第八十一話 目覚め、解き放たれ、そして蘇る
正直、封印される事が解ってから覚悟を決めていた。
あたしが本当の姿になった時、ラプラタ様の真意も同時に理解出来てた……半ばさせられたんだけれども。
まあともかく、後から救出されるから死ぬ事は無いにしろ、自分が自分で無くなったりとかそういうのを予想していたんだけれども。
大いなる厄災の封印の一部になったその後、たどり着いた場所は……。
緑の原っぱが広がり、心地よい風が吹く平原だった。
もっと封印中は苦しくて苦痛に耐え続けるとか、ずっと眠っているとかそういうの想像してたよ!
今までだって予想外の事たくさんあったけれども、こんな斜め上な事ってあるの!?
「それで、そのきらきら星亭にあるイチゴパフェがすんごくおいしいんです!」
「ほうほう……、地上は今そんな物が流行っているのかね?」
「わたくしもイチゴパフェとやらを食べてみたいですわ」
そしてあたしは既にこの居心地にいい場所にいる、あごひげが生えている全身しわだらけの年老いた悪魔と、この場所のように穏やかな眼差しをしたすんごい美人で巨乳な悪魔に地上の様子を聞かれ、とりあえず思いついた事を話している。
どうやら二人もあたしと同じ様に、かなり昔に封印されてしまったみたい。
「って違う違う、そんな話をしてる場合じゃない。ここってどこなんですか!」
「どこって、大いなる厄災の封印の一部だが」
そんな真顔で返されても。
いや、その通りなんですが……。
「もっとこう禍々しいというか、恐ろしいというか、そういうのを覚悟していたんですけども」
「この封印の魔術を作ったのは私だからね、長く居る事は解っていたし辛いの嫌だから、可能な限り快適にさせてもらったよ」
そ、そんな事出来るのね。随分器用な悪魔さんだ。
うーん、何だか掴めないというか、よく解らない人だなあ。
「驚くのも無理はないですね。じゃあ私達の正体を聞いたらもっと驚くかも?」
二人の悪魔の正体。
実はそこに関しては知っていた。
「ラプラタ様のお爺様と、お母様ですよね?」
「ほう。よく知っているな!」
「まあ、わたくしそんなに有名なのですね」
二人の悪魔は、あたしの意外な回答を嬉しさと驚きを交えながら聞く。
なんだろう。こんな状態なのに、緊張感が全く無いというか、危機感が無いというか。
「えっと、ラプラタ様はこの封印を解除し二人を解放しようとしています」
あたしは、今まで起こった事とこれから起こる事を二人に話していく。
あの人はずっと本当の気持ちを隠し続けてきた。
それはあたしやエミリアに対しても例外じゃなかった。
エミリア、怒ってるだろうなあ。
ラプラタ様と喧嘩していなきゃいいけども……。
話が終わり、自分の一番大切な人の事を気にしていると、今まで全く動じず自分のペースを貫いてきた二人の顔色がようやく変わる。
「封印を解くって事は、どういう事になるか解っているのかね?」
「あの子は賢い子だから、何の考えも無いわけでは無いと思うのですが……」
やはりこの二人でも破滅の女神の封印を解くのは賛成しないみたい。
こんだけ厳重な管理しているわけだから、危険なのはあたしでも解るんだけどね。
「あたしも詳しい事は良く解らないんですけども、光と闇の力をぶつける天空術で対抗するってラプラタ様が言ってました」
唯一の打開策であろう作戦を自分が理解した範囲内で二人に伝えると、ラプラタ様のお爺様が自身の顎を撫でながら、興味深そうに頷き話し出す。
「メギドの滅光ハイブレイクだね。ミカエルの切り札であり、彼女にしか扱えない禁断の天空術だ」
「それですそれです! さすが詳しい……」
曖昧だった部分を補完してくれた事が、ちょっと嬉しくってあたしは自分でも知らないうちに喜んでいたが、お爺様は相変わらず渋い表情のまま再び口を開く。
「破滅の女神も、光と闇の力を併用してくるんだけどね。ラプラタはそこまで知っているのだろうか」
「大丈夫。義父様の血と私の血を継いだ子ですもの。きっと成果をあげますわ」
そんなお爺様を諭すように、お母様が何の迷いも淀みも無い笑顔で答える。
優しい表情だなあ。何だか胸の中がほっこりしちゃう。
そういえば騎士になってから全然実家に帰ってないや。
うーん、悪魔になりましたなんて言ったらどんな反応が返ってくるんだろ。
で、でもランク一の騎士になったからお父さんは喜ぶかも?
