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龍の騎士と獅子の王子 Ⅶ (57542文字)

龍の騎士団 (シャルカーニュ・ア・ロヴァゴク)


「馬鹿はあなたです! 役に立たぬ者を生かして国に余計な負担をかけさせる方が、どれだけ罪つくりなことか」

「もうよい。シキズメントよ、現実をうんと見せて、苦しみ抜かせてやる」

 ふふふ……、という冷たい笑い声がひびいた。

 殺さなかったのはそのためだった。自殺は神の戒律により禁じられているので、その点に関しては心配ない。

 聖職者、それも筆頭神父を務め上げたほどの者が、王のように正気を失うさまを、よからぬ貴族たちは楽しみにしていた。

「これより、教会筆頭神父は、ヴォーロムだ。オンガルリのため、新たに生まれる王子か王女のために尽くせよ」

「光栄です。謹んでお役目をお引き受けします」

 バゾリーにヴォーロムはうやうやしく一礼し。その脇を縛められたシキズメントが引っ立てられてゆく。

 引っ立てられて外に出れば、街中は騎士や兵士があふれて。晴れてはいるのに、厳戒態勢が敷かれて、有事であるという冷たい緊張感が王都を包み。

 まるで冬に逆戻りするような、街の雰囲気だった。

「余計な怪我をさせるな。シキズメントは、あくまでも、身体でなく心を痛めつけてやるのだ」

 強引に馬車に乗せられる。その行き先は王城であった。

 幌のない馬車で、初夏の日差しがまぶしかった。

 王城が目に入り、その中へと導かれて。ある部屋に監禁される。レドカーン二世はおろか、エリジェーベトも会おうとしない。

「ここは、エルゼヴァスさまのお部屋か?」

 王城を訪問した際に何度か会ったことはある。

 まさかあのようなことになるとは。そして、自分も同じ運命をたどるのだろうか。

「すべては神のみぞ知る。希望はあるのだ」

 窓から見える街の景色を見据え、希望をコヴァクスとニコレットに託すしかなかった。

 正気を失った国王の意味不明な言葉は、誰もが真意をつかみかねた。が、正気を失っているのである。好きなように解釈すればよいと、貴族たちは一挙に行動を起こした。

 まずはじめに王都の占拠であった。人心の支えであったマーヴァーリュ教会の占拠をし、シキズメントが神の教えに背き反逆を企てたことを伝え広め、貴族の正当性を強調する。

「あのシキズメントさまが、まさか」

 と驚き失望する者も多かった。その陰で、

「いくらエリジェーベトさまでも、ひどいのではないか」

 と、人目をはばかりながらささやく声もわずかながらにあった。

 さらに人々を驚かせたのは、

「行方不明になった小龍公と小龍公女をかたり、革命と称し反逆を起こした者がいる!」

 という報せであった。


 ヴァラトノのことは、隠すにも隠せるものではないので。コヴァクスとニコレットを名乗るのは、偽物だと喧伝したのだ。

「ヴァラトノは反逆者に乗っ取られてしまった。奪還のために、打って出る!」

 貴族らはヴァラトノに向けての討伐軍を組織する。

「国家存亡の危機である! 今こそオンガルリのために死ぬ時である! 国のために死ぬ勇者を、神は天国に導こうぞ!」

 新たに筆頭神父となったヴォーロムら、よからぬ貴族とつながりのある新任の聖職者らが先頭を切って、民衆に討伐軍に加わるよう呼びかけた。

 それと同時にマーラニアに向け援軍の要請のための使者も馬を飛ばす。

 それから数日、討伐軍には志願者が続々と、集まらなかった。

 王都各所に志願者のための受け入れ庁舎を設けたのだが、人は集まらず。

 討伐軍は、最低三万の規模を計画していたのだが……。

「戦争をするのに、兵士に無給で戦えなど無理というものです。お考え直しを!」

 直言する騎士が、主の不興を買い、身分剥奪のうえ広場で多くの人々の前で晒し者のように斬首され。その首を高々と掲げ、

「臆病者はこうなる! 勇気を見せよ!」

 そう叫ぶのは、マーヴァーリュ教会筆頭神父ヴォーロムであった。

 だが人々は動かず。ついに業を煮やして、各家屋に押し入り、健康な男を無理やり引っ張ってゆくということになった。

「どうしてこんなことになるの!」

 父を、夫を、恋人を連れてゆかれて、残された人々は悲嘆にくれた。もっと酷いのは、家族の男が健康でない場合、

「役立たずは死ね!」

 と、無慈悲に斬り殺されるということであった。

 血を吐く思いで共に生きた家族も同罪と目され。抗議の声をあげれば、「ならばともに死ね!」と斬られ。

 あまりのことに地獄に突き落とされたような悲惨さであった。

 その様子はヴァラトノにももたらされる。

「むちゃくちゃだ」

「まさかそこまでするとは。相手を見くびっていましたわ」

 執務室で報告を聞くコヴァクスとニコレットは唖然とし、苦虫をかみつぶしたような顔になった。

 貴族たちが自分たちと戦うために討伐軍を組織するであろうことは想定内であった。しかし、マーヴァーリュ教会を占拠し、神弟子や孤児を虐殺し、シキズメントを捕えて王城内に監禁するとは。

 さらに、軍費を惜しんで強引な徴兵で、無給で民衆を戦争に駆り出すなど。そこまで馬鹿なことをするような連中だったのかと、痛感させられる。

 自分たちが偽物と言われるのはどうとも思わないが、自分たちが革命を起こそうとすることで、このように民衆に難が及ぶのは、想像以上に辛いことだった。

「聞けば、ルカベストは王都の賑わいなく、太陽が昇る日でも暗雲垂れ込めるような暗さであると」

「国王陛下直々の命が下ったというが」

「どのような風にしてかまではわかりませんが、エリジェーベトが言わせたのではないかと」

「かもしれないな……」

 報告をする騎士にねぎらいの言葉をかけて下がらせた。


「オンガルリが乱れる……」

「いえ、乱されるのですわ。心根のよくない貴族によって」

 コヴァクスとニコレットは現状を憂い。心に暗雲が覆うのを抑えられなかった。

 しかし、暗雲に覆い尽くされるわけにもいかなかった。

 このことはヴァラトノの街の民衆も知るところである。

 コヴァクスとニコレットは、それぞれの愛馬にまたがり、街を巡回した。執務室に閉じこもっていても仕方ない。事務的な仕事がひと段落すれば、外に出て、街の様子を探ったり。

 郊外にて騎士や兵士をあつめ、練兵につとめた。

 物資もよく確保し、攻められた備えは万全であった。

 だが、守りの備えばかりに不満の声もあった。

 郊外で練兵をすれば、

「今こそ好機! ルカベストにゆきましょう!」

 そう直言する者もいたが、コヴァクスとニコレットは、

「今はだめだ、しばし待て」

 と動かず。情報収集につとめる旨を告げたが、騎士は不満そうであった。

 そんなときに斥候がひとり報告があると来た。

 斥候は何事も冷静に見るよう訓練されているので、他の者のように「打って出ましょう!」と言う事はなかった。と思ったが。

「斥候の身で進言などおこがましいですが、早くルカベストを抑えねば、オンガルリはほんとうに混乱してしまいます!」

 と言う。

 というのも、各地で貴族が民衆を扇動し蜂起したのだという。が、それはコヴァクスとニコレットに加担するためでなく、国をひるがえし己が王座につくためであると……。

「どこまでも尽きぬ欲望に溺れているんだ!」

 さすがにコヴァクスは声を荒げてしまった。

「私たちにつくという者は?」

「それが……、その志あるのは動けば返り討ちにあいかねぬ小領主ばかりで」

「イカンシは、貴族のほとんどを取り込んでいたというわけか」

「そうです。狡猾な者ゆえ、抜かりなく」 

「これが、革命を起こすということ……」

 ニコレットは絶句した。

「所詮は血塗られた道。我が故郷も、手を汚さずに取り返せないということか」

 歯ぎしりしながらコヴァクスはうめいた。

 それに乗じるように、練兵に集まっていた騎士や兵士たちが、

「ゆきましょう!」

 と叫んだ。

 それを、龍菲は遠くから見つめていた。

「古代マーレの皇帝は、賽は投げられたと言い、軍を動かし決戦に挑んだという故事があります。我らもすでに、賽を投げているのです」

「動き出したのです。なにもかも。もう止められないのです」


 そう言う騎士たちはコヴァクスとニコレットよりも年長で、人生経験豊かな壮年もいた。

「神はご照覧なされております。小龍公、小龍公女に罪なしは、神もご存じのこと。なにを恐れましょう」

「ゆくか」

 コヴァクスは絞り出すように声を発し。それを聞いた騎士や兵士たちの、

「おおー!」

 というどよめきが轟いた。

(イヴァンシムさんは、これを狙って?)

 遠くで眺める龍菲は、イヴァンシムがコヴァクスとニコレットに、血気に逸らず自ら動こうとするなと助言していたことを思い出した。

 革命はコヴァクスとニコレットが主導せねばならないが、付き従う者あってのことである。

 上から引っ張るのではなく、下から押し上げるような革命を、イヴァンシムは考えていたのかもしれない。

 そのために、動かぬよう言って、ヴァラトノの騎士や兵士たちがそれにじれて自らの意志でコヴァクスとニコレットの革命を押し上げる気持ちになるのを、狙ってのことだったのだろうか。

「集団戦である以上、集団の士気は大事になってきます。ただ、士気は上から引っ張ればよいというものでもありません。下々の者たちが心から戦おうという気持ちになるために、上の者はどうすればよいのか、よく考えなければいけません」

 まだコヴァクスがロヒニに帰ってこない間、ニコレットはイヴァンシムからそんなことを助言されたのを思い出した。

「ゆきましょう、お兄さま。イヴァンシム殿は、これを狙っていたのです」

「なんだって?」

 コヴァクスは咄嗟に理解できなかった。

「理由は後でお話します。今は、ルカベストにゆきましょう!」

「……わかった!」

 あれこれ考えていても仕方ない。コヴァクスは覚悟を決め、ニコレットも覚悟を決め。ルカベストに向かうことが決まり、早急に準備にとりかかった。

 行きと決まれば早かった。

 すぐに軍勢が組織され、物資の輸送の段取りも滞りなくおこなわれた。

 その数は総勢二千五百。騎乗する者五百、歩兵二千。郊外、ヴァラトノ湖のほとりに結集し。数十本の龍牙旗がはためいていた。

 数こそ少ないものの、騎士や兵士ひとりひとり、鋭い眼差しをし、士気は十分すぎるほどに高く。

 ほとばしる熱気は傾きゆく昼下がりの太陽や雲にも届きそうなほどであった。

 それぞれの愛馬にまたがり、軍勢と向き合うコヴァクスとニコレット。そばには、やや年配の騎士が紅の龍牙旗を掲げていた。

 この騎士はマジャックマジルと同年代で、ドラヴリフトの父の代から仕えている者だった。

 それが、自ら志願して紅の龍牙旗を掲げているのだった。


「お前たちによく言っておく! 我らがゆく道は、茨の道。生きて帰れる保証はない」

「恐ろしいと思うのならば、責めはしません……」

「そのような愚問を我らに問うのですか!」

 そんな声があがった。

 龍菲は馬を一頭貸し与えられていたが、遠く離れて、無関係の旅をしている装いであった。

 服は、白い薄布の服でスカートは足首まで隠れる長さ、腕は膨らんでいるのが手首で一旦縮まってから手を覆うように袖口が広くなっているもので、これはフィリケアで来ていたのと同じものだった。

 彼女なりに気に入って、同じ服を数着用意していた。

 ともあれ、フィリケアのように規則はゆるくなく、少女ひとり輜重隊に紛れ込むこともできず。やむなく、距離を置いて着いてゆかなければならなかった。

 懐にはコヴァクスから渡された短剣をしのばせて。優しく服の上から触れた。

 あのインダウリヤ人の老商人の、「革命を成就せよ」という伝言代わりの短剣であると聞き。彼女も気の引き締まる思いだった。

 ただ、気になることもある。

 サロメや、暗殺者たちは、今どこで何をしているのであろうか。エリジェーベトの乱心はサロメの仕業ではないかと、思わないでもない。

 本当は違うのだが、龍菲も神ならぬ人の身なれば。

 その人の身でできることなど、たかが知れているようだが。それゆえに、命を懸けて戦うのだ。

 見よ、軍勢の士気の高さを。

 太陽の光を受け、命ある者のように、まるで龍が空を泳ぐようにはためいている。

「我ら龍公に、龍の心 (シャルカーニュ・シーヴ)を打ち込まれたものなれば!」

 それを聞き、コヴァクスの心に閃くものがあった。

「そうだ、今集まっているこの軍勢に名前をつけたい。ただヴァラトノの軍勢というのも、味気ないだろう。どうだ!?」

「よろしゅうございます。よき名を我らにお与えください!」

 打てば鳴る早い反応だった。騎士や兵士は、どのような名をコヴァクスがつけるのか、胸を躍らせた。

「龍の騎士団 (シャルカーニ・ア・ロヴァゴク)、というのはどうだ!?」

「龍の騎士団 (シャルカーニュ・ア・ロヴァゴク)。よい名でございます!」

 騎士や兵士が喜んだ様子を見せ、コヴァクスはほっとひと息だった。騎士や兵士も、良くも悪くも我の強い戦士である。たとえ主であろうと、気に入らないものは気に入らないと、率直に言う者もある。

 それが、その名でよいと言う。

 龍菲はその様を見て、微笑みを浮かべた。

「おーい、おーい」

 遠くで呼びかける声がする。

 何事かと、声の方を見れば、数百からいるであろう集団がこちらに向かっているではないか。


「貴族どもの軍勢がもう!?」

 ニコレットは身構え色違いの瞳の、鋭い眼差しを向けた。

 だがそうではなさそうだ。

 先頭の者が馬にまたがり、片手を挙げて、

「おーい、声が届くか? 我らはクンリロガンハから来た者だ」

 そう言うではないか。

「クンリロガンハ!?」

 南の国境地帯の地域であり、すべてがはじまった場所である。その地域の者らが集団で来ているという。

 目を凝らせば、皆武装している。

 数騎、馬を駆けさせやって来る。ヴァラトノの騎士や兵士は身構えるが、敵意のない証である白旗を掲げている。

 龍菲もすぐに馬を駆けさせられるよう身構えるが、近づく者たちの顔に殺気はない。敵意もないようだ。

 コヴァクスとニコレットは頷き合い、愛馬を駆けさせ。互いの愛馬が鼻と鼻を触れ合える距離まで近づく。

「小龍公、小龍公女、我らも加勢させていただきたく、馳せ参じました!」

 クンリロガンハの者は、下馬しふたりに跪く。

「我らドラヴリフト公、およびダライアス獅子王をともに慕うならば。おふたりの戦いをどうして座して傍観できましょう」

「……、かたじけない!」

「一緒に、戦いましょう!」

 コヴァクスとニコレットも下馬し、相手の手を取り握手し。共戦を誓い合う。

 胸に様々な思いが去来するが、言葉にして語り合うのが野暮に、時間の無駄に感じられて。

 クンリロガンハ勢もやってきて、改めて隊列を整え直し。

「我ら、共に戦う者たちはすべからく龍の騎士団だ!」

 コヴァクスとニコレットはそう宣言し、「おおー!」の賛同の雄叫びあがり。

 龍の騎士団は、ルカベスト目指して行軍を開始した。


風の前の砂上の楼閣


 ヴァラトノ・クンリロガンハの連合軍は、龍の騎士団と称し。一路王都ルカベストへと向かった。

 途中様々な障害が予想された。

 しかし、龍の騎士団はゆく先々で、肩透かしをひたすらに食らうばかりだった。

 各地で貴族が王座を狙い蜂起したが。次いで、民衆が圧政に耐えかね、革命を起こし。

 多数の犠牲を出しながらも貴族を制圧し、龍の騎士団を歓喜でもって迎え入れたのだ。

「我らはエリジェーベトに騙された!」

 人々は騙されたと叫んだ。

 とりあえずは、善政を布いていたエリジェーベトであったが。有事が起こり、貴族たちは本性をむき出しにし。

 民衆をもの扱いし、コヴァクスとニコレットたち龍の騎士団に当たらせようとしたのだ。それも、無給の無理な徴兵によって。

 人心の支えとなっていたマーヴァーリュ教会も制圧され、神弟子や孤児の虐殺、筆頭神父だったレドカーンの逮捕・監禁も、民衆の不信を増幅させた。

 最初こそ、マーヴァーリュ教会は神の教えに反し反逆を企てているとしていたが。そのあとがあまりにも、まずかった。

「なんだこれは……」

 あまりにも簡単に進めすぎて、コヴァクスは唖然とするほどだった。

 クンリロガンハ勢も、蜂起するやエリジェーベトから派遣された領主はすぐに逃げ出したという。そのおかげで、なんなくヴァラトノに至れたと言う。

 それと同じように、各地で革命が起こり、領主や貴族はなすすべなく、されるがままであった。

 立ち寄った途中の街で、庁舎に入り要人と面会し。解放を喜び、未来に期待する旨の話をしている時。

「申し上げます! 大至急お知らせしたい重大事が起こりました!」

 騎士が息せき切って、重大事の報告があると叫んだ。

(まさか)

 そう思って、要人に丁重に礼を言って下がってもらい。騎士を通せば。

「ルカベストでついに革命が起こりました! 国王陛下およびエリジェーベトの生死は不明です!」

 まるで明日にでも世界が滅ぶかのような、ひどい緊張をみなぎらせ、騎士はふるえ声で報告した。

「ついに起こってしまったか!」

「一刻も早く、ルカベストにゆかねばなりませんわ」

「ううむ。軍勢すべての行軍では時間がかかる……」

 ふたりはいてもたってもいられなかった。

「そうだ。オレが馬を飛ばして行こう!」

 突拍子もないことを言うコヴァクス。ニコレットは、指揮官が何を言うのだと、色違いの目を丸くして驚いた。

「龍菲も一緒についてきてもらえれば、二人でも大丈夫だろう。ニコレットは、軍勢の指揮を頼む」

「そうかもしれませんが……」

 指揮官が軍勢を後に残し王都に馳せ参じるなど、ほんとうに突拍子もない考えである。しかし、事態は一刻を争う。

(あの白い衣の少女か。あの人は、まさか小龍公の?)

