第14話 地方都市と雪
『身の安全が確認されました。これより月夜見 冷夏に戻ります。返り血の処理は既に加速・光発動時、清潔化を使用し完了しています。付近の港を検索…1件該当します。地方都市パルマードの敷地内と特定。都市付近より徒歩での移動に切り替えます。』
自分が目覚めたのはとある森の中だった。
だが、それは加速・光でその森を移動している最中だった。
薄暗い中、ひんやりした空気が身体中にビシビシと当たり、体温は下がり続けてる。
探知を発動させると、近くに都市がある事が判明した。
加速・光から加速・波に切り替える。
波は術者や指定したものを指定した海が波打つスピードで動かすものだ。
先程よりもゆっくりとしたスピードで移動しているため、怪しまれる事はあまりないだろう。
暫くすると木々が消え、だだっ広い原っぱの中に一本道が通っているところに出た。
減速を使い、速度を落としながら、一本道へと歩みを進めた。
多分この道を歩いて都市へと向かうのだろう。
遠くに人影も確認できる。
流石に都市というだけあって、この位置からでも城壁に囲まれているのが見て取れた。
城壁があるのなら、当然入り口となる場所には兵士がいる。
今の自分は、身分証の類が一切無く、記憶…思い出の部分は皆無と言ってもいいほど、まるで思い出せていない。
つまり、状況から見れば『身寄りのない身分証もない不審な少年』となってしまうわけだ。
このままでは港どころか、都市にさえ入る事ができない。
「行くしかない…か。」
焦りだした思考回路を無理矢理断ち切り、都市へと続く一本道を歩き出した。
着の身着のままに脱出してきたため、服はすっかりボロくなった病衣、靴や靴下は身につけていない。如何にも、訳ありですよ感満載の格好だ。
果たしてそのような状態で、本当に都市へ入れるのだろうか。
そんな不安を他所に足は動き続ける。
リュックの中身も確認したが、入っていた服には…何故か血が付着していた。
それも、カピカピに乾いて変色していたため、着ようにも着れなかった。
清潔化を使うにしても、1週間以上経過した汚れは落とせないようになっており、感覚的に半年程眠っていたらしい自分の服はお役御免。
速攻でゴミ箱行きなわけだ。
そうこうしているうちに、城壁がはっきりと捉えられる距離にまで迫っていた。
仕方なく、そのままの格好で行くことにし、髪を括り直し、堂々とした態度で歩く。
「君、身分証見せてくれないかな?」
城壁前で若い兵士に止められた。
背は高く、年は20歳前後だろうか。
「身分証はない。」
「じゃあ、親御さんは?」
察しろ、というのは…今の世界では難しい話か。
より平和になった世界では、あまり無い事だからな。
「身寄りがない。」
「…そうか。」
これで動揺しないとは…流石は門番と言ったところか。
「身分証無しでは入れないのだろうか。つい最近まで世から離れて生活していたんだ。お陰でこの辺りのこともさっぱり分からないよ。」
「私一人では判断しかねるな。少し待っててもらえるか?」
最初から、上司を呼ぶなりすれば良かったのに。
効率が悪すぎるじゃないか。
「はい。」
…5分ほどで上司らしき兵士が現れた。
「えっと、君が身分証無しの子かな?」
見た目で判断したのか、かなり小さい子に向けて使う喋り方になっていた。
「ええ、まあ。ちなみに身分証はすぐに発行できるのだろうか?」
発行できるなら、さっさとしてほしいのだが。
「身分証は街の中のギルドで作れるんだが…ちなみに君、歳は幾つ?」
「…8つだ。」
そういうと兵士2人は目を見開いた。
なんだよ、その反応。
背低くて悪かったな…
「じゃあ、俺についてきてくれ。兵士付きなら何とか入れるんだ。」
はあ…それならそうと言って欲しいものだ。
上司の兵士に手を取られ、共に歩き出した。
城壁の向こうには中世ヨーロッパ風の賑わいある街が広がっていた。
沢山の人が行き交う中を、上司の兵士はスタスタと歩いていく。
