第九話 エミリアの実力
エミリアとフロレンスさんの勝負が始まるであろう、魔術師の修練場にあたしはいち早く到着する。
ここは何度か入った事はあるけれども、いつも高い天井を眺め、磨かれた壁と床に映った自分の出来損無いな姿と目があってため息をついてしまう。
その度に、もうちょっと目がぱっちりしていたらとか、お肌がすべすべだったらとか、お胸が大きかったらとか、いろいろ考えるけれども、当然そういった願いが叶った事は一度も無い。
しかし、今は一人で欝になっている場合ではないんだよね。
あたしの予想通り、フロレンスさんと付き人二人が、修練場に入ると同時に真ん中で仁王立ちして待ち始める。
高ランカー同士の勝負と聞いて、暇を持て余していたであろう低ランクの騎士や魔術師はもちろん、胸に金の記章をつけた他のランカーや、全く関係ないと思われる他兵団の人や城内で働く者など、人がぞくぞくと集まっていき、入り口付近はだんだんと賑わっていく。
たくさんの人に驚きつつ、ふと横を振り向くとラプラタ様がいつの間にか横にいる事に気づき、話しかけてみる。
「あれ、ラプラタ様? どうしたんです?」
「エミリアが決闘に応じるのは珍しい事なの、だから見に来たわ」
確かに温厚な性格っぽそうだから、こうやって戦うって事は滅多とないんだよね。
「おっとりとした性格ですからねえ、そう言われればそうかも」
「いいえ。口論の段階で論理立てて話すから、反論できずに相手が折れて決着ついちゃうのよ」
ひっ。口喧嘩で負かしちゃうって。
実は勝気で強気で負けず嫌いなのかも。
でもそうじゃなきゃ最高ランクになってないよね。
うーん、金魔術師ふたり、どっちもランク一桁かあ。凄い魔術使うんだろうなあ。
巻き込まれないかな?
ちょっと怖い。ぶるぶる。
そうだ、ラプラタ様に勝負をやめてもらうようにお願いしてみよう。
「ラプラタ様、勝負を止めないのですか?」
「みんな若いから発散させないとね、ふふ」
意外とのり気だったよ!
もうこの戦いは誰にも止められないんだよね。
大丈夫って言ってたけども、エミリア病み上がりだし、心配……。
で、でもフロレンスさんって確かランク七くらいだったはずだから、そうだとしたらトップのエミリアと六人分離れている訳だし、大丈夫だよねたぶん!
「シュウ、何故エミリアが輝色魔術師と呼ばれているか。しっかり見ているといいわ」
一部の騎士や魔術師は、それぞれ使う術や技によって名前とはまた別の呼び方があるって聞いたことがあるけれども、輝色ってなんだろう?
全然想像もつかないや。気になるししっかりみなきゃ。
人だかりも随分出来始めた頃、それらをかき分けながらエミリアが現れて、フロレンスさんと対峙する。
任務の時にかぶっていた魔術師の帽子をしているから、たぶんそれを取りにいったのかな?
「シャーリン、ジェリー、二人は下がってな。さあ、どこからでもいいよ! かかってきな!」
付き人二人はフロレンスさんの声に応じて数歩ほど後ろへさがり、エミリアとの戦いを傍観している。フロレンスさんは、懐から出した美しいレリーフが施されている金の輪を手にはめるとエミリアを見下しつつ、攻撃に備えるため身構える。
しかし、エミリアは武器も出さず、ただフロレンスさんを冷たい眼差しで真っ直ぐ見ているだけだ。
「さあどうしたんだい? ナンバーワンの実力を見せて貰おうじゃないか!」
フロレンスさんは金の輪をはめた手で手招きをして挑発するが、エミリアの表情は一切変わらない。ただじっと相手を睨んでいる。
いったい、何をするつもりなんだろう。あたしにはよくわかんないや。
「こないなら、こっちからいくよ! 黒魔術、トクシックスフィア!」
両手を勢いよくあわせると、あわせた手の中から毒々しく光る球が生成され、みるみる大きくなっていく。大きさが術者自身の頭程になった時、それをエミリアへと解き放った。
すると今まで何もせずただ静観していたエミリアは、かぶっていた帽子のつばをにぎり、頭上へ勢いよく放り投げる。帽子は回転しながら宙を彷徨っている時、布で出来ている帽子は、なんと銀で出来た自身の腕ほどの長さの杖へ瞬時に変わった。
空中で帽子から変化した杖を受け止めると、エミリアはその杖の握りを両手で持ち、大きく振りかぶり、フロレンスさんが放った光の球が自身へ着弾しそうな時、振り下ろして杖先で魔術を叩き、粉々に砕いてしまう。
「す、すごい」
あたしはただその様子を呆然と見ていた。
だって、魔術で防御したわけでもなく、同じように攻撃して相殺したわけでもなく、まさか杖で叩き壊すなんて!