 龍菲のことは隠しても仕方ないので、その存在を知らせている。彼女の助けがあって、コヴァクスが帰ってこれたということであるが。

 まさか、という想像をそそってしまうのは、致し方のない事だった。

 ともあれ、コヴァクスの考えに騎士も驚き、

「あぶのうございます、お考え直しを!」

 と止めに入った。

 急ぐと言うなら、先遣隊を組織し、その者らに行かせればよいではないですかと進言もした。しかし、

「いや、オレが行く」

 と言って聞かず。ニコレットも騎士も、やや呆れた気になるのも仕方のない事だった。

(またお兄さまのやんちゃっ気が出たわ)

 こうなったときのコヴァクスは、止めようとするとかえって危ない。

「指揮官としての自覚をおもちください」

 ニコレットは言うが、コヴァクスは首を横に振る。

「父上も止めるだろう。だが、オレたちの前には、もう父上はいないんだ。父上亡き今、オレたちがどう見られているか。ここが勝負どころだと思うんだ」

「多少の侮蔑など」

「これから国を背負わないといけないんだ。多少でも、なめられていてはいけないんだ」

「そこまで……」

 これはいよいよコヴァクスを止められそうになさそうだった。

(お兄さまはどこか遠くへ行ってしまわれそう……)

 そんな心配が胸中に芽生える。

「わかりました。私も一緒にゆきましょう」

「お前もか?」

「小龍公と小龍公女は、ふたりでひとつ。お父さまやお母さまから、そのように教わりましたでしょう?」

「それはそうだが」

 騎士は何も言えなかった。故国の存亡のかかった戦いである。あまりにも大きいこの戦いに、騎士も思案しあぐねていた。それは皆一緒だった。

 それまでは、アラシアというわかりやすい敵がいた。その敵はなくなったが、今は……。

 目を凝らしても凝らしても、うすぼんやりとしか、先の事が見えない。

 ここで小龍公と小龍公女が存在感を発揮しなければ、国をまとめるのは難しいだろう。

「仕方ない、一緒に行こう。ぐずぐずせず、今すぐに、行くぞ!」

 コヴァクスとニコレットは庁舎を出て厩にゆけば、龍星号と白龍号の二頭を相手に暇つぶしをしていた龍菲がおり。事情を話せば、

「あなたらしいわね。そういうところが、好きよ」

 と、微笑んで言い。コヴァクスは気まずそうに頬を赤らめ。ニコレットは複雑な気持ちでそれを眺めた。


 それぞれ愛馬にまたがり、龍の騎士団を集め、事の次第を話せば。

 どよめきが起こる。

 紅の龍牙旗は長箱に入れられてコヴァクスが背負い、ルカベストで掲げると言う。

 以後、代理の指揮官の指示に従うように引き継ぎをして、コヴァクスとニコレット、龍菲は馬を駆けさせ。

 風のように去っていった。

 代理の指揮を任されたのは、紅の龍牙旗を掲げていた初老の騎士だった。彼は、

「小龍公の信じる道をゆきなされ」

 と、微笑んで見送った。

 風を切り、三騎は駆ける。

 風の破片が頬を撫でてゆく。

 のどかな自然が見える。そうかと思えば、人の世の宿業とも言える光景が広がる。この、のどかな自然と宿業の対比の間を駆け抜けるように、三騎はルカベストを目指した。

 三騎ともなれば、危険もあった。ことに三人のうち、ふたりが女性ならば。しかし、ともに腕に覚えのある身。

 混乱に乗じ、野盗が好き放題をし。それが襲いかかってきたこともあったが、これを返り討ちにし。一目散に逃げ惑うのその脇を駆け去った。

 そうして三騎がルカベストを目指している最中。

 王都では、民衆が蜂起し。王城を取り囲んで、壮絶な籠城戦が繰り広げられていた。

 建国して七十六年になるオンガルリで、王都に革命起き、王城が民衆に包囲されるなど前代未聞の出来事だった。

 建国の王レドカーン一世は国なき未開の地に国をつくり。人々に安住の地を与えたとされる。その安住の地が、今は……。

「マーラニアからの援軍はまだか!」

 絶叫がこだまする。

 王城には少数ながら精鋭部隊がおり、それが迫る民衆を食い止めていたが。数に勝る民衆は、殺しても殺しても尽きず。無尽蔵に地より湧いてでてくるようであった。

 必死の抵抗で、民衆は無理に攻めるのをやめて、

「干し殺しにしてやる」

 と、王城の糧食が尽きるのを待った。

 蟻の逃げる隙間もないほどに取り囲み。それは、王城の中に籠る貴族を恐怖させるに十分すぎるほどだった。

 王の間で、空席の王座の横の、女王の座のそばで、エリジェーベトはたたずみ。戦況の報告を受ける。

「このままマーラニアからの援軍なくば、陥落は免れませぬ」

 豪華であったはずの服までくたびれ、疲れ切ったバゾリーら貴族の弱々しい声の報告を聞き。エリジェーベトは、

「わかりました。……シキズメント殿に会って、相談をしましょう」

 と言い。侍女をひとりひきつれ、王の間を出て、監禁している部屋に赴いた。

 侍女が鍵を開け、扉を開けば、やつれてぼろをまとうシキズメントが鋭く光る眼差しを向けた。

「何の御用ですかな?」

 シキズメントは神父の服をはぎ取られ、ぼろを着せられ。食事もほとんど与えられず。生きるか死ぬかの際どい線の上で、飼い殺しにされていた。


「ご相談があります。聞いてもらえますか?」

 お腹のふくらみを見て、シキズメントは痛ましそうな顔になった。

「ご相談とは、お腹のお子さまのことですかな?」

「いえ、違います」

「では、なんですか?」

「シキズメント殿に、死んでいただきたく思いまして」

「なに……?」

 気がつけば、近衛兵が控えており。剣を抜いていた。

「なるほど、そういうことですか。お斬りなさい。神はあなたを哀れみましょう」

「神に哀れんでいただけるなど、畏れ多い事でございます」

 言い終えると、近衛兵は歩み寄って。剣を振りかざして、シキズメントを斬り殺した。

 倒れて己の血に覆いかぶさるように死すシキズメントは、最後までエリジェーベトを見つめていた。

 特に、ふくらんだお腹を。

 近衛兵は少し震えているようであった。解任され監禁されていたとはいえ、筆頭神父をつとめるほどの人物を斬ったのである。

 なんらかの罰がくだるのではないかと、後から恐怖がにじみ出ていた。それを見ていた侍女も、震えていた。

「お前たち」

 エリジェーベトはふたりに言った。

「我慢することはない、好きなようにすればいいわ。でも、場所をわきまえて、いたしなさい」

 そう言われて、近衛兵と侍女は互いを見つめ合い。どこか、ふたりきりになれる場所をもとめて一緒に駆け去った。

 王城内の空気は、荒んでいた。

 民衆に包囲され。いつ陥落するともしれぬ恐怖に蝕まれ。そこから、理性が利かなくなって、性の営みが無秩序に乱れ交えられるということが、城内で繰り広げられていた。

 エリジェーベトはそれをとがめるでもなく。場所をわきまえていれば、何も言わなかった。

 耳をすませれば、絶望的なまでの悦びのうめきがかすかに響く。時には、男同士、女同士ということもあった。

「人間の世界に生まれたことが、間違いだったわね……」

 エリジェーベトはぽそりとつぶやき。静かに歩き、レドカーン二世のいる部屋に赴いた。

 ドアの前に護衛の近衛兵がいるが、それも疲れ切っていた。

 形だけの礼をしてドアを開け。その中に入れば。

 ベッドの上、毛布にくるまり震えているレドカーン二世の、痛ましい姿。

「エリジェーベトよ、なぜこの城は泣いているのじゃ」

「ご安心を。そら耳でございます。私には、天使の祝福の歌声が聴こえます」

「天使の歌声など」

 エリジェーベトはベッドに腰掛ければ、子供の様にレドカーン二世は抱きつく。


 その様は、男が女にではなく、子が母に、であった。

「お腹の子は?」

「すくすくと育っております」

「そうか、それはよかった。お腹の子は、我らの希望じゃ」

 優しくふくらんだお腹をさする。その様もまた、父というよりも、兄というべき子供っぽさであった。

「よろしいでしょうか?」

「なんですか?」

 ドア越しに侍女の声がする。報せがあるという。

「マーラニアからの援軍は、謎の軍勢によって追い返されたそうです」

「……。謎の軍勢?」

「兵士全て、全身黒づくめの軍装で。黒軍と名乗っていたと」

「わかりました。下がってよい」

 侍女は下がり。エリジェーベトは、しばし沈黙した。

「イカンシさま、あなたはつくづく、間の抜けたお人でございます」

 黒軍がイカンシを殺して突如消えたことはエリジェーベトも知っている。それがどこでどう潜伏していたのかまでは知らぬが。そのようなことをするということは、自分たちに対して敵意は持っていても好意をもって味方をすることはあるまい。

 そしてその通り、マーラニアからの援軍を追い返したという。

 イカンシは狡猾な智恵が働くが、人心は見事に掌握しそこねた。

「狐の智恵では、狼を手懐けることはできなかったのね」

 エリジェーベトには、未来が見えた。


 時は少しさかのぼる。

 ヤノーシェがイヴァンシムから出撃要請を受けたのは、コヴァクスたちがヴァラトノを抑えた旨伝えられたときだった。

 代理として国を治めるイヴァンシムに会いに執務室に赴いて、ついに動けると喜んだものだった。が、まずやるべきことは、マーラニアの援軍を追い払うことだという。

「マーラニアの援軍と遊べって言うのか?」

「オンガルリに乱あらば、マーラニアも黙っていまい」

 少し驚き不満そうなヤノーシェと、イヴァンシムと、その脇を固めるバリルとダラガナはしばし睨み合う。

「マーラニアは援軍をオンガルリに送るだろう。それを黒軍で食い止めるのだ」

「だけどよ、オレはエリジェーベトとバゾリーをぶっ殺してやりてえ」

「言葉づかいに気をつけろ。黒軍は盗賊ではない、正規軍なのだぞ」

 バリルは注意するが、ヤノーシェは聞き流しながら「へいへい」とだけ応えた。

「軍監としてアッティと、クネクトヴァ、カトゥカも一緒にゆく」

「見張りつきかよ」

 不満そうなヤノーシェを見てダラガナが穏やかにさとす。

「悪く思うな、と言っても悪く思うだろうな。逆に考えろ、手柄を立てれば信用を得て、褒美も出してもらいやすくなるぞ」

「言いてえことはわかるがな……」

「まさか、自信がないのではあるまいな」

 その、バリルの一言に触発され、

「おう、やってやろうじゃないか。黒軍が役に立つところを見せてやる」

 ヤノーシェはやる気を出し、出撃の準備にとりかかり。

 軍監として同行するアッティ、クネクトヴァとカトゥカとともに、出発した。

 オンガルリゆきを熱望していたのは、他にはソシエタスがいたのだが、新オンガルリの留守の守りに欠かせないということで。残念ながら残ることになった。

 黒軍はまずは、オンガルリのクンリロガンハの国境地帯に入った。

 クンリロガンハの人々は驚いたが、アッティが首長らと話をして。しばしの滞在の許しを得る。

 そこで、コヴァクスとニコレットに呼応して有志が立ち上がり。ヴァラトノに向かったという話しを聞いた。

 アッティとクネクトヴァ、カトゥカは気の引き締まる思いだった。

 ヤノーシェは、早く戦いたくてうずうずする。

 斥候の報告でオンガルリへの援軍が行軍を開始したと知る。

 マーラニアの援軍は、なるだけ早くルカベストへゆけるよう、国境地帯の兵士が集められているという。

「よし、あいつらをここにおびき寄せてやろうぜ」

 ヤノーシェは主だった者を集め、自分の考えた策を聞かせた。

「うまくいきますか?」

「なんだクネクトヴァ、オレを疑うのか?」

「もし見抜かれたらどうするの?」

「その時は、その時だ」

「気楽なものだな」

 アッティは苦笑しながらも、「いいんじゃないか」と同意する。

 ヤノーシェは柄は悪いが、戦いにおける真剣さは本物だとアッティは見抜き。責任は策を考えたヤノーシェが持つことを条件に、実行に移させた。

「クンリロガンハ地域はエリジェーベトに忠誠を誓い、マーラニア軍を歓迎する」 にせの使者を援軍に送った。

 果たして……。ルカベストに向かっていた援軍は、クンリロガンハを目指しているという。

「馬鹿め、まんまとひっかかりやがった」

 ヤノーシェは得意に笑う。

「軍資金や食料を好きなだけ与えると嘘をついてやった。誘惑には勝てねえもんだな」

 事前にマーラニアの情勢を調べていたが。カラレ三世は優柔不断な性格で、よからぬ貴族にもてあそばれるようにして、言いなりになっているという。

 そうなれば、国民や、ひいては軍隊の兵士の扱いがよくないのは容易に想像できた。

 クンリロガンハ入りした援軍であったが。草原地帯まで来てみれば、待っているのは住人の手厚い歓迎でなく、黒軍の手荒い迎撃であった。

 ドラヴリフトらを弔った小山ほどの盛り土に身を隠し。いくらか近づくと、弩弓でもって矢を放った。


「まさか!」

 意表を突かれた援軍の兵士らは恐慌をきたし、矢の雨の中を逃げ惑った。

 それがやむと、黒軍は黒い怒涛となって援軍に襲いかかった。

 それは見事に当たり、混乱したマーラニア軍はばらばらになり、いいように蹴散らされて。あっけないものだった。

 数の方は援軍の方が多いにもかかわらず、である。

「まるで、あの時のような……」

 クンリロガンハで黒軍の追撃を逃れたクネクトヴァとカトゥカは、再現とも言える光景に、なんとも言えない気持ちになった。

 盛り土に眠るドラヴリフトとアルカードたちは、どんな思いでこの戦いを天国から見つめているだろう。

 援軍はもはや軍隊の体をなさず、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑うのみ。

「もういいだろう」

 無理な追撃はせず、ヤノーシェは黒軍を休ませた。

「権力争いが相次いで、優秀な軍人こそ殺されてしまって、って感じだったから……」

 アルカードも無念の死を遂げた。ヴラデも数少ない優秀な軍人であったが、ダライアスとの戦いで戦死した。

 あとに残されたのは、名誉だけが取り柄の、飾り物にひとしい軍人もどきと、それにいいように酷使されるかわいそうな兵士たちであった。

 クネクトヴァとカトゥカは、複雑な気持ちで。勝利を素直に喜べなかった。

「考え込んでいる暇はないぞ、軍監がそんなことでどうする!」

 アッティは敢えて厳しく言い。これからのことをどうするのか、主要な者を集めて協議した。

「ルカベストだ! もうマーラニアもびびって手出ししねえだろうから、ルカベストに行こうぜ!」

 ヤノーシェは鼻息荒くそう主張したあと、盛り土を眺めて、

「おめえらの主の、アルカードはたいした奴だったぜ。滅多に人を褒めねえカンニバルカが、褒めてたくれえだぞ」

 と言った。

「え、そんなことを?」

「おめえら、まだオレたちを恨んでるだろ」

 クネクトヴァとカトゥカは黙り込んでしまい、アッティはにわかに気まずい雰囲気になったことに気をもんだ。

「今さら許せなんて言わねえさ。だがよ、アルカードやドラヴリフトみてえに、死んでからも『たいしたもんだ』と言われるのは、羨ましいもんだ」 

「ヤノーシェさん、そんなこと考えていたの?」

 武骨も武骨なヤノーシェが、そんなことを考えていたなど、ふたりには驚きだった。

「まあ、オレは下っ端の出なんでな、アルカードやドラヴリフトのように立派にゃなれっこねえが。それでも、あんな風に、立派になりてえもんだと思うのさ」

「ヤノーシェさん」

 何を思って、突然そんなことを言いだしたのかは知らないが。彼は彼なりに、心に積もっていたものがあったということだろう。

「余計なことを言っちまったな。おしゃべりする暇はねえんだな、ルカベスト行くぞ。いいだろアッティさんよ」

「そうだ、ルカベストにゆこう!」

 滞在中、オンガルリ国内の混乱ばかりが伝えられて。しっかりせねばと言いつつ、アッティもさすがに不安を覚えた。

「オレも蹴球がしたいんだ」

 コヴァクスの蹴球仲間でもある。こんなに世が乱れれば、蹴球ができなくなってしまう。

 クネクトヴァとカトゥカも、母国マーラニアのために、ここが一番のふんばりどころだと、自身に強く言い聞かせる。

「お父さん、お母さん、アルカードさま、天国から見守っていてください!」

 天上の神と、天上に昇った人々に祈り。

 黒軍は隊列を整え、ルカベストを目指し行軍した。


 コヴァクスとニコレット、龍菲は馬を駆けさせルカベストを目指していた。

 馬も生き物である以上、駆けつづければ疲れる。なにより自分も疲れる。そのたびに、休めるところで、じれったい思いをしながら回復を待ちの繰り返しであったが。

 その甲斐あってルカベストが目前まで迫った。

 ルカベストを目前にして大勢の人々の目に触れた。

 ここまでの道中、いかに小龍公、小龍公女といえども、顔を知る者なく。ばれることはなかったが、別に隠しているわけではない。

 むしろ、自分たちの存在を知らしめなければならない。コヴァクスは背中に背負う長箱から紅の龍牙旗を取り出し、高々と掲げた。

 空は薄曇り。太陽は薄い雲の向こうで丸い姿を見せながら、風に泳ぐ雲を光らせていた。

「あれは」

 人々は突然紅の龍牙旗を掲げた騎士が現われたことに驚き、指さしながら「まさか」と囁き合い。

「間違いない。龍公、ドラヴリフトさまの、紅の龍牙旗!」

「となると、あのおふたりは……」

 にわかに騒然となり、旗が進むたび、人々が集まってくる。そうなれば、

「小龍公、小龍公女が来たぞ!」

 コヴァクスとニコレットが来たことが伝え広められる。

 一方王城の中では、王の部屋で、エリジェーベトがレドカーン二世を優しく抱擁していた。

「少し、ワインでお酔いになりましょうか」

「そうじゃな、それもよいな」

「では、とってきます」

「侍女にとりにゆかせればよいではないか」

「いえ、私が……」

 そう言って一旦部屋を出て、しばらくして戻ってきた。


 卓に置いたグラスにワインを注ぐ。とても真っ赤なワインだった。

「そういえば、妊娠中の酒はよくないのではないか?」

 レドカーン二世はぽそりとつぶやく。

「少しくらいは、大丈夫でしょう」

 レドカーン二世はベッドから卓の椅子に移り、グラスを手に取る。同じようにエリジェーベトもグラスを手に取って、軽く触れ合わされば「ちん」と軽く音がし。

 それぞれ、ワイン飲んだ。

「お前が自分で取ってきただけあって、美味じゃな」

「はい。とっておきのものを選びました」

 エリジェーベトは、レドカーン二世を微笑んで見つめた。

「私たち、親子三人水入らずで、天国で暮らしましょう」

「そうじゃな、親子水入らずで天国でゆっくり暮らすのもよいな」

 レドカーン二世は無邪気に笑った。それから、ふわあ、とにわかにあくびをし。ベッドに移り。エリジェーベトも続いた。

 ふたり、抱擁し合いながら横になり。

「生まれてくるのは、男か、女か」

「さあ、どちらでしょうか」

「どちらでもよい。わしとそなたの子は、皆国王じゃ」

 そんな会話を交わしていたが。

 やがて、声が途切れて。寝息を立てるようになったかと思えば。

 その寝息も、止まった。

 

