第七十八話 封印された暴威、かけがえの無い人、大切な思い
「まさか、破滅の女神が生きていたなんて……」
「そうです。あなたの時代で世界を破滅へ追い込もうとした存在が、蘇ろうとしているのです」
私の側に居た女悪魔をふと見る。
彼女の整った顔は、不安と憂いの色に満ちていた。
破滅の女神。
天使達が住まう世界、天界で起きた反乱の首謀者が、己の野望の為に目覚めさせた破壊の権化。
その力は圧倒的で、私の全ての力を以っても逃げる事しか出来なかった。
女神は首謀者の手で引き起こされた、地上の全てを一部の例外も無く浄化すると言われる洪水に巻き込まれ、死んだはずだと思っていたのに。
今、目の前にはまるで眠っているかのように目を閉じ動かずにいる破滅の女神がいる。
正直、信じたくは無かった。
目の前の光景を見て私は、ただ恐怖を感じていた。
「封印をすれば良いのですね?」
「ええ、あなた様しか出来ないのです」
「解りました」
彼女を倒す事は不可能、ならばこの女悪魔の言うとおりに封印をして二度と目覚めさせなくすれば……。
私は破滅の女神がいる場所へ手をかざし、ゆっくりと力を送る。
すると宙に浮いたまま眠っている女神の周りに、まるでガラスを粉々に砕いたような光輝く物が彼女を中心に回りだす。
多少の気だるさはあったけれど、さほど力は使っていないのか、封印の儀式を難なくこなす事は出来た。
けれども、どうしてだろう?
何か引っかかるというか、釈然としないものがあるというか。
自分でも解るほど不快感を抱いていた。
私が目覚めた時、既にこの破滅の女神が封じられた場所に居た。
天界で大切なあの子と共に過ごし、そして各々の使命の為に無理矢理天界から地上へ来て、その時に記憶を失ってしまった所までは覚えている。
じゃあ今まで何をしていたのか?
どうして私が目覚めたのか?
何故ここにいるのか?
私自身の姿にも疑問があった。
髪も本来の栗色ではなく明るい金髪になっているし、多少目線が低くなったような、全体的に少し幼くなったような気がしなくもない。
この姿である意味と理由は?
もしかして、地上へ墜ちた影響なの?
何もかもが思い出そうとしても思い出せずにいる事が、この不快感の原因である事しか解らなかった。
「封印の儀式は終わりました。ありがとうございます」
そして目覚めた時に私はここへ至る経緯を知らないまま、破滅の女神の封印をする様にと女悪魔から言われたのである。
この女悪魔は、過去に私が戦った凶悪で凶暴な力を持っている者達とも違い、敵意や悪意を感じる事も無く、あの女神を封印出来る機会はもう無いだろうと思い、余り深く考えず協力してしまった。
でもこれで地上は平和になるのね。良かった。
だがしかし、約束された平和に安堵していた時、ふと気がつくと私の腕には琥珀色の腕輪がつけられてしまう。
「これは……、どういう事です?」
この腕輪が、天使の力を封じる役目を持っている事は解っている。
物事を考えすぎていたせいなのか、はたまた敵意が無かったせいなのか、それとも破滅の女神の封印に成功し油断したせいなのか。
私が気づいた時は、既にはめられた後だった。
「乱暴な事をするつもりはありません。ですがあなた様を自由の身にする事も出来ません」
どうしてこんな事をするのだろう?
解らない、私の自由を奪って彼女は何をする気なのか?
勿論、今も敵意は全く感じられないが、表情は真剣そのものだ。
「何を、考えているのです?」
「それも答えられません。こちらへ着いて来て下さい。重ねて申し上げます、決して乱暴な事はしません」
理由は解らない、でも力を封じられてしまったのは事実。こうなってしまっては私の力でどうする事出来ない。
気だるさが多少残る体のまま、何か心当たりが無いか考えつつ、女悪魔の後をついていく事にする。
……あれからどのくらい経っただろうか。
あの後、この建物の一室に軟禁されてしまう。
脱出を試みようとするが外れない腕輪のせいで天空術を使う事も出来ず、ここがどこなのか全く解らず、隙の無い厳重な警備という事もあり、ことごとく失敗してしまう。
しかし失敗しても何かされるわけでもなく、例の私をこんな目にあわせた女悪魔が直々に現れて注意するだけであった。
しかもここを出る事と、私が捕らわれの身になった経緯を知る以外の願いは叶えてくれるのである。
退屈だから本を読みたいと言われれば、読みきれないほどの本を持ってきてくれたり、日光浴をしたいと言えば一時的に外出も許された。
もちろん、その時に逃げようと試みて失敗してしまったけれども……。
一体、何がしたいのだろう?
何故こんな境遇におかれてしまったのか、そして私が目覚めるまでの空白の記憶。
駄目、解らない事が多すぎる。
どんなに考えても自身を納得させる答えを見つける事が出来ず、私は悶々としながらも退屈な日々を無為に消化し続けていった。
ひょっとしたらこのままずっとここにいる事になってしまうのでは?
でもそれによって誰が得をするのだろうか?
周りを見た感じ、恐らくここは魔界のどこかなのだろうけれども、年月は相当経っているような気はする。
……駄目、やっぱり解らない。情報が少なすぎる。
ああ、セレーネ。あなたは無事でいるだろうか?
様々な思いがよぎり、何の打開策も出せずにいる自身の胸中に不安が芽生え始めた時。
「……何か、私に御用ですか?」
私が退屈と胸のもやもやを凌ぐため、そして外界の情報を少しでも得るために本を読んでいた時、何の前触れも無く私を軟禁した女悪魔が目の前に現れる。
しかしいつもの余裕そうな表情とは少し違い、何だか焦っているようだ。
何が起こるのかしら……。




