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どん色の女騎士と、輝色の女魔術師  作者: いのれん
第五部「神葬編」
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第八十二話 壊す悦楽に酔う原初なる女神

「近衛兵はゲヘナへ戻り、住民の避難をお願いします。お父様、お母様を守ってあげてください。シュウちゃん、エミリアは戦闘の準備を!」

 あたしが酷い寒気に襲われている時、いち早くラプラタ様の号令により、各々は与えられた役割を果たそうと動き出す。

 たぶん、全員が女神を見て全く動けなかったと思う。

 それなのにラプラタ様だけいち早く我に返る事が出来た、流石だよね。頼もしさは健在だね。

 それともお母様が戻ってきたから、余計に張り切っているのかな?


「うーん……。どっかであったかな?」

 今まであたしを無言で見ていた女神は、今度はエミリアの方を向くと首をかしげて考え始める。

 確か、エミリアの前世で天使だった時に戦った事があるんだっけか。

 しかし当の本人であるエミリアは杖を握り締めたまま、険しい表情で相手を見つめ続けたままだ。


「まあいいや、みんな死んじゃえー! 混沌なる主の力……」

 少しの時間考えた女神は思い出せなかったのかどうでもよくなったのか、満面の笑みを浮かべながら両手を勢いよく広げて詠唱を始めるが……。


「寝てたせいで忘れちゃった。えへへ。どうすればいいんだっけか」

 女神は手を下げ、自身の長い髪を指先で絡ませながら照れ笑いをした。

 うぐぐ、何その出落ち。

 何だかペースが掴めないし、やりにくいなあ。

 見た目可愛いし、あんなおとぼけな事されたら緊張感ぜっんぜんないよ!

 破滅の女神って言うくらいだから、一瞬で消し炭にされるくらいは覚悟してたのに。

 じ、実は長らく封印されていたせいで力が弱くなって……とか?


「思い出したっ! 混沌なる主の力、命ある者に終幕を、形ある者に終末を与えん、ライトアンドダーク・エクスターミネーションっ!」

 何かを閃いた女神は、再び手を広げて詠唱をすると、六枚の翼から白と黒の光り輝く球体が現れる。

 球体は瞬く間に形状を変化させ、鋭く槍状にその形を変えた後、あたし達へと飛ばしてきた。

 いち早く動けたラプラタ様と魔王の二人は、残った四人の盾になる様に魔術を発動させ障壁を築く。


「きゃあ!」

「くっ!」

 障壁により女神からの攻撃は逸れ、あらぬ方向へと飛んでいってしまったが障壁は粉々に砕け散り、ラプラタ様と魔王は悲鳴と共に後方へ大きく吹き飛ばされてしまった。

 魔王とその娘の多分全力であろう術を、軽々と破壊してしまうなんて。


「ああ、その声。久しぶりに聞いたけどすっごい気持ちいい……」

 人が苦しんでいる姿を見て、体を震わせ心地良さそうにしている。

 な、なんなのあの子。おかしいよ、狂っている。


「黒檀なる悪夢の解禁!」

 彼女を知れば知るほど、だんだん全身が寒くなっていくような気がしたあたしは、弱気になろうとしている心を振り払うため、再び悪魔へと変身をする。

 あれ、でもこの姿って封印した時と違うよ?

 あっちの方が強いはずなのに、なんでどうして!?


「偽りを破壊し、混沌を断ち切る千の剣。破邪の神光、サウザウドライトスラッシャー!」

 あたしが戸惑っている中、背後からエミリアの声が聞こえる。

 そちらを振り向くと、詠唱を終えたエミリアの背後の、無数に光り輝く剣が現れ、それらはまるで一つ一つが意思を持っているかのように、破滅の女神へと変則的な動きをしながら襲い掛かる。