周りの目が少し痛い気がするのは、気のせいだろうか。
少しして急に上司の兵士が足を止めた。
長さの違う足に追いつくために、かなり速いペースで走ったからなのか、呼吸が安定しない。
「ここがこの町で一番大きな冒険者ギルドだ。他にもギルドはあるが、身分証無しで入れるのはこの建物だけなんだ。悪く思わないでくれ。」
「あ、はい。」
いや、別に何処でもいいし。
カランカランカラン
ドアベル付きの扉を開くと、そこには酒場と受付所がくっ付いたようなつくりのものが広がっていた。
昼間から酒の匂いが漂い、活気に満ちた様子だったが、ベルが鳴ると同時にシンと静まり返った。
皆んなして此方を見てくる、というか凝視してくる。
「こんにちは。兵士さんが同行しているという事は、身分証の発行ですね。少々お待ちください。」
受付嬢は戸惑いもせず、きっちり営業スマイルで仕事をしていた。
「まず、この紙に必要事項を記入して下さい。代筆はいりますか?」
「自分で書ける。」
紙には名前、年齢、出身地、職業、特技などを書く欄があり、さらさらっと済ませた。
「はい、では次にこの水晶に手を置いてください。」
出てきたのは、人の頭ぐらいの大きさの透明な球体だった。
手を置くと、水晶が眩いほどの光とともに赤、青、黄など様々な色が混じり合い、終いには虹色+黒といった色合いになった。
中々離していいと言われなかったため、暫くそのままにしていると、ピキピキピキ…パリンッと水晶が砕け散ってしまった。
沈黙が流れて暫く経った頃、震えた声で離していいですよ…って言われた。
それとほぼ同時に受付嬢が耐えきれないとばかりに叫んだ。
「あ、あなた一体何者ですか!?全属性、魔力量は測定不能!?聞いたことありませんよ!ただの8歳の少年がそんな…!」
戸惑いをあからさまに浮かべた受付嬢はワナワナと震え出した。
「おい、ロゼ!いきなり、何騒いでんだ?」
奥から誰か出てきた。
受付嬢にはそれが鶴の一声だったのだろう。
ほっとした表情に戻った。
「……ッ!?…割れてる、水晶が?」
奥から出てきたのは白髪混じりの黒髪をしたおじさんだった。
…なんか、面倒なことになってる気がする。
そう思った時にはもう遅く、受付嬢がさっきの事をそのおじさんに伝えていた。
「…何だと??これをこの少年が、だと?」
あの、ちゃっかり指ささないでもらえますかね…
「お主、名は?」
「冷夏だ。それに人に名を聞くときは、まず自分から名乗るものでは?」
空気がピンと張り詰めた。
「…ごもっともだな。ワシはこのギルドのギルドマスターをしておるサルバトだ。家名を明かさないのは、訳ありと見るが…それでいいか?」
「ああ。まあ、正直なところ…俺の素性は俺自身分からないんだ。」
「…つまり、記憶がないと?」
随分察しがいいな。
「まあ、そんなところだ。…それより早く身分証を発行してくれ。この町にはあまり長居しない予定なんだ。」
「…そうか。ロゼ!手続きをさっさと済ませい!」
「は、はい!」
バタバタしつつも、手続きは進んだ。
「ではこのカードの上に血を一滴垂らし、『ステータスオープン』と言っていただければ、そのカードに文字が浮かび上がります。それが確認でき次第、手続きは終了します。」
言われた手順で行うと、文字が本当に浮かび上がり、そこにはさっき記入した事と、ランクが表示された。
「浮かび上がった文字の中にランクというものが表示されていますね?ランクはSからFの7段階に設定されており、依頼をこなしたり、経験値やレベルを上げるうちにランクが上がり、ランクによって、受けられる依頼や入れる場所が決まっています。今回、冷夏さんは先程の魔力計測の結果、Dランクからのスタートになります。Cランクからは昇格試験があるので、お忘れなく。何か質問はありますか。」
「ない。では自分はこれで。」
「いえ、あのちょっと!」
慌てふためく受付嬢をよそに、自分は足早にギルドを後にした。
まあ、とりあえず街をぶらぶらしながら、港を探すことにした。
