第八十六話 夜の闇は深く、暗く、そして色濃くなっていく
女神との戦いを終えたあたしは、ラプラタ様や他の悪魔達が待っているであろう魔界の大地へと帰る。
まず間違いなくあたしとエミリアは英雄扱いだよね。
地上でどん色騎士って馬鹿にされていた時からは、こんな展開を予想出来なかったよ。
そう思いつつもエミリアと手を繋いだまま、ゆっくりと着陸するが……。
「な、なにこれ……」
「どういう事、なの?」
あたしを出迎えてくれたのは歓喜の声や感謝の意思ではなく、この戦いをずっと見守ってくれていた人達が傷つき倒れている様だった。
「うう……」
「ラプラタ様! これはいったいどういう事ですか!」
エミリアはその中でも、かろうじて意識を保っていたであろうラプラタ様へと近寄り話しかけながら、治療を始める。
他の全員は動く様子も、目が覚める気配も無い。
もしかして、全員死んじゃったの……?
「う、迂闊だった。すぐに……、女神の……居る場……所へ、ごめんなさい……、エミリア」
「ラプラタ様? 起きて下さいラプラタ様!」
瀕死だったラプラタ様もなにやら謎めいた言葉を残し、他の悪魔達と同様に意識を失ってしまう。
エミリアは治療を止めるとうずくまり、体を震わせながらただ静かに声を殺して泣いていた。
いったいあたしとエミリアが戦っている間に何が起きたの?
ラプラタ様が最後に言った、迂闊だったってどういう意味なの?
しかしあたしがどんなに迷っても、返ってくるのはエミリアの静かなすすり泣く音と、死の静寂だけ。
「……行こう、女神が墜ちた場所へ」
「うん」
涙目のままエミリアは物言わなくなったラプラタ様をその場で静かに寝かせると、何が起こっているのか解らないまま、けれども漠然と嫌な予感をさせながら女神が墜ちた場所へと向かう。
「あなたは……! シルフィリア姫!」
あたしとエミリアが駆けつけた時は、既にリリスと成り果てたであろうシルフィリア姫が、ぐったりと横たわる女神の口と自身の口を合わせていた後だった。
そしてその行動の意味を瞬時に理解したあたしは、刻印術でシルフィリア姫と女神の二人に攻撃をしかける。
エミリアも天空術で同様に攻撃を仕掛け、シルフィリア姫の行為を止めようとしたが。
「もう遅い。私の欲しかったものがこれで……」
二人の攻撃によって砂埃が舞い上がり、姫様の姿が見えなくなってしまった時、爆煙の中から満ち足りたような声が聞こえてくる。
その声を聞いたあたしは、全身を酷い寒気に支配されてしまう。
例えるならば、草食動物が肉食獣と対峙した時のような、絶対的に超えられない相手と出会った時のような、自身の最後を確信せざるおえない感覚。
やがて煙がおさまると、そこにはシルフィリア姫は居なく、あたしとエミリアが倒したはずの破滅の女神が立ってこちらを見つめていた。
女神の姿は今まで戦ったものとは違い、自身の純粋無垢を示すかのように白かったドレスと長い髪が漆黒に染まり、幼さが残る姿から、成熟した大人の女性の姿へと変化していた。
「完全なる刻印術、クロノフリーズ!」
魔王の力を全て出し切っているのに、言い様の無い恐怖で息苦しくて押し潰されそうになっていたあたしは、自身の体の震えに気づきながらも、女神を再び倒す覚悟を決める。
これ以上近くにいると、それだけで気が狂いそうになってしまう。
あたしは再び刻印術を使い、時間を停止させるが……。
「折角だから教えておくと、今までの破滅の女神は全力の一割も出せていなかった。恐らく不完全なまま女神として目覚めたせい……」
手を繋ぎ、ハイブレイクの為の詠唱と力の集中を行おうとした瞬間、女神はあたしの目の前へ瞬時に移動してくる。
あたしとエミリア、二人だけしか動けない世界のはずなのに!
う、うそだよね?
何故、どうして動けるの!?
「あぐっ……!」
時間を支配する刻印術を破られて酷く困惑していたあたしは、気がつくと女神の綺麗な手が自身の腹部を貫かれている事に気づく。
「私は原初に生まれし滅びを司る神。悪魔ごときの時間操作が通じると思ったの?」
女神は表情を変えないまま、それがまるで当たり前のように冷たく言い放つと同時に手を勢いよく抜き、後ろをゆっくりと跳躍し距離を離す。
女神の手があるところが酷く痛むと同時に、力がぬけていくような気がする。
うぐぐぐ、これが破滅の女神の真の力なの……?
魔王の力を以っても、全く勝てそうに……。
「シュウ! しっかりして!」
ごめんねエミリア。
あたしは、もうここで……。
意識は混濁していき、視界がじわりと暗くなっていく。
今まで制止していた世界が再び動き出し、そして自分の最後を確信してしまう。
「絶対にあなたを死なせない! 主の光、消えゆく命の灯火に再び活力を……」
「全部終わりにしましょう。痛いのも苦しいもの全部おしまい。何もかも消えてなくなり、そして私の復讐は達成される」
それでもエミリアは必死にあたしを生かそうとするが、そんな聞きなれた優しい言葉も、女神の凍えるような声で遮られてしまう。
「万物終焉なる力、全ての存在は明けない夜へ誘われ、やがて等しく虚無が訪れる」
女神がなにやら詠唱を終えると、ほんの僅かな時間耳鳴りがすると同時に、体の全ての感覚が消えてなくなってしまった。