 ルカベストは戦場だった。

 民衆は滾りたち、王城を包囲し、

「エリジェーベトに死を!」

 と叫んでいる。

 コヴァクスとニコレット、龍菲はその真っただ中へ飛び込んだのだ。

 紅の龍牙旗が、ルカベストの街並みの中を進む。

 進むたびに、多くの人々の歓声を受ける。

「革命を、民衆をまとめているのは誰だ!」

 そう叫べば、誰かが誰それと応え、マーヴァーリュ大教会を拠点にしているという。

 コヴァクスらはマーヴァーリュ大教会に向かった。

 人々の熱狂たるや、凄まじいばかりであった。

 王都である。どれほどの人々がいるのか。

 その王都が戦場になり、倒れるむくろも多く見受けられた。

 ぼろ布のような無残な姿の貴族や兵士の姿も多く見受けられた。

「う……」

 マーヴァーリュ大教会の前まで来れば、晒し者のように、死体が数体並べられていた。

 その中には無残な姿に成り果てたヴォーロムもいた。

 死んで日が経っているようで、虫がたかり腐敗もはじまって。ひどい臭いもする。

「死体を片付けろ! 伝染病が広がるぞ!」

 コヴァクスは叫んで、死体を片付けるよう人々に命じた。

(まともな性格の者は、王都から追い出されてしまったみたいね)

 ニコレットは現状を見てそう察した。

 多くの死体を放置するのは衛生上よくない。生前健康でも、死体となれば腐敗し、死肉をもとめてよからぬ虫や小動物がたかり。それらが媒体となって、生者にも病をもたらす。

 それがわからないのか、それとも、わかってやっているのか。もし後者だとすれば、これは厄介だ。

 龍菲は黙っているが、憂いを含んだ面持ちで周囲を見渡す。

 初めて訪れるオンガルリの王都だが、革命が起こり人々が極度の興奮状態にあって、さらに死体までが乱雑に置かれて、心地よいわけがない。

(乱世に善人なく、危国に賢人なし)

 そんな言葉が脳裏に浮かんだ。

 大教会から誰かが出てくる。髭をたくわえた騎士風情で、供を引き連れている。知らぬ顔だが、この者が革命を先導しているのだろうか。

 コヴァクスらは下馬し、一応の挨拶をした。

「お初にお目にかかります。ロベヴィエールでございます」

「ヴァラトノの、小龍公コヴァクスです。あなたが革命をまとめているのか」

「左様。私がまとめている」

 どこか尊大な態度である。コヴァクスにニコレットはもちろん、龍菲もにわかに不安を覚えた。

「死体をなぜ片付けない。ルカベストに伝染病が広がれば、革命が成っても意味がない」

 そう言われて、ロベヴィエールは眉をしかめた。機嫌をそこねたようだ。

「これらは民衆を虐げていた悪人。見せしめのためにそうするのは当然のこと」

(労をねぎらわれると思っていたのが、小言を言われてすねたようね)

 ニコレットはロベヴィエールの様子を見て、悪い緊張を覚えた。

「とにかく、死体を片付けさせるんだ。ロベヴィエール殿のためでもあるのだぞ」

「わかりました」

 配下に命じ、死体を片付けさせる。反対する人々はまだいたが、

「我らが成すのは革命である。人の命をもてあそぶことではない!」

 紅の龍牙旗を掲げるコヴァクスは必死の思いで叫び。それに圧されてか、不満の声は一応は止まった。

「ところで、戦況はどうなっていますか?」

「王城を取り囲み、兵糧攻めにしています。力攻めもしましたが、うまくいかなかったので」

「王城から降伏を乞う使者は」

「まだです。来ていたら囲んでいません」

 それくらいのこともわからないのか、と言いたげな口調であった。ふと、コヴァクスは疑問に思うことがあった。

「あなたは、専属の軍人か?」

「いえ、もとはレドカーン二世に仕えていた文官でしたが。エリジェーベトに嫌われて役職を解かれて、一市民にされてしまいました」

「なるほど。それは、気の毒であったな……」

 言いながら、コヴァクスは、もちろんニコレットと龍菲もロベヴィエールの様子を探るように見据えた。


門を開くは


(革命のためよりも、私怨が大きそうね)

 そんな者が革命を先導するとはと、龍菲は憂いを覚える。心ある者、特に人々をまとめることのできる器量の者は、ルカベストにはいないようであった。

(エリジェーベトは人を下種にして従わせる。そんな者が王都にいれば……)

 ニコレットは、ヴァラトノを預かっていたゴグスの変わりように心を痛めた。

 かりそめの善政で人を逆撫でしていたのだ。それで国がよくなるわけがなく。ことに王都ともなれば、なまじ繁栄しているために、腐敗の度合いも大きくなるものだった。

「前の筆頭神父シキズメントさまの生死も不明のまま……。まあ、こまかいことは、中でゆっくり話しましょう」

 そう言われて、コヴァクスとニコレット、龍菲は導かれて、シキズメントの執務室に案内され。

 そこで詳しく話を聞いた。

 この執務室で神弟子らが虐殺され、シキズメントは捕えられたという。

 旗を丸めて抱きかかえるコヴァクスは大きく息を吐き出した。聞けば聞くほど、王都とは思えぬ、いや、王都だからこそのひどさと言うか。

 なにより、ロベヴィエールはエリジェーベトや貴族たちへの憎しみを煽って、それでもって人心をまとめている。

 大きく息を吐くコヴァクスの様子を、エリジェーベトはひどいことをしたものだと思ったのだとロベヴィエールは受け取った。

「なるだけエリジェーベトは殺さず生け捕りにし。出産を終えてから、裁判にかけましょう。生まれた子に罪はありません」

 ニコレットが言えば、ロベヴィエールは何を言うんだと眉をひそめた。

「腹から子を引きずり出して、踏みつけにしてやりたいと、皆思っています」

「皆が? お前がだろう!」

 たまらずコヴァクスは大声を上げた。

 憎しみを煽って革命を起こすことが悪手であるというのは、嫌というほど思い知らされた。それ以上に、革命を起こす側までが、命をもてあそんでしまえば意味がない。

 ロベヴィエールは、コヴァクスとニコレットが自分に対しよからぬ印象を覚えているのを感じて、これもたまらず、

「なんですかあなたがたは? エリジェーベトたちに情けをかけるなど、ありえない」

 などと言いだし。ロベヴィエールの配下も同感で。緊張感が走る。

「革命後のことを、どれだけ考えているのですか?」

「革命後……」

 ロベヴィエールは押し黙った。

「考えていないのか?」

「そんなことはありません」

「率直に言おう。ロベヴィエール殿のやり方は短絡的で、オンガルリの動乱を治めることはできない」

「なぜそんなことを言うのです」

「敵なくば成り立たぬ正義など、偽の正義だ。ほんとうの正義は、敵など必要としない。そのやり方は巡り巡って、ロベヴィエール殿のためにもならぬぞ」

「私を偽の正義と呼ばわるのか! ……者ども!」

 配下の者たちが剣を抜き、殺気がみなぎる。

「小龍公、小龍公女といえども、所詮は貴族よ。貴族に民衆の心はわからぬ」

「思い違いをなさらないで、お兄さまはロベヴィエール殿のことを思われて……」

「思いやりと見せかけて蹴落とす。貴族の常套手段だ。もういい、やれ!」

 言うやいなや、悲鳴が上がった。配下の者たちの。

「な、ななな、なんと!」

 ロベヴィエールは目を丸くして眼前の光景に驚嘆した。

 配下の者たちが襲いかかろうとするやいなや、龍菲は目にも止まらぬ動きで配下の者たちを打ち据え、気絶させてしまったのだ。

「これはいったい。この少女は、何者だ!」

 椅子から立ち上がりながらも、全身がたがた震えているが。龍菲の鋭い眼光を突きつけられて、へなへなと椅子に座り込む。

「龍菲、余計なことをさせてすまないな」

 コヴァクスは苦笑しながらも、この衝突が避けられないものだったかと悩んだ。

「ロベヴィエール殿、悪いことは言いません。お兄さまの助言に従った方がいいと思います」

 ニコレットは説得をこころみた。しかし、ロベヴィエールは、

「いやだ、いやだ! 私は、私をいじめたエリジェーベトを、殺す! 腹を裂き、子を引きずり出して、踏みつけにしてやるんだ!」

 と言って聞かない。そこへ、素早い動きで龍菲は駆け。手刀を首筋に打ち込み、気絶をさせる。

「この人は恨みに取り憑かれてしまっているわ」

 そんな人物に多くに人々が従い、革命の主導を任せているのだ。これが現実かと、コヴァクスは苦虫を噛みつぶした顔になる。

 だが、また逃げることはできない。

「ままよ!」

 コヴァクスは外に出て、紅の龍牙旗を掲げた。その時であった。

「エリジェーベトが死んだ! 国王も死んだ!」

「なんだって……?」

 王都はにわかに騒然となる。

 後に続いたニコレットと龍菲も、騒然とする人々を見て、少し呆然とする。

 マーヴァーリュ大教会に大勢の人々がつめかけ、紅の龍牙旗を掲げるコヴァクスを取り囲み、火との垣根から貴族の召使いらしき者が進み出て、

「エリジェーベトも、国王も死んだ。毒を飲んで、心中したようです」

 と言う。

 この者は降伏の使者として赴いたのだと言う。

「……!」

 コヴァクスらは急いで愛馬にまたがり、王城目指して駆けた。

「どけどけ!」

 掲げられる紅の龍牙旗を見て、人々は急いで道を開け。そこを風のように三騎駆けてゆく。


 王城まで駆ければ、民衆のどよめきは大きくなり。天も地も泣いているかのようだった。

「扉を開けろ!」

「エリジェーベトの死体を八つ裂きにしてやる!」

 民衆は叫んでいた。紅の龍牙旗がやってきて、さらに熱がこもる。

 王城は固く閉ざされたままだった。降伏の使者を出したものの、民衆の熱気、そして殺気はやむことはなく。

 すぐに閉ざされた。

 城門前まで来て、コヴァクスは叫んだ。

「しずまれ! 紅の龍牙旗のもとにおいて命ずる。しずまれ!」

 龍公、ドラヴリフトの象徴である紅の龍牙旗が城門の前でなびき。人々は「おお」とどよめく。

「革命はりました! もう戦わなくてもよいのです!」

「まだ終わってないぞ! 終わらせてたまるか!」

 ニコレットの叫びに返される無情の声。

「エリジェーベトの死体を八つ裂きにして、腹の子を引きずり出して、踏みつけにしてやる!」

「そうだ、死んだからって許さないぞ!」

「残った貴族たちも同じように、皆殺しにしてやる!」

 などなど、民衆の怨嗟の叫び、やむことはなかった。

 掲げられる紅の龍牙旗は静かにはためき、民衆の怨嗟と向き合う。

「だめだ! 死人を侮辱することは、何があろうと許さん!」

「私たちが成すべきことは、革命であり、無用の殺生ではありません!」

 コヴァクスとニコレットは民衆と対峙し、龍菲も無言で民衆を見据える。

 もし民衆が血気に逸れば……。いやな想像が脳裏に浮かび、臆病が顔を覗かせようとするのを、必死に抑える。

「畜生! 小龍公、小龍公女といっても、所詮は貴族か。貴族だから、貴族に肩入れするんだな!」

「ちがう! 憎しみは何も生まない、憎しみが生むのは憎しみだけだ!」

「憎しみの連鎖を、断ち切るのです。そうしてこそ、安穏が得られるのです」

「黙れ! 聖人君子ぶりやがって。そんなの耳にたこができるほど聞かされたが、所詮はきれいごとじゃねえか!」

「かまうこたあねえ! 小龍公と小龍公女も、ぶっ殺せ!」

「そうだ、貴族は皆敵だ!」

「王侯貴族をぶっ殺せ!」

「ぶっ殺せ!」

「ぶっ殺せ!」

「ぶっ殺せ!」

 憎しみに満ちた「ぶっ殺せ」の大合唱がこだまし、王城を包み。コヴァクスとニコレット、龍菲は固唾を飲んで押し黙らされた。

 民衆のほとんどは憎しみに取り憑かれて殺気立っている。

(これではオンガルリは亡ぶ!)


 西の方の国は不干渉をもって自国の守りしか考えていないが、南方、シァンドロスの脅威があり。混乱すればそれにつけこまれて、何をされるかわからない。

 だが民衆のほとんどはそこまで思い至らず、目先の憎しみを晴らすことばかり考えているが。

 果たして、エリジェーベトの亡骸を辱めたところで、憎しみは晴れるのだろうか。

(このままだと、新たな憎しみを求めてさまようだけ……)

 だがどうやってそれを鎮めればよいのか、龍菲もわからない。

 いかに三人が腕に覚えがあろうとも、民衆に襲いかかられればひとたまりもない。

「そこをどけ! さもないと……」

「どかぬ!」

 コヴァクスは叫び返した。

 ニコレットも龍菲も、動かない。

 民衆は滾っている。

(運命も尽きるか)

 懐にしのばせる短剣の感触。インダウリヤの老商人からの伝言。

(これが、小龍公として生まれたということか)

 コヴァクスたちは、死を覚悟した。

 そこへ、数名の人々が駆けてきたと思えば。両手を広げて、コヴァクスらをかばう。

 皆まだあどけなさの残る少年少女だった。

「やめて、小龍公の言うとおりにして!」

 彼ら彼女らは、必死に叫んだ。

「君たち……」

「私たち、ソレアお姉ちゃんにお世話になったの」

「ソレア……!」

 かつて母に仕えていた召使いの名だ。好きな人と結婚をするからと仕事を辞めたのだが。まさか彼女か?

 その彼女の世話になったとは? 

 こまかな事情を知らないコヴァクスとニコレットは驚きつつも不思議だった。

「お姉ちゃんは、いつも小龍公と小龍公女に会いたいって言ってたの」

「いったい、何の話なの?」

「わかんない。でも、お姉ちゃんいつも、そう言ってた」

「ソレアがオレたちに?」

 話しが飲み込めない。結婚をしているはずのソレアが、子供たちの世話をしていたなど。そのうえ、自分たちに会いたがっていたなど。

 何がどうなっているのか。

「それで、あなたたちは?」

「おいらたちは、孤児院にも入れなかった孤児さ。そんなおいらたちに、ソレア姉ちゃんは優しくしてくれた。いつもお菓子や食べ物を恵んでくれていた」

「ソレアお姉ちゃんがマーヴァーリュ大教会の尼さんだったこと、知らないの?」

「尼に……」

 コヴァクスとニコレットは絶句した。よくわからないが、ソレアはマーヴァーリュ大教会の尼僧になり、神への奉仕、恵まれない人々のために働いていたなど。


「でもソレア姉ちゃんは殺されちゃった。孤児院の孤児も殺されちゃった」

「そこで小龍公と小龍公女まで殺されちゃったら、ソレアお姉ちゃん、ほんとうに悲しむと思って」

 龍菲もよくわからないが、縁のある者の、そのまた縁のあるこの少年少女らが、自分たちをかばってくれているようだとは、かろうじてわかった。

 そうかと思えば、他にもぞろぞろと、他の人たちも子供たちと同じようにコヴァクスらをかばいに来た。

 老若男女さまざまだが、どこか幸薄そうな人々だった。病弱そうな人もいれば、ぼろの服で明らかに貧しい身なりの者もいた。

 しかし、目は輝いていた。

「わしらも、ソレアさんにお世話になった」

「生きる希望をなくしていたのを、ソレアさんは親身になって……」

「なんだこの餓鬼どもに、病人貧乏人どもは!」

 王城へ押しかける人々はあらぬ事態に驚いているようだった。この人々は、とにもかくにも、恨みを晴らしたかった。それを邪魔されて、殺意ばかりが湧き上った。

 恨みの念は渦となり多くの人々を巻き込み、呑みこもうとしていた。

 だが、それに呑みこまれまいと抗う人々もいた。

 それがこの、子供たちに、貧乏人や病人たちだった。

 その中に、ひと組の初老の夫婦がおり。こわい目をコヴァクスらに向けた。

「わしらは、ソレアの両親です」

「ソレアの、お父さまに、お母さま、ですか……」

「娘は、とても苦しんでいました。」

「理由を私たちにも話してくれませんでしたが、おふたりにとても会いたそうにしていました」

「なんと……」

 言葉もない。なぜソレアがそこまで苦しんでいたのか。だがもっと驚くべきことは、苦しんでいたソレアを通じて、己の危機も顧みずコヴァクスらを血気にはやった民衆からかばおうとする人々がいることだった。

「何をぶつぶつ言ってやがる! 通さねえと言うなら、力づくでいくまでだ!」

 いよいよ民衆は力をもって門を開こうとする。

(オレが死ぬのはかまわないが、この人たちまで巻き添えにしてしまうのは忍びない……!)

「落ち着きましょう! 小龍公、小龍公女の言うとおりにしましょう!」

「そうだ! もう争いはごめんだ!」

「わしらは、貧しくても静かに暮らせたらそれでいいんだ!」

 コヴァクスらをかばう人々は、怖い気持ちを抑えて民衆に呼び掛けた。その足は震え、声もつられるように震えていた。

 それでも、腹から絞り出すように、落ち着こうと呼び掛けていた。

「餓鬼や貧乏人、病人がえらそうなことを言うな!」

「そうだ、お前たちはお荷物なんだ! 丁度いい、ここで貴族どもと一緒に片づけてやる!」


 王都は殺気立ち、その様を見たくないとばかりに太陽は雲の向こうに姿を隠し。

 怨嗟の声は唸りをあげて、王城を取り囲んでいた。

「ならん! 命をもてあそぶな!」

「これ以上憎しみを積み重ねてゆけば、最後にあるのは破滅です!」

 コヴァクスとニコレットも必死になって呼び掛けた。

 龍菲は口をつぐんで黙っている。

 民衆はいよいよ城門に押しかけ、押し開けようと意気込む。その間をすり抜けるように、ひとり、またひとりと、コヴァクスらをかばう人々に加わる者たちがいる。まるで民衆の垣根から湧いて出るかのように。

 最初はみすぼらしい人々が多かったのが、徐々に、装いも変わってきて、普通の人々が加わるようになった。また、腰に剣を佩く騎士風情の者や学者、神父や尼僧の聖職者も加わるようになり、民衆に睨みをきかせる。

「な、なんだお前ら、貴族に味方するのか!」

 そんな非難の声もあった。だが、さすがに騎士風情の者は肝が据わっており。

「否! 人間に味方するものである!」

 張りのある声で、民衆の非難の声を跳ね返す。

「なんだと、オレたちが人間じゃねえってのか!」

「そうだ、今のお前たちは、血に飢えた獣だ! 獣になってしまえば、小龍公、小龍公女の言われる通り、破滅するのみであるぞ!」

 それから、他の者らも異口同音に民衆に訴えかけてゆく。

 コヴァクスの掲げる紅の龍牙旗は風に乗り、静かにはためく。

 まるで、こここそ使命の地と言わんがばかりに、様々な人々が旗のもとに集ってくる。

(父上、母上、この旗に集う人々を、お守りください!)

