第12話 記憶・感情操作と監禁
ーー長い長い夢だった。
走馬灯のように今までの記憶…主に思い出の部分が早送りされた映画のように、延々と再生されていた。
それが再生され始めてすぐに大きな結晶が1つ、自分の目の前に現れた。
その結晶は、蒼く怪しく光る氷の塊のようで、綺麗だった。だが…何処か酷く恐ろしかった。
それに、どこから伸びているのかも不明な鎖に雁字搦めで固定されていた。
そんな結晶に再生された記憶が、次々と飲み込まれた。
その度に結晶や鎖が小刻みに揺れ、飲み込まれる程に痛みが身体中に走り、叫び声を上げた。
そうしなければ、死ぬような気がして、止めれない。何の術も無く、只々苦しんでいた。
暫くして再生が終了したのか、結晶がドクリと鼓動のように波打ち、気絶寸前の痛みが襲った。
そこから数分間ピクリともせず、結晶は動かなかった。
しかし、今度はカラフルな色の結晶が浮かび上がり、暖色系結晶だけが強い力に押し負けたように砕け散り、結晶に溶け込んだ。
後に残ったのは、暖色系結晶の破片、中間色系結晶、寒色系結晶、そして大量の本だった。
…一人称すらも分からず、己を自分と呼ぶ他に無くなってもいた。
ただ、ただ…酷く寒い空間だった。
暗がりに浮かぶ結晶が不気味に光り輝くだけの空間に成り果てた。
…はやく、疾く目覚めたいや。
…ここは何だか居心地が悪いから。
あれからどれくらいの時間が過ぎただろうか。
誰かに顔をペチペチと叩かれ、起床を促された。
だが、次第にその行為に鬱陶しさを感じていき、終いには叩く者に噛み付くことになった。
「痛ッ!?」
どうやら、叩くのをやめてくれたようだ。
いくら起こすためとはいえ、叩かれるのはちょっとな…
はあ…とりあえず目を開いてみるか。
「んッ………?ここは…?」
まず目に入ったのは、特殊加工されたガラスの天井だった。
特殊加工は…多分内側から外が見えなくなることと、内部からの攻撃に対する耐性だろうか。
近いものでいうと、視覚的にはマジックミラー、物理的には超強度な耐震設計の部屋と言ったところか。
その証拠に、先程から見知らぬ男が、かなりの力で手を壁に打ち付けているのに、此方には揺れの被害がまるで無いのだ。
それに外から何か声や音はするのに、何も見えない。
大方、遮音効果を付随しなかったのは、指示を通しやすくする為だろう。
それに、背中から硬い石のような感触が随時伝わってくるところを見ると、寝心地が良い場所では無いのは明白だしな。
さてと…そろそろ此処から起き上がってみるか。
「………は?」
今更ながら気がついたが、手足が全く動かせない。
今の体勢は、まさに強制拘束された囚人だ。
抵抗しようとすればするほど、拘束具らが締め付けてくる。
何とか首だけは動かせたため、見れる範囲で拘束具具合を確認してみた。
すると、手と足に枷…それもかなり頑丈で、解除には特殊な鍵が必要なもの、身体を押さえつけるように掛けられた太く真っ黒な枷と思しきものがつけられていた。
それに加えて、服は白っぽい病衣で裸足だ。
ものは試しにと、魔力線を放とうとしたものの、身体中に強い電流が流れ、全く出来なかった。
今までの事を整理し、導き出された答え。
それは『脱出不可能な部屋に、行動の一切を完全に封じられ、監禁された。』だった。
「おい、そこで壁を叩いてる奴。こうなった理由を説明しろ。要求があるならさっさと言え。」
こうなれば、必然的に壁を叩いてる奴に聞く羽目になる。
「ああ?テメェ今の自分の立場分かってんのか?」
いかにもガラの悪そうな声に、思わず溜息が出た。
「いや、立場とか言われても、監禁されてる以外情報無いんだから、知るわけ無いだろ。」
「…はあ。それもそうか。じゃあ、教えてやる。」
男はそこで一度言葉を切り、呼吸を整えてからポツポツも話し出した。
「お前には、ある計画の関係者だという疑いがかかっている。その計画の隠蔽のため、記憶・感情操作を施し、此処に入れられている。」
そこで躊躇ったような顔をし、言い淀んだ。
「で、その続きは?」
諭すように脅すと、再び言葉を紡いだ。
「…本来殺されるなら所を、うちのボスが…ショ、ショタコンで、お前の容姿や性格を気に入ってしまい、人形としてなら生きる事を許されたのだ。あ、ありがたく思え。但し、お前には高い殺人能力や魔力があった為、その拘束具らでそれを封じ、逃げれぬよう、この部屋に入れたというわけだ。」
「ふ~ん。で、要求は?」
さらっと、身体中に感じた寒気を受け流し、男に要求を聞く。
「…それが、その…女装して部下たちの性処理人形になれ…とのことだ。はあ…そんな目線をこっちに送るな。俺らは誰1人として、男色の趣味はない。正直言ってこの要求は、お前に女装してもらって、適当に偽装工作すれば、どちらの精神も守れていいと思うんだが…どうだろうか。」
…はあ。つまり何だ?
