あと一発
ざわめきだすクリーチャー達。
敵は既に三十以上の仲間を打ち破った強敵。
そして新たに四天王の一人をいとも簡単に消し飛ばした力を見せつけた。
冷静を失った有象無象にとってこの状況は──
「追い込んだハズなのに……逆に自分達が……?」
まるで全滅の危機に瀕していると感じる者までいた。
しかしそれは事実とは異なる。
極度の疲労に笑う膝、熱を失い青ざめた肌、尋常ではない発汗。
彼らが全滅の危機ならば、アルミはいつ気を失っても可笑しくない危険な状態。
立っている方が不思議なくらいに疲弊していた。
そしてアルミ自身も、本来の力が自分に残っていないのを自覚していた。
(残りは……多く見積もって……二十パーセント……なのです?)
それを多いと見るか少ないと見るかは人によるだろうが、アルミは既に危険値に達していると考えていた。
何故ならそれを全て失えば彼女に生還の未来はないのだから。
(せめて……あと一発、持ってほしいのですっ……!)
しかし彼女はその未来を殴り捨てた。
生還など不要。ここに自分が来た目的を忘れたのか、と。
「れんじ……くんっ!」
「…………ッ!!!」
アルミの一挙手一投足にクリーチャー達はざわめく。
(あと一発を、今度は工場一帯に拡散させて……)
アルミは再びドラムを回転させ、そこに光を収束させた。
さっきのように慌てて発射する必要はない。
時間をかけて収束させ、ここに集まったクリーチャー全員を一撃で倒すよう調整すればいい。
「総員、攻撃に備えよッ!」
「急ぎ射線から外れなさい!」
狼狽えながらもクリーチャー達はアルミの防御不可避の攻撃に備えようと試みる。
だが、
「あ、あれ……?」
れんじくんの様子がおかしい。
アルミの奮起空しく、ドラムの回転が徐々に弱まっていた。
それと同時に渦を巻いていた光が失われていった。
「そ、そんな……」
最終的にドラムから光が消え、れんじくんも虹色の光を纏って元に戻りだす。
「どうやらもうアレは使えないようだなァ……」
「そのようですね……」
危機的状況に焦っていた竜人と人狼は思わずほくそ笑んだ。
支えを失ってへなへなと地面にへたり込むアルミ。
「総員、落ち着けッ! 奴にもう鬼を消し飛ばした力はない!」
「その通り! 奴はもう瀕死の虫けらも同然! ここが我らの勝機、絶対に逃してはなりませんよ!」
士気を再び取り戻そうと二人は周りを鼓舞していく。
クリーチャー達は近くの仲間と顔を見合わせると、そうだ、そうだ、と声を重ねていった。
(万事休す、なのです……)
朦朧としながらアルミがそう思った、その時だった。
クリーチャーの群れの中で小さな破裂音が鳴り始めた。
音は幾度もなり続け、突然の事態に慌てふためくクリーチャー達。
「い、一体何が起きたのですか?!」
「落ち着けお前らァッ! 状況を報告しろ!!」
続けてクリーチャーの周囲に煙がもうもう立ち込め、視界が奪われていく。
同時に鈍い打撃音と悲鳴。
「待ちなさい! まだ動いてはなりませガァッ……!」
「くそっ何が起きてやがグッ……!」
ものの十秒か二十秒で廃工場は阿鼻叫喚の地獄絵図に変貌していた。
薄れゆく意識の中で困惑するアルミ。
(なに、が……)
慌ただしく入り乱れる周囲の光景。
ふと視界に誰かの顔が大きく映りこんだ。
ぼやけていて誰なのかはっきりとしない。
「………………、…………ちゃん!」
声も聞こえる。
どこか懐かしい、優しい声だ。
(だれ、なのです……?)
アルミは無意識の内に手を伸ばす。
その顔に触れようと、誰なのか確かめようと、まるで水中でもがくように。
やがて自分の手のひらに確かな感触を感じた。
「アルミちゃん!」
「っ……」
気が付くと目の前には、
「トーシロー……!」
眼前に彼女のよく知る顔が映っていた。
アルミの伸ばした手を握り返し、よかった、と今にも泣きだしそうな表情を緩めた。
「どうして、ここに……」
「いいから! 今のうちに逃げるんだ!」
そう言ってアルミを抱えると藤四郎は煙幕を潜って走り出す。
煙からはすぐに抜け、合わせて工場からも脱出していた。
そして藤四郎は後ろを仰ぎ見ると、
「燈子さん!」
「あいよ!」
その合図とともに工場内に液体が跳ねる音と悲鳴が木霊した。
「と、トーコもいるのですか?」
「うん。もちろん燈子さんだけじゃないよ」
「え?」
「みんなだよ。花凛ちゃんも、綴ちゃんも……アパートに住んでるみんなが協力してくれたんだ」
「なんで……」
「そんなの、アルミちゃんが好きだからに決まってるじゃん!」
「そうなのですか……」
藤四郎の言葉に安心したと同時に、アルミは悲し気に顔を歪めた。
「ごめんなさいなのです……」
「いいんだよ、アルミちゃんは悪く無い。悪いのはアルミちゃんを助けれなかった僕なんだから……」
「でも……」
「いいのっ。怒るのも謝るのも、とりあえず今は後回し。まずここから離れよう!」
彼の優しさを全身に受け、アルミは今できる精一杯の力で抱きしめ返した。
「はいなのですっ……!」
光のない真っ暗な世界でも彼と一緒なら怖くない。
藤四郎がいれば疲れが吹き飛んで不思議と力と勇気が湧いてくる。
そう思うとアルミはなんだか嬉しくなり、こんな危険な夜にも思わず笑ってしまいそうだった。




