九つの夜
「アルミちゃ……ムニャムニャ……」
「トーシロー……」
夜が更け、真夜中になる前。
傍らの寝言を妙に嬉しく感じつつ、アルミは月明かりのない街を眺めていた。
今日は新月、毎晩世界を照らしていた月も今日は姿を見せない。
そのおかげか住宅街はともかく誰もいない僻地はもう暗闇と同化していた。
アパートからも左半分は黒、右半分は白とその構図が良く見えている。
「…………なのです……」
この世界に来てから、初めての眠れない夜だった。
原因は彼女の脳裏から離れず睡眠を妨げるとある予感。
始まりはあの言葉だった──
『紹介したるわ……四天王が一人、このミノ様が率いるクリーチャー連合の一角。こいつらこそ恐れ知らずの我が軍勢よッッ!!!!』
四天王、ミノ。
彼の軍勢──当初二十の動物型と一体の王で構成されていたクリーチャー軍団は、王と数体の動物型を倒すも大部分の十七体前後を見逃すことになった。
生き残れただけでも十分、だが──
『この仮はきっちり、残りの四天王様が返してやるミャ!』
四天王というからには恐らくは人型、連合の一角というからには当然連合にはまだ多数のクリーチャーが残っているだろう。
今日は新月だ。
電気が発達して夜でも明るい世界と言えども暗闇がなくなる訳ではない。
クリーチャーが行動するとすれば今夜だろうという予感が消えず、何かが起こるのではないかという胸騒ぎがいつまでも止まないアルミは、こうして眠れぬ夜を過ごしていた。
そして、
「あっ……──」
得てして悪い予感は的中するものである。
錬金術師であるアルミの鋭敏な感覚が世界の不純物を明瞭に感じ取った。
「動いてるのです……クリーチャーが…………っ、こんなにたくさん……!?」
アルミが気付いたのは闇夜を蠢く人ならざるもの──クリーチャー。
しかしその数、十や二十どころではない。
今までにない数のクリーチャーが街のある一か所に結集しようとしていた。
だがそれは彼らが標的とするこの家ではなく、
「廃工場……?」
そこは夜の帳に隠された静かな工場地帯。
もう稼働しておらず建物だけが残っていると藤四郎が教えてくれた場所だ。
既に停止して人は誰もいないはずのそこに何故──
「クリーチャー連合っ……!?」
それ以外に考えられない。
正にクリーチャー連合の全てがそこに集まっているとすれば、近い内に連合全体による襲撃が敢行されるかもしれない。
ともすれば急ぎ実際に襲ってくる前に対処するしかない。
だが、
「トーシロー……」
アルミは心配そうな目で、藤四郎の穏やかな寝顔を見つめた。
終わってみれば無事に四天王の一人を倒せた今日の一戦。
だが実態は命からがら逃げだして偶然にも王の隙を突けたに過ぎない。
偶然も奇跡も、そう何度も続くものではない。
自分の戦いに巻き込み何度も傷つけた事を思い出し、アルミは悲し気な表情で決心する。
「アルミの最後のわがままを聞いて欲しいのです……」
そう呟いてアルミは彼の大きな手を両手で握った。
今まで自分の手を引っ張り、体を張って自分を守り、終われば自分の頭を撫でてくれた、アルミの大好きなその手のひらを。
「ん……」
「……絶対、帰ってくるのです」
今度こそ自分が守りたい。
まるで本当の家族みたいに自分の事を思ってくれている一番大切な彼を。
否、守らなくてはならない。
もう二度と、彼が傷付く姿を見たくなかったから。
だから──
「だから……初めての家出を、許してください……」
まだ眠りから覚めない藤四郎にそう告げると、アルミはひっそりと準備して玄関まで歩きだす。
自分にはまだ大きなドアノブに手を掛け、何気なく後ろを振り返る。
寝静まった部屋。
いつもと違ってそこには誰もいない。
「行ってきます、トーシロー……」
辛いと初めから分かっていても、孤独が胸を締め付け、恐怖が体を震わす。
それでも支えてくれる彼は連れていけない。
心寂しさを声と表情に滲ませながら、アルミはドアの音を残して家を出て行った。




