失敗、八方塞がり
「ニャっニャっニャっニャっニャっニャっ……」
「しまったっ……!」
「と、トーシロー……」
「大丈夫、アルミちゃん……」
震える声と共に差し出された手を藤四郎は力強く握り返した。
その小さな手のひらは、緊張と恐怖で冷たい。
「ようこそ地獄へ、と言った所かニャ……?」
悲鳴に駆けつけた藤四郎とアルミが一体の猫型クリーチャーと対峙した瞬間、わらわらと物陰から現れたのはクリーチャーの集団。
(……多すぎるッ!)
その数、実に二十体。
そしてあれよあれよという間に二人はその周囲を怪物達に囲まれてしまった。
これでは交戦は避けて通れないだろう。
「如何に失敗無双常勝無敗なれど、この包囲網はそう易々とは突破できニャいニャ。そもそもこれだけの我々を同時に相手する事自体、初めてだろうニャ?」
「あの悲鳴は罠だったのか……」
見事なまでに弱点を突かれ、絶望的状況に藤四郎はただ苦し気に呻く事しかできない。
(また失敗だ……)
と、集まっていたクリーチャー達が突如騒ぎ出した。
「お、おお…………!」
「美しい……」
「なんて見事なお姿……」
それは一人の人間──
「王……」
「王だ……!」
「我らが王だ……!」
──否、断じて否。それは人間ではない。
「ようやったで、タマ。えらい頑張ったやん?」
「有難き幸せニャ……」
「で、こいつがあの例の……」
「はい、そうでございミャす……」
全てのクリーチャーが畏怖の視線を向け、感嘆の吐息を洩らすその者とは、
「人型クリーチャーっ……」
それは牛頭人身の怪物であった。
藤四郎の身長など優に上回る鍛え抜かれた荒々しい屈強な肉体。
そして鋭く前に突き出る二本角を携え、獰猛に牙をむいた牛の頭。
まさに神話における──
「ミノタウロス……!」
藤四郎の呼びかけに反応するかのように、それは厳かに口を開いた。
「如何にも……我が名はミノ。そいでお前が例のちびっこ錬金術師で、お前は懐かしき我がご主人様やな?」
「っ……!」
その巨大な図体。
体の芯から響く声に藤四郎は全身の身の毛がよだつのを感じた。
生物としての原始的な本能が、頭の中に警報を鳴らし続けている。
「紹介したるわ……四天王が一人、このミノ様が率いるクリーチャー連合の一角。こいつらこそ恐れ知らずの我が軍勢よッッ!!!!」
両腕を広げた瞬間、耳をつんざくような蛮声が鳴り響いた。
圧倒的な声量に気圧されて思わずアルミが自分の足にしがみつく。
なんとかアルミだけは。
藤四郎はいざという時のために屈んでアルミをその身に抱き寄せた。
「クリーチャー、連合……だと?!」
「せや……まさかおどれらが生み出したクリーチャーが、ただ好き勝手暴れ取るだけやと思っとったんか?」
アホな事抜かすな、とミノは心臓が縮みあがる様な目で一睨みして、ゾクリと全身の血の気が引くのを藤四郎は感じた。
「ええ加減な事抜かすなや。道頓堀に叩き落すでホンマ。クリーチャーにだって考える頭くらいあるわボケ」
「連合なんて、何のために……」
「せやなあ……まあ冥途の土産に教えたるわ。当初のうちらの目的はおどれらをぶちのめす事やった。が、今は違う……」
「じゃあ一体……」
「せやかてそんなもん決まっとるやろ……?」
ミノは食らいつかんと突き出た口から獰猛な牙が並ぶのを覗かせると、
「世界征服や」
「世界、征服……?!」
その想像する事すら叶わない規模に藤四郎は威圧され後ずさった。
「せやで。巨大な力持っとったら当然そうなるやん。男の夢っちゅーか、ロマンやし。それにな……うちらならそれが可能なだけの力を持っとる」
ふざけた言動、だが当然だと言わんばかりの自信に漲った表情。
そしてそれがクリーチャーならば可能だという事を藤四郎は知っていた。
