失敗の予感
アルミが藤四郎の家に来てから数日が経過した。
最初こそ騒動があったものの、すっかりアルミはアパートに馴染んでいた。
出会い方が壮絶だった花凛とは未だに馬が合わないようだが、逆に燈子とは仲のいい姉妹の様に毎日遊んでいる。
(というか燈子さんは本当に管理人として仕事しているんだろうか……)
そして今日は天気がいいので、三人は近所の公園に遊びに来ていた。
「よしアルミ、今日こそお前の錬金術を成功させるぞ!」
「はいなのですっトーコ!」
「あたしの事は師匠と呼べッ!」
「はいトーコ師匠ッ!」
「変に馴染んじゃったなあ……変な影響受けないといいんだけど……」
保護者としてアルミの将来を危惧せざるを得ない藤四郎だった。
錬金術のためにわざわざ公園に来たのは理由がある。
以前、部屋の中で錬金術をしたばかりに藤四郎の部屋はすっかり広くなってしまったのだ。
おかげで翌日は逃げ出した物を買いに出かけ、思わぬ出費に泣くことになった。
このままだと無収入の藤四郎は破産しかねない。
だがここなら落ち葉、石ころ、アルミ缶等。錬金術の材料に事欠かないだろう。
「というかアルミちゃん」
「何ですかトーシロー?」
「そもそも錬金術ってどうなったら成功なの?」
「お。そういえばあたしもまだ聞いた事ねえなあ」
悲しいことにまだ一度も成功したことがないので見たことないのだ。
しかしアルミはそんな背景を気にする事もなく無邪気に笑って教える。
「カリンの作るご飯と同じなのですっ」
「花凛の作るご飯……?」
「はいなのです。カリンのご飯はおいしいのですっ」
何のこっちゃと燈子は首を捻った。
「……おい、プータロー。ちょっと通訳しろ」
「フッ、任せてください」
毎日アルミと生活している藤四郎にとってそれくらい朝飯前である。
「つまり……例えばその辺に落ちてる石に錬金術を使えば、美味しそうに見えたりするって事……?」
「おいしそうなだけじゃないのです! ちゃんとおいしいのですっ」
「あってねえじゃねえか」
「調子に乗ってすみません……」
「旨い石ころねえ……うーん、駄目だ。ぜんっぜん想像できねえ」
「ちなみに何味になるの?」
「目が飛び出るくらいおいしい味なのですっ」
「へえー。そんなに美味しいんなら一回食べてみたいなあ」
「じゃあうまく言ったらまずプータローが食べてみろよ」
ちゃっかり毒見用に言質を取ろうとする燈子。こすい。
「だ、駄目なのですよっ!」
と、成功したらどちらかが食べるという話にすっかりなってる二人に、アルミは慌てて割り込んだ。
「へ?」
「食べたら天国に行っちゃうのですっ」
「天にも昇る味かあ……ますます食べてみたくなるな」
「食べちゃ駄目なのですぅ!」
いつものように雑談に花を咲かせながら、ようやくアルミの修行は始まった。
とは言っても素人には特にすることはなく、遠くまで行かないように温かい目で見守るくらいだ。
二人はアルミや子供連れの主婦の邪魔にならない様にベンチで談笑する。
やがて会話が途切れると藤四郎はおもむろに水筒を取り出す。
中身は花凛特製の緑茶。料理に勉強熱心な花梨は作るお茶も一級品なのだ。
「あー……そういえばプータローさ」
「なんですか、燈子さん」
花凛の入れたお茶はただ喉を潤すだけではない。
緑茶特有の渋みが効いていて藤四郎の舌を十二分に喜ばせた。
「傍目にはうちら、夫婦に見えてんのかな……?」
思わず噴き出した。
口に含んでいたお茶が霧状に広がって、晴天の陽光が綺麗な虹を作り出した。
「ゲホッゲホッゲホッ……な、何言ってんすかっ燈子さん!」
