From the Nothing, Without Love.
.
これは、ある種の実験小説だ。
あなたには今から10のパートで構成された小説に属する文字列をご覧いただく。
第1、2パートは479文字。
第3、4パートは643文字。
第5、6パートは918文字。
第7、8パートは15文字。
そして第9、10パートは1391文字。
それぞれのパートを構成するために私が打ち込んだ文字数は以上のようになっている。
時間を無駄にしたくない人には協力を無理強いするつもりはない。
1
私がしたいのは一人の男の話である。
ここではその男を『男』と表記することにする。
背が高く頭頂部が禿げていない。まだ若く、むしろ若すぎる。少年と呼ぶ方が似つかわしいほどで、中学校の門をくぐるまで最低でも二年はかかる齢である。赤いハンチング帽を被っておらず、グレイのニット帽を死ぬほど嫌悪している。夏場には目にかかるほどの長さに前髪を揃え、冬にはパーマをかける。くるりくるりと踊る髪の毛を楽しげに追いかける姿は、自らの尾に興味を示す子猫のようにも見えないこともない。
そんな否定表現だらけの紹介をなされてしまう『男』は、一本道で道に迷ったりする本当にどうしようもない子供だ。そう、子供である。もしかするとあなたは『男』のことをてっきり成人男性だと勘違いしていたのではなかろうか。いちおう断言しておくけれど、『男』が実は女性であった、なんて展開の可能性も僅かには残っているかもしれない。
「断言しておくけれど、と、かもしれない、が併用されているぞ」
あなたは言う。
「それと、『男』が子供であることは3、4行目で言及されているぞ」
あなたは重ねて言う。僕は何も言えない。何も。
2
3
『男』は夢を自覚しない。寝るという行為と起きるという行為の存在を知るのにもまだ時間が掛かりそうだ。それはつまり、こういうことだ。『男』は夢と現実の境目を認識することが出来ていない。理由はちゃんと存在している。『男』の夢は少々特殊だ。眠りについた瞬間から『男』の夢は開始する。その夢はこんな風に始まる。
目覚ましの音が鳴り響いている。まだ眠たいけれど学校に行かなくてはならない。自分で焼いたトーストを片手に通学路を急ぐ。目の前を黒猫が横ぎったけれど、そんなことは気にしていられない。学校での時間は退屈だ。算数、国語、理科、社会、体育。算数はそんなに嫌いじゃない。体育は大っ嫌いだ。その日の5時間目の体育で怪我をした。今朝目にした黒猫が運んできた不運であろうかと、激しく痛む右ひざを抱えながら思う。結局途中で早退するはめになった。家に帰ってからも退屈だ。何もない。何も。夜になったら眠りにつく。
眠りについた瞬間、目が覚める。
彼は夢の中で普通の生活と同じように行動し、1日を過ごす。夢が夢ではなく、もはや現実と相似。そのために『男』は夢というものを意識したことがないのだ。365日に加えて、夢の中で過ごす365日分の人生を体感する。他の誰よりも人生を経験し、永遠にも思える時間の2倍の長さを目にし続ける。
幼い子供にとって人生は果てしなく長いものだろう。
その理屈から言えば、『男』の人生はもはや永遠と同義なのではなかろうか。
しかし、僅か10歳の『男』は、自分が特殊だということにまだ気づいていない。
4
5
中学に上がったころ、『男』はとうとう自分が他人とは違うことに気がついた。
「夢って、あれじゃないの。ドリームのことじゃなかったの?」
『男』は父親にそう訊いた。
「いや、どっちだよ」
父親はそう答えた。
「いや、だからさ。僕は今まで夢っていうのはドリームのことだと思っていたんだけど、実はそうじゃないらしくて、みんなが言う夢っていうのは夢のことだったんだね」
「いや、だからどっちだよ」
「どっちとかどうとか、そういうことじゃないんだよ、父さん。強いて言うなら、そっち……かな?」
「もうあっち行っとけ」
父親は『男』に冷たかった。命令に従って彼はとっとこ部屋に引き返していった。
「あいつは本当に邪魔だな」
