第13話 脱出と氷涙の殺戮者の誕生
外へと繋がる扉は探知・地図化表示を放った限りでは…5つのようだ。
因みに探知・地図化表示は術者が指定した対象者・対象物の位置を、簡易的な地図に視覚化して表示する魔法だ。
今回の場合は、敵の位置を表示させた。
さてと…とりあえず、扉へ近い順に向かうか。
そうして行き先を確認し、加速・風から加速・光に切り替え、文字通り光の速さで移動を再開した。
一番近くの扉につく直前に減速をかけ、直撃を避けながら、ゆっくりと止まった。
そして、扉に手をかざし、解除を発動させた。
…無反応だな。
はあ…つまり、かなり特殊な構造の鍵が要るって事か。
解除はトラップや鍵、拘束具などを解除できる魔法。
だが、解除には術者自身の技術力が必要だ。
それが特殊な構造であれば、より一層高い技術力が求められる。
だが今の自分には、少し特殊なものが解除出来る程度の力しか無い。
技術力に関しては、常人に毛が生えた程度しか持っていないのだ。
当然といえば当然の話だがな。
そんな諸々の事情によって、俺はこの扉からの脱出を断念する羽目になった。
再度加速・光をかけ、移動を再開した。
次の扉までは少し距離があり、移動しているうちに敵と鉢合わせした。
…とはいえ、こちらは光の速さで移動中だ。
この場合、衝突直前に引き抜いた愛刀の錆びにした為、蹴散らしたの方が正しいだろう。
1分程度で2つ目の扉に到着し、衝突する直前に減速をかけ、ゆったり止まった。
しかし、この扉も1つ目と同じく、かなり特殊な構造の鍵で施錠されており、解除で開ける事は出来なかった。
「はあ…」
2つ目でも開かない扉に、早くも諦めを覚えていた。
…まあ、そう上手くもいかないか。
そう切り替え、気分転換に光を加速・音に変え、移動を再開した。
割と近かった3つ目の扉には、僅か10秒で着いた。光に劣る速さといえど、十分速いのだ。
減速を忘れずにかけ、緩やかに止まった。
…だが、この扉も今まで同様、解除で開かなかった。
その事に苛立ちながらも、加速・音で移動を再開した。
4つ目の扉までは割と離れていたが、敵の反応が遠く、戦闘は皆無だった。
到着直前、減速をかけ、ゆるりと停止した。
悲しい事に、この扉もさっきまでのと同様、かなり特殊な構造の鍵で施錠されており、解除で開かなかった。
ここまでくると、イジメなんじゃないかと思うのは、気のせいだろうか?
何故か溢れそうになる涙を拭い、再び加速・音で移動する。
5つ目の扉は少し複雑な道のりで、到着までに3分かかり、割と時間を要した。
これで開かなければ、脱出手段が無くなった事になる。
それは性欲処理人形化という名の死に繋がる。
そこまでいったところで思考を切り替え、減速で地を踏みしめるように、静かに止まった。
解除をかけ、様子を見る。
1分経過…
2分経過…
3分経過…
……無反応か…
あまりのショックに呆然とした。
それでも、突破口が欲しいと駄目元で扉を押した。
ガチャ
…は?
待て、今ガチャっていったか。
ガチャって。
えっ、扉ってそんなあっさり開くものだった訳!?
そんな混乱した頭でも、背に腹は変えられないと扉の向こうへ歩き出していたのだった。
…敵の反応が迫っている事に気づかないまま。
扉から出て少しした頃、やっと冷静になって来た頭で辺りを見回し、状況把握に努める事にした。
さっき出てきた扉は既に見えなくなって…というかこの扉の向こう側が真っ暗闇だったため、扉から離れてしまった今では、見えるはずもなかった。
仕方なく、夜目を発動させ、さっさと地上に出る事にした。
敵を相手取るにしても、夜目で見た限り、狭い一本道の通路はあまり戦闘向きでは無いのだ。
さらに、夜目と並行して探知をかけ、地図を確認しながら、進み続けること約10分。
地上へ出るための階段が出たところで、歩みを止めた。
念のため、夜目を解除し、代わりに灯を球体状で2つ両サイドに浮かべ、視界を確保し、再び歩き始めた。
灯は術者が指定した形、数、位置で明かりを灯す魔法で、ちょっとしたことでも使えるほど、消費魔力が少ないため、非常に日常的で使用頻度がとても高いことで有名だ。
灯に照らされながら、階段を上るうちに思ったのだが…
地上から見て気がつかないほど、高度な魔法が使われているならば、それだけ地上への出口にも、それ相応の構造の鍵がいるのではないだろうか。
で、今自分は鍵を持っていない。
…誰かがうっかり閉め忘れでもしてない限り、脱出不可能だろう。
それに地図で見ても、誰1人として追ってきていないのは不自然だ。
まさか、罠に嵌められたのか?
