闇の胎動 その2 予知
風が緩やかに吹き、辺りの草をなでつけていた。
アルティスはそんな中、あぐらをかいて座り込み、何やらブツブツと呟いていた。
「……好き、嫌い、好き……。好き、嫌い、好き……。わぁ……すごいぞ……何回やっても好きになる。……やっぱり運命なのか……」
若き魔王に会いに来た腹心達は、その様子を影から見守っていた。
そこに、アルフレアがやってきた。
「何やってるの?」
「あっ。アルフレア様。アレ見てください。どうやら花占いをしているみたいです」
アルティスはまだ両手で何かを千切っていた。
「……三つ葉のクローバーで?」
「……はい」
「……花じゃないじゃない。でも面白いからもう少し近くで見てみましょう」
「御意!」
皆、ノリノリであった。
アルティスはなおも、クローバーをむしり続けていた。
自らの配下と母親が近づいているが、全く気づく様子はない。
何しろ、皆、アルティスが未だ届かぬ領域にいる猛者達である。
気配を悟られないようにする事などお手の物であった。
「好き、嫌い、好き……。好き、きら……あっ……」
動きが止まった。
アルティスの背後がにわかにざわつく。
「ムッ……手が止まったぞ」
「なんでだろぉ〜ん?」
「見るがよい。四つ葉じゃ!」
「いけない!このままじゃ嫌いになってしまうわ」
「ムッ……嫌いから始めれば問題ない!」
「否っ! もう好き、と言い始めていた! 花占いはすでに始まっているのじゃ!」
「アイリスちゃんと結ばれるかはあなたの手にかかってるわよ! アルティス!」
「お手並み拝見といきましょう!
「……これ、ただの花占いだよね〜……?」
アルティスの手が再び動き出した。
「好き、嫌い……と来て、好き、嫌い……好きーっと。やったぜ!」
「あっズルいわ。茎までカウントした」
「ムッ……姑息なり」
「いや、ワシは評価しますぞ! ルールに縛られてはいかんのじゃ!」
「とはいえ、そのルールで今までやってきたのよ。これまでの結果はどうなるの?」
「……これ、ただの花占いだよね〜……?」
アルティスの背後で、審議が始まった。
皆、気配を消すのも忘れ、話に夢中になっていた。
アルティスが背後のざわめきに気づき、振り返った。
「うわぁー! な、なんだよ、皆!?」
アルフレアがガッシリと息子の肩を掴んだ。
「アルティス! 結果を発表します!」
「け、結果……?」
「あなたとアイリスちゃんは………」
「お、俺とアイリスは……?」
草がざわざわと揺れる音が聞こえていた。
しかし、風が止み、静寂が訪れる。
爺やが唾を飲む音が、やけに大きく聞こえた。
「ズバリ、結ばれるでしょう!!」
アルフレアが胸を張った。
「キャ〜〜!やった〜〜!」
「ムッ……今日はご馳走だな」
「うお〜〜! 魔王様がついに……爺やは嬉しいですぞ〜〜!」
「なぁにこれ?」
「わぁ、やった〜〜。……ってなんじゃそりゃ! 皆、聞いてたのかよ! もういい! そろそろ修行に戻るぜ!」
アルティスが顔を赤くし、顔を背けた。
「……待って、アルティス!」
アルフレアが真剣な顔をして、咳払いをした。
「な、なんだよ」
「今日は、私達遅くなるわ。お留守番、よろしくね!」
「なんだよ急に!どこに……!」
問いただそうとしたその時、急に頭を激痛が襲った。
意識が朦朧とし、倒れ込む。
アルフレアが身体を支え、呼びかけるがその声は聞こえてこなかった。
……アルティスは見知らぬ場所にいた。
誰かが、悲痛に満ちた声を上げている。
しばらくして、それが自分の声だと気が付いた。
「しっかりしろ!」
「アルティス……」
呼びかけられ、ハッとした。
とても、弱々しい声だった。
「そんな……顔……しないで。私は……幸せよ……」
頭の中にモヤがかかったようで、そのか細い声の主が誰なのかはわからなかった。
しかし、心は張り裂けそうなほど、悲しみで満たされていた。
「ダメだ……ダメだ! いっちゃダメだ……!」
「……ティス……!」
「起きてくれよ……!」
「アルティス……!」
「うう……!」
「アルティス!起きなさい!」
アルティスは顔を上げた。
どうやら、横になっていたようだ。
アルフレア達が、心配そうに顔を覗き込んでいた。
「アルティス!大丈夫!?」
「あ、ああ……。夢を見ていたみたいだ」
「悲しい夢だったんですね」
「ムッ……うなされていたな」
「涙を拭いて〜……」
「えっ?」
手で触ると、頬が濡れていた。
爺やが胸を撫で下ろした。
「安心しましたぞ……!アルフレア様。この爺や。魔王様のお側に残りとうございます」
「そうもいかないわ。私で互角。爺や達がいて確実になるのよ」
「むぅ……」
爺やが引き下がった。
「……なんの話だ……?」
アルティスが顔を向け、聞いた。
「アルティス。落ち着いて聞いて。今から私達はヴェルメリオを倒しに行くわ」
「……わかった」
「あなたも気合い入ってたから残念だと……。やけにアッサリね?」
「ん、いや……残念さ……。でも修行は続けるよ……」
アルティスはまだ、ボンヤリとしていた。
先程の夢の事を考えていたのだ。
「そう……。でも今日は、とりあえずやめておきなさい。今までの修行の疲れが溜まったのかもしれないわ」
「わかった」
「じゃあ、……行ってくるわね! アルティス。私が離れるから、今日は絶対お城にいなさいね」
そう言って、異空間を開いた。
「魔王様。離れるのは心苦しいですが……すぐ帰ってきますね!」
レヴィが申し訳無さそうな顔をして行った。
「ムッ……安静に」
ターロスが大きな手を優しく肩に置いた。
「お土産持ってくるねぇ〜〜ん」
ショゴスは伸びた。
「魔王様!無理をなさらぬよう……! あと、食欲があれば、しっかりと食べるのですぞ。あと……」
「爺や、行くわよ!」
爺やは異空間の中に引っ張られていった。
「行ってらっしゃい……。あのさ……! やっぱり……!」
アルティスは呼び止めようとしたが、すでに5人が入った異空間は閉じていた。
アルティスは汗を拭い、着替えて、城門の近くまで歩いて行った。
突然、倒れた理由は自分でもわからなかったが、身体は問題なく動いた。
ガルフが来たら、稽古をつけてもらおうと思っていたところでタイミングよく、扉が開いた。
扉の向こうには、元王選剣士の老人が立っていた。
肩で息をしていた。いつもより顔が険しい。
「ガルフ! 待ってたぜ!」
「アルティス殿! アルフレア様は!?」
「かーちゃんは出かけたぜ」
いつも一緒に修行に来るルーファスの姿が見えない。
「不在か! ……アルティス殿! バルバラ村に来て欲しい!」
「どうしたんだい?」
「村の子供達が、さらわれたのじゃ!」