「いや悪い悪い、つい変な事言っちまって! 見えねえよなあ?!」
「そうですよ! 第一僕らまだまだ若いんですから……!」
「だよな! この歳であんな子供連れてる訳ないよな!」
「そもそもアルミちゃんが十歳くらいに見えるんだし──」
三十手前の自分はまだいい。
しかし藤四郎の記憶が確かなら、燈子は数年前に大学を卒業していたはずだ。
直接聞いた事はないが恐らくは二十代半ばくらいだろう。
「仮にもし夫婦に見えるんなら、僕はともかく燈子さんは学生結婚ってことになっちゃうじゃないですか」
そうすると単純計算で燈子は当時中学生になってしまう。
奥様は女子〇生もびっくりな話だ。
「が、学生結婚……? あたしと、お前が……って何言ってんだお前!」
「いたっ! ちょ、叩かないでくださいよ!」
「お前が変なこと言うからだろうが!」
「言いだしたのは燈子さんじゃないですかっ」
燈子は人知れず顔を赤くすると誤魔化すようにしきりに藤四郎の背中を叩く。
噴き出してしまったため藤四郎は改めてお茶を口にした。旨い。
それからもう一度カップに注いで、
「はい、燈子さんの分」
「ああ? おう、サンキュ」
燈子は丁度自分も飲みたかった所なので、何気なくカップを受け取った。
しかしよくよく考えればそれは藤四郎が口を付けたカップで。
思わずその縁を凝視しだし、
(これって……か、間接…………)
燈子は無意識に鼓動が跳ねるのを感じた。
(い、いいのか……?)
自分の心臓の音を聞きながら喉を鳴らし、やがて覚悟を決める。
恐る恐るカップを唇に近づけると、
「そういえば燈子さん」
「ひゃい!?」
体が勢いよく飛び跳ねた。
唐突な呼びかけに柄にもなく可愛い声を上げる。
同時にカップが両手の上を踊り始め、
「おわっ、わっ、わっ」
あえなく中身を盛大に地面にぶちまけた。
「あ」
「あー、もう何してんですか」
「い、いきなり呼ぶからだろうがっ! もうお前は一言もしゃべるな!」
「なんでっ?!」
理不尽な命令に藤四郎は渋々と砂がこびりついたカップを拾うと、水飲み場に向かってやれやれと歩き出す。
その後ろを申し訳なさそうについていく燈子。
「……それで、何を言いかけたんだよ」
「ん? えーっと…………」
度忘れした内容を思い出しながら、ばしゃばしゃとカップを丸洗いして、
「ああ、そうそう。逃げ出したクリーチャーの事を考えてて」
「……そういえば結局あいつら、どこに行ったんだろうな」
「僕が最初に見たのは川に落ちてどこかに泳いで行きましたね」
「ふーん……」
「ただこの間結構な数が逃げたんで、生態系とか破壊してないといいんですけど」
「……それ真面目にやばそうだな」
意外にも現実的な話に燈子は、環境破壊の一端をになっているのかもしれないと冷や汗をかいていると、
「なんだ……?」
「なん、ですかね……?」
何やら騒がしい。
燈子は声の発生源、アパートの近所の方をしきりに睨みつけた。
藤四郎も嫌な予感を感じて同じ方向を見つめて耳を澄ます。
「トーシロー、大変なのです!」
「アルミちゃん、今それどころじゃ……」
「あの騒ぎはクリーチャーなのです……!」
「な、なんだって……!?」
「わたしのセンサーがびんびんに反応してるのですっ……!」
そう言って騒ぎの方角へ真っ直ぐに伸びるアホ毛を指さした。
「嫌な予感がするな……おい見に行くぞプータローッ!」
「はい、燈子さん……! アルミちゃんも!」
「はいなのですっ!」
互いの意思を確認すると三人はアホ毛の指し示す先へ走り出した。