こいつを始めとする男達のボスが、変態ショタ趣味男で、自分の部下達に女装した俺がヤられるのを楽しみたいから、俺に性処理の人形になれってか。
で、部下らは普通に女が好きで、男色の気など一切無いからヤりたくない。
だから、自分にも偽装工作に協力してほしいだと?
「何で性処理人形になってまで、生きねばならないんだ?それにお前らの都合なんて知らない。」
「えっ?いや、でも…」
狼狽しだした男にキツく跳ね返す。
「殺さないで生かしてくれた事にだけは、感謝する。…が、俺は野郎に興奮する奴に付き合ってやる義理は無い。」
「なら何で!」
困惑の2文字を浮かべた男に、それとなく誘導してみる。
上手くいけば、鍵を外してくれるかもしれない。
「どうしてめ男とヤりたくないなら、ここから出してくれないか。ささっと、殺ってくるからさ。部下全員でボスを殺しにかかっても、あっという間に自由の身だろうな。これからの人生、不平不満なく生きていけるぞ。」
「…そうなのか?」
何も知らない少年のように、無邪気に話に食いついてきた。そこをすかさず利用する。
「ああ、そうだ。従ってばかりじゃ、人間長くは生きられないからな。たまには反抗することも大事だ。」
ダメ押しの一言で、男は顎に手を置き、う~んと唸り始めた。
どうやら、反抗心は少なからずあるらしく、俺の話に頭をクルクルと回し、返答に悩んでいるみたいだ。
「…分かった。同僚達に見逃してもらえるよう、伝達して来るから。ちょっと待ってろ。」
こくんと頷きながら、男は俺にそうやってしっかり、はっきりと答えた。
用件は終わりだとでも言うように、壁の一部に手を押し当て、何かを唱えている。
…ピーッ、ガチャッ
明らかに扉が開いた音だった。
「なあ、少しの間だけ枷を外させてくれないかい。トイレに行きたいんだ。それに手と足が鬱血してきてて、とても痛いんだ。頼むよ。」
必死に頼み込む人の面持ちを取り繕い、そう告げた。
「そりゃあ、いけねぇ!早く手当てしないと、手足が使い物にならなくなっちまう!今外してやるからな。ちょっと待てよ……」
ゴソゴソとズボンのポケットに手を突っ込み、弄りだした。
その間に辺りを見回すと、部屋の隅にリュックと刀が置かれてあり、俺の近くには点滴パックらしきものが吊り下げられ、俺の腕に繋がれていた。
どうやら、長い間本当に夢を見ていたらしく、体も痩せ細っていた。
「あったぞ。」
そういうが早いか、男は枷に銀色のカードを近づけ、枷を解除した。
それと同時に今まで封じられていた魔力と戦闘力が一気に身体の中を駆け巡り、身体の急速な再生が始まった。
「よし。もうこれで大丈夫だ。じきに医者が来る。見てもらってから動けよ。」
優しげな笑みを浮かべ、安心したような顔で暫くの間頭を撫でてきた。
その間に再生が終了し、身体が元に戻った。
身体の汚れまでは、どうしようもない為諦めた。
まあ、過度に臭くなければ何とかなるだろう。
そんな様子を見て、男は満足したのか出て行く為、後ろを向いた。
その瞬間を狙い、部屋の隅に置かれた、他のモノとはまるで雰囲気が違うリュックと刀を掴み取った。そして、素早く男を横切るついでに両足の腱を刀で切り裂き、部屋から抜け出した。
男の悶え泣き叫ぶ声が、扉を閉める刹那、聞こえたような気がした。
部屋の外は、鉄筋コンクリートで作られた壁や床が一面に広がっており、細い通路のようになっていた。
話によると、記憶や感情を操作されているそうだが、正直なところ、あまり実感が無い。
まあ、それでも闘えるとは思うが。
「…解析・己、探知・内部把握。」
今発動した魔法は何れも現状把握にうってつけのものだ。
具体的に言うと、解析・己は術者自身に関する事を解析する魔法で、探知・内部把握は対象者・対象物の位置や建物の内部構造を分析する魔法だ。
何方も、解析・分析完了までに時間がかかる為、戦闘行動・作戦行動前などに使用される事が多い。
また、解析するものの大きさや規模によって、消費する魔力量が違う為、魔法の訓練を受けた者しか使えない魔法でもある。
…どうやら、そんなこんなで解析が終了したようだ。
えっと…
筋力・体力:大幅な減少。
魔力・魔力量・魔力質:問題なし。
身体異常:記憶・感情操作の跡あり。
→詳細:記憶喪失、一部の感情喪失が見られる。知識に関する部分やマイナスの感情(怒りや悲しみなど)以外跡形も無くきえている。だが戦闘に支障無し。
建物:地下施設。現在地不明。何らかの特殊加工が施されたコンクリート製の建築物。
敵:全43名。現在、全ての反応が移動中。よって正確な現在地の特定不可。
…さて、どうしたものか?