周りからの視線が集中しているのは、もしかしてこの服装の事だろうか。
それとも…この髪色なのか。
服装はまあ…見た感じみんなマトモな格好をしている中、一人だけボロい病衣着た幼子がいれば当然目立つが。
それに、視線が痛いというより人が避けてるって感じだ。
髪色は皆が茶髪や黒髪、中にはいかにも染めた様な色の髪もあるが、天然物の金髪…しかも純粋な金色の中にオレンジ色の髪が数束混じっているような人は一人もいない。
それに避けてる者の中には『天使様がいらっしゃった!』なんて呟きながら、崇めてくる老人までいた。
はあ…面倒い。
そう思うと同時に、潮の香りを微かながらに感じた。
『海』とやらが近いのだろう。
『海』は塩水らしいからな。
潮の香りがしてもおかしくはない。
念のため、近くにいた若い男に港の場所を聞いたところ、その香りのする方にあると指差し、教えてくれた。
礼を言い、その場を離れると、その男の周りに人が集まり、何やら騒ぎ始めた。
これ見よがしに、軽めに本気を出し、港まで走った。
潮の香りが強烈になってきた時、港に到着した。
大小様々な船が出入りを繰り返し、入ってきた船からは大きな木箱が運び出されたり、魚などが下されたりしており、町の通り以上に騒がしかった。
リュックの中を確認したが、金銭の類いは一切なく、中に入っていたのは数日分の水、食料、それとポーション、魔力回復薬、アイテムポーチが一つずつという具合だった。
自分のアイテムポーチは、所有者の魔力を流し込まなければ開けることさえ出来ない魔法使い専用版のものだ。
中には魔物の討伐部位や肉、毛皮といったものや、魔力草などのものが大量に入っており、暫くは何とかなりそうだった。
だが、先程ギルドで…やらかしたり、通りの方でもかなり注目を集めていたため、この都市に長居するのはあまり良くないだろう。
そこで目をつけたのが、貨物船だ。
実際見てみると、船の中に運び込まれる際に厳重な検査はなく、精々品物を入れた木箱の数を数える程度で隙を見て潜り込める確率は非常に高い。
俺がこの町に来た目的…それは貨物船に忍び込み、適当な島で降りる…タダ乗りをするためだ。
しかし、真昼間に堂々と行くのは色々とアレだ。
実行は深夜でいいだろう。
問題はその貨物船がどれくらいの間移動するか、だ。
忍び込む…ということは飲食などは全て自分自身でする羽目になる。
例えば今の状態のまま、一ヶ月間船が移動し続けたとしよう。
数日分の食料しかなく、回復薬が一つしかない状態で、海賊や海の魔物に襲われた時、何時まで持つか分からない…そんな状態ではとてもじゃないが、生き延びるのは難しい。
今から深夜まではそんな事態に備えて、必要なものをギルド以外で魔物の肉や魔力草を売り渡して得たお金で買い、間の時間を潰すことになった。
今から深夜まではそんな事態に備えて、必要なものをギルド以外で魔物の肉や魔力草を売り渡して得たお金で買い、間の時間を潰すことになった。
適当な飲食店や露店、薬屋に入り、回り続けた結果、保存状態の良さなどからアイテムポーチ内の4分の1ほどを売ることに成功した。
得たお金は20万円ぐらいになり、予想以上の買取合計金額だった。
そのお金をアイテムポーチにしまい、まず向かったのは古着屋だった。
暫く歩くうちに見つけた古着屋は、ナチュラルな雰囲気でところ狭しと置かれた古着はどれもセンスがいい。
入ってきた自分に気づいたのか、奥から若い女が現れた。
「いらっしゃい。あら、今日のお客さんは随分可愛らしいわね。何を買いに来たのかい?」
気さくさに甘んじて、この街を訪れてからの要望を提示した。
「人混みであまり目立たない服を適当に見繕ってくれ。出来るだけ安めにしてくれると有難い。」
「へぇ。見た目に似合わず大人びた喋り方すんだね。あんまり目立たない服…ちょっと待ってな。」
意外そうに目を細めたかと思うと、店内をグルグルと回り始めた。