(お父さま、お母さま、この旗のもとに集う人々を、お守りください!)

 ふたりは、天に昇った父と母に祈った。血を吐く思いで、祈った。

「もうやめよう! 争うのは、もうやめよう!」

 どこからともなく、そんな声がする。

 旗のもとに集った人々ではない。ほかの場所から、もうやめようと、呼び掛ける声がこだまする。

 子供の泣き声もする。殺気立つ大人たちに怖じて、たまらず泣き出していたのだ。また、血気にはやる我が子をさとす父と母の姿、またその逆も、見受けられた。

 それとは裏腹に、重い沈黙が垂れ込める。

「みんな、蹴球は好きか!」

 ふと、そんな叫びが突いて出る。

「いや、蹴球だけじゃない、他の競技や勉学、なにか好きなものがあるだろう! 好きなこと、やりたいことはないのか!」

「そうです、私たちは、争うために生まれたのではないはずです。私たちが生まれたのは、なにか、好きなものと巡り会うためでもあるはずです!」

 龍菲は必死に叫ぶコヴァクスを見て、フィリケアで、蹴球をすることで絶望から立ち直ったことを思い浮かべた。

 完全に心が折れて、もう立ち直れないと思っていたのが、である。

「オレは蹴球が好きだ! 戦争なんかくそくらえだ! 戦争なんかより、蹴球をしたいんだ!」

 コヴァクスは叫んだ、沈黙を破るように、血を吐くかというほどに叫んだ。


「我らオンガルリのマジャクマジール族は、騎馬に長け東方より来たりてこの地に国をつくった。その民族の誇りは、争いでしか飾れない安っぽいものなのかッ!」

 見れば、コヴァクスは泣いていた。ニコレットも龍菲も、旗のもとに集った人々も、コヴァクスの涙を見て驚いた。

「あの時は悲し涙だったけど、今度は……」

 ふと龍菲の目にも溢れるものがあり、ついには頬を伝う。それはニコレットも同じで、色違いの目に溢れた涙が、頬を伝っていた。

 気が付けば、旗のもとに集った人々も、涙を流していた。

 

 鳥が飛ぶわ ダノウの川を越えてゆくわ

 私もこの鳥のように飛びたい

 飛んで愛しいあのひとのもとに飛んでゆきたい


 女性の悲しげな中に重みを含んだ歌声が沈黙の中流れる。

 オンガルリの百姓娘の間で歌い継がれる恋歌であった。

 

 ああ鳥さん 私の気持ちを運んであのひとに伝えておくれ

 ここにあなたを愛している哀れな女がいると

 飛べよ鳥 あのひとのもとへ 私の心を運んで――

 

 歌い進むうちに他の誰かも唱和し、合唱となってひろがってゆく。

「飛べよ鳥……」

 はるか昔、陰謀に陥れられた貴族の娘が流刑になり。遠く離れた故郷の想い人を偲んだ歌と言われていた。

 それがどこでどうなったのか、オンガルリの百姓娘を主とした若い娘たちが好んで歌っていたのだ。

 誰が歌い始めたのかはわからないが、心の中に迫る恐怖心を克服しようと歌い始めたものか。

 ダノウ川ははるか西の黒い森に源を発し、東へと向かって流れ、カラデニズ内海に注がれる。

 それまでの間、様々な山や谷、国々を通ってゆくが。オンガルリの、王都の少し離れたところにも流れていた。

 歌詞は物悲しいが、恋に恋する若い娘が憧れを込めて歌う恋歌である。

 歌を聞くや、平凡だが、平和だったころの日々が脳裏をかすめてゆく。

「オレも蹴球やりたい」

 孤児がぽそりとつぶやき。それを聞いたコヴァクスは、

「やろう! 一緒に蹴球しよう!」

 と間髪入れずに呼び掛けた。

(あの時の、バジオさんみたいね)

 時ならぬ微笑ましさを、龍菲は覚えて。ニコレットも、知らずに笑顔になった。

「なんだこれは……」

 殺気立った人々は、城門前で紅の龍牙旗のもとに集った人々に、言葉にならない恐れをいだくようになっていた。

 旗のもとに集った人々も、やはり怖かった。しかし、恐怖心を歌で克服し、コヴァクスと孤児のやりとりを見て笑顔すら浮かべる者まであった。

 それも、涙を浮かべながら。

 そびえ立つ王城はその様を静かに見守っていた。

「我々は間違っていたのか」

 誰ががそうつぶやいたのを機に、殺気が収縮してゆく。

 振り上げられた拳が、静かにおろされてゆく。

 それと同時に、門が開かれた。


革命ののちも、戦いはつづく

 

 開かれた門からは、王城を守っていた兵士が緊張の面持ちでこちらを見ている。

 旗のもとに集った人々も、緊張した面持ちで兵士を見たが。

 王城を取り囲み、押し込もうとした民衆は、動かず。ことの成り行きを見守るしかなかった。

「お入りください……」

 力ない声で兵士は小龍公に言った。

 コヴァクスとニコレットは涙をぬぐい、門の中に入ってゆく。龍菲や旗のもとに集った人々も続く。

「……」

 コヴァクスは旗を竿にまるめ、案内する兵士に導かれながら、場内の雰囲気を肌で感じて何とも言えなかった。

 何度か王城には来たことがある。当時は王城としての威厳があった。しかし今はどうだ。

 ところどころで兵士や召使い、貴族までもが、力なくうなだれて。コヴァクスとニコレットとすれ違いざまに一礼するが。その動作も緩慢なものだった。

 ひどい者になると、廊下でへたりこんで壁に背を預けて、死んだように眠りこけている。

 しかも皆やつれていた。

「しっかりしろ!」

 人々は城内の様子を予想しながらも驚きを隠せず、救助活動にあたる。

 貴族の中にはコヴァクスとニコレットに気づいて、少し驚きつつも、無理やりな愛想笑いを浮かべる者まであった。

 もちろん知っている顔もあった。自分たちを散々嫌い、軽蔑していたはずだ。

(これが一国の中枢か……)

 心の腐敗は、国そのものを腐敗させる。その中枢ともなれば、悪い瘴気が漂っているようだ。

「王と、エリジェーベトはどうなっていますか?」

「はい……」

 ニコレットに問われて、案内の兵士は悲痛な声で応えた。

「ともに、王のお部屋の中でみまかられておりました。エリジェーベトさまなどは、お腹にお子さまが宿っていたのに……」

「できれば生かして、出産が終わるまで裁判を待つつもりだった」

 エリジェーベトの犯した罪は大きくとも、お腹の子供に罪はない。出産を終えてから裁判をし、子は誰がよい人の養子にすることを考えていた。それを述べると、

「政治というものは恐ろしいものです。お腹に子を宿した女性までが狂ってしまい、あんな最期を遂げてしまうとは。このことで、私はそれをいやというほど思い知らされました」

 と、兵士はつぶやき。やはりふたりは何も言えなかった。

 やがて王の間に着けば、貴族たちやその婦人に子までが居並び。中央には、白い布をかけられたものが置かれていた。

 それが王とエリジェーベトの亡骸なのは、布の膨らみ具合で察した。

「小龍公、小龍公女、勝利の美酒はさぞ美味かろう」

 

 そう言うのはバゾリーであった。

 ふたりの姿を認めるや、白い布に飛びつき、覆いかぶさるようにしがみついた。

「これを辱めることは許さん!」

 バゾリーはやつれて力もなさそうなのに、その目だけは異様にぎらついていた。 それを、近衛兵が腕をつかんで引きはがそうとする。

「放せ。私は将来の国王の伯父だぞ、私に無礼を働くのは許さん。私に逆らう者は死刑だぞ!」

 その様は正気の沙汰ではなかった。今のこの状況を理解しているとは言えななかった。

 近衛兵は物言わず、バゾリーをどこかに連れてゆき。ようやく静かになった。

「小龍公、小龍公女、どうかお許しを。バゾリーはすぐに死刑にいたします」

 ほかの貴族たちは慌てて跪いて許しを乞う。

 そこには、レドカーン二世とエリジェーベトを悼む気持ちはなく、ただ保身のみがあった。

(この人たちは、こうなることなど考えていなかったのね……)

 怒りを覚えるでもなく呆れるには重すぎ。何とも言えない気持ちが、胸の中で漂う。

「ぎゃああー!」

 静かになったと思ったら、耳をつんざく悲鳴がし。何事かと思えば、近衛兵がバゾリーの首を掲げて来る。

「バゾリーの首を刎ねました」

「わざわざ見せに来るでない。どこかへ片付けておけ」

「馬鹿野郎ッ!」

 コヴァクスは思わず叫び。貴族たちはびくりとする。

「どこまで腐っているんだ!」

 人の、底なしともいえる腐敗の具合に、コヴァクスはやるせなさを感じてやまなかった。

 貴族たちの改心を期待していたのだが……。

「そういえば、シキズメントさまはいかがなされましたか? とらわれたと聞きましたが」

「はい。エリジェーベトに殺されてしまいました」

「なんと……」

 父ドラヴリフトとともに国を支え。動のドラヴリフト、静のシキズメントと人気を分け合っていたほどの事物であった。だがそれゆえに、凶刃に付け狙われた。

「ご遺体はどうしている?」

「部屋の中に……」

 着いてきていた騎士が話を聞き、部屋の場所を詳しく聞いて駆けてゆく。

 次から次へともたらされる死に、コヴァクスとニコレットは打ちのめされそうだった。

 この荒れた国を立て直すためにシキズメントの存在は欠かせなかった。それを殺したところに、エリジェーベトの恐ろしさがあった。


 彼女は、死してもなお荒廃を撒き散らすつもりでシキズメントを殺したのであろう。

「どうして、そんなことを」

 ニコレットはいたたまれなかった。

「死に魅入られてしまったんだ。イカンシやエリジェーベトが魅入られたのは富や権力じゃなくて、死だったんだ……」

 白い布をかぶせられた亡骸を眺めながら、コヴァクスは歯ぎしりした。

「これからいかがなさいますか?」

 旗のもとに集った人々の中で、騎士や聖職者の身分の者が主に王城に入り救助活動にあたっていて。居並ぶ貴族やその家族に手を差し伸べ、ひとまずの食事を与えるために、城外へ導く。

「まずは、王とエリジェーベトと、その子をねんごろに弔おう」

 それを聞き、龍菲は微笑んで。ふと閃くものあって、コヴァクスに耳打ちすれば。「それはいい」と、頷く。

 にわかにひとり騎士の者が駆けつけ、城外がふたたびあわただしくなってきていると言う。

「ここは我らに任せて、小龍公と小龍公女は人々をお鎮めになってくだされ」

 ふたりは愛馬にまたがり再び人々の前に姿を現したが。龍菲はいない。あまり人前に出たくない彼女は門の陰に身を潜めていた。

 王城の前に集まった民衆は不安な面持ちをしていた。これからどうなるかわからない不安な気持ちでいっぱいで。

「王さまはどうなっているんだ!」

「この国はどうなるんだ!」

 そんな不安な声がこだまする。

「残念ながら王は、そしてシキズメントさまも同じく、亡くなられた!」

 民衆はどよめき、悲痛な悲鳴まであがる。国王にシキズメントまで亡くなってしまって、誰がこの国を安定させるというのか。

(試されている……!)

 革命はなったが、終わりではなかった。むしろ、戦いは永遠であるというのをふたりは痛感していた。

「案ずるな、女王陛下に王女、王子はご健在である!」

「我らヴァラトノの騎士団も健在なれば。この国が崩れぬことを、約束しましょう!」

「法はどうなりますか」

 貴族は徴兵をすると同時に、新たに国民を締め付けるような法をつくったという。そこで龍菲に教えてもらったことの出番だった。

「殺すな、盗むな、傷つけるな。この三つのみだ」

「それだけでいいのか?」

「そうだ。女王陛下のご帰還まで、この法三章を仮の法とする」

「もし我らが約束を破れば、剣をもって訴えてもかまいません!」

 最後のニコレットの叫びで、民衆は歓声をあげた。

 ようやくにして革命はなり、新たな段階に入ったのだ。

 

 革命はなった。

 だがそれは終わりではなかった。

 革命はなり、新たな段階に入り。未来に向かい、歩み続けなければならない。

 コヴァクスとニコレットは新オンガルリのロヒニへ使者を出し、協力してくれる人々とともに仮の統治者として国をまとめた。

 まずは、王とエリジェーベトとその子、シキズメントにソレアなど、亡くなった人々の葬儀であった。

 マーヴァーリュ大教会で、質素ながらも厳かに、葬儀は執り行われた。

 やがて龍の騎士団シャルカーニュ・ア・ロヴァゴク黒軍フェケテシェレグも来て、それが王都の警備に当たることで大きな騒ぎの起こる心配はなくなった。

「やったなコヴァクス! これで蹴球ができるな!」

「ああ、できる! 蹴球ができるぞ」

 龍の騎士団の主だった騎士や、アッティにヤノーシェとクネクトヴァ、カトゥカたちは、王城で国政をつかさどるコヴァクスと面会した。

 場所は王の間や王の部屋ではなく、母とシキズメントが監禁されていた部屋だった。

 日当たりもよく眺めもいい。

 しかし、ここで母とシキズメントが非業の死を遂げたと思うと辛かった。そのふたりの分まで生きてゆこうと、決意を新たにもした。

この部屋を執務室にしたのは、その決意のあらわれであった。

 ともあれ、そこを執務室としてふたりは政にいそしんでいたが。

 アッティとコヴァクス、会って最初の一言が、それであった。

(ほんとうに蹴球馬鹿……)