今のところ、記憶から引っ張り出し、ちゃんと使えたのは名前だけだ。
それも冷夏、葉宵という名が2つだけ。
苗字かファーストネームかすらも不明だ。
…薄っすらと蘇った限りでは、冷夏の中のもう1人の人格のようなものが葉宵で戦闘の場合はこちらが主に出るという事ぐらいだ。
しかし…自分の今の容姿が全く分からない。
鏡というのがあればいいのだが…
いや別にナルシストなわけではなくて。今、冷夏か葉宵かを見分けるには、今の瞳の色が紺桔梗か朱殷かを確認したいだけだ。
どっちかによって、戦闘力にも差が出るし。
てな訳で、とりあえず敵が出来るだけ居ない通路を通って、移動してるんだが…
一向に姿見の一枚さえない。
「はあ…」
溜息が出てばかりで、幸せも逃げまくりな中、不意に壁に手を付くと、何かを押してしまった。
ガコンッ、ゴゴゴゴゴゴ…
何かが回転する音が響き、敵の反応も近づいてくる。
バタン
何かが閉まる…というか留まる音と共に現れたのは…何と求めていた姿見だった。
すぐさま鏡に映る姿に目を向けると、思わず叫びそうになった。
何と、そこには女顔の小さな少年が映っていたのだ。
少年の容姿は、天使と呼称しても問題ない程のものだった。
腰ぐらいの長さの金髪は、高めの位置でポニーテールに結われ、その中に混じった数束のオレンジ色の髪が、その髪をより印象付けている。
少しつり目気味の大きな朱殷の瞳は、その白い肌によく似合っている。
それらに、通った鼻筋と薄く赤い唇が合わさり、全体的に可憐な花を彷彿とさせる顔立ちとなっていた。
首には、チョーカー風の茶色い首輪が付けられている。
右手首で銀の鈴付き腕輪が凛と揺れている。
右耳の暁のピアスと左耳の宵のピアスが暖かく柔らかく幻想的に煌めいた。。
少しはだけた病衣の隙間から、右肩に☆が刻まれているのも見えた。
そして、小さいながらも鍛え上げられた肉体は、細いながらもしなやかさを感じさせる。
想像以上の容姿に、口をあんぐりと開け、暫く自分の姿と睨めっこしていると、複数人の慌ただしい足音と喋り声がすぐ近くにまで迫っていることに気がついた。
慌てて鏡の前から離れ、自らの体に張り付きをかけ、天井に移動した。
その後、透明化をかけて…
ふぅ…カモフラージュ完了だな。
そうして一息つくのと、ほぼ同時にさっき男が話していたボスの部下であろう男達が、6人程やってきた。
「ボス~また自分のお姿でも見ていらっしゃるのですか~?」
童顔の男があざとさ全開で、通路に向かって話しかける。
「…って誰もいねーじゃねーか!」
ひょろっこモヤシ体型の男がツッコむ。
「は?そんな筈は無いだろう!」
赤フレームの眼鏡をかけた胡散臭い学者の様な男が怒鳴る。
「そういえば、ルーゴの奴どうしたんだろうな?さっき無線で『子供!凶暴!逃げた!捕まえろ!ボスに殺される!』って叫び声同然に言って来て以来、連絡付かねーんだけど。」
売れないマジシャンの様な格好をした男は、ジョークを言うかのように、さらっと爆弾発言をした。
「いや、それ内容からして、俺ら的に結構不味くないか、それ?」
この中で一番マトモそうな面持ちの細身の男が指摘した。
「どういうことだ、サムル。」
マトモそうな男をサムルと呼んだ男は、変わった柄のシャツを着ていた。
「アイツが監視担当の子供、いただろ?」
「ああ。確か女みたいな顔立ちの美少年だろう?」
「そうだ。実はその少年、涼しい顔して沢山の人間を瞬殺できる程の戦闘力と高い魔力を有していて、それを封じる枷とそういう奴専用の部屋に入れられてるらしいんだ。」
