第八十七話 終わりの始まり
次にあたしが気がついた場所、そこは音も光も無い、人の温もりも無い、目を開けているのか閉じているのかも解らない程真っ暗な世界。
暑いか寒いかも解らない。今自分がどんな格好をしているのか、どこにいるのかも解らない。
女神によって貫かれた胸の痛みも無い。
自分が本当に生きているのかさえも疑ってしまいそうな程、何にも無い。
ああ、これが死んじゃうって事なのかな。
そういえば、何もかも消えてしまうとか言ってたっけ。
あたしは魔王の力を手に入れて、時間も操れるようになった。
それでも、あの女神には勝てなかった。
圧倒的すぎるんだよ。反則だよあんなの。
でもそれももうおしまい。
全部壊されてしまった。もう何も残っていない。
魔界だって、地上だって、ラプラタ様も、あたしの大切な人も……。
ごめんね、守る事が出来なかった。
やっぱりあたしはどん色騎士だよ。何にも出来ない、誰も救う事も出来ない。
いつもうじうじしてて、失敗して誰かの足引っ張って。
自身の無力を怨み、迷惑をかけたことを詫び続けながら、混濁とした意識の中にまるで自分が溶けて無くなってしまう様な感覚に身を委ねていく。
「……ウ、……ュウ」
心地よい無への誘いに全身がゆっくりと蝕ばれていこうとしていた時、微かに声が聞こえてくる。
あれ。全部壊されて無くなったはずなのに、どうして?
あたしは再び目をゆっくりと開けるが、やはりそこには誰も居なく、視界には無限の闇しか入らなかった。
そうだよね、あはは。
最後までぼけてるや、誰も居ないはずなのに。
でもどうしてかな。
再び寝ようとしても、さっき聞こえた声が気になってしまうや。
もうエミリアは居ない筈なのに。
やっぱり錯覚なのかな、それとも願望?
あのエミリアがそう簡単に負けないとか、きっとここから逆転する術を考えてくれているとか。
……そんなわけないかあ。
はぁ、最後の最後まで都合いいよねあたしって。
「ふふ、シュウは私の事、何でもお見通しなんだね」
今度はさっきとは違う。
はっきりと明瞭な反応が返ってきた!
しかもあたしの考えを読んだような!?
こ、こんな返答が出来る人なんて……。
「え、エミリア!? 生きていたの!?」
まどろみを抜け出し、はっと目が覚めたあたしのすぐ目の前には、白い天使の翼を背負った、生まれたままの姿のエミリアがいつもの優しい笑顔のままこちらを見ていた。
い、いやん。裸だよエミリア!
それにしても、やっぱりスタイル凄くイイ……。
お胸も程よく大きいし、お肌は色白で綺麗だし。
って違う違う。今はそんな事を気にしている場合じゃないよう!
あたしはどこを見ているんだ。もう。
というか、全部壊されて無くなったと思ったけれども、エミリアは生きていたって事なのかな?
さ、さすがだ……。そうなってて欲しいって思ったけれども実現しちゃうなんて、今更だけど何でもアリだね。
「うーん。生きてはいないけれども、辛うじて魂は存在しているという感じかな」
「それでも良かったあ。最後の最後でエミリアに会う事ができたもの!」
あたし自身の、恐らくは死に際であろう時にエミリアと出会えるなんて!
これはチャンスだ、甘えておかないと。
あたしはエミリアの胸へと飛び込み、その柔らかさを頬で堪能する。
「もう、甘えたさんだね」
そんなあたしの、きっとヘンタイであろう行為もエミリアは一切嫌がる素振りをせず、あたしの頭をただ優しく撫で続けてくれる。
これじゃあまるで母親に甘える子供みたいだね。あはは……。
「でもごめんね、そんなに長い時間はないの」
あたしはエミリアの声色が変わった事に気づき、ふと顔を上に向けて彼女の表情を確認する。
今までのぬくもりに満ちていた笑顔は、穏やかな寂しさに変わっており、瞳が少し潤んでいるような気がした。
そっかあ。もうおしまいなんだよね。
でもあたしは最後に甘えられて良かったよ。だからそんな顔しないで欲しい。
出来ればあなたの笑顔を見たまま死にたいな。
「……楽しかったよ。あなたとしたいろんな体験は、私にとって最高の宝物だよ」
あたしもそうだよ。
あなたに出会えて本当に良かった。
あなたが居なかった今のあたしは居なかったと断言できる。
最後までこんなあたしを信じてくれて、愛してくれてありがとう。
「これからも、ずっとずっと一緒だからね」
今まで悲しみに満ちた表情をしていたエミリアの顔に、再び笑顔が戻る。
しかし、寂しさまでは隠す事が出来ないのか、その笑顔はどこかあたしの心をきゅんとさせてしまう。
これからもずっと一緒って、どういう事なんだろ……んんっ!
意味深な言葉の内容を考えようとした時には、もう既にあたしはエミリアに強く抱かれてキスされていた。
しかもそれは、いつもよりも長くて深い。
「んんっ……。んっ……」
ああ、そっか。
もうこれでおしまいだから、いっぱいしておこうって事なんだよね。
いいよ、いっぱいしよう。たくさん愛し合おう。
どうせ誰も居ないんだし、気兼ねする必要ないものね。
あたしは何度も何度もエミリアと口づけを交わし続ける。
まるであたしの行為に対抗しているかのように、エミリアも同じ様にしてきた。
凄く気持ちいい。ずっとこんな幸せな時間が続いたらいいのに。
そう思いながらも愛し合い続け、やがて頭の中がどろどろで真っ白になり、理性がだんだん消えていく。
「ねえシュウ。お願いがあるの」
「ふにゃぁ、なあに?」
いっぱい、きもちいいのしたからふわふわするぅ。
なんだろ、えみりあのおねがい……?
うーん、そんなことよりももっときもちいいことしたいのにぃ……。
「今から言う言葉を、私の後に続いて言って欲しいの」
「うーん、いいよぉ」
ことば、えみりあがはなすのをいえばいいのかなぁ。
「光と闇、対極の力交わりし時」
「……ひかりとやみ、たいきょくのちからまじわりしとき」
「明けない夜に再び光を呼び戻さん」
「……あけないよるにふたたびひかりを、よびもどさん」
なにをいっているんだろう?
わかんないや……。
「言ってくれてありがとうね。ラストジェネレーション:天魔融合、始まりの神生誕!」
次の瞬間、笑顔のエミリアは光の粒となって霧散し消えてしまうと同時に、あたしは心地よいまどろみから解き放たれる。
そして、エミリアがした事の全てを理解し、……気がつくと声にならない叫びをあげていた。