いや…それなら何故、今まで対峙してきた奴らは、その事を話題に挙げなかったんだ。
始末した男達の会話からして、何かしらの情報を漏らしそうなものだが…
洗脳状態であったとしても、敵の目の前であのような呑気に会話など…まず有り得ない。
それに洗脳状態の人間は意志をなくすのだ。
自ら、考え、喋ることなど到底出来ない。
…ならこの嫌な感じは一体何なんだ。
それに闘えば闘うほどに、自分が自分ではいられなくなっていく気がする。
…ああ、もう分からない。
もう、なる様になれだ。
自分は思考放棄し、無駄に長い階段を駆け上がる。
どのくらいの時間、上り続けていただろうか。
急に天井が低くなり、終いにはゴンッという音と共に激痛が走り、天井にぶつかってしまった。
「痛ッ………ここが外への出口か。」
灯を細長い棒状にし、広い範囲を照らす。
見えたのは、シンプルかつ頑丈そうな開閉式の鋼の板だった。
取っ手もついていたが、鍵がないと開かない作りになっていたため、開けてからじゃないと意味をなさないだろう。
…しかし、この鋼の板についている鍵がない。
ダメ元で、解放を発動させてみる。
…ピーッ、ガチャ
電子音の後、暫く、沈黙の時が流れた。
………は?
ガチャって…まさか開いたのか?
こんな簡単に?
いや、ありえないだろ。
動揺しつつも、試しに鋼の板を押し上げてみた。
すると、かなりの力がいるが、何とか板を押し上げられた。
ドォーーン!!
凄い音で板が開き、それと同時に眩しいどころか、よく分からない感情を覚える程の光が降り注いだ。
暖かな陽だまりの中では、ポワポワと浮いているような感覚がした。
そんな状態から何とか脱し、感覚的には半年ぶりに外へ出た。
森の木々や草花の香りが、自分に落ち着きを与えてくれる。
とりあえず、板を閉め、敵に備え、ダッシュでその場を後にした。
…潜んでいた複数の気配に気づかないまま。
森の中は鬱蒼と木々が生い茂り、日の光があまり届かず、薄暗かった。
気温もぐんぐん下がっていく。
ジメジメとした空気に変わっていく。
これは一雨来そうだな…
眠っていたとはいえ、半年も風呂に入っていないのだ。シャワー代わりには丁度いい。
ガサタタタタタタッ…
ただひたすら走る音だけが響く、鳥の囀りさえないこの森は、何処か怪しく不気味だ。
暫く走っていると、少し開けた場所に出た。
まあ、森の中だから休もうにも休めないが…
一時的に、自動結界を張り、思案する事にした。
しかし…俺は一体これから何処に向かえばいいんだろうか。
家族の記憶さえ、思い出せないというのに。
ん?家族……?
家族とは、夫婦とその血縁関係にある者を中心として構成される集団の事。
…これぐらいの事は分かるが、肝心の思い出の部分がな。
もう少し集中してみるか…
意識をもっと深いところへと送り込む…
見えたのは、鎖で雁字搦めにされた氷の塊のような大きな結晶だった。
鎖の一部が何処かへ伸びている…?
辿ってみるか。
自分から見て、右に向けて鎖が伸びていて、割とすぐにその鎖の先を見る事ができた。
…は?
これは……人間の手首?
それも、掌の指の向きからして…左手首?
何でそんな所に鎖がグルグル巻きにされて、さっきの所と繋がってるんだ?
