彼女に出会ったのが運の尽き
前回の粗筋。
「プータローが女児に自分の亀を見せびらかしたら亀から勢いよく飛ばされた……これからうちらはどうなるんだ……」
「なんですかその語弊がありすぎる粗筋は……ゲホッゲホッ……」
燈子の謎のノリについていけず呆れるも、詰まる息にむせ返る藤四郎。
意識を取り戻した藤四郎に燈子は慌てて駆け寄る。
未だに大の字になって壁に張り付いている藤四郎からクリーチャーの凄まじさが強烈に感じられた。
「プータロー、気が付いたのか……!?」
「はい……まだ朦朧としますが……」
「クソッ……あのエロ亀野郎、許せねえ!」
「燈子さん……」
こんなにも自分の代わりに怒ってくれるなんて、と藤四郎は思わず胸からこみ上げる熱い物を感じて両目に涙がにじんだ。
「人んちの塀をこんなにぶっ壊しちまうなんて、なんて迷惑な奴だ!」
「そっちの心配ですか……」
怒りの理由に肩透かしを食らってしまう藤四郎だった。
「僕の渾身の攻撃が効かないなんて……じゃあ一体あのクリーチャーにはどうやって戦えば……」
「それはどうやら……アルミに何か秘策があるらしいぜ」
「アルミちゃんに……?」
期待の眼差しを送る燈子だが、藤四郎はアルミのまだまだ小さな背中を案じて心配そうに見つめた。
アルミは小声でれんじくんと二三やりとりを済ませると、真剣な表情でクリーチャーに話しかけた。
「なんでこんな事をするんですかっ?」
「なんの用だカメ……?」
「もうこんなことは止めるのです。わたしはカメさんと話し合いたいのですっ!」
自分に近づく幼女を怪訝な目でみていたクリーチャーだが、幼女の後ろに電子レンジが浮いているのを認めるとあからさまに嫌悪感を顔に出した。
「貴様、錬金術師か……」
「はいなのです。超レベル錬金術師! アルケミ☆アルミちゃんなのですっ」
「幼い錬金術師よ。貴様には何も分からんさ。我々クリーチャーの気持ちなどな」
「そ、そんな事ないのですっ。話せばきっと分かり合えるのです!!」
「黙れ小娘ッッ!」
「っ……!!」
アルミよりも小さな肉体にもかかわらずクリーチャーは大気を震わす程の一喝でこの場にいる全員を戦慄させた。
「貴様らと言えば口を開けばいつだって錬金術錬金術……──」
「それは……」
「いつだって我々モノは貴様らの玩具だ! 成功すれば利用され、失敗すれば捨てられ……常に蔑ろにされ続けた我々の気持ちなど考えた事もなかろうッ!!」
「……」
「それが貴様ら錬金術師よ。利用する側と利用される側の間に話し合う余地などないのだ」
「交渉、決裂なのですか……」
「くどいッ! 子供とはいえ、錬金術師。悪いがここで潰させてもらおう……」
「…………」
有無を言わせぬ拒絶にショックだったのだろう、アルミは首を垂れて沈黙した。
クリーチャーは前脚を掲げると、その周りに紙の様に薄く鋭い刃を展開する。
試し切りとばかりに付近の茂みに振りかぶると、もはや紙とは思えぬ切れ味を見せつけた。
危険だ。
アルミの体から無残に血しぶきが舞い散る光景が藤四郎の頭によぎる。
「っ! 逃げて、アルミちゃん……!」
しかし藤四郎の声は届かない。
アルミは身動きもせず黙って立ち尽くしている。
抵抗する様子もないアルミにクリーチャーはつまらなそうに笑うと、
「フッ、これで終わりだ……タートルスラッ────」
もう駄目だ。誰もがそう思ったその時、
「──モガッ……なんだこれは……?」
叫んであけた大口に小さな球状の物体が飛び込んだ。
クリーチャーは思わず身構え攻撃の手を止める。
(なんだ……!?)