そういえば、顔を捕まえられたとき、妙に力があるなあと思ってたけれども、こんな事が出来るならそりゃ力あるよね。
たぶんあたしよりも力あるよ……。
「何その防ぎ方。余裕を見せたつもり? そういうところが気に入らないんだよ!」
フロレンスさんは怒りで顔をひきつらせ、悔しそうにエミリアを睨みつける。まさかあんな形で破られるとは想像もしていなかったのかもしれない。あたしも解らなかったからね。うんうん。
「ねえねえフロ姉、これ以上やめようよ~」
後ろに下がっていた蛇柄の腕輪をつけ、毒々しい色のローブを着ている、フロレンスさんよりも幼い印象が強い女の子が制止に入る。
「多分、七十パーセントの確率でエミリアには勝てない」
同じく後ろに下がっていた他の二人には無い、半透明のフードがついた、同様の色のローブを着ている眼鏡をかけた女の子も表情を変えずに止めようとする。
「あんた達! 私の味方じゃないのかい!」
「いや、でも、通りすがりに修練場の前へ通ったらエミリアがいて、最初に因縁つけたのフロ姉だし……」
「うっさい! 私はエミリアが気に入らないの。気に入らない人を気に入らないと言って何が悪いの?」
二人がとめようとしているにも関わらず、フロレンスさんは負けじと決闘を続けようとする。どんだけエミリアの事が嫌いなの。
フロレンスさんは再び術の詠唱を始めると、手の平に先ほどと同様の光を放つ球体が生成されるけども、球の大きさは前回とは比べものにならない程大きいよ!
こんなの今みたいに杖で壊すことなんて出来ないし、あたったらエミリアが!
「毒揚羽のフロレンスをなめるんじゃないよ! 黒魔術、ベノムスフィア!」
フロレンスさんは言うとおり、全力かもしれない。
魔術を知らないあたしでも、その力の凄さがわかるもの。
見ているだけなのに寒気がして、なんか鳥肌たっちゃったし……。
それでもエミリアは、なんでそんなに、冷静なままなの?
泣きそうな程不安なあたしとは対照的に、あたしの心中を察したかのように、エミリアは一瞬こちらを向き、いつもの優しい笑顔を見せると、目を閉じて物凄い速さで術の詠唱をし始める。
術の詠唱に伴い、エミリアの体から眩い光が放出される。光が一際強く輝き、周りを照らした時、迫りくる力にそっと手をかざす。
「とっておき、見せてあげるよ。炸裂の光、ディバイニティスパーク!」
目を大きく見開いて魔術の名前を叫んだ瞬間、フロレンスさんの放った毒々しく光を放つ塊がぐにゃりと変形すると、黄金色に輝く光の爆発が内から発生し、毒々しい塊は内部から炸裂する。
フロレンスさんの放った、恐らく全力であろう攻撃は、エミリアへたどり着く前に跡形も無く、粉々に砕け散ってしまう。
周囲は二人の放った術の影響なのだろうか、黄金の光の粒と紫色の光の粒はまるで蝶の様に飛び散り、修練場内をきらきらと彩らせる。その様子に周囲の観客からは感嘆の声が出るほどだ。
「エミリアにしか出来ないあの魔術を発動する時に、ああやって体から光が放出されるの。だから輝色って呼ばれているのよ」
ふと横を振り向いた時、ラプラタ様と目が合った。するとラプラタ様は笑顔のままエミリアの異名の由来を教えてくれた。
「でもあの力、実は魔術ではないのよね。なんなのかしら?」
再びエミリアの方を向き、ラプラタ様が独り言をつぶやく。
よく解らないけれども、魔術じゃないってどういうことなんだろ?
「負けず嫌いのエミリアさんが、術を破ってくる事くらいお見通しなんだよ!」
フロレンスさんの表情は、まるで勝利を確信したかのように満足そうだ。
その表情に呼応するかのごとく、内側から炸裂して粉々になった光の粒は、エミリアめがけて集まっていく。
「今回は、私の勝ちのようだね」
フロレンスさんが、金の輪をはめた手を強く握ると、集まった光は再び音をたてて弾けていき、エミリアは紫色の爆煙に巻き込まれて姿が見えなくなってしまう。
「う、うそお。エミリアが負けちゃったの……?」
あんなの不意打ちじゃない。卑怯だよ!
凄い爆発だったし、エミリア大丈夫なのかな?
あたしは心配になって、居ても立ってもいられなくなり、煙が上がっている場所へ向かおうとする。
「大丈夫よ。あなたのパートナーを信じなさい」
しかし、ラプラタ様の妙に落ち着いた声に、呼び止められてしまう。
大丈夫よって言われても、絶対にやばいよあれ!
