蠢めくモノたち
怪しげな香りが漂っていた。
魔導書に囲まれたこの部屋は、薄暗くジメジメとした雰囲気を漂わせていた。
そんな中、ローブを身にまとった男達がヒソヒソと話し合っていた。
「それで、逃げ帰って来たのかよ?」
大柄な男が、威圧するように言った。
「逃げたとは、心外ですね。私は無駄な戦いはしないんです。それに奴らは今頃、土の中でしょう」
背が高く、顔が整った男が答えた。
ヴェルメリオである。
「ファファファ。ターロス……レヴィアタン……ショゴスライム……。奴らがそれくらいで死にはしますまい」
「くっ……! あの場で戦っても無駄だと判断したまでです!」
「本当にあんた、あの方の腹心だったのかぁ?」
「なんだと!」
ヴェルメリオは激昂し、立ち上がろうとしたが、隣にいた男に制止される。
「ファファファ。まぁ待ちなされ。ようやく復活し、まだ魔力が戻っていないのでしょう。あのアルフレアと同等の力を持つと言われたお方ですぞ」
「その通りです。魔力さえ戻ればあんな奴らはなんでもないのですが」
そう言って、口の端をあげた。
「ふん。どうだか……」
ヴェルメリオが睨んだが、何か言う前に年老いた男が話を進めた。
「それよりヴェルメリオ殿は、魔王と対峙されたとか?」
「ああ、しましたよ。全くもって話にならない程の雑魚でしたが」
「あの男が誰の息子かご存知ですかな?」
「……? アルフレアの息子でしょう?」
「やはり、知りませんでしたか……」
「なんだと言うのですか?」
「あの男は、魔王アルティスと名乗る者は……」
部屋の隙間から風が入ってきた。蝋燭の火がいくつか消えたが、誰も気にしない。
今、聴いた話を心の中で繰り返していたのだ。
「なん……だと?」
「あんたが遊ばずにすぐにヤッてりゃよかったんだ」
「ふ、ふん! あの程度の力のクソ虫。恐るに足りませんよ」
「今はか細き力なれど、後にどう化けるか想像はつきませんぞ。何しろ」
「黙りなさい!」
ヴェルメリオが首を振る。
「いいでしょう。私が始末をつけます」そう言って不敵に笑うのであった。
その頃、魔王城では、アルフレアが扉をノックしていた。
「アルティース! 開けなさーい! 鍵ぶっ壊すわよー! ………うんともすんとも言わないわね」
「仕方ありますまい。身体は癒えましたが、心が傷ついておられるのでしょう」
アルティスはヴェルメリオとの一戦の後、城で手当てを受け意識を回復した。
しかし、それ以来ほとんど喋らず、部屋に閉じこもり、たまに口を開いても"かーちゃん、飯"しか言わなくなってしまったのだ。
「やっぱり、爺やの言う通りまだ早かったのかしら?」
アルフレアが顔を伏せた。
「過ぎたことなれば……。この爺や、アルティス様ならきっと乗り越えていけると信じておりますぞ」
その時、恐る恐るといった様子で、ガーゴイルに引き連れられ、歩いてくる人影があった。
「あら、アイリスちゃんいらっしゃい。ごめんなさいね。アルティスは今、戦う前に、退治されちゃってる感じなのよ」
「いえ、今日はお見舞いに来ました。……アルティスの調子はどうですか?」
「完全に引きこもってるわね」
「ごめんなさい。私があんなお願いしなければ……」
「いいのよ。どうせ行くつもりだったんだし、ついて行ったのはあの子よ」
そう言って、ドアの方を向く。
「アルティス! アイリスちゃんが来たわよー! 早く出てらっしゃい!」
返事は無かった。
「ダメねぇ。せっかく来てくれたのに」
「いえ、今は……いいんです。他の皆さんは?」
「玉座の間にいるわ。行ってみる?」
アルティスはその時、窓の外を眺めていた。
ふと地面に視線を移す。
蟻が虫の死骸をせっせと運んでいた。
「……俺は……弱かったのか……」
そう呟き、再び空を見上げた。
玉座の間にはいつもの3人……ターロス、レヴィアタン、ショゴスライム、そしてもう一人の男がいた。
「ヴェルメリオはいったい何をしてたの? 言いなさい!」
「知らないんですぅ〜! 魔力を持った者たちを集めろって言われただけで〜〜!」
男は大きなお腹を揺らしながら、指を身体の前で組み合わせ、懇願するように言った。
高台で演説していたヴェルメリオの手下である。
ショゴスライムが、一時的に体内に保管(?)していたのだ。
「どう? 調子は?」
「ダメです。全然何も言いませんね」
「そう……頭の中を読もうにも、魔法でブロックをかけられていてダメだし、困ったわねぇ」
後ろから、アイリスが顔を出した。
嫌悪感を顔に滲ませた。ガルフを斧で両断した事を思い出したのだろう。
もっとも、ショゴスライムがガルフに化けていたので事なきを得たのだが。
男は弱々しく、命乞いをしていたが、アイリスの姿を見て、目を光らせた。
そして、急激に身体を動かしたかと思うと、彼女の背後に回り込み、羽交締めにした。
「グハハハハ! この娘の命が欲しけりゃ俺を逃してもらおうか!?」
アイリスが苦痛に顔を歪ませる。
「こんな事しても、逃げられないわよ!」
アイリスが声を上げた。
「ウルセェ! ほら、どうなんだ!?」
アルフレアは前髪を掻き上げた。
「全く……遅いわよ」
「でも、よかったです」
「ムッ……」
「どぉ〜なるかと思ったよぉ〜ん」
「爺やは信じておりましたぞ〜!」
「て、テメェら何を言ってやが」
その瞬間、男が吹き飛んだ。
アイリスは、男から解放されたものの、勢いで体がよろけた。
しかし、すぐに伸びてきた腕に、身体をしっかりと支えられて倒れずに済んだ。
見上げると、そこにはアルティスの顔があった。
「かーちゃん、俺を強くしてくれ」
「とびっきりきついわよ」
アルティスがニヤリと笑った。