どうやら思い当たるものがあるらしく、既に3着ほど上下セットで選ばれていた。
少しして戻ってきた女の手には5着ほど上下セットで握られていた。
「こんな感じでどうだい?気に入ったやつがあれば遠慮なく言ってくれ。何なら試着でもするかい?」
「じゃあ、その黒いやつとグレーと白のやつ、それに水色と黒のやつで。試着は面倒だからいい。それと、ここは靴や靴下は置いてるか?流石にこの時期に素足は辛くてな。あれば適当なのを靴下は三足、靴は一足もらえるか?」
視線を足元に向け、悲しそうに顔を歪めた後、何かを察したように黙ってスタスタと店内を回り、要求通りのものを揃えてくれた。
「ありがとう。合計でいくらだ?」
「…2500円だよ。それとこれはサービス。買った服着て行きな。風邪ひくよ。」
そう言って渡してきたのは、茶色いダッフルコートとマフラー、手袋だった。
サービスにしては明らかに過剰な事を指摘しようとしたが、あまりにも優しげに見つめる女を目にし、それを止めた。
「悪いな。何から何まですまない。試着室借りるぞ。」
「どうぞ。それにこれは子供が気にすることじゃないさ。あくまでサービスだからな。」
水色のセーターに黒のパンツを履き、グレーの靴下と黒のスニーカーで足元を固め、サービスで貰った茶色いダッフルコートに身を包む。同じくサービスで貰った赤紫のマフラーと手袋で防寒も完璧だ。
店の入り口まで見送ってくれた女に礼を言い、再び町の中へと向かうのだった。
その後、必要な水や食料、ポーション、魔力回復薬などを買い、全て終わった時には朱に染まった空が辺り一帯を覆い尽くしていた。
夕方になると日が沈むというのは、知識としては知っていたが、それでも空が朱から黒へ移り変わる光景は些か目を見張るものがあった。
記憶のない自分にとっては、何気ない事であっても興味深いのだ。
ぼぅ…と空を眺めながら、のんびりと港へ向かううちに人気が無くなっていった。
対照的に、町には暖色系の明かりが灯り出し、酒場などの開店を告げていた。
流石に、夜間の間に堂々と港へと歩くのは怪しすぎるため、気配消去と透明化を発動しながら、忍び足で移動した。
港には10分も掛からずに着いた。
だが、停泊している船の中から貨物船だけを見分けるのは至難の業だった。
というのも、漁船やフェリーなどは、大きさや形に何らかの特徴があり、見分けが付きやすいのだが、貿易船や大型の貨物船では、中身や内装が違っていても、同じような暗色系の塗装が施されている為、この暗闇ではかなり見分けにくいのだ。
フォルムがかなり似ているのだ。
外装のデザインの違いも、同じ理由で意味をなさない。
ならば、比較的明るい色の塗装で、小型~中型の貨物船にすればいいと思うだろう。
だが、それでは荷物の数に限りができ、荷物検査も少ない分、より厳しくなるのだ。
それに比べて、大型の貨物船は荷物の数が多く、荷物検査に長い時間を割く余裕があまり無い。
そのため、今回この手段を用いる際には大型の貨物船への進入が必要不可欠なのだ。
夜目を使えばいいのだろうが、警備員が持つ懐中電灯の光でさえ弱点になる為、使いどころを間違えれば、死に直結し兼ねない、文字通り死活問題である。
そこで目をつけたのは、盗視だ。
盗視は、暗闇での使用限定で、指定した術者の魔力が及ぶ範囲内の指定した場所や対象を盗聴・透視できる魔法。
暗殺者や犯罪者なら誰もが持っている裏の世界では割とポピュラーなものだ。
それならば、少し離れた位置に隠れていても、情報がいち早くゲットできる。
だが、その現場を視認できる範囲で無いと、盗視して得る情報の正確性に欠ける。
だから態々港に来たという訳だ。
そして早速、盗視を発動してみた。
視えているであろう情報を綱引きの要領で、どんどん脳内に引き込み、正確無比な情報へと形を固めていく。
簡単に言えば、綱引きの綱に何千、何万もの写真や細かい位置などの情報が付いており、それを脳内へといった感じか。
どれくらい経っただろうか?