背中に父親の言葉が微かに届いた。聞き慣れた言葉だ。とにかく自分は奇妙な存在なのだとベッドに転がりながら確信を得た。いや、確信にまでは至っていない。もしかすると父親や他のみんなが奇妙なのであって、本当は自分の方が正常なのではないかという疑念も完全には振り払えない。すべてのカラスが黒いと証明することは不可能であり、人間の視界に入るのがたまたま黒いカラスばかりなだけで、その他の空間には白いカラスが溢れかえっているのかもしれない。何も白いカラスに限ったことではない。ピンクのカラスや迷彩柄のカラスがいたって不思議ではない。マジョリティがマジョリティであると確証できる線引き、マイノリティがマイノリティであると確証できる線引き。それぞれがどの程度の領域を受け持っているのか正確に記述することは非常に困難である。なにせ、きっちりと住み分けられているかどうかも定かではなく、領域に重複する部分があれば、互いが互いの権利を主張し合って闘争が始まってしまう。領土に関する争いは面倒くさい。
勝つのはきっとマジョリティに属するグループだ。
でも、マジョリティは一体どちらのグループなんだ、という問いに返事を返せる人はどこにもおらず、そもそもこの議論はそこから始まっていたことに誰もが思い当たる。そんな時にはたいてい「では勝った方がマジョリティということでどうだろうか」と一つの解が提示されて事は収斂する。
みんなそれで納得する。
みんなっていうのは要するにマジョリティだ。
6
7
恥の多い人生を送ってきました。
8
恥の多い人生を送ってきました。
9
ところで結局、夢とドリームの違いはどこにあるのだろうかと『男』は頭を捻りあげる。
ニューヨークあたりだろうか。ちょっと遠くて行けそうにないなあ。そんなことをポアポアと考え続ける。すべてが僕の部屋の中にあればいいのにと『男』は切望する。
謎の答えも。
友達も。
愛も。
この部屋は、なにもないものの居場所だ。人の2倍の人生だけが自分の頭の中にそなわっている。2倍。ダブル。
『男』は自らの人生を記述することに決めた。自分という存在が客観的にはどのような様相を呈しているのか、探ろうとしたのだ。人の二倍を生きることを強いられた人間がどのように時間を消費していくのか、その経過を記すことに無駄はないように思えた。しかしやがて限界がその色を濃くしていく。いくら2倍の人生を生きていようが、いくら夢と現実の狭間がゼロ距離であろうと、夢は夢であり現実は現実である。生じる事象はきっちりと区分がなされている。具体的に何が起こったのか説明すると、『男』はPC内のテキストドキュメントに日記と思われる形式で日々を綴っていたのだが、夢の中で記述したはずの文章が、目が覚めた後に確認すると跡形もなく消えていたのだ。実際には消えたのではなく、最初からなかったものが、『なかった』という事実として具象化しただけであるのだが、このことは意外にも『男』を驚かせた。
なるほど、クラスメイトと話が噛み合わないのはこのせいだったのか。
あまりにも遅すぎる発見。どうしようもないことはどうしようもないので、『男』は対策を練ることにした。単純に夢の中での記述を丸暗記して、現実で覚醒した時にそっくりそのまま記述し直せばよいのだ。しかし、そうするには『男』の記憶力は乏しかった。そこで彼は『Thsrs』というツールを使用することにした。
http://www.ironicsans.com/thsrs/
このツールはツイッターやミクシーなどの文字制限の存在する投稿型SNSの台頭により、短い文章を書くことを強いられた人々が手を伸ばすことになったサービスだ。その機能は単純明快で、『入力した語よりも短い類語を探し出す』というもの。
例えば『interesting』と入力すれば、『exciting』『newsworthy』『gripping』などの単語が排出されてくる。いずれも『心を惹きつける』『価値のある』という意味を孕んでおり、なおかつ『interesting』よりも文字数が少ない。要するに類語を用いた文章圧縮を施行するためのツールだ。『Thsrs』を使い、『男』は自らの生活の記録を圧縮し始めた。膨大な記録に存在する膨大な隙間を詰める作業に取り掛かった。そうして出来上がった文章は、彼の記憶能力の乏しさを鑑みても十分に暗記可能なものへと変化を遂げた。永遠に思える時間を圧縮し、永遠よりも少しだけ短い時間を手に入れた。
唐突だが質問だ。面白いことをしている時間は、面白くないことをしている時間よりも短く感じる。またはその反転で、面白くないことをしている時間は、面白いことをしている時間よりも長く感じる。そんな感覚を味わったことはないだろうか。
