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魔王城の管理人  作者: チバ テツロー
宿敵との邂逅
5/32

初陣

 薄暗い森林の中、月明かりを頼りにアルティスは走っていた。

 息が切れる。魔力が使えないのがもどかしい。


「はぁっはぁっはぁっ・・・! 見つけたぞ! アイリス!」

「小僧! 来やがったか! ぶっ殺しちまえ!」

 人相の悪い男達が、我先にと斬りかかる。

「どけぇーーーー!」無我夢中で剣を振っていた。


 気付くとそこに立っているのは、アルティスただ一人だった。

「アイリス!」

 近づいて、口元に耳を当てる。

「まだ、息がある。でもどうすれば・・・」


「接吻じゃ」

 見知らぬ老婆が立っていた。しかしアルティスはそれを自然に受け止めていた。

「接吻・・・?」

「そう、口づけを交わすのじゃ」

「それしか方法が無いなら仕方ねぇ! ・・・アイリス・・・!」

 魔王は目を閉じた。

 二人の距離が近づいていく・・・



「魔王様!魔王様!お待ちください!」

 "海竜の化身レヴィアタン"が必死な表情でアルティスの顔面を後ろに引っ張っていた。

「離せ! レヴィ! アイリスを助ける為だ!」

「それは勇者です! 魔王様!」

「そうだ! 俺は勇者アイリスに、せ、せ、接吻するんだーー!」

「やめろーー!」目の前から野太い声がした。


「ん、なんだ?アイリスってこんなに声太かったっけ? いや、それでも好きだー!」

「魔王様!目を開いて!」

 レヴィアタンが必死に叫ぶ。

「目、目を開いて、せ、接吻するのはまだ俺には早いんだレヴィ!」

「いいから開けや!」

 レヴィアタンは頭を引っ張りつつ、魔王の目を無理矢理こじ開けた。


「なっ・・・!?」

 目の前には恐怖に目を見開いた髭面の男の顔があった。

「だっ誰だ!?」

「ゆ、勇者です・・・一応」

「そ、そんな・・・アイリスじゃない」

 膝をつき、うなだれた。


「だから言ったじゃないですか。どうしたんですか一体?」

「夢を見たんだ・・・」

 そう言って頭をレヴィアタンに向ける。

 視界の隅で髭面の勇者が所在なさげにこちらの様子を伺っていた。

「あんた誰・・・?」

 魔王が虚ろな目で尋ねた。

 思わず、目を合わせるレヴィアタンと髭面の勇者だった。

「ごめんなさいね。勇者さん。こんな具合だから今日は引き取ってちょうだい」

 髭面の勇者は何度も頷き、逃げるように立ち去っていった。


「そうか。俺は勇者と戦っている最中に夢を見たんだ」

「魔王様。もうすぐでもう一人勇者がやって来ますが、今日はやめておきますか?」

 レヴィアタンは心配そうな表情でアルティスの顔を覗き込んだ。

「いや、勇者と戦うのも魔王の務めだからな。頑張るよ!」

「そう・・・ですか」

 眉根を寄せてその場を後にするレヴィアタンだった。


「ムッ・・・魔王様の様子が変だと?」

「いつものことじゃなぁ〜い?」

 レヴィは魔王から離れるとすぐにターロスとショゴスライムに相談に行った。


「ちょっと見て欲しいのよ」

 例によって、3人は柱の影から覗き込んだ。

 戦う場所となっている玉座の間では、勇者が必死に魔王を剣で攻撃していた。


「ぜぇ!はぁはぁ・・・!」

 かなり長い時間剣を振り続けていたのだろう。勇者は息も絶え絶えといった様子である。

 魔王はというと、微動だにせず、空をぼんやりと眺めていた。


「ねっ。おかしいでしょ?」

「ムッ・・・確かに」

「相手はアイリスちゃんじゃないのにねぇ〜」

 その時、魔王が動いた。手を大きく開き、勇者の頭ををつかもうとしている。


「いけない、またやろうとしてるわ! ターロス! ショゴス!」

「ムゥン!」

 ターロスが巨体に似合わぬ電光石火の動きで、玉座の間に飛び出した。


「なんだ! なんなんだお前は!」

 驚いたのは勇者である。突然、目の前に魔王よりよっぽど強そうなゴーレムが現れたのだ。

「ムッ・・・しばし待たれよ・・・」

 そう言うと魔王を抱き上げ、そそくさと柱の影に去って行った。


 それから間も無く、魔王が柱の陰から現れた。

「ふふふ・・・ふははは!」

 魔王は高らかに笑っていた。

「さ・・・さっきの奴は、お前の手下か?」

「気にしなぁ〜い。さぁ! 勇者よ、かかって来るがいい!」

「ゆくぞ! 魔王!」

 魔王の様子が先程とは違ったが、切っても切ってもなんの反応も示さない事を不気味に思っていた勇者は内心ホッとしていた。


 レヴィアタンは、その様子を見てから、そっと扉を閉じた。

「頼んだわよ。ショゴス」

 今、勇者が戦っているのは、ショゴスライムが化けた魔王だったのだ。


 レヴィアタンは魔王の方を向いて尋ねた。

「また、アイリスちゃんの夢ですか?」

「うん」

「今までも女性の勇者は来たことあったんですけどねぇ」

「そうだけどさぁ。皆、ターロスみたいな顔だったから……」

「……それは、絶対に女性には言ってはいけませんよ」

「ムッ……」ターロスがいかつい顎をゴリゴリと撫でる。


「恋煩いですねぇ」

「べ、別にそんなんじゃ無いし!」

 レヴィアタンとターロスは顔を見合わせニヤニヤしている。

「なんだよ〜……もういいよ! 勇者と戦って来る!」

