Run for Error
「居たッシュ~!」
「何としてもひっとらえワラビー!」
「あう~! また追ってきたのです!」
迫る危険を知らせるアルミを抱えながら、藤四郎は首だけで後ろを振り返った。
クリーチャーが一、二、三、四──否、たった今五体に増えた所だ。
八方塞がりの危機は脱したものの、未だ状況が危険であることに変わりない。
「アルミちゃん、なんとか一体ずつ倒していこう!」
「はいなのですっ……!」
丁度調理完了した料理がれんじくんから吐き出され、追手の一人に襲い掛かる。
それを尻目に藤四郎は次なる材料をアルミに手渡した。
念のためにと拾った小石をパーカーのポケットに仕舞っていたのが幸いした。
すぐさまアルミは次の調理に取り掛かり、もうしばらくすれば後ろにいる分くらいは何とかなるだろう。
「れんじくん、これ全部お願いっ!」
「ハアッ……ハアッ……──」
問題はまだ山積みだ。
出来る事なら以前アルミが見せた必殺技でこの追手を一掃したいのだが、追手はまだ他にも近くにいるだろう。
早々にアルミを消耗させることはできず、ちまちまと倒している次第だ。
「トーシロー……!」
「だ、だいじょ、ぶ……」
「っ……」
だが自分の体力が致命的だった。
このままでは最低二十はいるミノの軍勢を倒しきる前に自分が潰れてしまう。
土地勘を頼りに撒こうと試みているが、予想以上に敵のアンテナが張り巡らされて逃げ切れない。
そんな限界に近い藤四郎の表情を見るや否や、
「あ、あそこに入るのですっ……!」
「……っ!」
十字路を目前にして、アルミは後ろへと出来立ての飴玉爆弾を幾つも転がした。
受ければただでは済まないと見るや、クリーチャー達は慌てて飛び退く。
失敗に終わったかに見えた攻撃だったが、爆発すると狭い道路に甘酸っぱい煙幕を立ち所に広げた。
目標を見失う訳にはいかない追手達が次々と煙に突入して抜けると、その時にはもう二人は姿をくらましていた。
「ッシュ~……可愛い顔して中々ヘビィな攻撃しやがるぜ」
「分かれて探すワラビー」
「賛成ッシュ~……俺はこっちを探すから、お前はあっちを見るッシュ~」
クリーチャーが消え、煙が晴れると、十字路には誰の姿も残されていない。
「…………行ったみたいなのです」
「ああ……ありがとう……アルミちゃん……」
しかし道路の脇にバットと共に置かれた段ボール箱から二人の話声が聞こえていた。
「待たせたな、というやつなのです」
「よく……気付いたね……」
「でもわたしのくっきんぐが遅いばかりに……ごめんなさいなのです……」
「ううん……良くやってるって……」
「もっと、もっと頑張るのです……」
狭い箱の中、藤四郎は肩でしていた息を少しずつ整えていく。
藤四郎は心配げに見つめるアルミを抱き寄せると、震える手で頭を撫で、大丈夫大丈夫と自分に言い聞かせるように何度も唱えた。
外はまだクリーチャーがうろついているかもしれない。
見つかれば万事休す、そう思うと余計に震えが止まらなかった。
「それはそうと、トーシロー」
「こんな時になんだい?」
「やっぱり段ボール箱は凄いのです」
「まあ……おかげで追手を撒けたからね」
「なんでも段ボール箱をいかに使いこなすかが任務で一番大事らしいのです」
「……それ、誰に聞いたの?」
「ゲームをしている時にトーコに教えてもらったのです」
「そ、そう……まあゲームによっては一番大事なアイテムじゃないかな……」
「ふふっ……さすがトーコ師匠なのです」
まさか現実で実際に必要になるとは藤四郎も夢にも思わなかったが。
しかし今回ばかりは本当に燈子に感謝しなければならないだろう。
「どう? アルミちゃんから外は見えそう?」
「うーん……向きが悪くて向こう側の塀しか見えないのです……」
「参ったな……俯瞰できるゲームと違って現実だとかなり使い勝手が……」
そもそも段ボールには持ち上げるための二箇所しか覗き穴がない。
これでは周囲の状況を見ることなど到底不可能だ。
かといって現実で段ボールが動いていれば明らかに不自然だ。
「暫く大人しく様子を見よう……」
「分かったのです。『最後まで決して諦めない。いかなる窮地でも成功をイメージする』なのですね……」
「それは誰の言葉なの?」
「これもトーコ師匠なのです」
藤四郎の記憶が正しければ、段ボールもその言葉も本当は燈子の言葉じゃなかったはずなのだが。
「トーコは物知りな──もがっ」
「シッ……!」
思わず片手でアルミの小さな口を塞ぎ、アイコンタクトで意思疎通。
口を塞いで聞き耳を立てればよく分かる。
確かな足音。
そして不自然な振動が。
あえて穴から覗くまでもない。
この近づいてくる巨大な気配は紛れもなく奴だ。
(さっきのミノタウロス……!)
まだ見つかっていないのか、ミノの歩みは決して早くはない。
だが着実にそれは自分達へと近づいてくる。
(ここから逃げるか……?)
駄目だ、と泣きそうな顔で首を振る藤四郎。
もう動くには何もかも遅すぎる。
あとはもう、祈るしかないだろう。
そして気配が極限にまで近づいた時、途端にそれが止んだ。
「……!」
ただ静かだった。
小さな空間の中には二人の息遣いさえなく、早鐘の様に鳴り続ける鼓動の音だけが響いていた。
二人して我知らずに息が止まっていた。
「そこにおるんやろ? 出てこいや」
努力も祈りも何もかもが空しく。
残酷な死刑宣告だけが耳元でひっそりと告げられた。