愕然とする藤四郎をよそに、別のクリーチャーがそそくさと脇からミノに近づくと、何やら耳打ちを始めた。
「あ、あの、ミノさん。そろそろ時間押してるので巻きでお願いしミャすニャ」
「あ、こら、この阿呆!」
「ニャニャ?!」
凶悪な見た目に似合わない戸惑いを見せるミノ。
一体何があったというのか。
「人前でその呼び方はマズイって! 何も許可取ってないんやで!」
「いやでもほら、言うてミノさんは四天王の一人ですし」
「それ言うたらあのお方は芸能界の大御所やん! 確かに最近はちょっとアレがナニしたソレでコレがコレなもんやけど……流石にその名前を勝手に使うのはマズイっしょ……?」
「何を仰る、王ともあろうお方が。いずれ天下取るんですニャ? なら別にそれくらい許可いりませんニャ。むしろ前借するくらいでいいじゃニャーですニャ」
「ほ、ほうか?」
「そうですニャ! もっと自分に自信持ってくださいミャせ!」
「ほーか……自信かぁ……」
部下に怒られてミノは腕を組んで真剣な表情で悩み始めた。
「しっかりしてくだニャいよ。体だってそんなに大きくて強そうニャんですから」
「そ、それ言うなや……これ結構気にしてんねんで……?」
「むしろ四天王っぽくていいじゃニャアですか」
「そんな訳あるか。うち、これでも女の子やで? そらもっと牛ならヘレフォード、犬ならポメラニアンみたいな……ごっつうかわええ見た目の方が良かったわ……」
巨大な肩をがっくりと落とすミノ。
これで雌だったのかと我に返って驚く藤四郎。
「もうミノさん……ニャい物ねだりしても仕方ありニャせんって」
「せやかてタマ……」
「それに僕、ほらこんニャ見た目ですから。むしろミノさんみたいなマッチョ体型が羨ましいですニャ」
「タマ……」
「やっぱり骨格が違うからですかニャ。どれだけ筋トレしても、ミノさんみたいな強そうな体にニャれないんです……。毎日駅前のジムに通って、トレーニャーさんの言う事真面目に聞いて、体にいいキャットフードを食べて……。実は先日、そのトレーナーさんに言われたんですニャ……」
「言うな……」
深刻な表情を見せるタマにミノは苦し気に首を振った。
しかしこれもミノのためと、タマは悲痛な表情で続きを語りだす。
「いえ、言わせてくださいニャ。…………諦めろって、言われたんですニャ。トレーニャーさんに……。お前ニャー素質がニャアから、いくら頑張ってもそうニャニャれニャいって……」
「……」
「いいじゃニャアですか、大きくても。いいじゃニャアですか、ごっつくても。だってそのおかげで僕らの事を守れるんですから……。僕ら滅茶苦茶強いミノさんのこと、すごい好きですニャ!」
「ありがとう……、ありがとうっ……!」
揃って感涙しだすクリーチャー達。
「さあやってやりましょうニャ! あのクソ錬金術師の首をうちらでとってやりましょうニャ!」
「おおよ! やったるで野郎共ォォォオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」」」
ミノの雄々しい雄叫びに二十のクリーチャーの声が幾重にも重なった。
二匹の感動的な話によってクリーチャー達は一致団結、士気は高い。
周りの表情を見て勝算を確信していると、ふと浮かび上がった素朴な疑問。
「そいで、その敵は? なんかどこにも見当たらへんけど……」
「「「あっ……」」」
話に気を取られていたクリーチャー達が雁首揃えて間抜けな声を漏らす頃。
「逃げるんだよォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ」
「はいなのですっ!」
藤四郎達は天下の公道を走っていた。
あの中に居て自分達に勝ち目はない。
であるならば必然、逃げるが勝ちなのである。




