第八十三話 目覚めろ、光の主の記憶
「そんなに怖がらないで」
失意のどん底に落とされたあたしを救うかのような、温かく優しい声が後ろから聞こえてくる。
「え、エミリア……」
「大丈夫だよ。ね」
あたしがふらつきながら立ち上がると、エミリアがあたしをそっと包み込むよう抱きしめた。
なんだろう。何もしていなくても全身痛くて、触られたら絶対に耐えられないはずのに、エミリアの体が当たっているところは何だか気持ちいいや。天使の力なのかな?
「シュウ聞いて、私に考えがあるの」
「な、なに……?」
優しげな表情から一変し、少し寂しげで物憂げな表情をしたまま、エミリアはあたしにしか聞こえない程の声で、そっと耳打ちをする。
「そんなの駄目だよ! できっこない! エミリアと離れるなんてやだ!」
あたしはエミリアが発した言葉を聞き終えてその言葉を理解すると、今までの体の痛みも無視しちゃうほど勢いよく立ち上がり、大切な人のこれから成す事を全力で否定する。
「お願いね」
しかしエミリアは、あたしの必死の制止も振り切りってぼろぼろになった体に鞭を打ち、再び破滅の女神がいる方向を見据える。
エミリアも残された力は少ないはず、しかもさっきの攻撃で大怪我をしたはずなのに。
もう戦えるだけの余力が無いはずなのに!
そんなの無理だよ。やめてよエミリア!
「さあ、シュウ。お願い!」
何でいう事聞いてくれないの……。頑固すぎるよ。
ふぅ、こういう時のエミリアってどうやっても止められないからなあ。
……どうしてもやるって言うんだね。
ええい、もうこうなったらやけくそだ。いっけええーーー!
「あたしの残されたエーテルを全てかけて、エミリアの時間を戻す! 時と逆行のルーンを組み合わせ、上級刻印術、タイムリワインド発動!」
刻印術の名前を叫ぶと同時に、まるで何かに強く絞られているような感覚が全身を支配していく。
それと同時に腕の手甲が淡く光だし、その光に共鳴するかのようにエミリアの体も鈍く光りだす。
「す、凄い……」
そして刻印術を受けたエミリアは服装こそは白いドレスのままだけども、体はみるみると変わっていき、最終的には栗色の長い髪と強い煌きを宿したエメラルドグリーンの瞳を持つ、大人っぽい印象が強い天使になった。
「成功したよ。ありがとねシュウ」
「こ、こんな時に言うのもアレな気はするけれど、すっごい綺麗だよエミリア!」
エミリアがあたしにこっそり教えてくれた作戦。
それはあたしの時間を操る刻印術により、エミリアが生まれ変わる前の天使へと戻すという事だった。
時間を止めた事はあったけれど、それですら消耗は激しく僅かな時間しか出来ない。
失敗したらどうなるか解らないのに、それを何の躊躇もせずやろうだなんて!
全力で反対したけれど、聞いてくれなかったし。
で、でもまあ成功したからいいのかな……?
「ふふ」
これがエミリアの前世の姿かあ。
エミリアもすんごい美人だと思ってたけども、この世とは思えない程だね。
綺麗って思わず言っちゃったけれども、そういう言葉で表現するのはおこがましいというか。
ただただ凄い。そうだよ凄いんだよ。はぁ、何だかため息が出ちゃうね。ウン。
「ふーん、解っちゃった。あなたは時間を操れるんだね。さっきも止めたんだよね」
流石は女神ってだけあって、今起きた出来事をすぐに把握しちゃってるみたい。
さっきまで快楽に酔っていた女神は気持ちが落ち着いたのか、物欲しそうに自身の人差し指を噛んでいる。
「反撃、いきます。ジェネレーション:完全なる光の創造主」
生まれ変わる前の姿に戻ったエミリアが力強く言葉を紡ぐと、自身の体から青白く輝く光が溢れ出す。
今までの穏やかでたゆたうような感じじゃない、真っ直ぐ全身が鋭い何かで刺されるような、エミリアの強い意志が具現化したような光が周囲を照らしていく。
これは本当にエミリアの力なの?
「私と同じ力を感じる」
その様子を見た女神は多少不愉快な表情をしながら指を噛むのをやめて、大きく息を吸い翼を広げた。
あたしと同じ事を、破滅の女神も感じているのかもしれない。
「はぁ……。あなたを壊したら、私は何回気持ちよくなれるかなあ?」
大きくため息をついた女神はこれから戦い、そして壊してしまうであろう相手を見つめながら再び心地良さそうな表情に戻ると同時に、何の迷いも見せないまま一直線にエミリアの方へと跳躍し距離を詰めていく。