 他の者たちは、ふたりの言葉を聞いて、あたらめてその蹴球馬鹿っぷりを思い知った。

 机のそばには、旗立てにかけられた紅の龍牙旗があった。そして机には、あのマハタラから渡された短剣が、短剣立てに建てられて大事に置かれていた。

 この短剣を見えるところに置くことで、マハタラの願いを忘れないよう心がけていた。

 龍菲といえば、そよ風のように王都を歩いている。気まぐれでじっとしていられない性格あった。ふところにはやはりマハタラからの短剣をしのばせていた。

「それより腹が減ったぜ。なんか食わせてくれ」

 ヤノーシェは唐突に言う。クンリロガンハの草原でマーラニアからの援軍を追い払ってから、大急ぎで王都に向かっていたのだ。満足に食事もとれなかった。

 騎士や兵士たちも、本当は腹が減っているのだが、それを我慢して到着するや警備に当たっているのだった。

「わかった。すぐにかまえよう」

 そのとき、

「よろしいでしょうか」

 と、召使いがやってきて、これこれこうと要件を伝えると、コヴァクスとニコレットは顔をぱっと明るくして。

「お願いしますと伝えてほしい」

 と言えば、召使いも顔をぱっと明るくして部屋を出てゆく。


「ああ、腹が減ったなあ」

 空腹で腹も鳴るのをこらえ、街角に立つ兵士はつぶやいた。すると、

「これをどうぞ」

 と、女性に料理の乗った皿を差し出される。

「これは?」

「私たちの少しばかりの心遣いです。どうぞおあがりください」

「しかし、今は」

「小龍公、小龍公女からも、お許しが出ていることです」

「そうなのか、では、ありがたくいただこう。……ところで、どこで食えば」

 まさか立ったまま食するわけにもいかず、兵士たちは戸惑っていたが。家屋のドアが開かれて、

「どうぞ」

 と導かれる。

「いやあ、ありがたい」

 騎士や兵士はご馳走にありつけて、笑顔をぱっと輝かせた。

 料理はパプリカと肉の炒め物や、牛肉とタマネギ、パプリカなどから作られるシチューのグヤーシュ、じゃがいもを吹かしたものなどなど……。

 このご馳走は有志が料理を作って振る舞っていた。国内とはいえ強行軍をしてきた龍の騎士団や黒軍の騎士や兵士にとっていい腹ごしらえとなった。

「美味い」

 笑顔の花咲く中、その言葉が何度も出て。それが王都全体に広がり。革命時の重く暗い雰囲気が払われたようであり。やっと顔を出した太陽も恵みの光をもって花を添えた。

 王城では、騎士や兵士に料理を振る舞いたいと申し出た人々を招いて、コヴァクスとニコレットは丁重に感謝の言葉を述べた。

 有志の人々もふたりに感謝の言葉を述べて、王城から退出した。

「ところで、このあと予定は……」

「はい、たくさんありますが」

「ああ。そうか」

 文官に予定を聞いてコヴァクスはやや困った顔をする。

「お兄さま、蹴球がなさりたいの?」

「っう……」

 妹に痛いところを突かれ、コヴァクスは苦笑してごまかすしかなかった。

「仕方ありませんわね。無理に止めて、後で変な爆発をされては困りますから、どうぞおゆきになってください」

「え、いいのか?」

「はい。ただし、有事の際にはしっかり働いてもらいますからね」

「悪い、じゃあな!」

 文官はぽかんとしてコヴァクスの背中を見送り、ニコレットは子供を見送る母親のような面持ちになっていた。

 ニコレットは動きやすさを好んで服装は男性ものを着ていて、男装の麗人となって。その姿に見惚れる者も多い。


「小龍公はほんとうに、蹴球がお好きでございますな」

「そうね。お兄さまから蹴球を取ったら、死んでしまうわ」

 ニコレットはそう言いながらも、苦笑ではなく微笑で背中を見送っていた。

 エリジェーベトにより真面目な官吏は王城はおろか王都からも追いやられていた。それを呼び戻して、助けてもらっていた。

 この官吏たちがいなければ、国を治められない。国は王侯貴族だけで治めるものではないことを、痛感していた。

 特にコヴァクスは。

「おれは皆を守らないと、と思っていたけど。逆に、守られていたんだな」

 あの時、旗のもとに集った人々がいなければ、どうなっていただろうか。

 ともあれ、王城から出て愛馬にまたがり、広場向かって駆けた。アッティも一緒だった。

「マジャックマジルの爺ちゃんに何言われるかな!」

 ふたりはそんな事を言い合いながら広場を目指した。

 広場に着けば、あの時の孤児もいて、蹴を夢中で蹴っていた。

 孤児院も惨たらしい悲劇があった。しかし今は再開され、さらに増築し、多くの、孤児院に入れなかった孤児を新たに受け入れていた。

 また厳しい人選により、孤児を引き受けてくれる家庭を募集し。孤児対策の拡充をはかった。

 そんな孤児たちも、広場で声を弾ませて遊んでいた。その孤児をあたたかなまなざしで見守るソレアの両親の姿もあった。

 ふたりは、亡き娘の心を受け継ぐ気持ちで孤児を三人引き取っていた。

「小龍公!」

 コヴァクスが広場に来て、人々が集まる。その中にいつの間にか龍菲もいた。

「ここに来たってことは、蹴球に来たのか!」

 コヴァクスの蹴球好きは昔からオンガルリで知られているところだった。

 龍星号シャルカーニュチーラグから降りると、子供たちがあっという間に詰め寄り、取り囲んでしまった。その中には、あの時「オレも蹴球したい」と言った孤児もいた。

「おう、やるぞ。身体が動かなくなるまでやるぞッ!」

 腕に、いや脚に覚えのある者が集まり。にわかに蹴球の試合がはじまった。

 コヴァクスとアッティは声を弾ませ、球を蹴り、広場を所狭しと駆けた。駆けまくった。

「まあ、小龍公ったら、あの時よりも何倍も元気に」

 ソレアの母親がおかしそうに言い、父親も笑顔で頷く。

 コヴァクスは網めがけて球を蹴ったが、柱に当たって弾かれる。

「おいなにやってんだ!」

「うるせえ、こんなときもあるんだよ!」

 後ろからアッティは得点を決められなかったコヴァクスの背中に大声をぶつけ、コヴァクスも振り向いて言い返す。

 その様は小龍公や貴族の子息や、革命を成し遂げた革命人でもなかった。


「次外したらお前下がってもらうからな!」

「そういう前にお前も入れろよ!」

 そう言い合った次の瞬間、味方が相手から球を奪って駆けて。コヴァクスとアッティも網の前まで駆けて。

 味方が球をけり上げたのを、アッティは相手に囲まれながらも素早く跳躍し、頭で球を弾いて。

 守備は手を伸ばすがその指先をかすめて、球は網を揺らした。

「どうだ、入れてやったぞ!」

「くっそ、次はオレだ!」

「無理するなって、疲れたら休んでいいんだぞ!」

「言ってろ!」

(ああ、おかしい。コヴァクスは蹴球のことになると、とたんにおかしくなるんだから)

 その様子を龍菲は口を手に当てて、笑いをこらえている。周囲もやんやの喝采で、皆で観戦を楽しんでいた。

 頭上を鳩や雀などの小鳥が羽ばたいてゆく。

 王都は革命で騒然としていたのが、うそのようだった。

(これが、コヴァクスのしたかったこと……)

 コヴァクスは点を取ろうとやっきになるが、相手もさるもので追加点を許さない。それを意地になって突き破ろうとする。

 思えば、コヴァクスは世のため人のためと大義を振りかざすような性格ではない。どこまで行っても、やんちゃな男の子が抜けない男だった。

(そういう男の子だから、革命を成し遂げられたのかもしれないわね。……そんな男の子が好きな私は、女の子、か)

 ふとそう思うと、胸が熱くなるのを感じた。

 自分の中に女の子の部分があることに気づき、戸惑いも感じてしまった。

 暗殺機械として育てられた自分に、そんな部分があるなど、考えたこともなかった。

 試合はアッティが得点を入れたまま、一進一退を繰り返し。時間切れになって、終わった。

「よっしゃあー!」

 アッティはもろ手を挙げて喜び、相手もその健闘を讃えたが。コヴァクスは天を仰いで、すっぱい柑橘系の果物を口にしたような顔をしていた。

「あーあ、蹴球は甘くないなあ」

(ぷっ……)

 試合に勝ったが、それよりも得点できなかったことを悔しがるコヴァクスが、龍菲はおかしくてたまらず。口に手を当てて笑いをこらえていたが、

「ああ、もうだめ、あはは、あっははははは……」

 ついにこらえきれずに笑いだしてしまった。

「笑うなんてひどいなあ」

 コヴァクスはため息をついて苦笑する。


 革命の立役者が、蹴球で得点を決められずに落ち込んでいる様は、見物していた人々もおかしそうにしていた。

 あの時、涙を流しながら叫んでいたのが、今はただの男の子だ。その落差が面白くもあった。

 試合が終わって、広場には子供たちも集まり。それぞれ思いのままに遊ぶ。コヴァクスやアッティになついて、球の蹴り方を教えてもらっている子供もいた。

 やがて日も暮れだして、ソレアの両親はコヴァクスとアッティに挨拶をして、引き取った三人の子供とともに帰ってゆき。

「じゃあな、次は入れろよ!」

 と余計なことを言いながら帰ってゆく子供もいた。

「ああ、入れてやるから、お前もうまくなれよ」

 苦笑しながらも、コヴァクスは蹴球できたことがやっぱり嬉しそうだった。

 愛馬にまたがって王城に帰り、湯を沸かしてもらい身体を拭く。

 晩は皆で集まって夕食をとる。

 ランタンともす食堂で円卓を囲んで、召使いの運んできた料理に舌鼓を打つ。

 その中にはヤノーシェはいない。

「かったるいのは苦手だ」

 と王城を出て、宿に泊まっている。せめて食事の時くらいは、と言ったが、

「それこそごめんこうむるぜ。よくしてくれるのは感謝するが、オレはこういうのは苦手だ」

 と、部下とともに宿で庶民料理をばくばく食って酒を喉に流し込んでいた。ヤノーシェにとって、この方が性に合っていた。

 黒軍は下層階級出身者からなっている。満足な教育を受けられず、勝手気ままに生きてきた男たちを、カンニバルカはよくまとめていたものだと今さらながら感心する。

 それこそ、コヴァクスやニコレットと同じ思いでカルトガの再興に命を懸けていたのだろう。

 だが、マーレに対する憎しみを埋め込まれ、黒人や少数者に対する差別意識があった。そのために力をもっての支配を当然のことと思い、争いの果てに無念の死を遂げさせられてしまった。

「もしカンニバルカがいいやつだったら……」

 ふと、こぼれる言葉。ジーハナでの戦いの中、無我夢中でカンニバルカを討ったことを思い出す。

「オレも戦場で敵を討ってきた」

「お兄さま」

 隣のニコレットは心配そうにコヴァクスの手に、手を添える。

「それが、小龍公、小龍公女として生まれたということでございますわ」

「そうだな」

 コヴァクスは無用に暗くなってしまったと、気持ちを切り替え、食事を再開する。他の者たちもつとめて明るく振る舞った。

 そのとき、召使いが来訪者の到来を告げた。


「女王陛下が、お越しになられました」

「わかった、すぐいく!」

 一同は食事を中断し、城門に向かえば、そこには女王ヴァハルラや王女に王子、さらにイヴァンシムにマジャックマジルまでがおり。

 派遣した使者に、もうひとり、見慣れぬ者がいた。

 ともあれ、コヴァクスたちはうやうやしく跪き。

「ようこそお帰りなさいました」

 と、旅の労をねぎらい。王の間まで案内する。

 王都は夜闇が覆い、人の往来もほとんどなく。夜警の兵士が数名いるだけであった。その兵士も、女王の帰還に感極まった面持ちをしていた。

 女王がエリジェーベトの迫害を逃れて、ようやくの帰還だった。

 その直後、別の馬車が来て。聞けばマーラニアからの使者であるという。

「いっぺんに来たな」

 コヴァクスは苦笑し、申し訳ないがその使者を部屋に案内し、待ってもらうように警備の兵に言う。

 一同王の間に入り、ヴァハルラは数段高いところにある女王の座に腰掛ける。その所作は堂に入ったもので、女王の威厳十分であった。すぐに小さな椅子も用意されて、第一王女オレアに第二王女オラン、そして末っ子の王子カレルも座った。

 三人の子は、久々の王城に嬉しそうな見せていた。

「各々がた、大儀であった」

 女王の座からヴァハルラは一同を見下ろし。その労をねぎらえば、

「もったいないお言葉」

 と、一同跪く。その時、見慣れぬ者が投げ接吻の動作をとった。これはアラシアの礼儀作法だった。

(アラシア人か)

 コヴァクスとニコレットの驚きは小さくなかった。

「この者は、ダライアス獅子王から派遣された密使です」

(ダライアスの!)

 一同息を飲む。まさかダライアスからの密使が来ようとは。

「これまでの侵攻を詫び、新たに和睦をしたい旨したためられた書簡を預かって来たそうな。聞けば、ダライアス獅子王は文字に明るい者に西の言葉で御心を書かせて、それを自ら模写されたと」

「これにございます」

 アラシアの密使はふところから書簡を取り出し、それをクネクトヴァが受け取り、ヴァハルラに渡す。

 書簡を読んだ。

(国王陛下の死を知っていように、気丈に振る舞われて……)

 女王として振る舞うヴァハルラの心情を思うといたたまれなかった。しかし、嘆けばせっかくなった革命に水を差す。

 ダライアスからの書簡も、どのようなものか気になるところを、ここまで我慢していた。


 女王であるという自覚が消えていない証左であった。

 書簡には、それまでのアラシアによる侵攻を詫び、和睦をしたい旨したためられていた。西の言葉で。

 さらに、ドラヴリフトは勇者であり、オンガルリ平定ののちは力を貸してもらい、助けてほしかったこともしたためられて。

「ドラヴリフトは隠れもなき勇者であると、しるされております」

 と、読み上げた。

(カンニバルカも父上を勇者と言っていたが)

(ダライアスはお父さまを勇者と讃えているのね)

 嬉しい気持ちもあった。その一方で、敵が父を讃え、味方であるはずの同じオンガルリ人が父を憎んでいたことに皮肉なものも覚えた。

 しかし、これが模写とはいえダライアスの筆によるものだと思うと、息を飲む思いだった。読むヴァハルラにいたっては、詫びをしたためながらも卑屈にならず、堂々とした筆遣いを見て。

 一字一字に、獅子王の心が込められているようでもあった。

(まこと、獅子王のふたつ名にふさわしい)

 ヴァハルラは読みながら感心し、コヴァクスとニコレットは黙り込んでしまった。

 クンリロガンハにおいて、ダライアスと刃を交えた。ことにニコレットはダライアスと一騎打ちをし、討たれることを覚悟した。

 コヴァクスにしてみれば、同じオンガルリ人はおろか、シァンドロスは味方を装いながら失踪にまでおいやった。誰を信じてよいのかわからぬところだった。

 ヴァハルラが書簡に目を通している間、三人の子たちは落ち着いていた。やはり王女と王子であった。

「……」

 書簡を読み通して、ヴァハルラは感慨深かった。

 あの時、獅子王子であったダライアスはヴァハルラたちを煮るなり焼くなり好きにできたはずだ。しかし、征服者として傲慢に振る舞うことなく、こまやかな心配りをもって接した。

「和睦を受けましょう」

 早い回答であった。アラシアの密使はかえって驚くほどだった。

「ダライアス獅子王のことなれば」

 それがすべてであった。

「ただ、わらわは旅の疲れで、今日は話を進めることができません。こまかなことは、明日改めて」

「もちろんでございます」

 アラシアの密使は畏れ入って再び投げ接吻の動作をし、ひれ伏した。

「わらわたちは疲れ食欲もないので、もう寝ます。そなた達は食事中であったとか。アラシアのお方を招いて、親睦を深めるがよい」

「はは……」

 侍女に付き添われて退出するヴァハルラと王女、王子らを見送ったあと。アラシアの密使とマジャックマジル、イヴァンシムを加えて食事を取り直すことになった。


再びの出発


 一同改めて円卓を囲み、料理も追加される。

「美味しゅうございます」

 アラシアの密使は料理に舌鼓を打ち、満足そうな笑顔を見せた。

 マジャックマジルは、久しぶりに見る郷土料理に涙が出そうなほど喜び。イヴァンシムは黙々と料理を口にし、

「美味しゅうございます」

 と、少しばかり相好を崩していった。

「ダライアス獅子王のそばに、豪の者がいるだろう」

 ふと、クンリロガンハの戦いで一騎打ちをしたアラシアの騎士のことを思い出した。

「はい。イムプルーツァ殿のことでございます」

「その者も、達者か?」

「はい。お元気でございます」

「オレは、その男と一騎打ちをした。強かった。イムプルーツァはオレを覚えているかな」

「おお」

 密使は何か思い出したように膝を打った。

「出発の直前に会って、小龍公によろしく伝えてほしいと言っておりました」

 コヴァクスはイムプルーツァと一騎打ちをした時のことを思い出す。精悍さの中に、どこか無邪気さをうかがわせる顔立ちだった。

 ニコレットもダライアスと刃を交えたことを思い出す。

 不思議なことに、それは強い照度をもって思い出される。

「他にも何か言っていなかったか? 生意気な小龍公の餓鬼とか」

「いや……」

 密使はやや困った顔をしながら苦笑する。

「餓鬼とまで言いませんでしたが、やんちゃ坊主と言っておりました。自身もそうでありながら」

「そんなことを言っていたのか」

 一同に笑いが広がる。

「秘密にしてほしいと言われておりましたが、あなた方は秘密を守ってくれると信じて打ち明けましょう。イムプルーツァ殿は現在蹴球に夢中になっておりまして」

「なに?」

「小龍公が大の蹴球好きと聞かれて、それで」

「あの時の続きをしようというのか」

「その通り。小龍公は討つに忍びなく。しかし蹴球なら討ってしまう心配もないと申しておりました」

「まあ、ほんとうにやんちゃなお人で……」

 ニコレットもおかしそうだった。

 聞けば聞くほど、ダライアスと、アラシアと戦う理由が見当たらなくなる。むしろ、仲良くできるではないか。

 それなのに、戦うことになって。


「もともと、和睦できるならしたいと思っていた。それを向こうからしようと言ってもらい、助かった」

「もったいないお言葉。ダライアス獅子王もそれを聞けば喜びましょう」

 ニコレットはふと、マハタラのことが思い浮かんだ。

 これをマハタラが見たら、喜んでくれただろうか。自分たちは、願いをはたせただろうか、と。

「ところで、アラシアはどうなっている? オンガルリの革命に無我夢中で、他に気を回す余裕もなかった」

(革命ではなく、蹴球ででしょう)

 ニコレットは少し意地悪な笑みを浮かべる。

「トンディスタンブールにてダライアス獅子王をかたる者かが蜂起し、クゼラクセラ先王はそれを頼って落ち延び。さらに、シァンドロスと結んだと」

 密使はオンガルリとアラシアの間の地域の状況を簡単にだが語った。

 事態は急展開を迎え、一同驚きを禁じ得ない。あまりにも予想できない方向にことはすすんだものだった。

 ニコレットも驚いたが、それを隠してつとめて冷静を心がけた。

「まだ戦いは続きますね。それと、ともに戦ってほしいと?」

「いえ、これらはすべて、ダライアス獅子王が引き受けると」

「私たちは?」

「無理をせず、専守防衛につとめてほしいと」

「そこまで……」

「これも、詫びのうち。アラシアの過ちはアラシアの手でおさめねばならぬと、申されておりました」

「水臭いことを言うな……」

 コヴァクスはつぶやく。だが今のオンガルリの現状では、援軍など出せようもない。

「でもお兄さま、無理をすれば、国力は持ちません」

「わかっている。それだけに、なんか悔しいな。しんどいことをダライアスに押し付け、自分たちは何もしないのは、心苦しい」

「ダライアス獅子王の強さはお兄さまもお知りのはず、心配はないかと」

「並みの相手ならともかく、シァンドロスもいるんだ。あいつは、一筋縄じゃ行かない」

 イヴァンシムは黙って聞いている。他の者たちも、イヴァンシムが来たのは女王の補佐役としてであるとわかっている。同時に、なにかよい考えはないかと期待もしている。

「よろしいですかな」

 その期待されたイヴァンシムが口を開き、どうぞ、とうながせば。

「密使殿の語られたこと、我らも把握しておりましたが、フィリケアからロヒニに使者が来られまして」

「フィリケアから」

 コヴァクスの脳裏に懐かしい顔が浮かぶ。


「フィリケアでも東の情勢に気を配っておるようで、我らと結びたい旨を語っておりました」

「フィリケアと、同盟を」

 ニコレットは再び驚く。予想外の急展開が立て続けに起こるものだ。

「我らで勝手に決めることはできず。事情を話し、心苦しいことながら、のちに使者を送ることを約束し、保留のままお帰りいただきました」

「そういうことがあったのか」

「また、かつて小龍公を乗せた船団も、我らと結びたいと。シァンドロスとの戦いは、避けたくとも避けられぬ様子。聞けばグレース近海を掌握し、制海権を独占しているとか」

「あいつが、そんなことを」

 制海権の独占ということは、航海する船から通行税を徴収しているということだろう。シァンドロスがそんなことをするのだろうかと、にわかには信じがたい。

「聞けば、母のエレンフェレスの指示によるものとか。ソケドキアの女王もまた、厄介な存在のようです」

「……」

 エリジェーベトもそうだったが、女性がそのような悪政を執るとは。自己顕示欲というものの恐ろしさは、男女とも同じのようだ。

 緊張した一同の面持ちを見て、イヴァンシムは笑みを浮かべる。

「いや、食事の場で堅い話をしてしまいましたな。このような場では、笑顔で語り合うことが大事。難しい話は明日にし、今は再会と出会いを喜びましょう。……マーラニアからのご使者も招かれてはいかがかな」

「そうですね」

 ニコレットは人をやってマーラニアからの使者も食事に招き。

 一同気を軽くして歓談に花を咲かせた。特に、コヴァクスはアッティとマジャックマジルと蹴球の話を弾ませたが。興味があるのか、そこにイヴァンシムも加わり。蹴球の戦術観を語り。

