第九十話 女神の結末、世界の行く末
背中から、強くて優しい力を感じる。
まるで、挫けそうだったあたしの心を必死に支えてくれているみたい。
「お父様? どうして?」
「ラプラタよ。お前の勝手な行動の責任、しっかりとって貰うぞ。だから今は大いなる厄災を止める。我々の全力を以ってだ!」
今まで背中を押していた力がより強くなっていく。
まさかラプラタ様もお父様も助けてくれるの?
「イチゴパフェ、食べるまえに死ぬのは嫌ですもの」
「数千年ぶりにこの世界へ戻ってきたのに、即退場では寂しすぎるだろうよ?」
今まで不安げに見守っていたであろう、ラプラタ様のお爺様やお母様もあたしに力をくれている?
「無駄よ! たとえ悪魔がどんだけ集まったとしても、私には絶対に敵わない!」
あたしは破滅の女神となったリリスと剣を交えて、彼女が何の為にここまでするのか、頭では無く感覚で理解しかけていた。
彼女は、自身と多くの無念を晴らすために凶行に及んでいる。
その具体的な内容まではやっぱり解らないけれども、たぶん詳しく聞いたら誰もが同意し認めてしまいたくなるような事なのかもしれない。
だけどね、でもね……。
「どうしてみんな邪魔ばかりするの? いい加減私の思い通りなってよ! 何故こんな世界を守ろうとするの?」
思い通りにいかないリリスは今までの大人びた態度ではなく、まるで大好きなおもちゃを取り上げられた子供のようにあたしへと強く問いかける。
「死にたくない人がいて、生きたい人がいるもの。あなたの都合だけではこの世界を潰させられない」
たぶん、というか絶対にリリスの方が長く生きているだろう。
そんな相手にあたしは偉そうに説教じみた事言ってるや。
何だか変な気分だね。あはは……。
エミリアと一つになったから、こんな事言うようになっちゃったのかな。
「そんなのは関係ないわ。私はこの世界を滅ぼす。何が何でも、絶対にッ!」
今までの子供の形相から一変し、鬼のような醜悪でおぞましい顔つきに変化すると、彼女の破壊する力が極端に大きくなり。あたしや後ろで支えてくれた悪魔達もろとも弾き飛ばされてしまう。
あたしはすぐに体勢を整えて相手を見据えるが、両手がまるで別の生き物になったかのように上がらず、力無くただぶらぶらとしている事に気づく。
もしかして、さっきの破壊の力を相殺するのに持っている力全部使っちゃった!?
背後にあった禍々しく光る星は消え、世界崩壊は何とか防いだけれども。
次にリリスの攻撃が来たら、今度こそもう……!
「もう終わりみたいね……。フフフ、じゃあ今度こそお別れ!」
リリスが再びこちらに手の平をかざしてくる。
も、もう駄目。力が入らない!
世界が、みんなが消えてなくなってしまう!
全てを諦め、目の前の非情なる現実から目を背けた時。
「なんだあれは? リリスの様子が変だぞ?」
あたしに届いたのは世界を消滅させる滅びの波動ではなく、ラプラタ様のお爺様の声だった。
様子が変ってどういう事なの?
世界は……、無事なの?
あたしは恐る恐る目を開き、リリスを見る。
「グェェ……、ガボゥ……、な、何故だァァ……」
なんと、今まで惜しみなく破壊の力を放っていた女神リリスは、四つんばいになりながら悶え苦しみ、口から先程流していた灰色の涙と同じであろう液体を大量に口から吐き出していた。
「な、なにがおこっているの?」
「解らない、近づくなよ」
ラプラタ様やそのお父様も、そんな異様な状態をどうするわけでもなく、ただ警戒している。
あたしも予想だにしない彼女の今の有様に、どうしたらいいか解らずにいた。
「あ、あと少しだったのにィィィ……! ぐ、グワァァァアアアアア!」
一際大きな悲鳴をあげると、口や鼻、目や耳、体の穴と言う穴全てから、同様の液体を周囲に撒き散らしながら、力なくその場で倒れてしまう。
「お、終わったのです?」
「……解らない。全く理解できん」
お母様が恐る恐るお爺様へと聞いてみたが、やっぱり解らないみたい。
でも、リリスが動かなくなってしまったし、もしかして終わったの?