……無事に地上へ戻ってこれたら一度は帰ろう。うん、そうしよう。
「うわああ、何この揺れ!?」
二人のやり取りがきっかけで、あたしの家族について思いを募らせている時、今まで静かだった平原が大きく激しく揺れだしてあたしは思わず倒れてしまった。
「どうやら語らいの時間は終わりらしい。簡潔に言うと、封印が破壊されようとしている」
大きな揺れに動じる事無く、二人は静かな表情のまま立ちあたしに説明してくれたけれども。
なんでこの揺れでそんな平然としていられるの!
で、でも封印が破壊されるって事は、ついにラプラタ様はやったのかな?
無事に計画が進んだみたいだね。
「ひいいいっ! な、なに! なんであたしどうなっちゃったの!?」
ラプラタ様の計画成就に安堵した時、あたしの胸の谷間が大きく輝き、強い光が漏れ出す。
痛くもかゆくもないんだけれども。な、なによこれ!
「ほう、この子に封印を破壊する”鍵”を忍ばせていたのか。従順に振る舞いながらここまでやるとは、息子より有能かもしれないな」
あたしがどんなに慌てても、お爺様はまるで気にせず漏れている光をまじまじ見つめながら独り言を言う。
あの、解釈してくれるのはいいんですけれども、あたしはどうなっちゃうの。
「では行こうか。数千年ぶりの魔界に」
「はい」
まるで舞踏会で紳士が淑女と手を取り踊りだす時のように、お爺様が手を差し伸べると、お母様はそっとその手を握り笑顔のまま二人は空いた手で私の光が漏れる胸へと触れると、光が強くなっていく。
ど、どうなってしまうの!?
ま、眩しい……!
「シュウ! 良かった……、本当に良かった……」
目も眩む程の光が収まると、あたしは何故か天使姿のエミリアに抱きつかれている事に気づく。
どうやら封印は解けて、あたしはこの世界に戻ってこれたみたいだね。
あれ、変身も解けて人間の姿に戻っているや。
エミリアはあたしが戻ってきた事を泣きながら喜んでくれている。
「駄目だよ? 私を一人にしちゃ嫌なんだから」
「う、うん。ごめんねエミリア」
今まで泣いていたエミリアは、濡れた瞳のままあたしの方を向き強い口調で今度は怒り出す。
こんなに弱気になっているの、いつぞやのヘンタイ天使の時以来だっけか。
慣れていない態度に、あたしは思わずどぎまぎしてしまい、多少戸惑いながらエミリアの頭を何度も撫でて答えた。
「約束して、ずっと私の側に居るって」
「うん。約束するよ」
ごめんねエミリア。
でももう大丈夫だよ。
もうずっとあなたの側からは離れないから。
あたしが死ぬまでずっと一緒に居る事を約束するから。
大好きな人にあたしの真剣な思いを伝えると、無意識のうちにあたしはエミリアの唇を奪っていた。
「お母様! ようやく……、ようやく会う事が出来た。ずっと、あなたに会いたかった!」
「ふふ、ラプラタは甘えん坊さんね」
どうやらあっちも再会を喜んでいるみたい。
そして今気がついたんだ。
ラプラタ様はずっと強い振りをしていたという事に。
本当はお母様に会いたくて会いたくて仕方が無かったという事に。
「さて、感動の再会はそこまでだ。奴が目覚めるぞ!」
そんな甘くて穏やかなひと時は、あっけなく終わりを告げる。
お爺様は今までに無い大声で、ここにいる全員に注意を促す。
あたしはその声の後、封印されていた破滅の女神の方を向く。
彼女の周囲に回っていた黒い灰のような物体は、いつの間にか消えてなくなっており、純白の景色は亀裂が入り、ガシャリと音をたてて崩れていき、暗い魔界の風景へと戻っていく。
それと同時に女神の今まで閉じていた目はゆっくりと開いていき、虚ろに煌く琥珀色の瞳であたし達を見つめる。
目が合った時、エミリアとの久しぶりのイチャイチャで温まった心も一瞬で凍てついてしまいそうな程の寒気を、全身に感じてしまう。
「ふわぁ~、よく寝た。さてと、全部壊しちゃおう♪」
遂に来る、最凶最悪の存在が……!