夜はさらに更け、冷たく刺さるような気温になってきた頃、やっと盗視が終わった。
引き込んだ情報はきっちり整理整頓して、知識のフォルダーにしまった。
それを今度は必要箇所だけ取り出し、それを元に移動…いや侵入作戦を開始した。
細かい位置まで判明しているため、無駄に探し回ることもなく、数分程度で貨物船に着いた。
周囲への警戒を怠らず、橋桁さえ終われた貨物船へと一気に跳躍した。
その高さは実に約30メートル。
貨物船と同じぐらいの高さまで跳躍出来たのは、エアジャンプの御蔭なんだが…
魔法抜きで10メートルの跳躍が出来るからか、短時間の空中散歩にまるで心が踊らなかった。
これを正しい8歳児の反応とするには、些か可笑しい気がするが。
跳躍後、あっさり侵入出来たかに見えたが、実際そこまで甘い話ではなかった。
床に触れれば、赤外線センサーが発動し、警備員にすぐさま通達がいく仕掛け、中に侵入しても、鉄格子や高性能カッター、対魔法用ゴーレムなど警備。
余りの厳重さに荷物の中身が気になるところではあるが、今はそんな場合ではないだろう。
まあ、自分にはそんな仕掛けは全くと言ってもいい程通じないのだが。
例えば、赤外線センサーの場合、重力操作で床に手を触れさせず、あの空間を無重力状態にし、身体を浮かせれば引っかかることはない。
他の仕掛けは、愛刀の刀身に魔力の膜を張れば、大抵のものは切り捨てられるから、問題なし。
てなわけで、早速行ってみよう。
重力操作を着地する10秒前に発動させ、空中でバランスを取りながら、難なく移動し、クリア。
次からの仕掛けも一撃で全部終了。
何だか味気ない感じで終わった。
で、今居るのは最深部にある貨物室だ。
デカい倉庫が何個も入りそうなほど広々とした部屋の中には出される順に入口近くから、比較的綺麗に置かれた木箱や、木箱に入らないほど大きなものは、特殊加工された布に包まれ、並べられている。
さてと…どこに隠れるべきだろうか?
そんな思案をしながら、物の位置をずらさないよう慎重に歩き回った。
1時間と掛からずに丁度良い場所を見つけた。
一見、大量の木箱が積まれ、僅かにできた隙間にしか見えないが、よく見ると隙間の奥に割と広いスペースがあり、そのスペースには乱雑に置かれた空き箱が目立たないようにカムフラージュされた痕跡が見受けられた。
多分、この木箱の中に私用の食料やお土産を入れ、少しでも移動費や維持費を減らしたかったのだろうが、今回はそれを利用させて貰うことにする。
万が一の時はこの事を荷の出し入れに立ち会っていた職員や警備員にでも言うと脅せば何とかなるはずだ。
その空き箱の位置まで瞬間移動を使い、移動すると早速出来るだけ大きめの木箱の中にリュックや刀を放り込み、自分自身も入り、木箱の蓋を閉めてみた。
すると、幸いにも自分の…小さな身体はあまり窮屈さを感じる事なく箱の中でも割と楽に動けた。
まあ…小さいとか自分で言うのも、アレだがな。
そんなこんなで侵入に成功した自分はリュックから食料を取り出し、口に含んだ。
流石に夜中に食べるのは胃に悪いため、ブロック状の携帯食料と水しか食して無いが、目覚めてから何も口にしていなかった腹には良かったのか、飢餓感は無くなった。
まあ、1日程度の飢餓ではあまり辛さを感じなかったため、食べなくても良かったのかもしれないが、いざという時に動けないのは困るからな。
まさに備えあれば憂い無しってわけだ。
案外疲れていたのか、食べてからすぐ死んだように深く眠った。
「んんっ……」
木箱の隙間から入って来る光に目を細め、意識を覚醒させる。
貨物室の丸い窓から入る光は眩しいって程ではないが、それでも明かり代わりにするには申し分ないぐらいだ。
あの切り伏せたトラップは復元を発動させて寝ったから、大丈夫だとは思うが…
ちなみに復元は術者が指定したものを元の状態に戻す魔法。
範囲指定や復元度合いなど、細かい設定が出来るため、この魔法が生み出されてからは、ゴミ問題が大幅に解消した。
今回の場合は、突破したトラップを睡眠中に完全修復されるように設定してみた。
いやしかし、もし復元が失敗してたら…
そんな心配が頭を過る中、突然扉が開く音がした。
「なあ、今朝の新聞見たか?」
「昨日ギルドに来たバケモン級の数値叩き出したガキの捜索依頼だろ?」
これ、自分の事か?