 聞くコヴァクスをうならせ、もっと話をとせがんだものだった。


 一方で、ヴァハルラは久しぶりに帰ってきた自分の部屋で、侍女を伽に悲しみにひたっていた。

 レドカーン二世は正気を失ったまま、エリジェーベトの自殺の道連れにされた。

 ふたたび家族で、夫婦で笑いあえる日を夢見ていたが。その希望は儚く打ち砕かれてしまった。

 子供たちも父の死を知り、悲しみの中、旅の疲れもあってベッドで横になり眠っていた。

「人の心というものは、恐ろしいものです」

 コヴァクスとニコレットが革命を成就させて、オンガルリの亡びは免れた。が、取り戻せない損失もあった。

 侍女はヴァハルラによく仕えていた者だったが、エリジェーベトにより追い出されていた。それをコヴァクスとニコレットが前もって呼び戻したのだった。

 ともあれ、ヴァハルラとその子らにとって、喜びよりも悲しみが大きい帰国であった。

 レドカーン二世は自らを浪漫王と称していたが。悪い家臣にそそのかされた面もあり、国王としては良い国王ではなかったかもしれない。

 しかし、家族に対しては慈しみあふれる父親であった。

 このままではいけないのはわかっているが、今夜一晩くらいは、悲しみにひたっていたかった。


 それとは別に龍菲は、王都に宿をとり、王城には入らなかった。

 コヴァクスは招いてくれたが、ヤノーシェと同じようなことを理由にしていた。

 もっとも、ニコレットはそれが龍菲の気遣いであることにうすうす気づいているようではあった。

 

 翌朝、一同王の間に集まり。以後のことを話し合った。

 ニコレットは丁寧に、このようにしたいと語り。ヴァハルラは話を聞いて頷き。

「わかりました。そのようにいたしましょう」

 と、返事をした。

 事態は急展開を迎えており、ヴァハルラも目が回るものを覚えた。それに対し、イヴァンシムはよく考えを巡らせ、助言もし、最終的な判断はヴァハルラにさせるよう事を運んだ。

 すべてを任せてくれるかもしれないが、かといって好き放題してよいわけではない。女王を支えながら国の中心に据える気持ちで、一同接した。

 またマーラニアの情勢といえば、これもかんばしくなく。カラレ三世はお飾りになりはて家臣の権力争いにされるがままだったが。オンガルリに革命起こると聞いた民衆も、続けと蜂起し、ついには革命を成し遂げてしまった。

 カラレ三世は狼狽したが、心ある家臣の懸命の働きにより王の座は守られどうにか国としての体を保っている状態だという。

 そこで、改めてオンガルリと同盟を結びなおし、国を安定させたいという。

 ほかにも、捕えたゴグスやロべヴィエールたちの裁判など、やることはたくさんある。

 革命からいくらか時が経ち、幸い、国は平穏になりつつあり。コヴァクスとニコレット健在であることが、野心家を抑えて。蜂起の矛を収め、あらためて恭順の意を示す者も多かった。

「国というものは、大変だ」

 国を治めることの難しさをコヴァクスとニコレットは痛感していた。

 それとともに、人の心の難しさも思い知ることも多い。

 世の中には様々な人がいる。人の数だけものの考え方も違い、そこからの衝突も多い。それらを放置すれば、人心は荒み、世の中は争いに包まれてしまう。

 革命でおとなしくなったとはいえ、貴族や野心家がまたあらぬことをしでかすとも限らない。

 これをヴァハルラだけで抑えることはまず無理であった。そのために、イヴァンシムが同行して支えている。彼は実質上宰相のようなものだった。

「残念ながら、それが世の中というものです」

 イヴァンシムは達観していた。仲間たちとファルチザーネ(抵抗者)を結成し、騒乱の母国を渡り歩き、色々と思い知らされることも多かった。


 一番怖いのが、幻想に逃げ込み嘘を信じ、それを実現しようとすることであると語る。

「人は現実から目をそらし、あらぬ幻想に逃げ込みます。お心当たりはあると思います」

「確かに……」

 レドカーン二世は自らを浪漫王と称し、心根の良くない貴族はそれに付け込んで王をそそのかし。ドラヴリフトを亡き者にして、国を牛耳ろうとした。そればかりか、その後の調べで、イカンシがアラシアに身を売っていたことを知り、衝撃を受けたものだった。

 売国奴は誰なのか。売国奴から反逆者と言われて、危害を加えられて。

 だがそのイカンシは、利用してやろうと招いたカンニバルカに殺され。イカンシと連なるバゾリーと、エリジェーベトは無残な死を遂げてしまった。

 しかも、シキズメントたちや国王、そして腹の子を道連れにして。

 何ひとついいことなどない、なにもかも悪くなってゆく。それにも気付かず、事態を悪化させてゆく。

 だが本人たちは天国を作ろうとしていたのだ。それで実際にできたのは、地獄だった。

「今は、シァンドロスがそうであると」

「そうですな。彼がどのような大望を抱いているかはわかりませんが、そのためには手段を選びますまい。話は変わりますが、新オンガルリについてですが……」

 本オンガルリの復興はなりつつあるが。新オンガルリはもともとリジェカの一部、それを慮り編入はせずに独立国として本オンガルリと同盟関係にする旨、協議により決まった。

 さらに、コヴァクスとニコレットは再び新オンガルリに赴き対ソケドキア・シァンドロスの最前線に立つことも、協議で決まった。

 ヴァハルラは不安に感じたが、マジャックマジルとイヴァンシムが本オンガルリに残りヴァハルラを支えることで、安堵を得た。

 隣国マーラニアも、本オンガルリが安定するに伴い安定していっている。混乱は混乱を招き、安定は安定を招く。

 国と国は別個のものではなく、連なっているものだということを、コヴァクスとニコレットは学んだ。

「コヴァクス、蹴球しよう!」

 出発の前日、王女と王子はコヴァクスになついて、一緒に蹴球しようとせがんだ。

 ニコレットもさすがに止めず、好きにさせた。

 軽装になって、城壁の中の広場でコヴァクスは王女と王子たちとともに球を蹴った。

 軽快な笑い声が響き、陽光を受けて、のどかなものだった。

 この光景を見て、誰しもが、このまま時が止まってくれたらと思わずにはいられなかった。

 まだ戦いは続くのだ。


 いつになれば、戦わずに済む日が来るのだろうか。

 翌日、王都郊外にて龍の騎士団に黒軍が結集していた。

 ロヒニに向かうためである。国の東西は安定し、北は人が足を踏み入れない凍土の大地。南は、ソケドキアの支配地。

 対ソケドキアの最前線に主力を置き、有事に備えるのである。

 女王ヴァハルラに第一王女のオレアに第二王女のオラン、王子のカレル。イヴァンシムにマジャックマジルが衛兵に伴われて見送りに来ていた。

 龍菲も軍勢の中にいた。

 隠しても仕方ないので、彼女の存在は公にされていた。いぶかしむものも多かったが、イヴァンシムとニコレットが彼女の働きの大きさを話して。それならと、受け入れられた。

 コヴァクスはうまく話せなかった。

(ほんとうは、あんまり人前に出たくないんだけど)

 苦笑する思いで、軍勢の中に身を置く。

「ご武運をお祈りしています」

 ヴァハルラは少し寂しそうだったが、それを抑えて。勇気を振り絞ってコヴァクスとニコレットを見据えた。

「では、行ってまいります」 

 軍勢は行軍を開始した。

 軍靴や馬蹄、鎧の音が響き。

 龍牙旗、ことに先頭の紅の龍牙旗が威風も堂々とたなびく。

「やっとコヴァクスと蹴球できたと思ったら、また行ってしまうんですね」

「皆を信じましょう」

 寂しそうに言うカレルを、ヴァハルラは優しくさとし。

 それをイヴァンシムとマジャックマジルは微笑んで見つめていた。


大望のシァンドロス


 グレース一帯を支配下に治めたシァンドロスはアタナイを拠点として、新たな世界への飛躍の機会を虎視眈々と狙っていた。

 父王が暗殺され、王位は空いたのだが。シァンドロスは王子のままで、女王のエレンフェレスがソケドキアの頂点に君臨して、主な政を執り行っていた。

 そんなエレンフェレスはシァンドロスに招かれて、アタナイにいた。

 地中海マーレ特有の、霞がかった空の下。アタナイの競技場に屈強な男たちが集められて。

 オリンピアーネが開催されたのだ。

 各ポリスは神々にささげる儀式の一環として、このオリンピアーネで心技体を競い合い。この大会は、ポリス間で戦争があっても中断されて開催されるほど、グレース人にとって神聖なものであった。

 が、いつの間にか催されることはなくなっていた。それをシァンドロスは再開させたのだ。

 グレース一帯を治めて、長い期間をかけて、じっくりと計画を練り。ついに開催にこぎつけた。

 格闘技のパンクラチオンに槍や円盤投げ、駆け比べの競争に蹴球など、様々な競技が行われて。集まった見物人も、やんやの喝采を送った。

 シァンドロスは人民を圧迫することはなく、善政を布き、思想信条や言論の自由も許した。

「なんだ、案外いい奴ではないか」

 人々は安堵し、それまで通りの生活を送った。と言いたいが、シァンドロスに不満を持つ者も多く。見かけ上の安定の裏では、一触即発の雰囲気が足元を流れていた。

 ことに、夢よふたたびと思う者は、静かに刃を研ぎ澄ませていた。

 シァンドロスはそれに気付いていて……。

 オリンピアーネ最終日、すべての競技が終わり。最後の儀式が執り行われるという。

 円形の競技場の中央にシァンドロスは立ち、たくさんの視線を受け、たたずんでいる。

 鎧姿の勇ましい格好である。

「諸君、古代マーレの剣闘を知っているであろう!」

 かつて世界をアラシアと二分していた古代マーレ帝国は最盛期には娯楽に溢れて、奴隷剣士を戦わせる剣闘の競技が盛んにおこなわれて。人々を楽しませていた。

 歴代皇帝の中には、自ら剣闘士となって刃をふるった者もいたという。

(まさか)

 従者がシァンドロスに剣を渡す。

「このオリンピアーネの最後に、予自ら、古代マーレの剣闘を再現しよう!」

 刃を掲げて叫べば、見物の観衆は「おお」とどよめき、臣下やエレンフェレスは手を叩いて喝采を送った。

 誰しもが、シァンドロスの危機など感じず笑顔を弾ませていた。

 ただひとり、ガッリアスネスを除いて。

 槍の穂先でつつかれながら、十人ほどの男たちが競技場内に連れ込まれた。

 それらも武装し、剣を握っている。

「あれは……!」


 その顔を知る者は、唖然とするしかなかった。

 強硬な保守思想を持ち、シァンドロスに強く反発していた者たちだったからだ。

 会場がどよめく。見物の観衆の中には、それらを支持していた者もいるのだ。

 シァンドロスとその強硬保守者が競技場で剣を持ち対峙している、ということは……。

「諸君、これからグレースの未来を決める一大決戦がはじまる。どのように未来が決まるのか、よく見ておくのだ!」

 剣を掲げ、シァンドロスは大衆に呼び掛けた。

「おのれ……」

 強硬保守者は歯ぎしりし、呻き声を漏らす。その中にはあのアトモケネもいて、自分に冷たい視線を送るエレンフェレスたちに、エシノガイアス、ゼアスを睨み返す。

「私に、死ねと言うのか!」

 自分はアテナイのために尽くしてきた。神々はどうしてその我らを助けないのか。そんな理不尽な思いを抱いて、剣を握っていた。

 競技場は命を懸ける闘技場となり、にわかに殺気立ってくる。

 なまめかしい視線も、シァンドロスにそそがれる。暗殺者たちとともに観衆の中に紛れ込んだサロメであった。

 口紅を塗り赤みを増す唇でえくぼを作って、妖艶な笑みを浮かべている。

「お前たちは、世界で一番優秀な民族なのであろう。ならば、その優秀さでこの危機を乗り越えてみろ」

「なに」

「前から思っていたが、アラシア人は世界で一番愚かな民族であると言いながら、そのアラシア人の侵略を受け苦しめられているとも言う。そんな矛盾ある言説を信じる民族が、優秀と言えるかどうか」

「そ、それは、アラシア人は確かに愚かだが、悪知恵に長け……」

 アトモケネは思わず言い返そうとするが、シァンドロスは不敵な笑みを浮かべたかと思えば。

「あッ!」

 どよめきが起こった。

 言い返すアトモケネ目掛けてシァンドロスは駆け、その胴を剣で貫いたのだ。

「……」

 あまりのことにアトモケネは声も出ず。剣を抜いて離れれば。血を吹き出し倒れて、息絶えた。

「最後の言葉が言い訳とは。面白いのう」

 エレンフェレスはまんざらでもなさそうにこの様子を眺めている。ガッリアスネスは物言わず、成り行きを見守っている。

 クロエペトナと名付けた二虎アルフーはあてがわれた家で留守にしている。

(なんという、冷たく禍々しい目だ)

 シァンドロスは、変わってしまった。大望を抱き、王子として秀でていることは変わらないが。あのような目をする人であったか。


「さあ来い。お前たちにアタナイ人としての誇りがあるなら、アタナイ人として、堂々と死んでみせよ!」

 血塗れた剣を突き出し、シァンドロスは叫んだ。

「臆するな! 人数はこちらが多い、一斉にかかればいかにシァンドロスとて」

 わっ、と雄たけびを上げて。九振りの剣が閃き、四方八方から襲い掛かる。

 だがそれらことごとくかわされて。

 かわされるたび、シァンドロスの剣が閃き。ひとり、またひとりと討たれてゆき。動作ひとつのたびに、誰かは倒れて。

 気が付けば最後のひとり。

「お前は、悪魔か!」

 絶望の叫びが響くが、無慈悲にも剣は閃き。最後のひとりをこともなく討った。

 あっけないものだった。

 観衆はシァンドロスがひとりで十人を討ったその強さに舌を巻き、声もにもならぬ声をあげて。意味の分からぬどよめきが競技場を包んだ。

 強硬保守派を自らの手で討つことが、何を意味するのか。

「シァンドロス万歳!」

 ペーハスティルオーンをはじめとする臣下たちは立ち上がり、喝采を送った。観衆の中のソケドキアの兵士たちも立ち上がり喝采を送った。

 アタナイの観衆も興奮の坩堝に突如巻き込まれて、理性を半ば失って。

「シァンドロス万歳!」

 と叫んだ。

 万歳の叫びに、シァンドロスは剣を掲げて応え。

「アタナイに栄光あれ!」

 と叫び返して、奥へと引っ込んでゆく。その後ろで、警備の兵士がむくろを片付ける。

 オリンピアーネはそんな興奮のうちに、大成功を収めて幕を閉じた。

 そんな中で、ガッリアスネスは立つこともなく自身に言い聞かせて様子を冷静に見守っていた。

 エシノガイアスにゼアスも同じであった。

 それらに冷たい視線が送られるが、意に介することもなかった。

 やがて競技場からすべての人々が引き払い。シァンドロスはアタナイでの自身の拠点にしている、接収したアトモケネの邸宅に戻り湯で身を清め食事を済ませて。

 しばしくつろぎの時を過ごしたのち、夜も更けて寝室で眠りに着こうとすれば。

 例のごとく、名も知らぬあの女が表れて。

 自らの情熱のすべてをそそいだ。

 翌日、女はいなくなっていたが。意に介することもなく起き上がり、朝湯で身を清めて議事堂に向かい。

 臣下たちと今後のことを協議した。 

 情勢は、面白いことになっているとシァンドロスは言う。

「さあ、戦争だ」

 とも、不敵な笑みを浮かべて言う。

「オレは、被害者面して戦争を正当化するような卑怯な真似はせぬ。オレはオレの国をつくる」

(なんという恐ろしいお方だ)

 ガッリアスネスはもちろん、エシノガイアスとゼアスもそう思わざるを得なかった。

 いったい何がシァンドロスにそう思わせるのか。

 政治こそ善政を基にしているが、それと引き換えのように戦争に邁進しようとする。

 周囲の情勢と言えば、ダライアスが父王クゼラクセラとの戦いに勝ち、アラシアの獅子王となったこと。それによりトンディスタンブールで蜂起したのは騙りであったことが判明したのだが、面白いのはクゼラクセラたちはその騙りのもとに身を寄せたことであった。

 背に腹は代えられぬというところであろうか。

 騙りはもう通じぬとわかり、蜂起した者が判明した。

 それは、ハルシテミアという女将軍であるという。

「女か!」

 と、シァンドロスはたいそう興味をそそられた。

 女がダライアスを騙っていたとは。さすがにシァンドロスも騙されたものだった。だが不思議と怒りよりも面白みを覚えたものだった。

 ひるがえって北の方では、なんとコヴァクスが新オンガルリに帰還しオンガルリにて革命を起こしたというではないか。

 旧ヴーゴスネア地域は旧リジェカ王族であるモルテンセンに任せ。これが幼いながらもよく治めて、動揺はあるものの無用の混乱はないという。

 さてこれらをどう攻略しようかというときに、ハルシテミアからの使者が来た。

 要件を聞けば、手を組んでともにダライアスを討とうというものであった。

「それはいいが、ダライアスを討ったのちは、お前たちの敵となるぞ。それでもいいなら、要望を聞いてやろう」

「はい、それでもかまいません」

「ほう」

「私と組むのは不満か」

 突然張りのある女の声がしたかと思えば、使者の一行の中に、男装をしている女がいたのだ。

「控えろ、このお方をどなたと心得る!」

「ソケドキアのシァンドロスであろう」

「それがわかっていながら、この女郎め!」

 ペーはスティルオーンをはじめとする臣下たちは怒りをあらわにするが、男装の女は意に介する様子もない。

「女を叩き斬れ!」

 剣を持った衛兵が女に斬りかかる。が、その剣はひらりとかわされ。さらに、衛兵の手がつかまれたかと思えば、投げ飛ばされるではないか。

 背中をしたたかに打った衛兵は何が起こったのかわからぬ顔で、ぽかんとしていた。

「こ、こやつ!」

 あらぬ出来事が起こり、騒然となり。シァンドロスは不敵な笑みを見せる。


「よい。よもやそなたは、ハルシテミアではあるまいな」

「その通り、私がハルシテミアだ。シァンドロスがどのような男か気になって来てみたのだが、まだ子供ではないか」

(な、なに、この女がハルシテミア!)

