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失敗無双  作者: 入ー田ン・マスク(ほんもの)
一敗目 幼女邂逅編
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ニニンがシッパイです

「舐めてるんですか君は……」

「これでも真面目なつもりです」


 ここまで十分間。彼女は数々の言動に我慢した。


「真面目……これが真面目ですか……?」

「はいっ、本心でこちらで働かせて頂きたいと思ってきています」


 というのもこの東堂藤四郎という男は少々。

 いやかなり変わった男だったのだ。

 しかしそれを彼のやる気に免じて一言一句耐えて、


「へえ……じゃあ君は、今日のためにできる限りの準備をしてきた、と?」

「もちろんです。前回の反省を生かしてこの一週間。面接のためにあらゆる準備をしてまいりました」


 眉を震わせ、指でリズムを刻み。

 しかしそれも限界が来ようとしていた。


「それがどうしてこうなったんだっ!」


 ついぞ彼女は溢れんばかりの想いと共に勢いよく机を叩きつけた。


「何がですか?」

「とぼけるな! きっちり遅刻しておいてぬけぬけと……いい加減にしろっ!」


 ここはコンビニエンスストア。

 辺鄙な住宅街の近くに立つ極普通のチェーン店。

 そして今はスタッフルームで絶賛面接中である。


「はい。空から女の子が降ってくるという不慮の事故に会ってしまい──」

「まずその理由がおかしいだろっ!」

「確かにおかしいです」

「そうだろう、そうだろう!?」

「でも事実である以上、他に言いようがありません」


 と、平然と藤四郎は言い切った。

 嘘をついている様子はない。

 しかしあまりにも非現実的過ぎた。

 釈然としないまま彼女──店長は頭痛に悩まされながら渋々と話を進める。


「まあいい……百歩譲って遅刻はまだいいでしょう。ですが、それはなんですか!」

「と、言いますと」

「その何が何だかよく分からないピチピチ跳ねてる生き物ですよ!」


 店長が指さす先、藤四郎の膝の上にはまるで魚の様に元気よく跳ねている何か。

 藤四郎が持参した『履歴書だった何か』である。


「分かりません」

「あんたが持ってきたんでしょう!?」

「はい。家を出た時は履歴書だったのですが──」


 と藤四郎は一度話を止めた。

 そして数秒程思い悩んだ末、やがて口を開く。


「ここに到着した時には、あのように」

「端折りすぎだろっ!」

「事実です」

「あれが履歴書だなんて信じられるかっ!」

「いえ、紛れもなく履歴書です。ちゃんとここに私の名前と住所と──」

「ええ、ええ、分かりますとも。確かに必要な情報は全部書いてありますが……それがなんで謎の物体エックスになるんだ!」


 謎だ。

 履歴書ではないのは確か。

 それ以前にこの世の物とは思えない代物である。


「分かりません」

「あんたが持ってきたんだろうがっ!」


 うがー、と奇声を上げながら頭を抱える店長。

 しかし藤四郎の表情からは妙に固い決意を感じていた。

 誰かを庇って吐いた嘘か。

 あるいは保身のためか。

 理由は分からないが、もうこれ以上追及しても口を割る様子はない。


「まあ、いいでしょう……」

「信じてくれるんですか!?」


 疲れた表情で溜息を吐いて、ブラウスを押し上げる胸元から煙草を一本。

 百円ライターで紫煙をくゆらせて思考をリセットする。


「もう結構です。履歴書のことも、遅刻のことも、身嗜みの事も」

「変ですか、これ?」

「急いできたのは分かりますが、社会人なんですから髪もちゃんと整えて、もうちょっとマシなシャツを着てください」


 慌ててボサボサになった前髪を手直しする藤四郎。


「それと、信じた訳ではありません。ただ平行線だから諦めただけです」


 そう眉根を潜めながら天井に煙草をふかした。

 

(さて、どうするか……)


 人柄は決して悪くない。

 変な男ではある。

 だが社会の中には得てしてそういう変人が存在するものだ。こればかりは割り切る他ない。

 人手は当然足りてない。

 後は最低限の信用に足る男かどうかだが、


(いや、考えるまでもないか……)


 自分とて就職氷河期を乗り越えて現代社会を十年以上生き長らえてきた。

 目の前の男がどういう人間かなんて眼を見れば一目瞭然だ。

 ふっと笑みを零しながら、おもむろに紙コップにお茶を注いで強引に手渡した。

 これからは仕事仲間なのだ。遠慮なんて無用だろう。


「じゃあ、東堂藤四郎くん」

「はいっ!」


 気持ちのいい返事だ。きっと彼となら一緒にやっていけるはずだ。


「是非、明日からうちの店で────って誰だお前は」

「ふぇ?」


 いつの間にか藤四郎の膝元には見知らぬ子供。


「おばさんこそ誰ですか?」

「おばっ──!」


 確かに自分は今年で三十〇歳。

 酸いも甘いもまだまだ知らない年端もいかぬ子供から見れば『おばさん』かもしれない。

 しかしこうもはっきりと言われると胸を抉る物があった。


「わ、私はこのコンビニの店長です」

「へ~。テンチョーってすごいんですか?」

「この店の中で一番偉いんです」

「ふーん。おばさんの話、よく分かんないです」


(何なんだこのガキはッ……!)


 そう思いつつも怒りが表情に出ないよう気を付ける店長。

 コンビニエンスストアで働く人間にとってこれくらいは朝飯前だ。


「また会えましたねっ」

「……藤四郎くん? その子と知り合いなの?」

「はい、アルミちゃんです」

「あるみちゃん……?」

「はいなのですっ」


 親し気な呼び方に彼女の細眉がぴくんと跳ねた。


「先程説明した、空から落ちてきた女の子です」

「あっ、ふーん……」


 バラバラだったパズルのピースが急速に嵌っていく様に。

 成程、と彼女はようやく彼の目的を理解した。

 同時に興奮して熱くなっていた思考が一瞬にして氷点下に落ちるのを感じた。


「よぉく、分かりました」

「……? 何がですか?」


 一度分かってしまうと最早彼の一挙手一投足が自分を挑発するための芝居がかった演技にしか見えない。

 それが誤解であることに気付きようがない。


「つまり最初からおふざけだったんですね……?」

「はい?」


 藤四郎は間抜けな表情で戸惑った。


「東堂さんはわざわざ、先週は世間知らずなふりをしていい加減な面接を受け、そして今日はその子供と一緒に作り話をでっち上げて私をからかいに来たと。そういう訳ですか」

「ふぇ……?」

「いやっ、違います……! これは何かの誤解ですっ!」

「誤解なものですか!」


 燎原の火の如く燃え上がった彼女はもう止められない。


「真面目な男だと思っていたのに……もう帰ってくれっ!」

「ちょ、ちょっと待ってくだっ────あっ」


 藤四郎は慌てて膝の上からアルミとか言う子供を下ろしながら立ち上がった。

 すると余程慌てていた所為か、思わず足を滑らしてバランスを崩し、


「おわっ────」


 ばちゃ……。


「これはどういう意味ですか……」

「えっと……すいません、つい……」


 紙コップに入ったお茶を店長に向けてぶっかけてしまった。

 すると白いブラウスが透けてその下に着ている布地がくっきりと、


「あっ、黒だ」


 と余分な一言も加わって、


「────っ!」

「こ、これは不慮の事故でっ……!」

「いいから出ていけこの変態ッ!」


 唐突なアクシデントにより面接は打ち切られることとなった。

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