ギルドの奴ら騒いでたような気がするし。
てか、バケモンって…あれそんなにヤバかったのか?
「ああ。しかし、ギルドも太っ腹だよな…」
「目撃情報なら5000円、潜伏先の情報など具体的なやつなら5万円、捕まえて連れてきたなら10万円。しかも、今回は一般人も参加OKってどんな謳い文句だよって感じだよな?」
自分は絶滅危惧種か!
全く。
いくら話が聞きたいからって、そんなことするとか…
馬鹿なんだろうか?
それともボランティア精神旺盛な金の亡者か?
「確かに。御蔭で街の奴ら血眼になって探してて、商売になんねぇっておやっさん愚痴ってたぜ。」
おやっさん…なんかすいません。
ってなんか俺が悪いみたいじゃんか!
「マジか?でもよ…ガキ一人のために金どんだけ積むんだか。俺にはガキが可哀想に思えて仕方ねーぜ。」
「それ、分かるぜ。ガキにだってなんか事情があるんだろうしよ。ほっといてやるのが大人ってやつだろ。全く大人気ないったらありゃしない。」
まともな奴はいるもんだな。
いや、これが普通か。
多分、街の奴らやギルドが異常なんだ。
ま、こういう奴がいるなら、次第に事態も収まるだろう。
「これこそまさに世も末ってやつだな。」
「お前ドヤ顔してっけど、かっこよくもなんともないからな。」
「うっ、うっせー!」
そんな会話が交わされつつも、荷の出し入れの時間なのか、扉近くの木箱から順に運び出されてるみたいだ。
ま、音で何とか分かる程度だから、詳しくは分からないが。
暫くして荷の出し入れが終わったのか、音が減っていく。
「出し入れが済み次第、次の港行くぞ!」
「次どこだっけか?」
「しっかりしろよ…次はパラナバ港だ。で、そん次がマーチャロ港な。」
お惚けな奴とお人好しな奴との会話によってここ1ヶ月の貨物船の移動先全てが把握できた。
簡単に言えば、五星島全ての島の港を1、2個ずつ回り、荷を降ろしていくらしい。
今回の荷下ろしには少し変わった場所にある港にも行くとの事だ。
しかし…少し変わったって、どのくらい変わってるんだ?
よっぽど辺鄙な場所で、人が寄り付かなさそうなところとか?
いや、それでは荷下ろししても金や時間の無駄だ。
…うーん。自分にはそういう感じの専門分野の知識は皆無なんだよな…
ま、面白そうだし…そこで降りてみるのも悪くないか。
そんな感じでこれからの行き先を決め、魔物の肉を木箱を燃やさないようにして焼き、食べてから夜まで眠る事にした。
夜になり、乗組員が眠りについて暫くした頃、こっそり木箱から出て、刀で素振りをし、体の訛りを防ぐ。
こうでもしなければ、少し変わった場所の港に降りてすぐ死ぬような事になりかねないからだ。
剣術は1日でも鍛錬を怠れば取り戻すのに数日はかかるもの。
そう自負しているからこその行動だ。
決して頭がおかしくなったという訳ではない。
素振りも木箱や壁、床を切らないように細心の注意を払いながら、というある種の縛りの中でやるため、より鍛え上げられている気がした。
朝は乗組員の話を聞いて情報収集&朝食、睡眠、夜は刀の素振りで鍛錬…
そんな生活を繰り返す事、13日。
事態が急変したのは、自分の意識がまだぼんやりとしている時だった。
ーーーついに見つけた。
ーー久しぶりだよ。君は覚えているかな?
誰かの声が聞こえる…
その声を認識すると同時に、ゾクリとした視線を感じ飛び起きると、荷の出し入れが終わる頃だった。
ガタン
木箱の蓋が起きた拍子に開き、床へ音を立てながら落ちた。
「ん?今、物音がしなかったか?何かが落ちるような感じのやつ。」
ヤバい!