「混沌を断ち切る? 偽りを破壊? 何言ってるの?」

 しかし女神は不敵な笑みを浮かべたまま、エミリアの放った剣の雨を、自身の六枚の翼で次々と弾き返してしまう。

 周囲は粉々になった光の剣の破片が、虚しくきらめいている。


「大いなる光の力は慟哭を超え絶対不変なる絶望と苦痛を汝に与えん。滅亡の破光、カタストロフィ!」

 それでもエミリアは怯むことなく、かつてヘンタイ天使を追い払った天空術を女神に向けて解き放つ。

 眩く輝く光のエネルギー球体は、地上に居る女神を圧殺せん勢いで落ちる。


 だが、女神は眉一つ動かさず、迫り来る光の力を真っ直ぐ見つめながら、再び口ずさむ。


「混沌なる主の力は絶対不変なる絶望をも超え、果て無き(うつろ)へと汝を誘わん。カオスファイナリティ!」

 両手をエネルギー体が迫る方向へ向けて術の詠唱のした後、エミリアの放った光のエネルギーとはまるで対の、真っ黒な闇のエネルギーの塊を生成し解き放つ。

 やがて女神の放った邪悪な黒い力とエミリアの放った清廉な白い力が衝突すると、互いは相殺し押し合う。


 す、すごい……。

 悪魔化して強くなったけれども、まるであたしじゃ手が出ない。

 二人で力をあわせないと勝てないって言ってたけれども、何だかいい勝負かも?


 そう思った矢先。

 女神の放った黒い力が、ゆっくりとエミリアの放った光の力を飲み込み始めた。


「くっ、ううっ……」

 それと同時にエミリアの顔が除々に歪み、苦しみに満ちていく事に気づく。

 まさか、わざと拮抗させていたの?


「そう、その表情。たまらないなあ。はぁ、はぁ、凄くいい……」

 エミリアの表情とは逆に、女神はびくりびくりと体を震わせる。

 興奮しているせいか、息遣いは荒い。


「朽ち果てちゃえ!」

「きゃあっ!」

 女神が一声かけ、開いていた手をぐっと握ると同時に闇の力は一瞬のうちに大きく膨張し、大爆発を引き起こす。

 爆発はエミリアの放った光の力と本人を巻き込み、恐らく強大な力に巻き込まれたエミリアは、ぐったりとしたまま地上へと落下していく。


「エミリア!」

 まずい、このままじゃ頭から落ちて大変な事になっちゃう。

 でも、あたしが走っても間に合わないし、ううう……。

 あ、そうだ!


「時と停滞のルーンを組み合わせ、上級刻印術タイムフリーズ発動! 時間よ止まれええ!」

 以前に使った、少しだけど時間を止める刻印術を発動させる。

 発動した瞬間、あたし以外のすべてが女神も含め、まるで絵のようにぴたりと動きを止める。それと同時に酷い眩暈と吐き気に襲われた。

 うぐぐ、やっぱり気持ち悪い。早く助けないと。


 あたしはふらふらになりながら、エミリアが落下する場所へ急いで向かう。

 い、いそがないと、ううっ。

 目の前がぐらぐらと揺れ、かすんできた……。も、もう限界!


「いたいっ!」

 何とかぎりぎりのところであたしは滑り込み、見事その上をエミリアが落下してくる。どうやらあたしを下敷きにして頭と地面が激突するのは免れたみたい。

 あたしはすっごい気分悪いし痛いけれども、エミリアが無事ならよかった……。ふう。


「ごめんね、シュウ。無理させちゃったね」

 気がついたエミリアは、よろめきながらあたしの上から降りて、その場で座って無理やりの笑顔を見せてくれる。

 自分がこんなにぼろぼろになっても、あたしの事心配してくれてるなんて。

 こっちこそごめんね。何も出来なくって、ただただ怖くって臆病になってて……。


「ねえあなた。大したことなさそうだからほっといたけれど、実は凄い速く動けるの? 私でも全く見えなかったんだよ?」

 女神はあたしが時間を止めた事には気づかず、多分凄い速度でエミリアを救出したのだと勘違いしているようだ。

 普通は時間を操れるなんて気づかないよね。そう簡単に気づかれても困るけども!

