腹が減っては失敗できぬ
寂れた町の一角に唐突に爆音が響いた。
時間帯の所為か、あるいは周囲に住宅が見当たらない所為か。白昼堂々騒ぎ立てる人間は誰もいない。
この二人を除いては、
「よし、今だアルミちゃん!」
「はいなのですっ!」
アルミ手製の林檎爆弾を至近距離で食らった蟻型クリーチャーがひっくり返ったのを見ると、すぐさま藤四郎は指示を出す。
ガコン、とれんじくんが死刑宣告のように音を立てて扉を開けると、強力な吸い込みによって小さなクリーチャー達が次々とその口に飲み込まれていった。
全てを吸い込み終えると、
「ふうっ」
「お疲れ、アルミちゃん」
「はいっ。お疲れ様なのです、トーシロー」
戦闘が終わって肩の力を抜いたアルミに藤四郎は労いの言葉を掛けた。
そしてすっかりもう聞き慣れたれんじくんのアラームが鳴ると、藤四郎はクリーチャーの素材を確かめ出す。
「洗濯バサミが、十個?」
「はいなのですっ」
「てっきりこういうのはバラバラで勝手に動いてるものだと思ってたけど……」
「セットで使って欲しかったのですか?」
「あー。だから蟻になったのかなあ」
蟻は群れ社会。納得の理由だ。
特に規則性がないと思っていた見た目にも意外とちゃんとした理由があったのかもしれない、と藤四郎は考察する。
きっと女児を襲っていたコミックスの亀や、女の子を好き放題に操ろうと企んでいたコントローラーの豚にも──
「それにしても意外とあっさり倒せちゃったね」
「むふーっ、頑張ったのです」
「確かにアルミちゃん今回すごく頑張ったし、それに最初に比べて随分と成長したよね」
「本当なのですか?!」
褒められて嬉しいのか、拳を握ってピョコンピョコンとアホ毛を揺らしている。
藤四郎はわずかに苦笑しながら、アルミの顔に合わせて屈むとおもむろに彼女の紙をわしわしと撫でた。
ほのかに燈子と同じシャンプーの匂いが漂った。
「よくできました」
「えへへっ……嬉しいのですっ」
心が洗われるような無邪気な笑顔を向けてくれるアルミ。
「だってほら。今回十匹のクリーチャーと戦ったけど、何とかなっちゃったし」
「あう~……でもあれは結構ヒヤっとしたのです ><」
「えっ、そうだったの?」
「はいっ、多分りんごさんのおかげなのです」
運が味方した、と言いたいのだろう。
言われて藤四郎も思い当たる節があり、思わず唸ってしまう。
今回アルミは機転を利かして林檎爆弾を食べさせず、直接その場に転がした。
そのおかげで結果的に十匹を巻き込んで倒せたのだが、逆に倒し損ねて残ってしまった場合どうしただろうか。
自分は戦力外、戦えるのはアルミただ一人である以上、敵が何体もいる状況は今後も避けなければならないだろう。
「それに今回はクリーチャーが小さかったのです」
「ああ、そういえば──」
蟻型クリーチャーは元となっている洗濯バサミと殆ど変わらない大きさだった。
今まで倒してきた動物サイズと比べれば、圧倒的に小さい。
「それって結構大事なの?」
「えっと、確かれんじくんの説明書に書いてあった仕様だと──」
「あれ売り物なの?!」
「なのです」
今更驚く藤四郎を無視して、アルミはその場でしゃがんで地面に手をかざし、
「一回で吸い込めるのは中型のクリーチャーなのです。だいたい動物くらいか──」
今度は逆に精一杯高く手を上げて、ぴょんぴょんとその場で飛び跳ね始めた。
「──頑張っても人の大きさくらいまでなのです」
これが普段ならアルミの微笑ましい姿にほっこり和んでいただろう。
しかし話の中心はクリーチャーだ。
降って湧いた悩みの種に藤四郎は再び唸りだした。
つまり今回十体の敵と戦って勝てたのは、単に相手が小さかったからに過ぎないという事。
(もしも複数の敵に囲まれた時、一体どうすれば──)
と、草陰から葉音がバサバサと騒ぎ出した。
「ん?」
「なのです?」
思わず揃って視線を向けると、答えはすぐに判明した。
「ニャ、ニャ~ン……」
聞こえてきたのは雄猫らしい渋い声だった。
てっきり新しいクリーチャーかと反射的に警戒した二人はほっと一息を吐く。
「なんだ、猫か……」
と呟くと、アルミの方から可愛らしい音。
振り返ればアルミは恥じらいながら自分の腹部を抑えていた。
「……トーシロー、お腹減って力が出ないのです」
「アハハ、これで今日三戦目だもんね。万全の状態で戦えるように、一旦帰って花凛ちゃんの用意してくれたおやつでも食べよっか?」
「はいなのですっ!」
そう言って二人は仲良くアパートに向かって歩き出した。
「フゥ……焦ったニャ……」
二人が去った後、草むらから不穏な影が一つ。
姿を現したのは紛れもなく異形の生物、クリーチャーだった。
「ニャるほどニャ……ついに奴らの弱点が分かったニャ。これは大手柄ニャ……」
平穏を取り戻すべく奔走する二人に対し、再び新たな危機が迫ろうとしていた。




