ。
…というか、これ何だよ!
カオスにも程があるだろ!?
集団に普段囲まれないようにしていた俺は…ついに…
「…ううっ、ひっぐ…もう…何なんだよぉ…!…怖いじゃん、かぁっ…ばかっ、やろぅ…!うぅ…もう嫌だぁ!…というか…ここ、どこぉ…?」
「…あの腹黒が教えてくんなかったから分かんないし……今度見つけたら、しばくっ!」
…泣き出した。同時にしばく宣言もした。
涙が落ちた場所は凍っていき、たちまち辺り一面アイスリンクのようになった。
その様子を見た周りはあわあわとしだした。
一人は原因を怒り、一人は先生とやらを呼びに行き、一人は背中さすってくれ、一人は泣きやませようと変顔をしだし……と、三者三様の反応をした。
この場合、四者四様とでもいうべきか?
とにかく、一言で言えば『カオスがさらにカオスになった。』って感じだ。
「何だ何だ…引っ張るなよ。」
「先生、早く早く!あの子が大変なの!」
「はあ…はいはい。分かったから一回落ち着け。」
「みんなぁ~先生連れてきたよぉ~!」
その言葉でみんなある程度静かになった。
先生ってやつのパワースゲェな。
そんな関心を抱くうちに、涙は止まってきたが、完全には収まらず、ついには壁まで氷に包んでしまった。
「うわ、何じゃこりゃ!?ガッチガチじゃねーか!何手間増やしてくれてんだ…」
頭を抱えながら出てきたのは…
「お前かよ!?」
「何だよ、僕じゃ悪いのかよ。冷夏君。」
風鈴寺 凪だった。
はあ…期待して損した。
「…ていうか、お前には一発お見舞いしないとな…」
ある刀を生みだしながら、男に目を向ける。
さっきまで寝ていたベッドから少し離れた位置にいた男に近づくには、一歩で十分だった。
一足飛びで間合いを諭させないよう距離を詰めた。
「は、ちょ、待てって!忘れてたのは謝るからさ。その武器しまって!てか、その刀何だよ!?青い炎!?」
…おい、ちゃっかりゲロってんじゃねーよ。
聞き出す手間省けた以外に何の得にもなってないし。
そんな考えを巡らせながら、青い炎を刀身に纏し刀…青炎刀を構えた。
「おいおい、腹黒さんよ…この落とし前付けてもらうぜ…」
その言葉と共に切り替わる。
地面スレスレまで沈み込み、刀を小太刀サイズにしながら五体を繋ぐ関節に刃を入れる。
念のため、自動結界を張りながら行う。
朱殷の瞳は刹那の間、煌めく。
最低限必要な動きで体を捻り、揺り動かした。
その時間、僅か3秒。
起きたばかりでなければ1秒半で済んだであろうその作業はモードの切り替えを素早く行うことによって成り立つ。
瞳の変化、雰囲気の変化を読み取る事は不可能ではないが、読み取ったところで回避出来れば良い方、最悪それでこの世とおさらばなんて事に成りかねない。
全ての作業の出来をチェックしようと、一瞬停止した。
キンッ
その瞬間、背後から首に腕を回され、サバイバルナイフが当てがわれた。
「くっ…!」
「チェックメイト…だな。」
耳元で囁かれた言葉で敗北が決まった。
…何故だ。
何故、自動結界並びに青炎刀での攻撃が効いていないんだ。
この男は…一体…
「…お前、何者だ?何故あれが効かない……」
「はあ…あのさ、いきなり襲ってくるとか…君は礼儀というものを知らないのかい?ちなみに、君のあのモードは既に体験&対処済み。それにさっきも言ったでしょ?ここは大人以外魔法が使えないって。全く…君の方が異常だ…何故魔法を使えたんだか。」
悩ましげな声でご丁寧な説明をされたが…
「…そろそろ離してくれない?…野郎に囁かれる趣味は無いんだけど。それとも何?お前もショタコンなのか?はあ…あとさ、この格好ってどうにもならない訳?」
提案のオンパレードでペシペシとコイツの腕を叩く。
「離しても攻撃しないならいいさ。それに自分はこんなお子ちゃまでなくても、そこらへんは間に合ってんだ。」
いや、間にあってるとか知らねーよ。
「しないし。自分的には攻撃するより、この格好どうにかしてほしいけど。それに…」
一度切り、言葉を選ぶ。
「今の自分じゃ殺せない標的だからだ。レベルが違いすぎる。それぐらい手合わせすれば誰だって分かるさ。本当は手合わせ無しに判断するべきところなんだろうがな…未熟過ぎて、まだそこまでいってない。」
歪んだ笑みを浮かべ、そう繋げた。
「そーかよ。」
そう言って、コイツはナイフを離した。
「それとな…」
さらに、言いづらそうに頭を掻き、こちらにチラリと目を向けてきた。
「何だよ、何か文句あんのか。」
それが心底気に食わなくて、鋭く睨んでみせた。