 それでも、神である自身すら捉えられない事が納得いかないらしく、首をかしげてこちらに問いかけてくる。


「なんかめんどくさそうだから、あなたから壊しちゃお!」

 考えてもあたしに聞いても答えが見つからないと悟った女神は、今までの悩んでいた表情から一転、無邪気な死刑宣告をあたしへと下してくる。

 正直、あの子に太刀打ち出来るとも思えないけれど。

 ううん、弱気になっちゃ駄目だ。

 ここであたしがひけば、確実にエミリアの命は奪われてしまう。

 それだけは!

 絶対にそれだけはさせないんだ!


 そう決意した瞬間、女神は白い残像を残しながらこちらへと凄まじい速度で迫ってくる。

 そして手をあたしの胸へと突きたてようとしてきた。


「そんな簡単にはやられないんだから!」

 ぎりぎりだった……。

 少しでも目を逸らしていたら、あたしの心臓は一突きにされていた。

 寸でのところであたしは剣を抜き、女神の攻撃を受け止める事に成功したのだ。

 しかし、あたしが振るった剣は女神がしっかり握り締めているせいで押すことも引く事も出来ず、小刻みに震えている。

 こんなに力を入れているのに、どうして動かないの!

 あんなに女神の腕は細いのに、どうしてそんな力があるの!

 理不尽だ、ありえないよ!


「やっぱり大した事ないや、変な子。さっさと死んじゃえー」

 女神はもう片方の空いている手で、再びあたしの急所を貫こうとしてくるが。


「あんまりあたしを馬鹿にしないで! 火と爆裂、衝撃と増幅のルーンを剣に付与、奥義バスターリザーブレイカー!」

 攻撃に転じたせいか、女神が握り締めている手が僅かに緩んだ事に気づいたあたしは、剣に刻印術の力を付与し、勢いよく引く。

 すると、火花と爆風と赤褐色の煙と伴った爆発が発生し、女神を後方へ大きく吹き飛ばす事に成功した。


「あなた、本当は強いじゃない。見くびってたよ」

 女神の手からあがっていた煙が消えると、手首から先がまるで枯れ木のようにぼろぼろと朽ちて無くなっている事にあたしは気づく。

 も、もしかして攻撃が効いたの?

 

「でもね、知ってるの。あなたが凄いいい声出してくれるって」

 壊された腕をまじまじと眺めながら、気味の悪い言葉をあたしに伝えると、腕は瞬時に再生し元通りに戻ってしまう。


「混沌なる主の力、激烈なる苦痛の火炎で魂を灰にせん。フォトンバーンダウン!」

 腕が治ると同時に、女神の術の詠唱が終わると、あたしが立っていた足元から赤熱の火炎が噴出し、あたしの全身を飲み込む。


「うわああああ! あぐっ……、い、痛いぃ……」

 いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい……、うぐぐううう……。

 なにこれ、うう、全身が痛い。凄く痛いよう。

 はぁはぁ、いたいいたい。ぐううううう……。


 だ、だめえ。相手を見なきゃ、痛がってちゃ駄目だ、殺される!

 それでもあたしは酷い苦痛の中、敵である女神を次なる攻撃にそなえようと、顔をあげて目を再び開けるが。

 しかし視界にあったのは、あまりも異様かつ異常で狂った行動だった。


「はあぁ、ああっ、凄く気持ちいいの、いっぱい感じちゃう……っ」

 女神の息づかいはさらに荒く、口から漏れる唾液を拭う事もせず、恍惚な表情をしながら何度も体をびくつかせる。

 そして彼女の足元には、無色透明の液体が水溜りなっていた。

 な、なにあれ。おもらししてるの?

 ドレスのおまたの部分が染みになっているし、まさかあたしが苦しんでいるのを見て興奮したから……?


 ば、ばけものだ。あたしじゃ、勝てない……。

 たぶんエミリアでも無理。全員、殺されてしまう!


 この瞬間、敗北を確信したあたしは体と心の底から冷たくなった。

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