第八十八話 終焉⇔創世
奇跡なんて都合のいい言葉。私はずっと信じていなかった。
結果は常に必然であり、すべてはその必然の為の過程であると疑いもしなかった。
けれども今は違う、奇跡はあった。
その理由に私は……。
「い、生きている? 何故、どうして?」
気がつくと、いつもと変わらない魔界の大地に立っていた。
シュウちゃんとエミリアが破滅の女神と戦っている時、突如現れたリリスによって私達は全員命を奪われた。
魔王と、その娘である私、さらに祖父の三人の力でも彼女には全く太刀打ちが出来なかった。
そして彼女は私達が死ぬ間際に、自身と女神の融合が真の目的であった事、その為にはプロジェクト・リングピラーが邪魔だった事、内通者と結託し敢えて破滅の女神の封印を解き、計画の真相を把握した事を勝ち誇りながら告げた。
どうしてあそこまで異常なまでの強さを身につけたのか。
才能があったシルフィリア姫を取り込んだとはいえ、あれだけ強固な封印をあんなにいとも容易く破ったのはなぜか?
いろいろと納得しきれないまま、最期を迎えたはずなのに。
今、私の目の前に居るのは、予想していたリリスと女神の融合した存在と、予想していない存在がもう一つ。
透き通るような美しい肌も地面に引きずる程の綺麗な長い髪も、身に纏っている優雅なエンパイアラインのドレスも何もかもが白い女の人。
彼女もまた、神なのだろうか?
しかし、破滅の女神のように明暗の少ない瞳に宿しているのは狂気や殺意ではなく、全てを知りつくしたような淡くたゆたう穏やかな光で、また全体的な雰囲気は冷たさを感じず、まるでお母様に抱かれているような優しい感じがしている事かしら。
あと、なんとなくエミリアの面影が残っているような気がしなくもないけれど……。
「全部壊したはずなのに、どうして?」
「もう一度創りなおしたよ」
「どうしてそんな事を?」
「あたしは、みんなが好きだから。居なくなるなんて耐えられないもの」
二人の女神?の会話についていけない。
けれども、エミリアの面影ある女性は私達の味方みたいね。
「ラプラタ様、皆を避難させて下さい」
今まで会話をしていたもう一人の女神?は、頭につけたラリエットについた飾りが僅かに揺れる程度の速度でこちらを振り向き私の名前を呼び指示をしてくる。
彼女は私を知っている。じゃあやはり、エミリア?
でもその姿は……?
「もしかして……、エミリアなの?」
私がその質問を投げかけた瞬間、穏やかだった彼女の表情は酷く悲しみの色に染まっていく。
エミリアは天使として目覚め、そして過去の記憶と姿を取り戻した。
もうこれ以上の変身はないと思っていたし、今までだって全力だったはず。
それなのに、さらに変化したと言うの?
エミリア、あなたは一体何者なの?
「ごめんなさい。ラプラタ様」
彼女は一言ぽつりと謝ると再び破滅の女神の方を向くと同時に、背中から自身の纏っている七色の光と同じ色の大きくて雄々しい翼を広げた。
その姿を見た破滅の女神は今まで変えなかった表情を緩ませると、両手から金属製の剣を出して、片方をもう一人の女神?がいる地面へと投げつける。
「あなたの力と私の力、質は逆であっても量はほぼ同じ。でも白黒つけなければならないのなら、それでつけるというのはどうかしら?」
剣が金属音と共に地面へ突き刺さると、彼女はゆっくりと剣の柄へと手を伸ばし引き抜く。
破滅の女神は邪悪な笑顔を見せ続け喋っているが、彼女は悲しみ憂いの表情のままなのは、さっき私が投げかけた言葉が原因なのかしら?