そう疑問に思った瞬間、右胸と左手首に激痛が走った。
「あぁああああああ…痛ェ…」
意識は必然的に戻される。
痛みのする方へ目を向けると…
左手首には闇よりも深い黒の鎖が複雑に絡み合い塒を巻くように巻きついた紋様…
右胸には左手首の方へと伸びる同じ色の鎖が体の中から伸びるようにして出てきている紋様…
その2つは、互いにその鎖で繋がっているのか、引き千切ろうものなら、それこそ身体中がズタボロになるぐらいの痛みを生じさせる。
あまりの痛みに意識が薄れていく中で、俺の中の何かが決定的に壊れ、歪んだのを感じた。
…そこで、今までの俺…いや僕は消えた。
完全に…封じ込められてしまったのだ。
深き意識の闇の底へと。
もう這い上がる事はできない。
近いうちに新たな人格形成が始まるだろう。
俺の時がそうだったのだから。
…存在を忘れないで欲しいなんて言っても、無駄なのは分かってる。
だから…僕は…奪われた感情の中でまともに残っている『悲しみ』で、たとえ涙が枯れようと、泣き続けよう。
それが、真っ暗な世界で見つけた…僕の存在を示す…唯一の方法なのだから。
冷たき世界の中では、流してもすぐ凍る。
いつか、それを溶かすものが現れたとき…僕は本当の何かを知る事ができるのかもしれない。
ああ、もうさよならなのか…
日の光を見る事になったとき、僕は………した…い。
ブチッ
何処かの回路が切れるような音が脳内に木霊した。
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『新たな人格を再構築します。今までのデータは、知識と戦闘力だけ引き継ぎ、あとは…』
人格形成プログラムによって、新たな冷夏、及びに葉宵が作られた。
葉宵の方は、ただの戦闘モードとかし、感情の一切が無いものに。
冷夏の方は『怠惰、無口』と言った印象が強い人格と『狂った、畏怖』という印象を与える人格が融合された、不安定で…ある意味完全な人格に。
『…再構築完了しました。敵の反応が迫っているため、起動時は新たな葉宵モードになります。敵を殲滅し、身の安全を確保でき次第、冷夏に戻ります。』
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ーモブキャラ(男)saidー
俺は何でも屋をする身寄りのない、40代のおっさんだ。
依頼は暗殺から迷子のペット探しまで、結構幅広くやってる。
今回は、これはまた辺鄙な所を拠点とする、裏の世界で奴隷商を営む男がボスのある組織からの依頼だ。
何でも半年前に攫ってきた少年がもうすぐ目覚めそうだから、もし外に逃げ出したときは、瀕死状態にしてでも捕まえろって感じの内容だ。
見張りという部類だろうか。
だが、少年1人に俺以外にも10人ぐらい、同じような職業の奴らを雇ってまで、用心する必要があるのだろうか?
何やら色々と匂うが、俺には関係の無いことだ。
依頼されたことだけやってれば、生活費を稼げるのだ。それ以上でもそれ以下でも無い。
世の中そうやって割り切ってないと、長生きするのは難しい。
話を戻すが、その依頼を受けた俺が今いるのは、依頼してきたやつのアジトの入り口だ。
他の入り口は特殊な鍵で塞いで、逃走したときの対処がしやすいようにしているらしく、人員がここだけ異様に多い。
しかし、アジトの入り口といっても、見た目はただの森の中にできた草原だ。
外部からの発見はまず不可能だろう。
実際、攫ってきた少年の捜索隊はいまだにここに来たことが無いらしい。
あ、ちなみにアジトの入り口に人がいるのは、偽装によって、認識することはおろか、気配の1つさえ感じることが出来なくなっているからだ。
きっと、その少年が来ても気付かれないはずだ。
こんな高性能な魔法具を態々支給されるなんてまず無いんだ。
雇い主はコレにかなり自信持ってるんだろうよ。
コレと数が揃えば、後は殺るだけだと。
ま、コレで本当に殺れるかどうかは定かじゃないが…ここは腕の見せ所だろう。
見張り始めて暫く経った頃だった。
その少年と思しき子供が入り口から出てきたのは。
思わず息を飲んだ。
そこから出てきたのは、天使と言われても可笑しく無いほどの美少年だった。
日の光に照らされた金髪の髪は長く、ポニーテールに結われており、数束だけ混じったオレンジ色の髪がなんとも言えぬ雰囲気を醸し出していた。
少しつり目気味の瞳はどす黒い赤色で白い肌によく合っていた。
小さめの身長がその容姿をより天使へと近づけた。
どす黒い赤色の瞳だけは、戦慄を覚えた。
その瞳に宿るのは、何人もの人間を殺してきた殺人兵器のような残酷さや冷酷さだけ。
…ただの少年なわけがなかった。
俺はその時気づかないふりをした自分を何度責めたことだろうか。
いつの間にか少年がその場から走り出そうとしていた。
周りの奴らも走る体制を整えているところなのか、少年を捕まえようとしない。
……いいや、出来ないのだ。