事態が飲み込めない藤四郎。
視線をクリーチャーからアルミに移すが、彼女はまだ何もしていない。
動いていたのは──勢い良くドアを開口したれんじくんだった。
「旨いッ……これは旨いぞッ! 外はカリッと中はトロトロ……そしてこのソースの味は……まさかッ……?!」
「そう、たこ焼きなのです……」
「そうか、これがたこ焼き……中々美味な食べ物だな……」
「そしてよくも引っかかったのですっ!」
「何ッ!?」
したり顔で指を突き付けられ、呑気に味わっていたクリーチャーは驚愕した。
しかしその驚きはクリーチャーだけのものではない。
「どういうことなのアルミちゃん!?」
突然の出来事に理解が追い付いていないのは藤四郎達もだ。
「中身のない会話で尺を稼いでる間にれんじくんで作っていたのですっ」
「れんじくんで……?」
「そう、あのクリーチャーに食べさせたのは、たこ焼きにしてたこ焼きに非ず……。あれはわたしが錬金術でくっきんぐした石ころなのですっ!」
「なん……だと……!?」
その答えに一番驚いているのはクリーチャーだった。
それもそのはず、クリーチャーには先程から口の中にある物が極上の食べ物としか思えていないのだ。
「この味が……石ころ……だと? 冗談を抜かせッ! こんなに旨いはずなのに……旨すぎて、旨すぎて……──」
「なんだ、様子が……?」
極上の味にいつまでも咀嚼を止めないクリーチャーだが、その姿に変化が訪れた。
咀嚼すればするほどその体が風船の如く膨張し始めたのだ。
「錬金術で作り出した料理はあまりのおいしさに目が飛び出て天国に昇ってしまうのです」
「目が飛び出るって物理的な意味だったの?!」
クリーチャーもその異常に気付いて今更慌てふためくが、何故か石を吐き出すそぶりを見せない。
その藤四郎の疑問にアルミは続けて答える。
「そしてその真の力は……おいしすぎて食べるのを止めれない所なのですっ!」
「な、何ィイイイイイイイイ!?」
更に驚愕の事実。
クリーチャーは吐き出すという鉄の意思を持とうとするも、
「だ、駄目だ……旨すぎて吐き出せない……!」
吐き出したい、だが旨い。
破裂はいやだ、だが旨すぎる。
天国へのカウントダウンが迫っているのに狼狽する以外何もできないクリーチャー。
名探偵を目の前にして都合のいいアリバイが見当たらない犯人の様に、その日焼けで黄ばんだ体をコミックに似合わない蒼白へと染めていく。
「モノの癖に人間様に逆らった罪を償うのですっ!」
「やめてくれえええええええええええええええええええええええええええ」
そしてついに、クリーチャーは限界を迎えた。
その肉体を破裂させると、スタンバイしていたれんじくんに吸い込まれていく。
そして『チン♪』という音と共に藤四郎のよく知る元の姿を取り戻した。
「はいなのですっ」
「ありがとう、アルミちゃん!」
「えへへ。無事にくっきんぐが成功して良かったのです」
ホカホカに温まったコミックを手渡すと、アルミはさっきまでの緊迫した戦闘が嘘のように無邪気な笑顔を浮かべた。
そして戦いの中で彼女は成長している。
なんて恐ろしい子だ、流石成長期。
ふと、燈子がアルミにブロック塀を指さして、
「なあ。さっきプータローがぶっ壊したアレ、直せるか?」
「はいなのですトーコ師匠っ」
テケテケテケと円形のヒビが入った塀に何やられんじくんを向けるアルミ。
閃光を発しながら時間の巻き戻しのように修復しているのを横目に、
「クリーチャー、マジでやばそうな奴らだな」
「そうですね。何しでかすか分かりませんし……」
何より大の大人が太刀打ちできないというのは脅威だ。
彼らが今後も暴れ続ければ、街に住む人々の平和が一気に崩壊するだろう。
対抗できるのはアルミただ一人。
特に気がかりなのは、
「僕の部屋から出て行った大量のクリーチャー……」
「そうだ」
事態の深刻さに重々しく頷く燈子。
「プータロー、これはきっとお前に与えられた使命だ」
「使命……?」
「神様が何の仕事も持たないお前にもたらした唯一無二の仕事だ」
「そうだったのか……」
「この街の平和はお前にかかってるぜ」
「分かりました……!」
頼むぜヒーロー。そう燈子に明るく背中を叩かれると、藤四郎は仕事を押し付けられつつも妙に嬉しく、そして照れ臭く感じてしまうのだった。