「七つの罪を受け入れし悲劇なる者を経て、我を目覚めさせた者達よ」
今まで苦しんでいたリリスの体からリリスとは違う、低くて暗い声が聞こえてくると、動かなくなった女神の体が風化し粉々になっていくのと同時に、黒紫色の霧が勢いよく噴出し上空へと固まっていく。
程なく霧は形を変えていき、今まで見たことも無い生物になってしまった。
「あ、あなたは誰?」
「我は世界に終わりを告げる者。汝らが破滅の女神、大いなる厄災と呼んでいたモノの根源」
自分自身をそう名乗るものは、あまりにも形容しがたい存在だった。
天使や悪魔とも違うし、今までのような綺麗な女神の姿とも違う。
あたしが知っている動物にも当てはまらない。
巨大な体に無数の目と翼、皮膚は鉱石のようにごつごつと角ばっていて、生えている管からはおびただしい量のエーテルを放出している。
な、なんなのこれ……。
正直、どうしたらいいか全く見当もつかず、うかつに手を出せば何をしてくるかも解らなかった。
創造の力を手に入れたあたしですら、まともに動けずにいた時、世界の終わりを告げる者と自称した異様な物体の瞳が鋭く光りだす。
「あ、あれ? エミリア!」
「シュウ! どうして? 私と融合したはずなのに?」
次の瞬間、何故かあたしと融合して一つになったエミリアが隣にいる事に気がつく。
そしてあたしは自分自身の姿を急いで確認する。
うん、胸が無い。ベリーひんにゅう。
むむ!?
貧乳って事は人間の姿に戻ったの!?
な、なんで?
エミリアも、天使じゃなくって魔術師の姿になっちゃってるし、どうなってるのこれ。
「その力は、汝らには過ぎたる物。故に我が回収した」
もしかして、あんな少しの時間であたしとエミリアの融合を解いたって言うの?
リリスでもそんな事出来なかったのに!?
あいつは一体……。
「汝らの思いの強さ。しかと見届けた。だが……」
あたしが疑問に感じているのを無視して、異様な物体は再びこちらへ語り始める。
「どうしても解せぬ事がある。それを問いたい。何故そこまでしてこの世界を守る? 汝らはやがて命果て過去へと消えていくであろう。この世界もいつかは終わりが訪れる。それなのに何故なのだ?」
「あたしは、エミリアと一緒に居たいから」
「私は、シュウと一緒に居たいから」
どんなに戸惑っていても、うろたえていても、この思いだけは変わらない。
異様な物体の問いかけに、あたしもエミリアも即座かつ同時に答える。
「はもっちゃったよう! な、なんだか恥ずかしいなあ……」
「ふふ。私の事、好きでいてくれてありがとうね」
こ、こんな時なのに何だか照れちゃうじゃん!
もー、好きでいてくれてありがとうとか、エミリアやっぱり可愛い素敵すぎる。
きゃー!
って舞い上がってる場合じゃないっ!
「愛情……。なのか? ふむ」
異様な物体の表面についた無数の瞳は、迷いの色を満たしながらあたしとエミリアを凝視しながら、なにやら腑に落ちなさそうな雰囲気を出す。
「やはり我には理解できぬ。感情なぞ、所詮一過性のモノ。風邪をひく事と同じではないか?」
「違うよ。あたしが死ぬまでずっと続くんだよ。だから、あたしから見ればそれは永遠なの」
「つまり、永遠の愛だね。ふふ」
「い、いやん! 何言ってるのエミリアったらもう!」
あたしが折角いい事言ったと思ったのに!
エミリアが茶化したせいでめっちゃ恥ずかしくなったじゃん!
もー、そんなん直接言ったら照れちゃうよう……。
「ならば見届けてみようか。その永遠の愛とやらを。最後に、”人間”ごときに封じ込められてしまった我を解放してくれた事、礼を言おう。ではさらばだ」
異様な物体は、あたし達の甘いやりとりに納得したのか、はたまた呆れたのか、一つの答えを出して再び黒紫色の霧となり、やがて消えてなくなってしまった。
「シュウ、ありがとうね。大好きだよ」
あたしの腕に、覚えのある温もりが絡みつく。
なんだかよくわかんないけれども、全部終わったのかな?
もう二度と戻れないと思ってたけれど、人間の姿に戻れたしどうやらハッピーエンドみたいだね。
「フフフ。こうなってしまったら仕方が無い。女神の半身を取り込んでやるッ!」
あたしが安堵した瞬間、女神が朽ち果てた場所から再びリリスの声が聞こえだす。
嘘でしょ。まだ生きているの!?
「しまった! リリスがエミリアへと乗り移ろうと……!」
満身創痍のラプラタ様が叫んだ時には既に遅かった。
女神の体から瞬時に抜け出た灰紫色の煙は、エミリアの体内へと素早く入っていってしまったのだ。
「エミリア! そ、そんな……」
灰紫色の煙が完全に体内へと入ると、エミリアはその場に力なく倒れてしまう。
そんなの嘘だよね?
エミリアがリリスになっちゃうなんて、あたし嫌だよ……。
お願いだから、戻ってきてエミリア!