「フフ、たまには野蛮な方法も悪くないと思うの。私はリリスだった時、かつて剣に心得のある者も取り込んでいる。あなたは騎士として剣術を習ってきた」
破滅の女神が話した言葉を聞き、今おきている出来事のおおよそを私は理解する。
私は、天使と悪魔の力を合わせて女神を討伐する事を提案したし、成功する自信も僅かだがあった。
シュウちゃんとエミリア、二人ほど仲が良ければ、かつて大天使ミカエルが扱っていた力の再現を行えるのでは無いかと期待していたし、事実彼女達はやってくれた。
しかしリリスと破滅の女神が合わさり、より凶悪で強大な存在になってしまい、二人ばらばらにいては目的が達成する事が出来ない。
だから、二人も一つになったのね……。
その結果、破滅と対になる創造の力を司る神と同等の力を得る事が出来た。
そして破壊され無となった世界を再生し、死んでしまった人々を蘇らせた。
うう……、ごめんなさい。
天使と悪魔になるだけだったら、この魔界で共に過ごせばいいと考えていたし、今は無理でもやがて人間の姿を維持出来る方法が確立したなら地上へ戻ってもいいと考えていた。
後戻りは出来ないと言い続けたし、事実そうだけれども逃げ道も十分あったのに!
でももう二人は戻らない。一つになってしまってはもう……。
「そんなに悲しまないで」
「余所見をしていられる程、余裕があるのかしら?」
私は泣き崩れて悲しみと自身がした事の末路に後悔と自責の念を感じていた時、それら全てを許すような声と、剣と剣がぶつかり合う音が同時に耳へと入る。
「楽しみましょう。この神々の戦いを」
破滅の女神は、凄まじい速度の剣撃をとてつもない回数打ち込むが、女神となったシュウちゃんは無表情のまま、相手を真っ直ぐと見据え相手の攻撃を全て弾き返す。
な、なにこの攻撃……。
まるで二つの巨大な竜巻がぶつかり合っているみたい。
二人が剣を振るう風圧だけで、吹き飛ばされそうになってしまう。
「ねえ、あなたはどうしてこんな世界を守ろうとしているの?」
一瞬のうちにも関わらず、私でも全く見えなくて数え切れない程の攻防の後、今度は二つの剣がぶつかったまま動かなくなってしまう。
「人間は皆、自身の欲望の為に誰かを傷つける事を厭わない。身勝手な主義や正義を他者に押し付け、持つ者は秩序や法律で持たざる者を縛り、強者が弱者を公然と踏み躙る」
じりじりと、二人の女神の剣が小刻みに震えている。
その間も破滅の女神は、笑顔のままシュウちゃんへと話しかけていた。
「天使だってそう、自らの主張を正しいと疑いもせず、それに背けば例え何であったとしても抹殺しようとする」
エミリアが昔言っていた事を思い出す。
リリスはかつて天使や人間に酷い事をされたと。
一体、彼女に何があったというの?
破滅の女神になってまで、世界の全てを壊そうとするまでするその憎悪の源は何だと言うの?
「あたしだってそう思っているよ」
意外だった。
シュウちゃんなら、そんな事はないと真っ向から否定すると思っていた。
「フフ、じゃあどうして私の邪魔をするのかしら?」
「全員が全員、そんなんじゃないって事。あたしの大切な人が教えてくれた」
「そんなのは幻想よ。全員打算でしか動かない」
風精の国でシュウちゃんが過去から今に至るまで粗末な扱いだと、エミリアとパートナーになると決まった時、独自に調べて解っていた。
でも私は何もせず、ひたすら彼女を信じようとした。
それが良いか悪いかは解らないし、本当は救いの手を出す事が正解だったのかなとも思う。
シュウちゃんも一歩間違っていたら、リリスと同じになっていたかもしれないのだから。
「知っているのよ? あなたは人間だった頃に酷い仕打ちを受けていた事を、それでも守るの?」
「そうだよ。あたしがやらなきゃ駄目なんだ。あたしが守らなきゃいけないんだ!」
でもシュウちゃんは間違った道へ進む事は無かった。
これもきっとエミリアのお陰かもしれないわね。
本当に、あなた達は最高のペアだったわ。
「残念よ。少しでも解りあえると思ったのに。こんなお遊戯もおしまい。万物終焉なる力、辛苦なる凶星天より墜つる時、魂は崇高なる無へと帰するであろう……」
破滅の女神は剣での戦いに早くも飽きたのか、シュウちゃんとの距離を離すと剣を後ろへ投げ捨てて、翼と手を大きく横へ広げると同時に詠唱を始めた。
「さっきの力と同じだなんて思わない方がいいわね。この力を発動したらもう止める術は無い!」
まさか、大気が震えている?
寒い。何この力は……!
「天地崩壊、絶対虚無世界!」
破滅の女神の顔が醜悪さと凶悪さに染まりながら術を発動した瞬間、彼女を中心に地面が崩壊していく。




