第八十五話 舞い踊る光と闇
私は焦っていた。
シュウの刻印術によって昔の姿になり力を取り戻したはずなのに、今の私は良くて半分の力しか出せていない。
私の前世は天使の中でも特異な存在である、覚醒天使と呼ばれる存在だった。
覚醒天使は、天使を使役する主が没した時の為の代わりの体という役割を持っており、故に強大な光の創造主の力を使えるはずだった。
「もしかして、昔より弱くなっちゃった?」
正直、破滅の女神の言うとおりなのかもしれない。
それでも……、私は皆を守るしかない!
私は手に持っていた杖をいったんしまい、詠唱をしながら両手に意識を集中する。
すると手の平から強く輝く光の泡が生成され、私の意志に沿うように膨張していく。
「主の光、絶対なる滅びを退ける一撃となれ。パラマウント・ホーリーライト!」
大きく膨れ上がった光を、私は何のためらいも無く女神へと放った。
これが当たれば、たとえ女神であっても無傷ではすまないはず。
しかし、私の渾身の一撃はまるで煙を払うかのように女神の手で簡単に退けてしまう。
今の攻撃が全く通じていない……。まずい、このままじゃ!
「はーあ、何だかつまんないや。もう飽きちゃったし壊してもいいよね?」
私の放った光を退けた手をぱたぱたと三度程振ると、無邪気な笑顔をこちらに見せたまま凄まじい速度で迫ってくる。
まずい、避けられない!
私は無駄と知りつつも目を強く閉じ、両手で相手の攻撃を防ごうとした。
しかし、時間が経っても痛みは来なく、気配も目の前で止まっている。
あれ?
どうして攻撃してこないの?
私……、生きている?
ゆっくりと、恐る恐る目を開けていく。
「シュウ!? どうしたのその姿……?」
目の前にあったのは、女神の無邪気は笑顔ではなかった。
女神の攻撃を受け止めたその人は、冷たくまるで人形の様に表情の乏しい顔のまま、見ただけで寒気がする極彩色の瞳でこちらを振り返る。
その時、明るい銀髪とスカートの裾が燕尾状になっている漆黒のドレスの裾が軽くなびく。
間違いない。あの時と同じ、女神を封印する者の姿となったシュウだ。
「これは……?」
変わり果てたシュウは受け止めた攻撃を弾き返すと、表情を変えないまま何も言わず赤く鈍く光る剣をそっと私に差し出す。
「ヘンタイ天使がエミリアに渡して欲しいって。女神に効く武器みたい」
この武器も心当たりがある。
前世の私が、大切な人を取り返すためにルシフェルが与えてくれた武器だ。
けれども、以前よりも強い力を感じる。今のルシフェルが改良したのかもしれない。
「あれ? さっきのあなたと随分見た目変わっちゃったね。そんなに変わってしまって、いったい何者なの?」
女神は一度距離を開けると、まるで新しいおもちゃを手に入れた子供のような無邪気さに溢れる瞳でこちらへと話しかけてくる。
「神を滅ぼす漆黒の悪魔。これがあたしの本当の姿だよ」
「滅ぼす? ばかじゃないの? あははは!」
そんな女神とは逆にシュウは、表情を少しも変える事なく淡々と答えるが、女神はお腹を抱えてただ笑いこけてた。
「ねえエミリア、話を聞いて」
「うん、何か作戦かな?」
笑う女神を全く気にせずシュウは私にそっと耳打ちをしてくる。
そして作戦を聞いた次の瞬間、私は息を飲み込み覚悟する。
「滅ぼすのは私なんだよ? うふふ、何にも解らない子にはしっかり教えてないとね」
「エミリアいくよ。時間、空間、全ての流れは停滞し、静寂なる世界が舞い降りる。完全なる刻印術クロノフリーズ!」
女神の言葉を無視しシュウは刻印術を発動すると、世界は再び動きを止める。
以前に私を助ける時や中央書庫で止めた時よりもシュウが余裕のある表情なのは、やはり本来眠っていた力を全て解き放ったからなのかな。
じゃあシュウはもう……。
シュウの人としての死と悪魔としての生を改めて実感しつつ、ルシフェルから受け取った剣を無防備な女神の胸へと突きたてた。
「光と闇、対極の力交わりし時……」
「神を滅する一撃とならん」
そして私はシュウのいる場所へ戻ると彼女の右手をぐっと強く握り、全身全霊をその手へと注ぎこむ。
術の詠唱と共に、手には光と闇の異なる力がゆっくりと確実に満ちていく。
「なっ、また時を……!」
術の詠唱が完遂した事を確認したシュウは、目を大きく見開くと同時に刻印術の解除をする。
女神は自分が無力で無防備だった状態を悟り、今まで笑顔だった顔が酷くゆがみ出す。
それは胸を貫かれた苦痛よりも、思い通りにいかない私とシュウに対する苛立ちからにも見えた。
『天破葬送、メギドの滅光ハイブレイク!』
女神が困惑した一瞬の隙を突き、私とシュウの二人の力を合わせて繰り出された攻撃を、女神の貫かれている胸へと叩き込む。
叩き込んだ瞬間、魔界の空を貫く勢いで放射状に光が放たれるとシュウと私、二つの力は互いに反発しあい、彼女の胸の中で炸裂し大爆発を引き起こしていく。
その瞬間、戦いの場所である魔界の空が、目が眩むほど白と黒の光に満ちていった。
たぶん一瞬なのだろうけれど、私には長い間と感じられた空白の時を経て、神を滅する程の光が収束し、女神の姿が見えていく。
そこには、シュウの力と私の力をあわせた攻撃によって胸に大きな風穴を開けられた女神が、全身を小刻みに震わせていた。
「そ、そんな。私は女神なのに……。私がし、しんじゃう……?」
女神はがたがたと口を震わせて困惑しながら、地上へと墜落していく。
ラプラタ様の予想通り、先程の一撃が彼女にとっての致命傷となったらしく、回復をする事も無い。
今まで近くに居るだけでびりびりと感じていた力も、随分和らいだような気がする。
厳しい相手だった。代償として私はもうエミリアとして戻る事が出来ないし、シュウも恐らくはあの姿のままかもしれない。つまり地上での風精の国の騎士と魔術師ではいられなくなり、人としての未来を犠牲にしてしまった。
でもついに終わった。シュウと私で女神を倒したんだ。




