第1話 『僕』との対話と尋問
暗い暗い闇の中…自分は彷徨っていた。
何処に向かうでもなく、ただ歩き続けている。
ふと、横を見ると自分と同じ背格好、同じ顔の子供が大きな氷のような結晶の中にいた。
その結晶は淡い水色の光を発し、存在を主張しているかのようだった。
「これは…一体?」
流石に、自分そっくりの奴が目の前にいて驚かないほど鈍感じゃない。
「僕は過去の君です。」
結晶の中から声がした。
自分の声に似ているようで、違う。
その声からは柔らかさを感じた。
「『僕』…?自分は自分って一人称のはずだ。そんな喋り方もしない。」
「君は人格形成プログラムによって作り出された新たな僕です。違うのは当たり前ですよ。」
小さな子供に語りかけるようにそう言ってきた。
「人格形成プログラム…だと?一体自分は…何者なんだ?」
混乱が支配し始めた自分は、声を荒げ『僕』に問うた。
「…それは、僕にも分からないんです。物心つく前から、狭く異常な家の中に閉じこめられてたんですから。」
困ったような声で返してきた。
「…狭く異常な世界ってなんだ?」
「うーん、簡単に言うと『自由と外部との繋がりが一切無い世界』ですかね。まあ、あんまり僕について詮索しない方がいいですよ。」
さらっと忠告めいたものをしてきた。
「何故だ?」
「…左手首と右胸に黒い紋様が浮かび上がり、それを阻害するために激痛を浴びせるからです。君もそれを受けてここに来たんですよ。でも君の場合、気を失った後、誰かに助けられたみたいですね。どうやら、そのおかげで君は元に戻れるみたいですよ。」
さっきから気になることを沢山言っているが…
要約すると…
「…つまり、また自由に動けるってことか?」
「はい。おっと、そろそろ時間みたいですね。」
そう彼は、体内時計が正確なのか、時計も無しにそんな事を言い出した。
「…また会えるか?」
そう聞かなければ、今にも消えてしまいそうな気がして、そんな問いを投げかけた。
「ええ。いずれまた機会があれば…君は僕、僕は君ですから。」
曖昧な笑みとボカした答え。
それは意味深かつ明確な別れの言葉に思えた。
そして同時に、自分は意識を覚醒させていった。
「…託したよ。僕らの繋いだバトンを、君に。」
…最後に聞いた声は、何だか少し寂しそうに感じた。 弱く儚い声とは裏腹に、意味深に終わらせた。
「んんっ……」
薄っすらと開いた瞳に映ったのは、白色の何かだった。
ガタン
何かが落ちる音と共に足音が聞こえた。
「…目覚めたわ!」
ソプラノの声が少し遠くから響いてくる。
ぼんやりとした意識の中で次第にはっきりしてくる視界は再度白色の何かを捉えた。
それは白い天井だった。
右側にはカーテン、左側には出入り口が見える。
「…病院?」
知る限りの知識全てから導き出した答えを呟く。
起き上がろうとしたものの、腕に刺さっている点滴やマスクがあって、上手くいかなかった。
点滴とマスクを無理矢理外し、再び起き上がろうとした。
…が、しかし今度は両手両足を光る拘束具…いや光束で縛り付けられ、身動きが取れなくなった。
しかも、もがけばもがくほどキツく絞まるため、まともに動けない。
仕方なく自分は起き上がるのを諦めた。
今の光束はあらかじめ設定してあったものだろう。
でなきゃ、気配も無いし突然こうなるはずが無い。
「あちゃー、やっぱりそうなったか…!」
唐突に、やっちまった…とでも言いたそうな声が聞こえた。
反射的に声の主の方に目を向けると、そこには腹黒そうな若い男が右手を額に当て、悩ましげに首を左右に振っていた。
「…誰?」
光束から微かに感じる魔力の流れが、この男に繋がっている。
その魔力に不純さはあまり感じない。
『魔力の不純さ=術者の悪意・深層心理』と立証されているこの世界では魔力がある意味、生命線のようになっている。
俺はこの男の魔力に、悪意がほんの少しだけ混じっていた事から、警戒を強めた。
「こんなに警戒されてるって事は…僕に見覚えないって事だよね?」
コクリと首を微かに動かし、肯定する。
すると、その男は重くため息をつき、自己紹介を始めた。
「…俺は、五星島騎士団第5部隊兵士長、花宮 祐だ。こういっても反応なし…か。ま、今言ったのは仮の役職だから、あんまり気にしなくていいや。」
「…本名、本職は?」
言い逃れできないよう、すかさず切り込む。
「…全く、前とは大違いだ。はあ…僕の本名は風鈴寺 凪。五代名家の1つ、風鈴寺家長男だ。ま、後継者は長女の七瀬の方だから、名前だけ覚えてれば問題なし!本職は魔法・魔術研究所、児童担当・副教授。」
「…五代名家…風鈴寺家長男?…何だ…それは。そんなに有名な家なのか?」
聞き覚えの一番ないものから聞いていく。
だが、男は急に深刻な表情を浮かべ、こちらに近づいてきた。
男がさっきまで居たのは、入り口付近。
何やら、此方の様子を伺っているようだった。
「…知らないのか?本当に…」
「知らんものは知らん。」
戸惑いの表情を見せ、聞いてきた男にキツく切り返す。
話が進まないからだ。
男はそれを察したのか、1つ咳払いをし、話題を変えた。
「今から聞く事に正直に答えてくれ。嘘が見受けられ次第、光束使用での拷問となる。これは君の身の振りを決める事になる…所謂、尋問だ。心してくれ。」
真摯な姿勢を示し出した男に負けじと、しっかりと頷く。
「よし。では早速始める。まず君が把握している自分自身に関する事からだ。…君の名前は?」
「冷夏。」
懐から手帳のようなものを出し、答えた事をスラスラと書き込んでいる。
「出身地や現住所は?」
「分からない。」
複雑そうな表情をしながら、また書いている。
「家族構成は?」
「知らない。」
飽きもせずスラスラとペンを滑らせている。
…よく飽きないものだ。
「生年月日、血液型、星座は?」
「聞いた覚えがない。」
今更気づいたが、これは多分報告書に纏めてから提出する為に行われている…ただの本人確認だろう。
魔法・魔術研究所…名前からして、魔力などの研究をしているはず。
ならば、必然的に調べられているはずだ。
自分の知らない俺の事も。
そんな考えに至りながらも、聞かれた事に素直に答えていく。
嘘などつく必要ないしな。
あの刀もリュックも手元に無いんじゃ逃げ様にも逃げれない。
だが、素直に答えてやればやるほど、男の表情は曇る一方…それが少し気掛かりだった。
1時間ぐらいで尋問という名の本人確認が終わり、無事に光束も解除された。
男は最後に身体に異常はないかを確認し、俺を起こしてくれた。どうやらベッドの上で眠っていたらしく、いつの間にか、身体が軽くなっていた。
ベッドから降ろされた俺は、男に手を引かれ、部屋から出た。
出る際、床にあったブカブカのスリッパを引っ掛け、歩き出したため、何度も転びそうになった。
ま、その度に男に支えられ…というか抱き留められたが。