きっと誰にでもあるだろう。
そしてその感覚を『男』も味わった。
長々と綴られていた今までの記述。自分の生活の記録であるというのになぜか退屈で、空虚で気味が悪く、読み返すのでさえも永遠にも似た時間を浪費しているような錯覚に陥っていた。しかし『Thsrs』を使い始めてからは、それらの退屈や空虚が少しだけ軽減した。つまらない記述は長く感じる。相対的に長く感じる記述はつまらない記述だ。
10
11
これはある種の実験小説だ。
あなたには10のパートで構成された、小説に属する文字列をご覧いただいた。
第1、2パートは479文字。
第3、4パートは643文字。
第5、6パートは918文字。
第7、8パートは15文字。
そして第9、10パートは1391文字。
それぞれのパートを構成するために私が打ち込んだ文字数は以上のようになっている。
ここで一つ疑問に感じることがあるかもしれないが、まずは記述というものについて少々意見をさせて欲しい。あなたは小説や評論を執筆するにあたってどのような方法を採っているだろうか。手書きという手段が少数派になりつつある以上、PC内のエディターツールを用いていると仮定しても問題はないだろうか。
ワードを代表とする種々のエディターを使用している方なら思い当たるだろうが、そういったツールを使用していると必ずと言っていいほど文章の校正が差し込まれてくる。例えばワードには、誤字や誤った文章作法に対する修正提案や、段落の最初の一マスを自動的に空けるインデント機能など様々なオプションが備わっている。
これらは全て、あなたの記述を改変しようとする干渉だ。
あなたの頭の中に棲んでいる想像力を文章として出力する際に、誤字脱字が生じてしまうのは当然のことなのだ。それらを修正するのは悪いことだとは言わないけれど、あなたが構成した純粋な文字列とは言えなくなるだろう。そこには加工が施されている。校正はある意味加工の一種だ。エディターには多かれ少なかれ、そういった文章加工の仕組みが備わっている。
前述したツール、『Thsrs』でさえも文章加工のツールといえる。近似の類語を選択したとしても、語の変化が起こっている以上そこにあったはずの熱量が失われている。
そういった意味では文章翻訳でさえも加工だ。翻訳がなされた時点でその文章は天然のものではなくなっている。
『Word』『BigEditor』『K2Editor』『NoEditor』『TeraPad』『O`sEditor』『gPad』『EmEditor Professional』『Mery』『Scrivener』
以上のように有名無名はあるが、テキストエディターには数多の種類が存在している。そんな中、一つのエディターが数か月前に突如として現れた。
『テラリオン』
現在そのエディターの名を知らぬ者はいないだろう。
2020年に彗星のごとく現れ、デビュー作から次々とベストセラーを生み出し、海外にまでも膨大なファンを獲得した伝説の作家、詩宮伝承。処女作『テラリオンを殺す』から全十巻のシリーズを執筆すると宣言するも、第九作目を完成させるとともに急死した夭折のクリエイター。そして、その遺作である『テラリオンが亡く』を直系の息子であり、新人作家の詩宮継承が書き継いだことによりさらに名声は広がった。天才の紡いだ物語は死をもってして形而上へと昇華した。
その詩宮伝承の死後10か月、ネット上で1つのテキストエディターが話題になった。それは詩宮伝承のシリーズ名を冠に添えたエディターツールであり、おそらくは彼が生前に作成したものであるのだが、その機能のあまりの異質さに誰もが息をのんだ。先程、エディターについての意見を述べさせてもらった。そこで私はエディターの役割を記述の校正機能だと称した。私の言葉が正しいのならば、『テラリオン』もエディターである以上その類の役割を備えているはずであり、実際それに似た機能を内蔵していた。しかしその機能が異常だったのだ。簡潔に説明すると、以下のようになる。
「文章における面白さを校正する」
もしくはこう言った方が適切かもしれない。
「物語における面白くなさを校正する」