 冷静にしていたガッリアスネスとエシノガイアス、ゼアスもこれには度肝を抜かれた。

 まさか、これこそ騙りではないかと思わずにはいられなかった。

 しかし、その度胸に、衛兵を一瞬で投げ飛ばす武芸の腕前。もしかしたらと思わされるものもあった。

 その容貌、鋭いまなざしに艶のある黒髪に高い鼻の、凛とした顔立ちで。鼻っ柱が強いという言葉通りの芯の強さをうかがわせる三十路前後の女であった。

 なにより、円熟した美しさを持ち合わせている。

「……」

 シァンドロスはハルシテミアを見つめている。

「要件は聞いたであろう。受けるか、否か」

「聞いていないのか。受けてもよいが、ダライアスを討ったのちは、敵となるぞ、と」

「思わせぶりなことを申すな! 受けるか否か、それだけ言えばよい!」

 臣下たちはハルシテミアの度胸の圧されっぱなしだが、シァンドロスは楽しそうにしている。

「受ける」

「それでよいのじゃ」

 シァンドロスとハルシテミアの視線交わる間に、見えない火花が散っているようであった。が、その火花は人を惑わす火花のようでもあった。

「では、互いに盟約を記す書簡を交わそう。後のことはたのむぞ」

 ハルシテミアはひとり後ろを向いて歩きだす。シァンドロスが何も言わないので、衛兵はどうしてよいのか戸惑う表情で、見送るしかなかった。

 それから、互いの書簡をかわすひと通りのやり取りをして、この場はお開きとなり。使者たちもあてがわれた部屋に引き下がった。

 以後のことは追々協議するというが、どのようにして事を運ぶのか。

 ペーハスティルオーンら臣下たちは穏やかではない。それこそ、

「今こそ好機、あの女を殺してトンディスタンブールに攻め入りましょう!」

 と鼻息も荒いが、シァンドロスはだめだと止める。

「よもやあの女の色香に惑わされたのではありますまいな」

 などと直言する者もいたが、それに対し、

「そうだ。どのような女か気になる。しばし泳がせてみたい」

 などと言うものだから、一同唖然としてしまった。

 ガッリアスネスは、混乱が深まりそうな不安を覚え。アタナイ入りしてのち、しきりに出入りしている学舎のアカデメイナで、事の次第を話し、様々な知識人と、語り合った。

 そこには、エシノガイアスとゼアスもいた。

 

「今起こっていることは、人知を超えている。恥ずかしい話ながら、冷静になれとしか言えぬ」

 アタナイという都市そのものは残されたが、グレース各地に点在していた都市国家ポリスの独立の歴史は終わり、ソケドキアに編入されてしまった。

 歴史は大きく動いているのだ。長い間の安定の上に思索を巡らせるのとではわけが違い、知識や人生経験豊富なはずの学者や知識人も、お手上げ状態だった。

「希望はあります」

 ゼアスは言う。

「人間という存在そのものに賭けてみようではありませぬか」

「人間そのもの?」

「我らはつい国や民族を基にものを考えてしまいがちです。しかし、それを翻し、人間を基にものを考えてはいかがでしょうか?」

「そもそも、民主主義とはそういうものではなかったか。それがいつの間にか、国や民族を基に人を考え、帝国主義を責めながら帝国主義的になった」

 あまり口を開かぬエシノガイアスが、重い口調で続けて言う。

「新たに興った新オンガルリに、革命のなされたオンガルリ。聞けば向こうの方がよほど民主的だ」

 それを聞き、ガッリアスネスは小さく頷いた。

 突然の失踪から数か月を経て、突然の帰還と革命の成就。

 コヴァクスがこのまま消えるはずはないという期待はあったが、それが現実になるとあらためて驚かざるを得なかった。

「なんとか戦いを避けられぬものでしょうか」

 ガッリアスネスは懇願するように言う。シァンドロスの暴走を止めねばと思うも止められぬ自分に忸怩たる思いだった。

「ガッリアスネス殿は、ご自身の仕事を全うなされ」

 ゼアスはねぎらうように言う。彼がシァンドロスの臣下たちから冷たくされているのは知られたところだ。

「こういうときは、酒を飲めばよい。素面で真面目ぶるのがよくない」

「そうですな」

 苦笑しながら頷き。話はお開きになって、アカデメイナを後にし。あてがわれた邸宅にゼアスとエシノガイアスを招いて盃を交わした。

 すっかり夜になっていた。

 召使いの二虎はかいがいしく働き、三人をもてなした。

 シァンドロスと言えば、接収したアトモケネの邸宅で静かな夜のひと時を過ごしていた。

(このお方は夜をひとりで過ごされるが……)

 位ある者に夜伽はつきものだが、変人ではないかと邸宅詰めの召使いはいぶかしむ。

 エレンフェレスなどはまた別の邸宅を接収し、男娼を買い、悦楽の園に沈溺しているというのに。

 夜も更けて、そろそろ夢の恋人と一夜をというころであった。突然の来客があると召使い恐れた口調で告げた。

 それはハルシテミアであるという。


 こんな夜更けに何の用かと自室に招き入れれば、共もつれずにひとりで、今度は女性の装いで来たではないか。

 背中まで伸びるつややかな黒髪に鋭くも凛としたまなざし。改めて見れば、まこと美しい。

「何用かな?」

 椅子に座るよう促しながら、自分も椅子に座り。対面する。

「お前に抱かれに来た」

「……ほう」

 これには、シァンドロスも少しは驚きを示した。

「私のような年増女では不服かな」

「いや、オレの方こそ。子供と言われたのでな」

「私は若い男と夜を過ごしたことがなくてな、好奇心というものだ」

「熟れた男がお好みか」

「私は三十も上の夫に嫁いだからな。しかし、その夫も、もうおらぬ」

「未亡人か」

「私の夢は、亡き夫の国を再興することだ」

「これはこれは……」

 話を聞けば、彼女の夫はアラシアに滅ぼされたカリアルソナスという国の王の血を引くという。ハルテシミアは十のころに夫のもとに嫁ぎ、その志を胸に打ち込まれた。

 カリアルソナスは今のトンディスタンブールのある地域一帯を治めていた古代の国だ。

 それから十年。二十のころに夫は病に倒れて世を去り。まだ子がなかったため、ハルシテミアが僭主となり夫の家を切り盛りし。さらには女将軍として戦場を駆け巡ったとも。

 ダライアス失踪を聞き、

「今こそ好機!」

 とダライアスを騙って蜂起して、トンディスタンブールを占拠し。アラシアを分断し、その隙に付け込んでカリアルソナス再興を果たそうとした。

 が、ダライアスは果てず。見事ジャルシードの盃を得て獅子王となり、アラシアの頂点に君臨するに至る。

 そこに、恥知らずにもクゼラクセラとその子らが逃げ込み庇護を求めたのである。

「予をかくまい、王位に戻る手助けをすれば、カリアルソナスの再興を認めよう」

 と、上座のハルシテミアに向かい、上目遣いで語るさまは見ていて滑稽であった。

 どうしてやろうかと思ったが。

「わかった」 

 とだけ言い。とりあえず、今は養っている。

「ダライアスは無用の争いはせぬと聞く。おそらく、属国という形でもカリアルソナスの復興は許されよう。しかし、お前は乱を起こすであろうな」

「よくわかるな」

「お前は戦争の申し子じゃ。そのまなざしの奥に、戦火が燃え盛っているのがよく見える」

「オレを子供であると言った」

「その時はわからなかたが、今あらためて見れば」

「それで、どうすればよいのかな。オレは夢でしか女を抱いたことがない」

「お前、童貞か!」

 ハルシテミアもさすがに少し驚く。王子ともあろうものが、この年まで女を知らぬとは。

(少々せこい気もするが、恩を売る機会でもある……)

 ハルシテミアも木石ではなく、男妾をもち、夜伽をさせていて、男女の悦びに疎いわけではない。だが、三十も上の男に嫁いだせいかそれらいずれも老境に達していた。

 若い男に興味を抱いたのは、シァンドロスを見て初めてのことだった。

「ともあれ、脱げ」

 言いながらまず自分が脱いだあと、シァンドロスの手を引いて立たせて、服を脱がせともに裸になり。

 それからは……。

 翌朝、ふたりはそろって朝食をとり。議事堂にゆき、集まった臣下に告げる。

「我らは婚姻を結ぶ」

 これには集まった者たちは驚かされて、母親のエレンフェレスなどは天地がひっくり返ったような顔をした。

「突然どうしたのじゃ!」

 と、我が子に詰め寄りながら、ハルシテミアを睨み付ける。

 エレンフェレスも改めてハルシテミアのことを調べなおして、年増の未亡人であることも知っている。シァンドロスは十も年上の未亡人と婚姻を結ぶと、勝手に宣言するのである。これを驚かずにいられようか。

 ペーハスティルオーンやガッリアスネスらも驚かざるを得なかった。

(自らの身体をもって獅子王子リオンターリを悦ばせたのであろうが。それだけ執念を燃やしているのか)

 ガッリアスネスもハルシテミアのことを改めて調べて、カリアルソナス復興を志していることを知る。

 婚姻関係になることで結びつきは強固なものになり、アラシアと対峙しやすくなるであろが。熟れた女の魅力で若い男を籠絡することもいとわぬとは。

「ソケドキア女王の私にことわりもなく、そんなことを勝手に決めることは許されぬ!」

 エレンフェレスは血に飢えた吸血鬼ヴァンピールのような真っ赤な顔をして叫んだ。

「この女狐! 我が子をどのようにたぶらかせた!」

 きっ、と睨み付け。つかみかかりたかったが、美しくも女将軍の威厳漂うそのさまから、睨み付ける以上のことはできなかった。

「お母さま、お言葉にお気をつけて。私は女狐ではありません、カリアルソナス女王のハルシテミアでございます」

 睨み返されて、エレンフェレスは後ずさりし。ふてくされながら引っ込み、議事堂を出て行った。


「我らソケドキアとカリアルソナスは血の盟約を結び、アラシアを倒し、それぞれの国をつくりあげるものである」

 母親が出て行ったのも意に介することなく、シァンドロスは宣言をする。

「それで、これからどうなさるのでございますか」

 臣下の誰かがそうたずねれば、シァンドロスはうなずき、

「戦争である」

 と言った。

 これから軍備を整え、トンディスタンブールに赴き、対アラシアの戦争を展開するのだという。

「失礼ながら、お世継ぎはどうなさるのですか」

 とガッリアスネスは問うた。ハルシテミアはカリアルソナスの女王であると自分で言った。カリアルソナスが古代の国であることはガッリアスネスも知っている。

 この様子では、ソケドキアとカリアルソナスは対等の同盟国として、並び立つようでありそうだが。では子が生まれたらどうするのか。

「一番目の子はソケドキアを継ぎ、二番目の子がカリアルソナスを継ぐ。男女は関係ない」

「もうそこまでお決めで……」

 昨夜どのようなことがあったのか、あらかた想像はつくが。こんな展開になるとは思いもしなかった。 

 判断が早いと言うべきか、ことを急ぎすぎると言うべきか……。

 新オンガルリ地域を除く旧ヴーゴスネアとグレースに、アラシアの西端部がソケドキアの勢力範囲の版図に入ったことになるが、それはハルシテミアのカリアルソナスも同じだった。

「そうか、トンディスタンブールが版図に入ったのか!」

 ペーハスティルオーンや臣下たちはそのことに気づき、喜色をあらわす。

 トンディスタンブールはアラシア西端部最大の都市である。

 形はどうあれ、労せずしてアラシア西端部、そしてトンディスタンブールを手中におさめたことを、臣下たちは素直に喜んだ。

「心置きなくアラシアと戦える支度はしてある。者ども、励め!」

 ハルシテミアが檄を飛ばせば、臣下一同、「おう!」と雄叫びで返し。

 出征の準備が進められた。


別れと、出発


 新オンガルリのロヒニににて、マハタラの爺さんは泊まっていた宿のベッドで横になっていた。

 陽も高いのに、起き上がることができずにいた。

「もうそろそろかな」 

 そんなことをつぶやけば、付き添いの商人が、

「気の弱いことを」

 と言うが、マハタラは首を横に振り、自分の身体は自分が一番よくわかると言う。

 コヴァクスたちをヴァラトノまで送ったあと、新オンガルリのロヒニに引き返して、到着して宿をとるや、倒れて動けなくなってしまったのだ。

 商人の中には、庁舎に赴こうとする者もいたが、

「商人が商売以外のことで金をもらってはいかん」 

 と強く止めた。

 そのため、要人はマハタラがロヒニにいることを知らない。

 宿の者に迷惑をかけると、余分に金を払っている。そのおかげで、ゆっくりと横になり、天寿の全うを待つことができる。

「私の役目は終わった。仏様も、身に余る大仕事をわしにたくされたものじゃて」

「せめて、インダウリヤまで帰ることができれば」

「そうさな。しかし、身がいかなるところにあろうと、仏さまを心に抱けばそこが極楽じゃよ」

 それはマハタラが常に自分に言い聞かせたことであった。

 その時に、部屋のドアがノックされて。入ってきたのはラハマディにペロティアであった。

「邪魔するぜ」

 そう言って、横たわるマハタラのそばまでゆき身を屈める。

「なんじゃ、なぜわしらがいることを知っている」

「宿から知らせがあってきたんだが。水臭いな」

「商人が商売以外のことで金をもらってはいかんでな」

「くそ真面目なもんだな」

 ラハマディとペロティアは苦笑する。真面目なのは知っていたが、ここまで真面目だとは。

「お爺さん、そんなに具合が悪いの?」

 ペロティアが心配そうに見つめる。それを、孫を見るような慈しみあふれるまなざしで見つめる。

「嬉しいもんだね。最後の時に、こうして見舞ってくれる友がいる」

「そんなこと言わないで。また元気になって商売してよ。小龍公と小龍公女も、再会すれば喜ぶわ」

「無理言うでない。それまで身体がもたん」

 ドアがノックされる。やってきたのはソシエタスにバリル、ダラガナであった。

「やれやれ、黙っていてくれと言うのを忘れておったわ」

「水臭いことを申されてはいけません。マハタラ殿の功績は、オンガルリの歴史に残る大きなものですぞ」


 ソシエタスが心配そうにする。彼もオンガルリに赴きたかったのだが、留守を守るために引き留められ、断腸の思いでロヒニに身を置いている。

「歴史に名を残すとか、興味ないんじゃがなあ。わしゃ、気ままに旅と商売ができればそれでいいんじゃ」

「マハタラ殿には、どれだけ感謝しても、しきれるものではありません。オンガルリの復興がなり、さらにアラシアとの和睦もなった。それをつなげたのは、ほかならぬマハタラ殿ですぞ」

 バリルが饒舌になるのを抑えながらの口調で言う。ダラガナも頷く。

「それだけの大仕事をしたんじゃ。もう休んでいいじゃろ」

「お爺さん……」

 ペロティアがその手をつかむ。

 にわかに部屋に静かになる。

「騒がせてしまったな」

 バリルは一同に言って、部屋を出て。日々の仕事に戻った。

 後に残ったマハタラと付き添いは、互いに笑いあっている。

「まったく、おかしいもんじゃなあ。お偉いさん方が、こぞって一介の商人に」

「マハタラさまの人徳ですよ」

「仏さまにすがっているだけの老人じゃよ」

 言うと、マハタラは目を閉じ、寝息を立てた。付き添いは心配しながらも、覚悟を決めて、部屋を出た。

 翌朝、ノックをするが、返事がない。まさかと中に入れば。

 マハタラは、永久の眠りについていた。

 すぐに宿を出て庁舎にゆき、バリルたちと面会し。マハタラが逝ったことを告げた。

「そうか」

 訃報を聞き、バリルにソシエタスたちは悲痛な面持ちになり。すぐに宿に赴き、そのなきがらと面会した。

「せめて、小龍公、小龍公女と、一度でも再会していただきたかった」

 付き添いの商人は、一枚の紙を差し出す。そこには、葬儀は身内のみで質素に行いたい旨が記されていた。

「さすが商人だけあって先見の明がある。我らがお節介を焼くのを見抜いておったのか」

 バリルは苦笑する。

 商団の後を引き継ぐ人選もされており。葬儀ののちはその者の指示に従うように、ということも記されている。

「では、我らはいち参列者として、葬儀に参加させてもらおう」

 商団の者たちの動きは早かった。宿の者に事情を話して。亡骸を担いで外に出せば。

 すでに車が二台用意されていて、一台には薪が山のように積まれていた。なきがらはもう一台の車に乗せられて、郊外まで出て。

 程よいところで薪をくべて、火葬にする。


 火が燃え盛る。

 商人たちは、手を合わせて何かをつぶやいていた。

 それは仏の言葉で、それを唱えて死者の冥福を祈るのだという。

 バリルたちも胸に手を当て、マハタラの冥福を祈った。

「あとは私たちだけでやります。色々とありがとうございました」

 商人は手を合わせて一礼をする。バリルはそんなインダウリヤ人商人をまじまじと見やった。肌の色も様々だ。インダウリヤといえども広く、出身地も様々であろう。

「いや、我らこそ、マハタラ殿におおいに助けられた。肌の色や生まれ故郷、信仰の違う者同士がこうして故人の冥福を祈れるのは、まことに素晴らしいことだ」

「申し上げます!」

 庁舎仕えの役人が息せき切って駆けてくる。

「小龍公、小龍公女がお戻りに……」

 その声を追い越し、数頭の馬が駆けてくる。

 これなんロヒニに舞い戻ったコヴァクスとニコレットに龍菲、アッティ、クネクトヴァとカトゥカであった。

 燃え盛る火の前まで来ると、馬から飛び降り。

 火を凝視する。

「……!」

 色々と思うことはあるが、言葉が出ない。短い付き合いであったが、マハタラがいなければオンガルリの革命を成就することもできなかった。 

 コヴァクスとニコレット、龍菲は懐から短剣を取り出し。それを火に向けて掲げた。

 火の熱さが伝わり。それが、

「よかった、よかった」

 と、言われているような気がしないでもなかった。

「ここロヒニで逝かれたのは、きっと仏さまのお導きでしょう」

 商人はコヴァクスたちにも手を合わせる。

 沈んでいたコヴァクスたちだったが、それを聞いて笑顔になって、頷いた。

「おさらばでございます」

 コヴァクスとニコレットは短剣を握る手を胸に当てて、東方のマオの出である龍菲は短剣を挟むように手を合わせて、冥福を祈った。

 それそれで別れを惜しみながら、コヴァクスたちはロヒニの庁舎に戻り。主要な者たちが、一同に会した。

 ヤノーシェら黒軍の面々は郊外で一休みし。龍菲もまた例のごとくそよ風のようにロヒニの街をふらついている。

 改めて情勢を把握し、それを皆で共有する。

「とにもかくにも、シァンドロスの背中をじっと見ているぞと思わせることが大事ですな」

 と、バリルは言う。

 守りを固めることは、オンガルリ健在であるということを相手に知らしめる。


「あとは、ダライアス獅子王が頑張ってくれれば……。と言いたいところですが、黙って見ていることはできないでしょう、小龍公」

 ダラガナに言われて、コヴァクスははっとして、気まずそうに頷く。バリルはふうとため息をついて言葉をつなげる。

「まあ、我らもダライアス獅子王に任せたいのが正直な気持ちですがな。ただ、シァンドロスはそれを許さんでしょうな」

 ニコレットは色違いの目をバリルに向ける。

「やはり、動かざるを得ないと?」

「そうですな。ただ、動くのはあくまでもシァンドロス側が先でなければなりません。我らが先に動くのは、よくない」

「それは?」

「旧ヴーゴスネア地域は、リジェカ王族の末裔であるモルテンセン殿が代官として治めていると聞く。厄介なのが、これが善政を布いていることだ」

「ソケドキアと戦うとなれば、モルテンセン殿と戦うことになりかねない、という危機があるのですね」

「その通り。本来なら我らが見つけ出し王座に据えねばならぬモルテンセン殿を、シァンドロスが抑えている」

「街の雰囲気も、少し変わっているような気がするのですが」

 コヴァクスは新オンガルリに入って、何かが変わっているような気がしていた。ことに、人がそわそわしているように思えて、それが気のせいだったらいいと思っていたが。

「ここはかつてはヴーゴスネア、さらにリジェカ。モルテンセン殿がご健在であることを人々が知り、そっちの方に心が傾いているのは拒めません。小龍公、小龍公女なればこそ、おわかりであろう」