「お前今、上半身丸見えだぞ。それに、髪も乱れまくってるし…ぶっちゃけ事後みたいになってんぞ。もっと分かりやー」
「ギャアアアアア!それ以上言うな、馬鹿野郎!!」
言葉につられて向けた目の先にあった…あられもない姿に顔面真っ赤にして男を殴った。
だが男はそれを避け、逆に腕一本で支えられた。
「おっと、危ない危ない…」
「ううっ……恥ずかしさで死ねるぞ…これぇ…」
バタバタ動いてもビクともしない事以上に、腕一本で軽く支えられた事の方に傷付いた。
「よっと…はあ、とりあえず今はコレ、羽織っとけ。」
抵抗するのを諦め、同時に冷静になってきた頃、男は自分を割れ物でも扱うように、そっと立たせ、着ていた黒いパーカーを羽織らせた。
「……何の真似?」
俺にはその行動の意味がわからなかった。
「はあ…こういう時はありがとうって言うんだがな…全く、愛想の欠片もないな。それに着替えるにしてもここに服はない。移動するのにそれじゃあ…色んな意味で問題になる。」
遠回しに核心に触れないようにしている気がした。
「は?確かにこのままじゃ移動出来ないだろうが……というか、何で移動する必要があるんだ?」
「…君がいきなり来るからだよ。小さすぎて、お古はみんな着れないし、採寸しようにも重症患者に無理は強いれないし…ま、つまり君の服がないってことだ。」
……今何と?
小さすぎて、お古さえ着れない?
採寸しないとサイズがない?
脳に雷でも落ちたかのような衝撃が走った。
「…じゃあ、俺のリュックの中に入れた服にすればいいだろう。あと2セットはあるはずだ。それに俺の刀はどうした?」
何とか切り替え、提案した。
「ああ、あのリュック…あれ今研究室で分析中。珍しい物好きな人の目に止まったんだ。君の正体があまりにも異質…というかデータがなかったんだ。全人類のデータの中に、君の名前…その他すべて。唯一、最近登録したギルドカードにだけはデータがあったんだ。」
………ッ!?
「…君は…本来、この世には居ないんだよ。人間として存在が認められてない人間という事になるからね。…つまり、君は人間じゃない。…異界の者だ。」
…青天の霹靂だった。
異界の者と聞いた瞬間、右胸と左手首に激痛が走った。しかも今回はそれだけじゃない。
周りの声が聞こえない…
視界が白黒になる…
呼吸ができない…
何も考えられない…
ただ痛いんじゃない。苦しいんだ。
身体中から汗が吹き出し、体温が急激に上昇、血液はグツグツと煮え滾る…
そんな状態の時だった。
不意に誰かの手が背中を摩った。
「落ち着いて。まずは深呼吸。私に合わせて。」
穏やかで、芯の通った真っ直ぐな声。
その言葉は何故か俺の耳に届いた。
「吸って~、吐いて~。吸って~、吐いて~。」
突然すぎるその言葉に脳は混乱し、体は本能的に動き出した。
「…すぅ…はぁ……すぅ…はぁ……」
声に合わせた呼吸は少しずつ酸素を取り込み、二酸化炭素を排出する。
空気の循環が行われると必然的に全身に酸素が行き渡るようになる。
その結果なのか、次第に苦しさは無くなり、激痛も治まっていった。
周りの声はザワザワしていて、視界もクリアになり、呼吸も正常に戻った。
「ふぅ……やっと落ち着いたみたいね。もう大丈夫?痛いところ、ない?」
ほんの少しだけ感じ取れた優しさが俺を安心させる。
本当は溢れんばかりの優しさで満ちている言葉や行動の数々だが、俺にはほんの少ししか感じ取れない。
「…ない……もう、平気だ………あ……」
「あ…?」
安心と不思議が混じった声。
おうむ返しのように、最後の一言を返す。
「…あ…り……が……とぅ………」
消え入りそうな声しか出なかった。
顔だって熱い。多分耳まで真っ赤だ。
そんな情けない姿で初めて言ったセリフ。
「うん、どういたしまして!」
そのセリフはちゃんと届いたみたいだ。
嬉しそうな声はトーンが上がっていた。
「…え?…今、この子……何て言った?」
「…小さすぎてよく聞こえなかったけど。」
「なんか、『ありがとう』って言ってたぜ。」
「マジで?お前よく聞き取れたな。」
「いや、しかし……この子が『ありがとう』って言った時の赤面具合からして…初めて言ったんじゃねーか?」
「うっわ、それならマジでレアもんやん!」
「しかし…一貫して言えるのは……」
⦅この子、可愛すぎる…天使か!…ツンデレか!⦆
「…だろうね。」
みんなの心の声が一致した瞬間だった。
「とりあえず、お洋服をちゃんとしたものに替えなきゃね。」
コクリ
肯定し、伸ばされた手を握った。