累計発行部数3億部超を誇る彼の作家は、執拗なまでに面白い物語を創り出すことにこだわっていたらしい。家が沈むかと思われるほどの数の書籍を読み込み、長い人生をかけて面白さの条件を研究し続けた。この執念がその形を成したというのだろうか、『テラリオン』は確かにその効力を発揮していた。アルゴリズムの解析を果たした者は未だ現れないが、そのエディターを通した文章を読み直してみると、確かにその面白さは跳ね上がっている。読点・句点・三点リーダーなど、文章の呼吸リズムの矯正から始まり、余計な描写の排除・改善、巧みな伏線の挿入、時には登場人物の名前さえも改変してしまうこともあった。それはただの横暴でしかなく、暴力的な校正と言っても過言でない。
しかし。
確かに面白くなるのだ。
そして私もそれを使用した。
ここからが本題だ。詩宮伝承の経歴についてここでは深く追及したりはしない。『テラリオン』というエディターを造りだし、それを公開したことの真意など第三者である人間に理解できるわけがないし、それは今回の実験とはあくまで無関係だからだ。私が報告するべきは私自身が記述した物語についてだけだ。大方の予想はついているかと思うが私も『テラリオン』を使用した。幼いころから文章を打ち込むことだけは継続してやってきていただけに物書きに対しての憧れが拭い去れない。もしも私の文章を『テラリオン』を通し濾過すれば、何か化学変化のようなものが起きないだろうかと期待したのだ。
結論から言えば、それは間違いだった。
するべきじゃなかった。
「これはある種の実験小説だ」
私は文章の冒頭をこのような文句で飾った。
これは半分真実で半分虚実だ。確かに実験めいた体裁を採ってはいるが、読者に対してややこしいアンケートや心理テストを施そうなんて試みをする気は微塵もない。この言葉の嘘の部分は、私がこれから実験を行おうとしているかのように見せかけている、ということだ。実験の経過をあなたに見せるつもりなどはない。
つまるところ実験の結果はすでに出ている。
もともと私は『男』に関する物語を、4つのパートで書き綴っていた。そして、それぞれのパートごとに文章を『テラリオン』の自動編纂エンジンにかけて、その行方を見守った。あの瞬間の私の高揚を果たしてあなたは理解してくれるだろうか。つまらない人生を生きた者にはつまらない物語しか生み出すことはできない。そもそもこの世のすべては才能によって規定されており、詩宮伝承のようにクリエイティブな才能で脳内が埋め尽くされ、湧き出て来るかのように物語を奏でられる者たちに私の気持ちは決して分からないだろう。
沈黙が存在感を濃くする。空調音の重圧が私を押し潰す。永遠より少しだけ短い地獄に耐えて、耐えて、耐えて、ようやく『テラリオン』は『男』の新たなる物語を完成させた。
「編纂完了。ボタンをクリックしてください」
PC画面に表示が浮かび上がった。冷静であることを装おうとする本心を無視して、心臓の鼓動が何度も何度も血管を打ち鳴らす。震える手でボタンをクリックした。
そこには予期せぬ光景があった。上手く言葉で説明することが出来ない。いや――視覚的にはあまりにも分かり易い光景となっていたのだけれど。
『テラリオン』に打ち込んだはずの文字列は綺麗さっぱり消えていた。
まるで『男』が夢の中で記述した文章が、夢から覚めた現実で確認してみると全て消失していたかのように。最初から存在していなかったかのように。
文字数が「0」と表記されていた。
それから編纂にかけるパートを変えてみたり文中の表現を変えてみたりしながら試行錯誤してみたのだが、結果は動じなかった。やがて諦めるという選択をせざるを得ないと思い至った。よく考えてみると「面白さを校正する」などという非現実的でSFチックなプログラムが構築できるわけない。私はつまらない噂話に翻弄されていただけだ。
その思考回路は単なる逃避だったのかそれとも純粋に真実が見えていなかったのか。願わくは、真実なんてどこか遠く――それこそニューヨークあたりにでも放り棄てられていたら幸せだったのに。不幸の可能性に気が付いたのは風呂に入って頭を洗っている時だった。歯車が噛み合う音というのを初めて聞いた気がした。びしょ濡れの裸体のまま風呂場から飛び出した私は一目散にPCのもとに駆け付け、再び『テラリオン』を起動した。そして思いつく限りの名文と謳われる文章を打ち込んだ。
例えば「恥の多い人生を送ってきました」
例えば「精神的向上心のないものは馬鹿だ」