何でそんなに落ち着いてられるの?
やっぱり病み上がりだから力が発揮できなくって攻撃を受けちゃったんだよね。
あ、あれ。
煙がおさまり、視界が良くなっていくと、そこには何事もなかったかのように立ち、今までと同様に相手を冷たい眼差しで見つめるエミリアが居た。
「そ、そんな。私の全力だったのに……」
フロレンスさんは下唇を強く噛み、拳を強く握って体の震えをとめようとする。渾身の一撃が破られてしまった事に対して、酷く悔しがっているようだが、それでもまだ、エミリアへの反抗の意思が消えることは無かった。
「あなたが何をするかは解ってたから、攻撃を打ち消す時、防御魔術も発動させておいたの。まだまだ甘いよ、フロレンスちゃん」
い、いつの間にそこまでやってたの!?
あたしには全然解らなかったよ。
「シャーリン! ジェリー! あれを使うわよ、準備なさい!」
「フロ姉~、あれはここじゃまずいよ……」
「多分、九十九パーセントの確率でここの人達を巻き込む」
今まで手を出さないよう下がらせていた二人の金魔術師を大声で呼びつけて何かをするらしいけれども、他の二人はあまりやりたくなさそうだし、巻き込むってそんな危険な魔術を発動させちゃうの!?
その事を聞いてもエミリアは相変わらず冷たい眼差しで相手をじっと見ているだけだし。
いよいよやばいかも。
「私たちの力をあわせ、合成魔術ミラージュオブヴィルレンティスを発動させるわ。これだけ私をコケにしてくれた、お前を許さない!」
「しょうがないなあフロ姉~、後できらきら星亭の野苺パフェおごってね!」
「多分、百パーセントの確率で私もついていく」
きらきら星亭の野苺パフェといえば、風精の国のじょし憧れの存在!
ひんやりと冷たいバニラアイスの上に甘くとろける生クリームと、野苺をふんだんに使った、スイートかつボリューミーで今最高にクールなデザート!
あたしも食べたい、でもシルバーランク以上の魔術師だらけで近寄りがたいんだよなあ。
前に意を決して突撃しにいったけれども、すごい周りの目が冷たかったんだよね。
なんでブロンズごときがパフェなんて食べているの。みたいな感じだったし。
はぁ、ぱふぇ食べたい。
ってそんな事考えている場合じゃないよ!
何かすんごい名前だったし、三人が円陣組んで詠唱し始めたし、エミリアは相変わらず何もしないで動かないし、というか三対一じゃん!
まずいとか言っておきながら結局使うみたいだし。
やばいよう、どうしよう。あたしが入っても止まりそうにないと思うし。ううん……。
「はい、そこまで。決闘はここでおしまいよ」
あたしが無い知恵を絞り、この場を納めようと考えていた時、今まで見ていたラプラタ様が手を数回叩き、エミリアと三人の間に割って入る。
ラプラタ様の登場と共に、三人は詠唱を止め、付き人二人は物足りなさそうな表情をしながら入り口の方へゆっくりと歩いていく。
フロレンスさんは、一度だけエミリアを恨めしそうに睨みつけると、野次馬に自身の苛立ちをぶつけながら、先を歩く二人を追い抜いてどこかへ行ってしまった。
こうして上位ランカーの戦いは、エミリアの圧勝という形で終わった。
群れをなしていた傍観者たちは、二人の戦いが終わると各々他愛の無い会話や、この決闘の感想を言いながら修練場から離れていき、あっという間にあたしとエミリア、そしてラプラタ様だけとなってしまった。
「エミリア! 無事でよかった」
「ふう、心配かけてごめんね」
エミリアは大きく一息つき、数秒ほどまぶたを閉じた後に見開きあたしの方を向く。
今まで戦っていた時のような冷たく痛いまなざしではなく、いつもの穏やかで暖かい笑顔に戻っていた。
「でも凄い魔術だったなあ、で、でぃばいなんとかかんとか?」
「そうでもないよ、でもありがとね。ふふ」
戦闘中のきりっとした姿もさまになってたけど、やっぱり笑ってるほうが素敵だよなあ。
シャロンじゃないけども、あたしが男の子だったら好きになっちゃうかも!
だって、おんなじ女の子なのに、こんなに胸がきゅんきゅんしちゃってるんだからね。
「そうだ、ちょっと用事があるんだけれども、今から私の部屋にきてもらってもいいかな?」
「うんー」
いったいなんだろ?
何かあるのかな?
もしかして、二人っきり!
いやあん、エミリアとふたりきりなんて!
「ラプラタ様もお願いします」
だよね。何を期待しているのやら……、あはは。