彼女が水着に飢餓えたら
オリジナル曲『弾丸は二発』
https://www.youtube.com/watch?v=rvmCMGCw-So
デジタルアルバム『ワンマンショー』DLページ
https://tarachinemachine.bandcamp.com/album/one-man-show
ハラペコである。というのも、仕事をしていないので、金が惜しいがためにまず食費を削って削ってもうこれ以上は削れないところまでペラペラのキンキンにしたからである。起きるのはよく夕方16時、遅ければ20時は過ぎる。そして、少ししてから白飯やパスタに醤油をかけてみたりして食べる。それからは腹が減ればキャラメルを舐め、喉が渇けば水道水を飲む。12時間と少し過ぎたら、また12時間眠る。一日一食、一日半分睡眠。これが腹の減らない生活というものだ。
しかし、中流階級の、ごくごく普通の、いやもう正直ちょっと裕福な家庭で育ったハングリー精神のない今時の若者であるとこの自分がこんな生活に耐えられるわけもなく、毎日狭いアパートの自室で塩辛くした炭水化物をほんの少し食べてばかりいると、ついに空腹による不快感で寝苦しくなってきた。一度眠ると、どれだけ空腹でも12時間眠れる自信があるが、その入眠時間がどんどんと長くなり、ついには2時間はベッドであーでもないこーでもないと寝姿勢を変えながら目をつぶっていなくてはいけなくなった。
目ヤニで開けづらい目をカッと開き「腹が減った」以外の思考を奪われていた僕は、ある夜あまりの眠れなさに24時間営業の近所のスーパーに駆け込み、材料を調達、これを震える手で調理した。
米を研いで炊飯器へ。その間にキャベツを刻む。空腹から逃れられる嬉しさで「早よう早よう」と手が意に反して焦って動く。ぬぬぬぬっと震える手を落ち着かせてからキャベツ半玉を細かく切って、厚めに輪切りにしたキュウリと一緒にめんつゆでくたくたになるまで茹でて、ザルにあける。そしてあらかじめ醤油とゴマダレと一味で作ったタレに漬けてあった鶏もも肉をかたくならないようじっくりと焼く。
おびただしい量の塩辛い野菜の上に、さらに鶏肉を盛り付ける。米が炊ける。もう待ちきれない、インスタントラーメンの最後の一袋を食べたのが30時間以上前だ、腹からギロのような音がギィギィ鳴っている。配膳をスピードで済ませて、一心不乱に食った。キャベツを口いっぱいに頬張って噛みまくる。野菜から染みてくる汁が内臓に染みていく。鶏もも肉をおかずに掻き込む白飯がみるみる自己肯定感となって脳みそに染みていく。
買ってきた材料で4日は1日2食、腹いっぱい食うということができたが、それも尽きたら、今度はまた買いに行くという気がどうも起きない。だが外食してはもったいないので、どうにか米を塩辛くして食べたり、キャラメルを舐めたりタバコを吸って空腹をごまかす。どんどん以前のように「腹が減った」以外の思考が薄れていく。もうちょい食わないでいたらどうなるのか、ちょっと気になりもするが、たぶんろくなことにはならないだろう。ちゃんと食おう。そのために金を稼がんと。
と書いて、そうやすやすと1年近く不労を貫いた体、頭が「労働意欲」を取り戻すわけもなく。趣味の音楽やら本やらネットやらでどんどんと情報を仕入れてぶくぶくに脳を、自意識を太らせている。簡単に言うと頭でっかちになっている。健全でない体に、健全でない精神が宿りまくりだ。
ヒマつぶしに小説でも書こうか。本当はヒマなんてしてる場合でないのに、毎日予定が白紙で事実上ヒマだ。自分からヒマを打破する気力がわかず、ヒマという状態を「ヒマでヒマでしょうがない(笑)」と楽しんでいる楽観的な自分がいる。であるから(?)小説を書こうと思えばいくらでも書ける時間があるのだ。でも音楽を作るというのにどうもハマって、ハラペコな僕は小説を書くところまで体力がもたない。音楽を作るとなると、12時間の活動時間の半分は使う。ふと今年の6月に思い立って、一日に5,6時間かけて1分かそこらの曲を作るという遊びをしていたら、曲がわんさか溜まって、40曲を超えた。誰かに聞かせて喜んでもらうものでも、根を詰めて理論を勉強したり楽器の練習になるような曲でもない。なんというか、一生懸命に体をかきむしって出てきた垢のような音楽だ。
久しぶりに3分と少しの尺で歌も入ったポップミュージックでも作ってやろうか、と気合を入れて楽器を前にしてみると、40曲分のアイデアを詰め込んだ過積載な音楽ができた。しかし垢を丸めまくって作ったそのホムンクルスのような曲で得られるのが、やっと普通のミュージシャンの一曲分の充足感であった。40曲ほどのアイデアを総動員しないと、自分が聴いて満足できる曲が作れないのである。今まではそんなことなかったのになぁ、1分の曲ばかり作りすぎて勘が鈍ったか。よくわからない。
とにかくハラペコである。本を読んでも「もっと知りたい」曲を作っても「もっと良いものを作りたい」人と会っても「もっと引き出したい」眠っていても「もっと眠りたい」我利我利亡者のバケモノである。孤独から生まれたもう一人の自分の人格のようなものがまっとうな社会人のようなことを言ってきて頭が割れそうなので、曲の中でそいつを殺そうと試みた。『弾丸は二発』という歌だ。結局、一匹仕留めても自分が死なない限りはまた新しいモンスターが生まれるだけなので、本当にモンスター退治をしたいなら弾丸は二発いる、という趣旨で作った歌だ。でも、どうだろうか、聴いた人が自由に解釈できるように余地は残しておいたつもりだ。
曲を聴いて少しでもよいと思ったら、リンクから別の曲ももっと聴いてみてほしいな、とゲッソリこけた顔で営業スマイル。気味悪がられて永年ショック。