「先生、この子代わりに連れて行きますね。」
「あ、ああ…助かるよ。じゃ、じゃあ…よろしく。」
かなりきょどった声をあげ、男は役割を押し付けた。
さっきの部屋から出て、右左と何回か曲がった時、動きが止まった。
「ここよ。」
コンコンコン
三回ノックが廊下に響く。
「開いてるわよ。」
落ち着いた声がドアの向こうから聞こえてきた。
「失礼します。」
それを合図にドアを開け、入っていく。
俺は為すがまま、部屋に入る。
「じゃあ、早速採寸するからそのパーカーとシャツを脱いで。」
「……分かった。」
仕方なく従い、ぱっぱと脱いだ。
白く細い、しなやかな筋肉質な身体が露わになる。
「…!…ウエストから測るから、腕を軽く上げていて。葵ちゃん、記録よろしく。」
「…あ、はい!」
バタバタバタ…
そんな調子で、10分ぐらいじっくり掛けられて、全身を隈なく測られた。
と、言っても服に必要なところだけな為、指示に従って大人しくしてたら、いつの間にか終わってたという感じだが。
「はい、終了。葵ちゃん、記録見せて。」
「は、はい。」
バインダーに挟まれた記録用紙に目を通すこと、約1分。
「…覚えたわ。じゃ、こっち来て。」
後について、カーテンで遮られた部屋の半分側へと向かった。
シャアッ
勢いよく開かれたカーテンの向こうには…
「うわっ………!これ全部服…?」
大量の服が衣紋掛けに掛けられ、ハンガーラックに吊り下げられていた。
その数、およそ一万。
「ええ、そうよ。さっき測ってる間に魔法で作った…オーダーメイド品よ。」
「これ…全部自分用とか言わないよな…?」
引きつった顔と声で聞いた事は満面の笑みを浮かべた頷きで肯定されてしまった。
「ま、念の為全て試着してもらうけど。葵ちゃん、手伝って。」
「はっ、はいっ??」
かなり戸惑っていたのか、声が裏返っていた。
着せ替え人形状態で大量の服を試着されられ、疲労困憊になり、試着が終わったかと思えば、今度は風呂&整髪・散髪へ。
脱衣所で身包みを引っぺがされ、腰にタオルを巻くと同時に風呂へ。
身体を泡だらけにされ、くまなく洗われた後、タオル生地のガウンを着させられた。
その後、髪は濡らされ、伸びに伸びた髪を切られた。
巧みな手つきで行われた散髪は、目にも留まらぬスピードで終わった。
腰ぐらいの長さだった髪は肩甲骨の中間あたりまで切られ、大量の髪は梳かれ、さっぱりした。
気づかなかったが枝毛があったらしく、大幅なカットに踏み切る羽目になったそうだ。
散髪後、花の香りが鼻腔を擽るシャンプーとトリートメントでダメージや汚れを取り除かれた。
ちなみに、このトリートメントは一回するだけで髪のダメージが一掃される魔法加工付きで、値段はお高めな10万円。
そんな高いのがたっぷりと使われた髪は、ダメージ等が消え、良すぎるぐらいの髪質に変化した。
きっかり3分で流され、何処から出たか、柔らかいバスタオルで身体中を拭かれ、特に髪は丁寧すぎるほどしっかりと水気を取られた。
風呂場から脱衣所に戻った自分は、渡された服を着た。
渡された服は…
・ゆったりした白のドルマンセーター(丈長め)
・黒のスウェットパンツ
・クリーム色のモコモコ靴下
…と言ったラインナップだった。
サイズもあっており、動きを制限されない事に満足した。
服を着た後は椅子に座らされ、ドライヤーで乾かされた。
櫛を併用し器用に、そして丁寧に行われた。
サラサラ~
という効果音がついても可笑しくないほどに、髪通りの良い髪はとけばとくほどに、輝きを増し、天使の輪なんて当たり前にできるほど美しく整えられた。
「はい、完成。どんなもんよ!」
満面の笑みを浮かべ、高らかに終了を宣言した。
「本日はありがとうございました。それではこれで失礼します。」
ぺこりと頭を下げ、部屋から出て行った。
行きと同じく手を引かれてる自分は会釈程度で、その場を後にした。
「はい、お疲れ様。」
手を振り、見送ってくれた。
やや浮き足めいた足取りで、元の道を引き返した。
…かと思ったら、今度は全て左に曲がっていき、着いたのは先程の食堂だった。
ガラガラガラ…
引き戸を開け、先に中に入った。
「本日の主役、連れてきたわよ!」
うおぉおおおおおおおおおお!
…かなり騒がしいのが伝わってくる。
「じゃ、入って。」
手招きされ、無言で頷き、足を進めた。
今回はサイズぴったりのスリッパなため、コケる心配はない。
少し緊張しているが大丈夫だ。
後ろに続いて敷居を跨ぎ、中へと進んでいった。