少年の服には夥しい数の血痕が付いていた。
それはつまり、そういうことなのだ。
死ぬ気でやらなければ、自分が斬り刻まれる。
そのことを自覚し、覚悟を決めたものは、既に走り出した少年の後を追い出した。
森の中の開けた場所に出た頃、走っていた少年は唐突に止まった。
皆がこれ見よがしに少年の周りを取り囲もうと、移動を開始した。
偽装の使用者はお互いの居場所を把握できるようになっているからこそ、分かったことだが。
すると、今まで棒立ちだった少年が急に顔を歪め出した。
「あぁああああああ…痛ェ…」
原因は知らないが、何かしらの痛みがあるのか少年は叫び声をあげた。
目を凝らして見ると、左手首に黒い何かの紋様みたいな痣?が浮かび上がり、それのせいで、叫び声をあげるほどの激痛が走ってることが何となく理解できた。
もがいてはいるが、全くダメなのか、やがて力尽きた少年はその場に倒れ伏した。
なかなか起き上がらない少年に皆心配したのか、あるいはどうしたらいいのかが分からないのか、誰も動かなかった。
だが、報酬目当てのものは様子見をしてすぐに動き出した。
…その瞬間、今の今までピクリとも動かなかった少年がムクリと起き上がった。
その目からは涙が流れていて、その涙は地に堕ちると同時に凍り、それは広い範囲に渡って行き、いつの間にか少年の周りには透き通った青白く光る氷の床が満遍なく広がっていた。
…しかし、その目には一切の感情がなく、どす黒い赤色の瞳は鮮血の色へと変化していた。
〜主人公said〜
敵は全部で15人。
離れた位置からさらに10人向かってくる。
15人のうち、明確な敵対意識を持つ者は5人だけ。
あとの者は逡巡しているのか、動く気配が無い。
追加の10人はさっき脱出優先にして見逃した奴ら。
後回しで十分対処可能。
5人の殲滅が最優先事項。
あとの者も口封じに殲滅。
これより敵を殲滅する。
刀を抜き、意識を集中させ、無駄な者全てをシャットアウト。
…最適化完了。
モノクロの世界で敵の懐に入り込み、素早く肉薄。
一番無駄の少ない方法で、着々と敵の生命反応が消えるまでひたすら斬る。
肉薄する感覚や、敵の断末魔、肉片が地に落ちる音。
その全てがスローモーションのように遅く見える。
いや、実際遅い。
敵には此方の攻撃の一切が見えないほどに早くした為、タイムロスが生じ、今のような見え方になっている。
…5人の殲滅が完了。
敵の口封じのため、殲滅行動を再開。
数が多い為、一気に肉薄し、その後タガー型の氷を全体に向けて放つ殲滅方法に変更。
刀で一気に瀕死状態に追い込み、断末魔の1つをあげさせることなく、タガー型の氷を全体に向けて放つ魔法を発動。
名を氷蓮円殺。
集団用殺人魔法の1つで、殺傷率90%を誇る。
周囲を取り囲んでいた敵全てに当たると同時に、あとからくる10人の殲滅。
加速・光を発動させたまま、減速抜きで瞬時に行い、そのまま海方面への移動という殲滅&逃走プランに移行。
敵の急所を一振りで斬り、全ての敵の殲滅を完了。
刀の血は既に振り落とし、鞘に納めた。
プラン変更し、減速をかけ、身体を安定させ、証拠の一切を残さぬよう、あの入り口を重力操作によって、完全封鎖。
重力操作はその名の通り、重力を自在に操り、術者が指定したような状態にする魔法。
魔力消費量が多く、実用的ではないのが特徴。
再び、加速・光をかけ、海方面への移動を開始。
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この事が発覚したのは、事件発生からおよそ3ヶ月後の3月下旬頃だった。
だが発覚した際、現場から犯人の証拠が一切発見され無かった。
その上、現場近くの少年誘拐の容疑をかけられていた組織のアジトの中はもぬけの殻。
だが、死亡した者の1人が言伝を使用しており、そこにはただ一言『…氷涙の殺戮者。』とだけ残されていたという。
言伝とは本来、術者が指定した人物に当てて、伝言を残す…伝言板代わりの魔法。
だが、今回のように遺言代わりに使われることもある。
誘拐された少年の姿はアジトの中にはなく、荷物の類もなかった。
その事から魔武警察(MFP)は、『少年はそのまま連れ去られた』、『組織内の混乱に乗じて自力で逃げ出した』、『その犯行自体を少年が行った』の3つの線から捜査する事を決定した。
そして、その後すぐにMFPと五星島騎士団での合同捜査が行われる事が発表された。
その事は五星島はおろか、全世界にまで広まる程の大事件になった。
各メディアによって、連日に渡って大々的に報道され、知らぬ者はいないといっても過言ではなくなった。
また、事件の内容が余りにも無残だった為、人々は恐怖や戦慄の余り、夜間の外出をめっきりしなく無くなった。
その結果、夜の街はすっかりなりを潜めてしまった。
そして、この事件は後にこう呼ばれるようになる。
【氷涙の殺戮者事件】と。