聞かれた!
そんな中、さっきの視線は強まり、まるで身体中を舐め回されているような感覚を覚えた。
気持ち悪さと恐怖心が脳内を覆う。
震えが止まらない。
「は?まさか!」
「いや、何かの拍子で木箱が落ちたなら、あり得るが…」
「それなら品物が出てるかもしれねー!おい、手分けして確認すっぞ!タタラ、船長に連絡してくれ!念のため今日1日は船動かさない方がいいって!」
船動かさないのはいいが、かなりピンチだ。
見つかれば確実に捕まる。
それに下手したらどこかに売られるかもしれない。
いくら善人でも金に目が眩むことはあるものだ。
「わ、わかった!」
タタラと呼ばれた男は指示に従って、船長のところへ向かうだろう。
そうなれば、船長が外にいた場合、港側の人間にも知れてしまう。
もし、港側の人間までそれを手伝うなんていいだしたら、ピンチどころかこれじゃあ、まるで死亡フラグだ。
やられるならば…やられる前に殺る。
混乱の末、未だに震える身体に鞭打って、そう決めた。
リュックを背負い、フードを被ってマフラーで口と鼻を隠す。
刀を腰に下げ、木箱から外へと瞬間移動する。
ま、視界に入る範囲で、だが。
木箱の外に出た俺は刀ではなく、魔法で雷撃斬を生み出し、両手に握る。
雷撃斬は小太刀程度の大きさで刀身に電気を纏ったものだ。
相手に電撃を与えながら斬る事ができる為、浅い傷でも相手にダメージを与えられる。
そんな雷撃斬を両手に持ち、さながら双剣使いの出で立ちで、乗組員を見つけ次第、片っ端から死なない程度に斬って、気絶させていく。
返り血を浴びないよう立ち回り、あっと言う間に乗組員全員を伸した。
適当な窓ガラスを割りながら、空へ飛び出し、空踏を使いながら、緩やかに着地した。
ちなみに空踏は、空中に足場を作り、空中浮遊および移動ができる魔法。
魔力量によって飛行時間が変わる為、魔力量がかなり多い者以外使うことができないのだ。
そんな魔法を使いつつ、悲鳴や野次馬の声を背に、森の方へと加速・光で向かった。
ーーおや?僕に気づかないとは。
ーまあ、いいよ。後ほどじっくり聞けるだろうし。
さっきと同じ声を耳にしながら、その場を離れた。
森の中に入り、暫くしてから減速をかけ、そっと止まった。
森の中で派手な動きをして、熊なんかに襲われでもしたら、倒した時の音や残骸、血なんかで居場所がバレかねない。
そんな懸念からの行動だった。
降り立った森には落ち葉が沢山あり、木はとても寒そうだった。
急いでいたため、あまり気に留めていなかったが、気温がかなり低く、防寒具を着けていても、身体の芯から冷えていく。
寒さに震えながら、森の中を歩く。
寝床になりそうな場所を探すためだ。
食料はあと2週間ぐらい保つ。
目を周りに向け続けていた時だった。
不意に目の前を白いものがチラチラと舞い落ちたのは。
小さく風に飛ばされてしまうほど軽いもので、空から無数に止めどなく落ちてくる。
肌に当たるたびに冷たさを感じ、すぐに体温で溶けてしまう…
所謂、雪というものだった。
目覚めて初めて見る雪によく分からない感情をほんの少しだけ感じた。
それは僅かながら感情を高ぶらせた。
走り回りたい!
触ってみたい!
