第2話 お爺ちゃんと腹黒
歩きながら軽く今の格好を確認したところ、かなり緩々だった。
いつものポニテが、左肩にかかるような高さで、左下あたりで緩めに結われ、結う紐も紺のゴムから赤く長いリボン紐に変えられていた。
ベッドで寝やすいようにとの配慮なのだろうが、端から見れば、事後の遊女同然だ。
正直言って、かなり恥ずかしい。
服は…
・水色のセーター
・黒のパンツ
・グレーの靴下
・黒のスニーカー
・茶色のダッフルコート
・茶色いチョーカー
・赤紫のマフラー
・手袋
…という格好から、
・ブカブカの白シャツ
・(履いていないように見える)短パン
・ブカブカのスリッパ
…という風にチェンジしていた。
まあ、右手首の銀の鈴付き腕輪、右耳の暁のピアス、左耳の宵のピアスは付いたままだったが。
着替えさせてくれたのだろうが…
いくら小さいからって…これは無いだろう?
見た目的に彼シャツ着たショタだ。
児童部とかいってたくせに、全然配慮されてなくないか!?
まさか、そんな趣味全開な奴いないよな…?
いたら確実に職権乱用魔って呼ぶ…いや、絶対そうする!
そんな下らない決意表明をした頃、男は急に止まった。
あまりの急さにそのまま背中に衝突した。
「ここが食堂…って、なんで涙目?」
「…煩い。それより、いい加減…ここが何処で何で連れてきたか、説明しろ。」
半笑いの男をキッと睨み、手を振りほどいた。
スリッパを脱ぎ飛ばし、男と距離をとる。
「ここが何処かも知らないで来たのかい?全く…じゃあこの声に覚えは?」
そう言って、溜息をつく男は呆れた…というよりかは呆れすぎて笑えるとでもいいたげな表情で聞いてきた。
「…無いが。…何か問題でもあるのか?」
首を傾げるしかない此方としては、妥当な反応をしたつもりだったが、男は面倒そうな顔をした。
「…仕方ない。」
男はそう呟くと、無詠唱で激しい風を巻き起こしてきた。
必然的に瞼は閉じられ、顔は背けられる。
…その時だった。
ーーー君、いつの間に記憶喪失になってたんだい?
ーーま、今の君も十分面白いけどね。
ーもう分かったかな、冷夏君?
その声と共にゾクリとした視線を感じた。
…あの時と同じだ。
船から逃げる羽目になった原因。
そして、何故か自分を知っていたその声。
混乱していて気づかなかったが、その声は頭の中に直接響いてくる。
…恐る恐る顔を正面に戻し、目を開いた。
…そこに居たのは、黒い笑みを浮かべた男だった。
名を確か…風鈴寺 凪。
「…お前があの声の主だったのか。」
某探偵漫画のセリフに似ているようで似ていない言葉を投げ掛けた。
それは一種の確認。
…殺戮しても問題ないと言う意味での。
「そうだけど…目、怖いよ?」
少し頬を引きつらせ、笑みを浮かべた男は指摘した。
…無視して話を進める。
「…訳を聞く。何故このような事をした。意図的なのは察しがつく。生きるも死ぬも返答次第だ。」
低く重い言葉と共に殺気を飛ばす。
強者でさえ立つのがやっと、というレベルで。
「…ほほう。僕に喧嘩売るんだ…でも、そんな戦闘に不向きな格好でどうするんだい?刀もない。それにここでは大人以外魔法が使えない。」
男は言葉を切り、印象付けるように威圧をかけてきた。
濃密で重い、唯の威圧ではあり得ない…
「…さあ、どうする?」
…殺気だ。
「『さあ、どうする?』じゃない、このアホんだれが!」
バッシーン!
物凄いスピードで繰り出されたハリセンが男の脳天に甲高い音と共にぶち当たった。
「痛って~~~~~??」
心からの叫び声が辺り一帯を占拠した。
…ご愁傷様。
そっと心の中で手を合わせたのは余談だ。
「…誰?何でハリセン?」
浮かんだ疑問が零れ出す。
「少年よ、うちの若僧が失礼した。ワシは八都辺 雷蔵だ。このハリセンは気にしないでくれ。よろしく。」
ハッハッハ~と言いそうなほど元気なおじいちゃんだった。
差し出してきた手や顔には皺が見られ、お年を召しているような気がしたが、昔はさぞかしモテたであろう容姿は未だ健在で、ダンディという言葉が似合いそうだった。
差し出された手を握り、目を合わせた。
「よろしく…お願い、する。ち、ちなみにおじいちゃん、いや…八都辺、さんは…ここで何をしているの…です…か?」
滅多に目を合わせないためか、次第に声は小さくなり、顔は熱くなっていく。
…マジかよ…こいつこんな顔すんのかよ??ってブツブツ言ってる誰かさんは無視する。
「そんな畏まらんで良いぞ。好きなように呼べばいい。いや~しかし、本当にめんこいのう…孫がいたらこうだったのかもしれんな……って、すまんすまん。お主には関係なかったな。」
遠い目をしたおじいちゃんは、どこか淋しそうだった。
その姿は誰かが不意に重なった気がした。
優しげに笑う…
「うっ、ああっ、痛ぇ…何、で…今…あぁああああああっー」
右胸と左腕にあの黒い紋様が浮かび上がり、唐突に激痛が駆け巡る。
あまりの痛みに俺は立ち崩れ、床を転がった。
その後すぐ俺の腕に何かが刺さる…そんな感覚が微かにした。
同時に意識が薄れていった。
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「まさか…このような事になるとは……」
厳しい目をした老人は床で意識を飛ばしている少年に視線をやった。
「あの計画の被験体…ハヨイ レイカ。同一人物に間違いありません。しかしながら、この紋様は…」
小型の注射器片手に男は困惑していた。
「記憶・感情操作の一種だろう。昨日の段階では解明しきれなかったが……あの男しかいないだろうな。」
苦虫を潰したような顔で老人は告げた。
「ですが、あの男はもう…!」
その言葉を聞くや否や、怒りを堪えた様子の男は壁に拳を叩きつけた。
そんな会話が続けられる中、少年は意識を完全に失った。
それを見計らったかのように、少年を抱え上げた男は老人と共に立ち去った。
会話は防音が施された食堂や他の部屋にいたものに聞こえるはずもなく、そこにいた事自体誰も気づかなかった。




