第八十四話 新生
魔界の空に、まるで星のように強く輝く青い光と白い光。
それらがぶつかり合い、お互いの存在と世界の命運をかけて争っている。
それなのに、そんな大事な時なのに!
あたしを含めた悪魔達全員は、その戦いを地上から見上げる事しか出来ずにいた。
「これが、神と神の戦い……」
ラプラタ様が、その二つの光を見ながらため息まじりで一人つぶやく。
何にも出来ない事が悔しくって、こんな頑張っているエミリアを助けられない自分が情けなくってどうしようもない。
だけどそうなんだよね、神様同士の戦いなんだよね。
あたしもいろんな経験をして強くなったと思っていたのに、ずるいよ。
エミリアはいつもあたしの何十歩も先を行っているもの。
「凄いですよね。エミリアって」
自身の悔しさ、弱さ、そして諦めの気持ちをこめ、ラプラタ様の独り言に答えていた。
でも本当に凄い。
前世の姿と力を取り戻したエミリアは、あたしでは一切太刀打ち出来なかった相手と互角の勝負をしている。
きっとそれは天使だからじゃなくって、エミリアだからなんだとは思うけども……。
「いや、このままではあの天使の娘は負ける」
諦めがやがてエミリアならどうにかしてくれるだろうという甘えに変わろうとしていた時、ラプラタ様のお爺様が戦いを見ながら冷たく判断する。
え?
何それどういう事なの?
エミリアはヘンタイ天使を追い払った時よりも、もう一人のあたしと向き合った時よりも強いはずなのにどうして?
「心当たりがあってな、あの天使がもしも私が知ってる者なら、彼女は五分の力も出せていない」
五分って、たった半分って事だよね。
エミリアは全ての記憶と力を取り戻したはずなのに、それでも全力じゃないの?
「その通り、さすがは大悪魔と評された方」
「へ、ヘンタイ天使!」
あたしが困惑している時、背後から聞きなれた憎たらしい声が聞こえる。
その声に反応し咄嗟に振り向くと、こんな時にも関わらずいつも通りヘラヘラと笑うヘンタイ天使が居た。
「ほう、ルシフェルの生まれ変わりとは。何かこう、因果を感じてしまうねえ」
あれ、もしかして知り合いなの?
確か魔王とは顔なじみみたいな感じだったけれども、意外とぼっちじゃなかった。むむう。
「アハァ、準備をしていたら遅れてしまったよ。でも間に合ったみたいだけどね」
相変わらずの半笑いをしながら話しつつ、ヘンタイ天使は刀身が真っ赤に染まった長剣を取り出す。
「これは破滅の女神を退治する為に作られた、琥珀崩しの魔剣って言う武器を改良した……、鎮魂と静寂の神葬と言う剣なんだ」
すんごい名前をつけたなあって、思っているのはあたしだけかもしれない。
でもこんなのであの女神を倒せるのかな。
あたしには普通の剣にしか見えないや。
「とりあえずキミにこの武器をエミリアに届ける。そして力をあわせて破滅の女神を止めるんだ」
そうだよ!
ラプラタ様の当初の作戦だった、あたしとエミリアの力をあわせてハイブレイク?だっけかな。
そんな感じの技で女神を倒すんだよ!
こんな所でぼうっとしている場合じゃない。頑張らなきゃ。
だからエミリアのところへ行く前に……。
「ラプラタ様、あたしが女神の封印をした時の姿にして貰ってもよいですか? 自分じゃあの姿になれなくって」
私ももっと強くなる必要があり、そしてそのアテはあった。
あの姿の時のあたしは、まるで超人か賢者にでもなったような気分だった。
普段鈍いあたしでも、明らかに力の差はあったと思う。
だから、せめてあの姿で立ち向かわないと駄目なんだ。
「確かに、あの姿はシュウちゃんの意志だけではなれないの。何故だか解る?」
「どうしてでしょう?」
「次のあの姿になったら、もう二度と戻る事が出来ない」
その言葉を聞いた瞬間、ふっと頭の中が白くなってしまうような感覚に襲われる。
もう二度と戻る事が出来ないってどういう事?
悪魔になっちゃったけれど、今までだって刻印術で変身すれば見た目は人間の頃に戻れるわけだし。
「で、でもっ。また人間に変身すれば……」
「永遠の苦痛、すなわち女神と戦うあるいは封印するモノとしての定めと引き換えに、あなたは魔王の力を手に入れた。その力の全てを解き放てば、もう人間である事は出来なくなってしまうの。どうやっても誤魔化す事は出来ない。それだけ、魔王の力は強力なのよ」
完全に悪魔になってしまうって事なんだよね。
じゃあ、もう風精の国へ戻る事も出来ない。それどころか地上にあたしが居たら大騒ぎになってしまう。
今まで出会ってきた人達や、同僚や、剣を教えてくれた師匠、何にも出来ないあたしに良くしてくれた仲間ともお別れになっちゃうんだよね。
……でも、それでもあたし。
「何寝ぼけた事を言っているのだラプラタ。さっさと柱の力を解放させ、女神を討伐しないか!」
「外野は少し黙っとれ。そんな発破かけなくても、あの娘の目を見れ」
「それでも、あたしはなりたいんです。エミリアと一緒に戦って、生き残って、ずっとずっとあの人の側に居たいんです」
あたしは、この世界を守るんだ。
ずっと役立たずで、騎士団でもお荷物だったあたしにしか成せないもの。
ようやくあたしがここに居る意味が出来たって実感している。
「解ったわ。そこまで言うならもう止めない」
ラプラタ様は凄い怖い顔をしているけれども、そんなに気にしなくてもいいんだよ?
みんなを救えて、エミリアと同じ立場と目線で戦う事が出来て、嬉しいくらいだもの。
「ごめんねシュウちゃん。人間としてのあなたの幸せを奪ってしまって……」
あたしは変身の為に身構えていた時、ラプラタ様は急に悲しそうな表情をしながらあたしを強く抱きしめてきた。
もしかしたら、ラプラタ様はいつかエミリアと口論した事を気にしているのかな。
「いいんです。みんなやエミリアあってのあたしですし、それにここも悪くないかなーって思っちゃって! あはははっ」
悲しそうなラプラタ様を見てたら、何か言わなきゃ駄目かなと思って言っちゃったけれども、我ながら強がりだなあ。
ふう、でもいざってなるとやっぱり心の中でどこか躊躇しちゃうかも。
……あはは、今更なのに情けないね。意気地なしだね。
自分がやるって決めたんだ。最後まで貫かないとだよね。
さよなら、何の魅力も無い人間だったあたし。
さよなら、そんなあたしの事を良くしてくれた風精の国の人達。
さよなら、お父さん、お母さん。
……わがままな娘でごめんね。
今まで過去と決別してあたしは、悪魔でエミリアと一緒に戦う。
ふふ、何だか妙にすがすがしいね。こんな状況なのに我ながら変だ、どうしてだろね。
「神を封じる漆黒の存在への転生」
ラプラタ様が抱きしめたまま、あたしの力を解放する言葉を耳元で囁いた瞬間、目の前が真っ黒になると同時に意識がふっと遠く果てしない場所へと飛ばされてしまった。