「……」

 その通りであった。誰かが治めるならモルテンセンに、と思うのが人情であろう。実際にそれを口にする人もいるという。

 さてダライアスである。

 ジャルシードの杯を受け、名実ともにアラシアの獅子王として頂点に君臨する。

 その碧い目は、西に向けられていた。

 最初はジャルシードの王座を意味する神殿都市にして四つの都のひとつ、タフテ・ジャルシードにいたが。のちに政治の中枢であるルサに赴き。

 混乱をおさめ体制を整えるための政に力を注いだ。

 ジャルシードの杯は神器とも言える、大王の象徴であった。それを授けられたダライアスへの人々の信頼は厚く、野心家といえどもその権威に自ら膝を屈した。

 そのおかげで、短い期間でアラシアの大部分は物騒な雰囲気はなくなり、安定を見せていた。

 ただ、トンディスタンブールを含める西端部はといえば……。

 ダライアスを騙っていたのは、女将軍ハルシテミア。それが古代の国であるカリアルソナスの復興と独立を宣言し、しかも旧ヴーゴスネアの大部分とグレース一帯を支配したソケドキアのシァンドロスと結んだという。しかも同盟ではなく、婚姻による血の盟約である。


 ダライアスも情報の収集に力を注ぎ。たいていのことは聞き及んでいる。

 自分が王位に就く間に、様々なことがあったものだと、つくづく思ったものだった。特に、刃を交えたオンガルリの小龍公と小龍公女の動向には目を見張り。

 臣下と協議し、オンガルリと和睦することを決め、密使を送った。

 オンガルリとアラシアは隣接していない。ソケドキア=カリアルソナスをまたいでの危険な旅になる。密使には、新オンガルリのロヒニに到着したとき、それを知らせに戻る者をつけており。

 それがようやく戻ってきて、ダライアスに報告をしていた。

 ルサの宮殿は大きくも厳かに、天上の世界を再現したかのような装いである。その王座に、ダライアスは座す。

「役目大儀であった。ゆっくり休め」

 労をねぎらい。今後の政策を臣下と協議する。

「果たして、オンガルリは和睦を受け入れてくれるでしょうか」

 という声もあったが、

「その時は、蹴球の球を持ってオレがゆく」

 とイムプルーツァはしゃしゃり出る。その様をおかしそうにしながらも、

「それは向こう次第だ。和睦といえども無理強いをするわけにもゆかぬ。こちらが敵意のないことを見せるのが大事だ」

 と語る。

 臣下の中には憮然とする者もいないわけではない。

 大陸の文明交差点に覇を唱える大帝国アラシアが、周辺の小国に気を使うことが気に入らないと、素直に言うもの者もあった。それに対するダライアスの回答は、

「ならば、刃をもって訴えてもよい。予はいつでも受けて立つぞ」

 というものであった。

 さすがに「そうしてやる」と言う者はいなかった。その前に、西部の情勢もある。あれだけ己を神格化してやむことのなかったクゼラクセラ前王が、よもやハルシテミアのもとに逃げ込もうとは。

 前王はダライアスと徹底抗戦のかまえを見せており、ハルシテミアを通じて、

「いかなる和議にも応じず」

 と宣言している。

 しばらくは様子を見ていたが、ソケドキアと結んだと聞いてからの判断は早かった。

 すぐさま軍備をととのえ、トンディスタンブールに向けて親征に出た。

「シァンドロスは必ずや乱を起こすであろう」

 それがすべてであった。

 その軍勢は十万に達し。その先頭に、ダライアス直属の不死隊アタナトイ一万が並び立ち、イムプルーツァとガアグルグが各々五千を率いていた。

 その中にダライアスも身を置いて。

 よく整備された王道をアラシア軍十万が並び進む様は壮観であった。

 先王のようなあまりにも華美な装いは除かれ、実戦に適した質実剛健な趣に統一されて一見地味になったようであったが。


 引き締まった緊張感が漂い、軍は王のおもちゃでなく、この戦いが王の遊びでないことを物語っていた。

 なにより、不死隊が先頭に立ち並び、その中にダライアスが身を置くことがどういうことなのか。

 そばで傘をさすヤースミーンも、イムプルーツァのそばで傘をさすパルヴィーンもいる。

 ヤースミーンなどは、ダライアスが一旦は止めて留守を守れと言われたにもかかわらず。

 ともあれ、この行軍を見た人々は命じられもせぬのに自ら跪き。その中にいた詩人などは、

「アラシア大王、ダライアス。獅子王にして、諸王の王 (シャーハンシャー)なり」

 と謳い、これを伝え広めたという。

 一方、トンディスタンブールも、ものものしい雰囲気に包まれていた。

 シァンドロス率いるソケドキア軍を引き連れて、ハルシテミアが帰還。すぐさま軍勢が整えられた。

 アタナイ海軍の総帥としてエシノガイアスも海軍を率い、その軍船がトンディスタンブールの港に集結していた。

「これがトンディスタンブールか!」

 ソケドキアの兵士たちは、その大都市の賑わいを目にして、目を丸くしていた。

 特に胸をときめかせたのは、ガッリアスネスで。暇を見つけては図書館にゆき、文献をあさり。あるいはトンディスタンブールの中の史跡を巡り。心に思ったことを書き綴った。

 彼自身もソケドキアの臣下としての仕事はあるし、書き物もあるのだが。新たに訪れる地への好奇心は、どうにもごまかせるものではなかった。

 そしてそばには、クロエペトナと名付けた二虎アルフーがいた。

「トンディスタンブールは古代マーレとアラシアの間に挟まれ、その文化が入り混じっているんだ」

 喜々として語るガッリアスネスは子供っぽかった。シァンドロスの臣下として、新たな国をつくるという野心は、これっぽっちも見当たらない。

(こんな男に……)

 自分は召使いとして仕えている。ほんとうに、召使いとしてである。

 ふと、視線を感じてその方を向けば、暗殺仲間たち。こちらをじっと見ている。獲物を狙う蛇のように。

 何かにつけてシァンドロスを諫めるガッリアスネスを殺すのが二虎の役目であったが、好奇心から色仕掛けを仕掛けて堕落させようとすることにした。

 が、ガッリアスネスは一向に堕落せず。そばの女よりも、本や史跡に夢中で。「何をしているのだ」と、仲間たちはいぶかしんでいた。

 それに頷き、そ知らぬふりをしながらガッリアスネスについてゆく。

 シァンドロスも、ハルテシミアに伴われてトンディスタンブールを散策していた。アラシア最西端の大都市の栄を目にし、胸がときめかぬわけがない。

「この街が、オレのものなのか」

 戦乱続くヴーゴスネアから父がソケドキアを独立させ、そのあとを継ぎ己の国をつくるために邁進し。ついにここまで来たのだと感慨深かった。


 トンディスタンブールの民衆はシァンドロスを好奇心あふれるまなざしで眺めていた。

 混沌とする旧ヴーゴスネアから湧き出るように突如として現れた若き獅子王子リオンターリが、どんなやつなのか、と。

「あのハルテシミアが、見ろ、まるで女のように」

 眼光鋭くトンディスタンブールの喧騒の中を愛馬のゴッズにまたがり闊歩するシァンドロスのそばに、しおらしくもハルテシミアは付き添っている。

「戦争になるのか」

 その眼光の鋭さから、不安を感じる者も少なくなかった。

 腐敗したアラシアから独立し、ハルテシミアはトンディスタンブールを占拠し。一時期はダライアスを騙っていた。が、それが通じなくなると正体を現し、さらに先王のクゼラクセラが逃げ込んできた。

 いかにダライアスとて、黙って見過ごすわけもあるまい。

 そしてその通り、ダライアスは兵を出した。

 丸屋根の大きな議事堂に戻れば、クゼラクセラが待っており。

「これからどうするのだ」

 と、シァンドロスとハルテシミアに詰め寄った。

 クゼラクセラはアラシア王としての立場を守られ、一同に会するときはハルテシミアと並んで上座に居座っていたが。そこにシァンドロスが加わった。

 軍備も整えられ、ダライアスと戦う準備はできている。

 トンディスタンブールにて一旦は兵力を結集し、東へと行軍するのかと思いきや。ハルテシミアに考えがあるらしく、自ら進み出ることはないという。

 こっちから出向かずとも、ダライアスから来ているのだ。それを迎え撃つ。しかし、トンディスタンブールでではない。

「我が故郷、カリアルソナスにて、獅子王を迎え撃つ」

 ハルシテミアはそう宣言した。

 このことは、シァンドロスとも協議済みのことであった。

 決まれば早いものだった。トンディスタンブールに結集した兵力は船に乗り、トンディスタンブールから海を渡って南にある島を目指して、軍船は帆をはためかせた。

 トンディスタンブールは北と南を海に挟まれた地形にあり、東西をつなぐ陸地は狭い。そのため、交通の要所として発展した歴史があり、東西の文化入り混じる色彩豊かな都市にもなった。

 カリアルソナスはその南の島の島国であった。

 一時期は大陸に進出し、アラシアの一部を切り取り領土を拡大したが、最後はアラシアの支配下に置かれ王族は臣下となった。

 ハルテシミアの夢は、亡き夫の夢であったカリアルソナスの復興であった。

 だが、船に乗り、潮風を受ける彼女の目には、島国にとどまらぬ広い世界が広がっていた。

「おお……」

 軍船がカリアルソナスに到着すれば、兵士らは思わず声をあげ、うなった。


 それは、島そのものが要塞と化した要塞島だった。

 島の周囲には高い城壁が築かれ、その中に都市が築かれ。生活よりも戦争のにおいが強く漂っている。

「これは、すごいな」

 ガッリアスネスも周囲を見渡しながらうなった。

 トンディスタンブールの街並みを眺め、ここが戦場になるのは忍びないと思っていたので、カリアルソナスへの移動は内心ほっとしたものだったが。

 いざ来てみれば、その要塞島の有様に驚かざるを得なかった。

 カリアルソナスは滅び、住民は強制移住により島も放棄させられ、古代の国としてひそかにその名を遺すのみだった。それを、ひそかに要塞として作り直していたのだ。

 これは、ハルテシミアが嫁いだころに始まったという。

 シァンドロスらも感心し、これなら戦えると笑顔になった。

 その一方、一番驚いたのはクゼラクセラと、その子らアケネスとサーサヌであった。まさか自分たちの知らないところで、このように戦いの準備が整えられていたとは。

「我らは、王宮という霧の中にいて、目くらましにあっていたのか」

 アケネスがぽそりとつぶやく。それを聞くや、クゼラクセラは腰に佩く剣を閃かせ。血煙が上がり、アケネスは驚いて目を見開いた顔をして倒れ。物言わぬ屍と化した。

「我が子とはいえ、臆病風に吹かれるとは。万死に値する」

 サーサヌは唖然として、押し黙った。実はアケネスと同じ感想を抱いていたからだ。

 驚きはしたものの、要塞島に上陸するや、

「我が志成った!」

 と、クゼラクセラは歓声をあげた。

 そこに水を差す者は、たとえ息子と言えど許されないことだった。

 島には高い山はなく、中央が小高い丘になり。なだらかな円形を描き、一日で一周できる大きさだった。

 丘の上には石造りの砦が築かれ、そこにハルシテミアやシァンドロスたちは逗留することになり。

 それに近しい騎士や兵士は島に上がり、それ以外の者たちは船に残った。

 すこし向こうに地中海マーレの東岸が見える。ポエニキア人発祥の地とされ、良質の杉を産出することで知られるセリアという地域があるが、そこもかつてはカリアルソナスと同じ独立した古代の国家であり、またポエニキア人はフィリケア大陸に進出し、カルトガを築いた。

 大陸のみならず、国のようにこの地中海にも様々な島があり、海洋民族がいた。

 この要塞島を築くにあたり、ポエニキア人をはじめとする海洋民族の協力なければできないことだった。

 その者たちがなぜ、協力し合えたのか。それはひとえに、アラシアからの独立という共通の目的があったからだった。


 グレースの都市国家群もどの国にも属さず独立を保っていた。それと同じように、海洋民族たちも独立し、海に生きてきた。

 それをアラシアが力で抑えた。さらに、グレースを統一したソケドキアはグレース近海の制海権を握り、通行税を取るようになった。

 そのソケドキアの若き王子が、カリアルソナスの要塞島に来るのだ。

 砦には主だったものが集まり、今後を協議しあったが。そこには、海洋民族のおさもいた。

 潮風と陽光を受けながら生きた彼らの目は鋭く、シァンドロスはいたく感心したものだった。

「グレースとは大違いだな」

 そうぽそりとつぶやけば。

「いつかはと思っていた。グレースは自ら滅びを招いた」

 海洋民族の長のひとりが、シァンドロスを見据えてそう言った。海の民と陸の民との間にある対抗心もあるが、海は腐敗を許さないとも言う。

 それを聞くエシノガイアスにゼアスには耳の痛い話だった。

「オレの功績ではないと言うのか。面白い。確かに、グレースを制覇するのは、さほど難しいことではなかった」

 にわかにざわめきが起こる。それを気にすることなく、

「オレは大仕事がしたい。オレの国をつくるという、大仕事をな」

「我らから金を搾り取るのが、あんたさんの国づくりなのかね?」

「それは詫びよう。あれは、我が母が強く推し進めたこと。残念ながらいまだ王子の身である。女王の権力には太刀打ちできぬ」

(よく言うものだ)

 となりのハルシテミアは何も言わなかったが、心の中ではおかしみをもって突っ込んだ。

 エレンフェレスが激怒するのもおかまいなく、自分との結婚を推し進めた。式こそ挙げてはいないが、書簡により血の盟約を明記し。ソケドキアとカリアルソナスは対等の同盟国として並び立つ。

「ならば、その女王をどうにかするというのか」

 一同の目がシァンドロスに集中する。

「しよう。……ガッリアスネスよ」

「はっ」

「我が言葉を書き記せ……」

「いや、あんたの直筆がよい」

「わかった。ペンと羊皮紙をくれ」

 ガッリアスネスは常に筆記用具を携えている。ペンと羊皮紙を渡せば、シァンドロスは早い筆運びで、母を説得し、この戦いに協力した海洋民族の通行税の免除をする旨をしたためた。

(今の獅子王子ならば、女王をあやめることも辞さぬであろう)

 そう考えたことに気づいて、ガッリアスネスは身震いした。

 確かにエレンフェレスは権力欲が強く、シァンドロスすら取り込もうとしている。それから離れて独自に力をつけて。その力をもって……。

 獅子の蝋印を押し、直筆の書簡を長の代表に渡し。それをもって、ソケドキアと海洋民族の盟約は成った。


 西進するダライアスのもとに、ソケドキア・カリアルソナスおよび海洋民族の連合軍が要塞島に集結したとの知らせがもたらされたのは、地中海東岸にほど近いシャアムという街に滞在していた時であった。

 夜も更け、夕食を済ませた後、斥候からの報告があると臣下に聞かされた。

「島に……」

 ダライアスもやや意表を突かれた。士気も高く戦いを待ち焦がれている様子から、トンディスタンブールから出兵し、どこかで陸戦になると思っていたが。

 まさか島にて待ち受けようとは。

「海戦とはな。悔しいが、海での戦いは不得手だ」

 イムプルーツァは舌打ちし、眉をひそめる。

 アラシアにも海軍はあるが、残念ながらさほど強くない。せいぜい沿岸部の警備に当たり、ことがあればすぐに陸に上がって報告し、相手が上陸をしてからの陸戦で戦っていた。

「ハルテシミアは海の民、カリアルソナスの女。数少ないアラシア海軍の精鋭でしたのにな」

「うむ……」

 臣下の言葉を耳に、ダライアスは頷くのみ。悔しいが、ダライアスも海は不得手だ。そもそも、船など乗ったことがない。

「しかし、考えたものだ。得意の海戦で時間を稼ぎながら、野心家どもを焚き付けるつおもりなのだろう」

 イムプルーツァは舌打ちしながらつぶやく。他の臣下も同じ意見で、ガアグルグも「そうだな」と頷く。

 十万の軍勢を集めたとはいえ、それらをすべて海に出すことはできない。軍人というものは因果なもので、専門職の色合いが濃く、陸戦専門の者はほんとうに陸戦しか得意でなく、海に出れば門外漢そのものとして役に立たないことすら考えられる。

 海戦となれば、海戦専門の軍人でなければならない。

 海洋民族がアラシアに対して面従腹背していたことが露呈した今、誰を頼りに海に出ればよいのか。

 ダライアスは思案した。

「そうだな」

 はっと、閃くものがあり、自分の考えを述べれば。

「危のうございます!」

 と、臣下は諫言するが。イムプルーツァとガアグルグは、

「乗った!」

 と互いの掌を叩いていい音をさせた。

「イムプルーツァ殿、ガアグルグ殿、なぜおとめしないのですか」

「何を言う。これぞ獅子王にふさわしい戦いではないか」

 ガアグルグは諫める臣下を鋭く睨みつける。

「もしかして、自分がそうしたいだけなんじゃないんですか?」

 パルヴィーンが眉をひそめてイムプルーツァに言えば、

「それもある」

 そうあっけなく答え。ヤースミーンは「はあ」と大きく息を吐きだし、他の臣下は危うく転びそうになり。

 ダライアスは苦笑する。

「お前たちは、冒険が好きだな」

「男として生まれた身なれば。獅子王も同じで、嬉しい限りです」

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