「はあ?そんな馬鹿げた話あんのかよ。俺が見た感じだとまだ7、8歳ってとこだったぜ。」
「は?そんな小さいのかよ?」
「それにそいつ、半年前ここに捕まって以来、一度も目覚めてないらしいぜ。」
「マジかよ!」
「あと~、記憶・感情操作って奴を施したから~、1年は目覚めないだろうって~ボスが言ってんの~聞いた奴もいるらしいよ~!」
「なら、大丈夫だろう!」
「でも、ボスがあの部屋の鍵要求してたって噂もあるしよ…」
「おい、落ち着け!まだ話は終わってない!」
その声を聞いた途端、男達は静かになった。
「…で、そんな話を聞いた上で、さっきの『子供!凶暴!逃げた!捕まえろ!ボスに殺される!』っていうのを思い出してみろ。」
全員の顔が真っ青になった。
中には身震いしだす者までいる。
「分かりやすくすると…『監視している子供が逃げた!そいつは凶暴だ!早く捕まえないと、ボスに殺されるぞ!』って言ってたんだ。」
「なら早く見つけ出さねーと!」
「でも、そんだけ強いなら、逆に俺たちの方がそいつに見つかったら、殺されちまうんじゃねーか?」
「お、おい、タバル怖いこと言うなよ!」
男達が騒ぎ出しそうになってきた。
先ほど確認した瞳の色は…どす黒い赤だったな。
ということは、今現在、戦闘向きの葉宵の方になってる訳だ。
まあ、そうなっていたからこそ、動けたも同然なんだが。
そろそろいいか、と見切りをつけ、張り付きを解いて地面に静かに降り立った。
「ご名答だよ、タバル。」
冷たく言い放ち、歪んだ笑みを浮かべる。
…この笑顔は嬉しいからじゃない。
憎しみが曲がりに曲がったものだ。
「だ、誰だ!姿を見せろ!なんならこの俺様が相ー」
吠えまくる虫螻の首を刀で一刀両断した。
「煩いな。」
肉薄する感覚に懐かしみを覚えつつ、名を思い出した愛刀に言葉をかけた。
「舞斬華、いくよ。」
「ギャ~~ァッ!」
ドスドス
「ヤメろッ!来るなぁああ!」
ボト
「ま、まだ死にたくなーー」
ドサドサドサドサドサ
「ヒィ~~!」
ボト
「ばッ、化けモーー」
バタッ
「恨んでやーー」
ドシッ
切るたびに穢らわしい鮮血が舞い、肉片が鈍い音と共に通路に増えていく。
様々な剣術の試し切りをしたものの、この程度では準備運動にもならなかった。
「そろそろ、ここも飽きた。」
その一言を残し、先を急ぐ事にした。
血の海に沈む、変わり果てた男達を背にして。
血生臭さがマシになってきたところで、一度歩を緩める。
刀に付着した血糊を払い飛ばし、鞘に納めた。
背中のリュックの無事を確認し、身体に加速・風をかけ、風の様に通路を走り出した。
加速は術者自身もしくは術者が指定した者の移動スピードを上げる魔法だ。
この魔法には種類があり、例えば、風なら指定した風速と、光なら指定した光速と、音なら指定した音速と、同じスピードで移動が可能だ。
今上げた3つが代表的なもので、他にも沢山の種類がある。
今回風にしたのはただの気分だ。
因みにこの魔法は、強力な魔物に遭遇した際の逃走手段として使われたりするなど、一般的にも有名で万能なものだ。
角や分かれ道に差し掛かる度に、探知で敵の有無を調べ、最低限の数の戦闘で外へと向かう。
だが、いくら少なくしても居場所が特定されるのは時間の問題だろう。…急がなくては。
そして同時に感覚的に悟っていた。
段々と理性が壊れ、心が歪んでいくことを。
この時、それが完全になればどうなるかを、まだ誰も知らなかった。