その感情に従う事にした。
ただ本当に僅かだったため、数メートル走り、手袋を外して手を翳すぐらいしか出来なかったが。
そうこうしているうちに雪は次第に強くなり、視界を覆っていった。
数メートル先でさえ見えない真っ白な世界は冷たさを増し、辺りを凍らせて行く。
「…こんなに寒いとか……聞いてないし…」
いくらダッフルコートを着ていたとしても、薄着には変わりない自分の服装では余りにもこの寒さは耐え凌げそうに無かった。
足を止めれば、死。
そう…死を直感した。
凍傷は尚の事、低体温症まで発症した俺の身体は限界を迎えていた。
決して鍛錬を怠った訳ではない。
ただ、環境の変化に順応仕切れなかっただけだ。
降り積もる雪に足を取られ、何度転んだか…
身長の小ささと体重の軽さをどれだけ恨んだことか…
朝方見つかり、そのまま逃げたためご飯も食べれずじまいだ。
力の入らなくなってきた身体を懸命に動かし、足を動かし続けた。
どれぐらい歩いただろうか?
オレンジ色の光が見えたのは。
思考が停止しかけた頭で見たそれは、救いに見えた。
光の元へたどり着く頃には俺は力尽きてしまうだろう。
だが、自分の足は、身体はそこへと向かう。
その光が近づくにつれて、記憶が浮かび上がっていく…白黒の映像を見ているかのような感覚を覚え始めた瞬間。
身体のどこかに激しい痛みが走り出した。
痛みは覚えた感覚が無くなるまでずっとずっと…続いていき、意識を奪っていく。
立っていることもできず、雪崩れるように積もりに積もった白いクッションの上に倒れこんだ。
ぼやける視界に映ったのは、左手首に浮かび上がった闇よりも深い黒の鎖が複雑に絡み合い塒を巻くように巻きついた紋様と、固く閉ざされた門の先に見えるオレンジ色の淡い光だった。
救いを求め、伸ばした手は光を掴めず、空を切る。
「…とど…けよ……なんで…こんな、ことに……ならないと…だめなん、だ…?…おれは、ただ……じゆうに、なりた…かった……だけな…のに……」
感情が痛みによって暴走し、理性が切れた。
頬を伝うのは冷たい涙。
それが落ちた場所は凍った湖のようになっていく…
誰を思うでないそれは無意識のうちに流れる。
意識が切れたあとも、流れ続けたそれは辺り一面を氷で覆い尽くすまで止まらなかった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
全く…これはまた面倒なことになったよ。
透き通った氷に覆われた門に目を向け、男はため息をついた。
その門はこの建物の正面玄関に繋がるため、こんな事になると些か困るのだ。
「先生、どうかしたの?」
銀髪の少女が男に心配そうな眼差しを向ける。
「いいや。明日からの事で、ちょっとね。」
意味深に窓の外に目を向け、そう呟いた。
その視線の先を追うように少女も窓の外を見つめた。
「門が…凍ってる?」
不思議そうな顔をし、首をかしげる少女の目はたちまち見開かれた。
「先生、大変だわ!門の外に誰か倒れてる!このままじゃ死んじゃう!」
突然叫んだ少女に周りの視線は向く。
そして、その発言の意味を理解すると同時に慌しくなった。
男は悩ましげに頭を掻き、男と同い年ぐらいの人間数名に声をかけ、外へと向かった。
子供達は様々な反応をしつつも、皆揃って窓に張り付くように外を見た。
少しして門へと辿り着いた男とその他数名だったが、門は凍っており、全く開く気配がなかった。
仕方なく炎属性の魔法をひたすらぶつける事になり、門の辺りは赤く暑い光が照り続けた。
数十分後、ようやく門が開くようになり、外に出た男が見たのは雪を被った小さな子供だった。
雪を払い、出てきたのは金髪と数束のオレンジ色の髪をポニーテールにした美しい人形のような中性的な子供だった。
腰には刀を差し、背中にはリュックを背負っていた。
直ぐさま救出された子供はかなり冷たく、瀕死状態だった。
運び込まれた医務室では、適切かつ迅速な治療が行われ、一命を取り留めた。
それが終わると同時に、身元特定や身体検査、荷物検査がされ、驚くべきことが判明していく。
子供…改め少年は一命を取り留めたものの、深い眠りについていた。
その少年がいたのは、児童養護施設 ひだまりの家の門の前。
目覚めた少年には、尋問されることが検査結果などから決定し、それを知ったものたちは『御愁傷様。』と常々思ったらしい。
運命はもう既に動き出している。
それに気付くのはまだ先のこと。
…いいや、直ぐかもしれない。
それを知るのは神だけだ。




