管理人は見た!
「何やってんだお前」
気が付くと目の前には胸が迫っていた。
違う、そうじゃない。
「ぅ……と、燈子さん……?」
「おー気が付いたか」
寝巻なのだろう、地味なジャージ姿の燈子が隣に座って見下ろしていた。
こうして見上げてみると彼女の双丘は確かな存在感を誇っていた。
昨日の店長よりは控えめでも、発展途中の花凛に比べれば明らかに大きい。
「人が気持ちよく寝てたのに上からでけえおっさんの声が聞こえてきてよ」
「……すみません」
「それから花凛の声も聞こえて、なんだと思って外に出たら朝早くから走って学校に行く学生を見かけてよ。あたしの見間違いじゃなきゃ花凛だと思うんだけど」
燈子は不機嫌そうに顔をしかめながら自分が見聞きしたものを話し続ける。
「で、来てみれば火はかけっぱなしだし、飯食った様子もないし、お前は半裸でぶっ倒れてるし、知らねえ子供連れ込んでそこで寝てるし」
「……」
「それで、何があったんだ」
状況証拠をこれだけ見ておいて、何も言えない自分をまだ立ててくれる。
何気に信頼されているんだなと思いつつ、藤四郎は答えを口を開いた。
「また、失敗ちゃいました」
最早自分に呆れて自然と空笑いが出る程に。
「アホ。だからお前はいつまでもプータローなんだよ」
「そうですね……」
「いくらお前がプータローのトーシローのスットコドッコイのアホンダラのロクデナシでも、お前が花凛に手ぇ出したり道端で幼女をゲットするような奴じゃないってことくらい知ってる」
「燈子さん……」
燈子から感じる厚い信頼に胸が熱くなるのを感じる藤四郎。
「そもそもお前にそんな勇気も度胸も根性もないしな!」
悲しい信頼だった。
しかしだからこそ未だに無職なんだ。
きっとそれくらいの勇気と努力と根性があれば無事に就職できていただろう。
これが現実である。
「つっても流石に人様の幼女をゲットしてきちゃってるのは見過ごせねえよ。そんな事しちまったら人間としてもトレーナーとしても駄目だ」
「ボールどころか人間社会からはじかれてしまいますからね……」
「どうしても欲しいなら人んちの幼女じゃなくて野生の幼女を探さないと」
「野生にいる訳ないじゃないですかっ!」
藤四郎の突っ込みにカカカと人好きのする笑顔で笑った。
「なんだ。意外と元気あるじゃねえか」
どうやらそうらしい。声を出した自分自身が一番驚いていた。
燈子は藤四郎のためにわざと道化を演じてくれたのだ。
何だかんだで信頼はあったのだ。
「失敗しても失敗してもめげないのが僕の唯一の特技ですからね」
恥ずかしそうに笑う藤四郎。
「じゃあ一体何があったのか。きっちり説明してもらおうか」
「はい、分かってます」
「話によっちゃあしっかり落とし前付けてもらうからな」
嬉々として宣言する燈子に藤四郎は言う前からげんなりとしてしまうのだった。
そして藤四郎は全てを話した。
昨日アルミと出会ってから、今朝の騒動まで、全部。
すべてを聞いた上で燈子は、
「なるほどなぁ」
「どうでしょうか……」
落とし前と聞いて正座で肩を固くする藤四郎。
「あたしはさぁ。失敗ばっかりのお前だけど、実は意外とまともなやつなんじゃないかってずっと思ってたんだ」
「……意外とってなんですか」
「いや普通にまともな奴がこんな失敗続きな訳ないだろうが」
「…………ですね」
もっともすぎて否定できない。
もういっそそういう運命の元に生まれたとしか思えないくらいだ。
「トーシローとは何度もこの部屋で遊んで酒を酌み交わして朝までふざけ合って……結構お前の事をちゃんと知ってたつもりだったんだぜ? でもそれが今はっきり分かったよ」
「何がですか……?」
ああ、と燈子はわざとらしく勿体ぶりながら藤四郎に結論を突き付けた。
「お前は本当にどうしようもない馬鹿だったんだなって」
「ほっといてくださいよ! これでも結構気にしてるんですからっ!」
「アッハッハ、悪い悪い。でもまあ……──」
崩した表情を消して真面目一辺倒に引き締めると、
「花凛にはきっちり謝っとけ。誤解させたのはお前自身なんだ。
失敗だとかなんだつって誤魔化さず、とにかく花凛が許すまで頭下げて謝れ」
「っ……はいっ!」
「気丈に振舞ってるけど、あれでいて御嬢様は結構繊細なんだよ」
「へ……?」
(繊細……? あの不遜が服を着て歩いてるような女の子が……?)
燈子はあっけらかんとしてていい加減で乱暴で。でも実際は誰よりも情に厚い優しい女なのだ。
最後の言葉だけは藤四郎にも理解できなかったが、彼女に相談できたことでやるべきことがはっきり分かったと藤四郎は力強く頷いた。
「おい、どこへ行く気だよ」
おもむろに立ち上がりかけた藤四郎へ声をかける燈子。
「え? いや、早速今から謝りに行こうと思いまして」
「あー。ほっとけほっとけ。どうせ今から言ったって追いつけねえよ」
「そりゃそうかもしれないですけど、でも早い方がいいじゃないですか」
「お前があたしと話したように、花凛にも心の整理が必要だろうが」
「なるほど……」
納得しつつも藤四郎は謝りたい一心に自然と気が急いていた。
「それにお前。おっさんが女子高なんて行っても捕まるのがオチだぞ」
「うっ……」
「きっと花凛ならトーシローが校門で取り押さえられているのを見ても、見て見ぬ振りするだろうぜ」
それは間違いない、となんとか思い止まる。
「それよか飯だ飯。丁度、花凛の手料理があんだから三人で有難く食おうぜ」
「それが目的ですか……」
呆れながらも空腹には逆らえず、藤四郎はアルミを起こすと三人分の配膳を始めた。




