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#第3話:明夜の場合

都会のきらびやかな世界の片隅で


ビルの隙間の底の底


仄暗い闇の深い淵にあるゴミ捨て場


もういらなくなった幸福の残骸が、散らばっている

 白みかけた闇の中で、それは哭いている。

 もうすぐ夜が明けるというのに、この街は静寂に包まれている。まるで、夜の喧騒がなかったことのように。

 その静寂を切り裂くように、黒い翼の堕天使は哭いている。


 裏路地の闇の中で、それは蠢いている。

 夜の間に喰い散らかされた欲望の残骸を、鴉たちが奪い合っている。

 食べても食べても満たされない。それがなぜだかわからない。だから、求め続けて食べ続ける。いつ終わるかもわからないままに。

 鴉たちはそれが悲しくて、夜明け前の白い闇に向かって哭き続けるのだろう。

 きっとあたしも同じだ。幸福になりたくてもなれなくて、哭いてばかりいる鴉たちと───


 あたしが誰もいない鳥籠の部屋に戻るのは、仕事が終わる夜明け前。朝日の光があたしを貫く前に、逃げるようにこの暗い部屋に辿り着く。

 きっとあの温かい黄金色の光を浴びてしまったら、あたしは惨めに死んでしまうだろう。

 あたしは洗面所の鏡の前に立つ。そこに映る姿は本当のあたしじゃない。きらびやかな化粧の仮面を被った夜の蝶だ。

 あたしはこの別人の顔が好きだった。ちゃんと女の顔をしていて、それが誇らしく思えるからだ。


 あたしがこの夜の裏世界に飛び込んだのは、大学を卒業してすぐだった。友達はみんな、普通に就職して、普通に働いている。だけど、あたしはこの夜の世界を選んだ。なぜなのだろうと今も思う。その答えは、未だにわからないままでいる。

 あたしの源氏名は『小夜子』という。本名の明夜より気に入っている名前だ。

 大学時代は地味に過ごしていた何の取り柄もないあたしのことを、今は求めてくれる男たちがたくさんいる。

 あたしの中に、あの夜明け前の白い闇と同じ欲望を吐き出すために。その男たちもきっと、昼間は幸せな世界があるはずなのに、夜になると蝶を求めて彷徨うのだ。

 

 きっと人は、あの鴉たちと同じなのだろうと思う。

 どんなに幸福を食べても食べても、決して完全に満たされることはないのかもしれない。

 あたしはあたしで、そんな男たちといくら体を重ねたところで、心が満たされたことは一度もない。

 あたしは洗面台で化粧を落としながら、いつも思い出す。大学時代に好きだった男のことを。

 彼には2回も告白して、普通に玉砕した。彼には彼女がいるらしく、あたしのことは友達にしか思えないらしい。

 でも、すごくすごく彼が好きなあたしは、往生際が悪く今も彼とは友達のままで繋がっている。

 独りでいることより、彼を永遠に失うことが怖かったのだ。


 化粧を落とし終わって鏡に映るあたしは、小夜子ではなくて明夜に戻っていた。幸せになりたくてもなれなくて、哭いてばかりいるただの女に。

 いつも求め続けて、辿り着けない幸福という世界。

 あたしの汚れたこの黒い翼では、飛んでいけないのだろうか。

 

 その答えが知りたくて、明日もあたしは夜の世界で哭き続ける。

 あなたが欲しいと、願いながら────

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