例えば「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」
例えば「ある朝、グレーゴル・ザムザがなにか気がかりな夢から目をさますと、自分が寝床の中で一匹の巨大な虫に変っているのを発見した」
そうして打ち込んだ文章たちが『テラリオン』を通してどう変化したかというと――何も変わらなかった。名文は名文のままそこに表示されていた。それはつまり、校正の必要が一切ないという判断を『テラリオン』が下したことを表している。
じゃあ、私の物語を0文字に変化させた『テラリオン』の判断とは一体なんなのか。それはきっと何事よりも単純で、何事よりも非情な宣告であったに違いない。
要するに、私の描いた『男』についての物語はその存在を否定されたのだ。
面白い時間は短く感じて、つまらない時間は長く感じる。逆にいうと、長く感じてしまう時間はつまらない時間である。つまらない時間を過ごすよりは何もしない方が有意義だ。そう感じたことはないだろうか? もし覚えがあるなら理解できるだろう。
ゼロに帰した方が有意義な物語。
存在を否定されるほどにつまらない物語。
そういうことだ。そういうことでしかないだろう。
Amazonなどでは本の評価を星五つで表すことがある。しかし面白さの度合いを測る物差しがこの世に存在するなら、それはゼロからではなく、マイナス数から目盛りを打たれているはずだ。プラスにいくほど面白く、マイナスに向かうほどつまらない。そして、私が描いた物語はマイナスの数値をたたき出したのだ。いっそ無に帰した方が都合のいい物語。
Nothing.
そこには評価すべきところが何もなかったのだ。私の基本構造は無である。少なくとも『テラリオン』はそう判断した。あなたが目にした『男』の物語は全十のパートからなっており、1と2、3と4、5と6、7と8、9と10はそれぞれペアになっていて、全く同じ記述を元にしている。奇数パートは私の純粋な記述で、偶数パートは『テラリオン』を通した記述だ。読み返して確認してもらっても構わないが、時間を無駄にすることはおすすめしない。
From the Nothing, With Love.
何も持たない者からせめてもの忠告だ。
必要のない物語より、愛をこめて。
いや、これは嘘だ。
愛なんて持ってない。
ps. この文章のタイトルは、とあるプロ作家の中編小説のタイトルへのオマージュとなっている。当然そのタイトルも『テラリオン』に通してあるのだが、その結果を私は確認していない。最後に実験に協力して欲しい。確認するだけでいいのだ。
タイトルはちゃんと存在していますか?
もしも、タイトルさえ無に帰していたならば、それはきっと――私の勝手な勘違いを正してくれるだろうから。無に帰した方がいい物語は本当に存在しているのか。『テラリオン』の真意は私の思っている通りなのか。そうでないことを、切に願う。
12
なにもない。
ここには、なにも。
唯一あるとすれば、『私』が無意識へと追いやった残骸だけだ。何を怖れたのか、『私』は読者であるあなたへ重要なことを伝え忘れていた。『テラリオン』の編纂に掛けられたのは前半の10パートだけではない。その直後の『私』の独白で綴られた第11パートも同様に掛けられていた。だからこそ、この蛇足とも言える第12パートが存在している。『私』に言わせれば蛇足でさえもプラスなのかもしれないが。
さて、簡潔に事を済ませたい。『私』が最後まであなたに伝えなかったことがもう1つある。研ぎ澄まされた勘をお持ちの読者ならもしかするとすでに気づいているかもしれない。
『私がしたいのは1人の男の話である』という冒頭の記述を覚えているだろうか。そこを起点に『男』と称された少年の物語が進行していくことになる。
『男』というのは『私』自身だ。
あれは一応小説に属する文字列ではあるが、バイオグラフィーと形容した方がいい。
機会があれば『私』に伝えてやってほしい。
Dear Mr. or Ms. Interesting.
From the Nothing, Without Love.
参考図書『From the Nothing, With Love.』(伊藤計劃)。
設定をブラッシュアップして書いた『have read an All』という作品も投稿しているので、よろしければそちらもお願いします。