「あっ! 魔王様、今……!」

 ショゴスライムが変化している事を伝えようとした時、玉座の間から絶叫に近い悲鳴が聞こえてきた。



「なんだ!?」

「ムッ……!?」

「まさかショゴス、ヤっちゃったの!?」

 各々不吉な想像を胸に抱きつつ、玉座の間に駆け込むと、思いもよらぬ光景が広がっていた。


 なんと、小さな魔王が所狭しと走り回っていたのだ。

「分裂しちゃったんだよぉ〜ん」

 勇者は部屋の隅でガタガタと震えながら剣を振るっていた。

「来るな! 来るな!」

 しかし剣で切るたびに増えていくので逆効果であった。


「これはトラウマものね……ショゴスもういいわよ!」

「ほぉ〜い!」

 小さな魔王が口を揃えてそう言うと、ひとりひとりの体がドロドロに溶け出し、スライムへと変貌していった。


 その様子は壮絶の一言だった。

 勇者は泡を吹いて気絶していた。


「あっちゃ〜。私達は慣れてるけどキツイわよね……」

「気絶されるとショックだよぉ〜ん」

 ショゴスライムはしょんぼりとしていた。


「……まぁいいでしょ。良くやってくれたショゴスライム」

「ムッ……勇者はどうする?」

「ん〜、今日は残念でしたって事でガーゴイルに町の教会まで運んでもらおう」

「わかりました」

 その時、玉座の間の入り口の扉が開いた。


 アルティスは口を開けたまま動かなくなった。

 他の3人は魔王の方を興味津々といった様子で見ている。

 アイリスが立っていたのだ。



「ア、アイ」

 ようやく魔王が口を開きかけた時。

 アイリスが駆け寄ってきて、魔王の胸に飛び込んできた。

 魔王はレヴィアタンの方を見た。


「また、夢だな?レヴィ」

「いいえ、夢ではありません」

 レヴィアタンも驚いた表情をしていた。

 アイリスの肩が震えていた。すぐに泣いているのだと気づいた。


「助けて……助けてほしいの」

「どうしたんだよアイリス? 言ってみて」

 深刻な雰囲気を感じとり、その場の全員が表情を引き締めた。

 その時、異空間が開き、中からアルフレアと爺やが出てきた。


「おや、アイリスちゃん 来てたのかい?」

「お、俺が泣かせたんじゃないぞ!」

「アルティス。お聞き」

「な、なに?」

 いつになく真剣な表情をしている母に気圧(けお)された。

 側に控える爺やも覇気を滲み出している。


「私達は今から迷いの森に行ってくるわ。留守番を任せたわよ」

「迷いの森!? 迷いの森に行くんですか!?」

「知ってるのかアイリス?」

「うん、私の村の人達がたくさん、迷いの森で居なくなっちゃって……魔物が出て、私……戦ったんだけど……!」

 そこまで言うと再び泣き出してしまった。


「アルフレア様、やはり……」

「間違いないわね。行くわよ、爺や」

「御意」

 そう言って再び異空間を開いた。その時、アイリスがアルフレアにすがりついた。


「待って!……待って下さい! 私も連れて行って!」

 アルフレアは優しくその手をつかんだ。しかし口から発せられた一言は無情だった。

「死ぬわよ。アイリスちゃん」


 アイリスは一瞬息を飲んだ、しかし引き下がるわけにはいかない。

「私の村の人達なんです。死んでも守らなきゃ!」

「でもね……」

「それなら俺も行くぜ!」

 全員が一斉に魔王に視線を向けた。


「だからさ。かーちゃん、俺がいない間、城を任せたぜ!」

「なりません! 魔王様! 此度(こたび)の遠征は危険ですぞ!」

「……いいわ」

「アルフレア様!?」

「アルティスももう魔王なんだし、そろそろこういう事も任せてもいいかもしれないわね」

「しかし・・・!?」

「爺やは心配性だなぁ。大丈夫だって。俺が解決してくるぜ! 行こう! アイリス!」

「うん!」

 そう言って、二人で異空間の中へ入っていった。



「アルフレア様ぁ!」

「爺や、そんなに怖い顔しないで。それに魔王の立場ってもんを全うさせなきゃ成長できないって言ったのは爺やでしょ?」

「うむぅ・・・それはそうなのですが」

「安心して爺や。私もあの二人だけに行かせるつもりは無いわ」

 そう言ってアルフレアは幹部の三人の方を向いた。


「レヴィアタン! ターロス! ショゴスライム!」

「はっ!」

「汝らに、命ずる! 迷いの森に(おもむ)き、我らの敵を排除せよ!」

「御意!」

 そこでふっとアルフレアが微笑む。誰もが包容力と言う名の魅力を感じる笑みである。


「こんな風に言うの久しぶりね。あの子、張り切ってるから、なるべくばれないようにお願いね」

 そう言って、異空間を開く。

「好きな子にいい所見せたいんですね」

 レヴィアタンも笑顔で応じ、異空の道を行く。

「ムッ・・・腕が鳴る」

「魔王様まで飲み込まないように気をつけなきゃねぇ〜」



 三人が旅立っても、残った二人はしばらく何も言わずに立っていた。

「爺や、まだ怒ってる?」

「とんでもない、私は最初から怒ってなど……」

「無理しなくていいのよ」

「……私もついて行ってもよいですかのう?」

「ダメよ」

「やっぱり」

 ため息をつく爺やの心配が尽きることは無い。

 舞台は、迷いの森へと移る……。

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