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どん色の女騎士と、輝色の女魔術師  作者: いのれん
第五部「神葬編」
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第七十六話 魔王

 ごごごっと、まるで唸り声のような音をたてながら扉は開いていく。

 いよいよだね。何だかどきどきしちゃうよ。


 開ききるとラプラタ様を先頭に、あたしとエミリアは部屋の中へと恐る恐る入る。

 気がつくとエミリアの手を握っていたのは、やっぱり不安だからなのかな?

 魔王って言ったってラプラタ様のお父さんなわけだし、別に危険な事なんて無いのに。


 部屋の中は煌びやかだった街やうす暗かったエントランスとは違い、たいまつの明かりが室内をほんわかと照らす。

 そして部屋の奥にある豪華な椅子に鎮座している、黒色の生地に縁を金で刺繍したローブを羽織った初老の男性は、扉が開ききるとその不機嫌な表情でこちらをじっと見てきた。

 あれが魔王……なんだよね?

 めっちゃ怖い顔してこっちみてるよ!

 何か失礼な事したっけかな。うーんうーん。

 あ、入るときに挨拶していなかったや……。

 ひー、あれだけ粗相がないようにって言われていたのにー!


「お父様、ただいま戻りました」

「おおお! 我が愛娘のラプラタよー! パパは会いたかったぞ!」

 今までの強張った表情から一変させ、娘の帰りを喜ぶ父親の顔となった初老の男性は、ラプラタ様へ勢いよく抱きつき、頬をすりすりとラプラタ様の顔へ押し付けてくる。


「おやめ下さい。もう私はそんな年齢ではないのですよ?」

「それが地上での格好か? 似合っているぞ。ますます美人になって、若い頃のママにそっくりだな!」

 ラプラタ様は摺り寄せる顔を無理やり押しのけてお互いの距離をとる事には成功したが、全く話を聞いていないせいか、お互いの会話はかみ合っていない事実からは離れられずにいる。


「仲良さそうでよかったね」

「う、うん。そうだね……」

 二人の邪魔をするのも悪いかなと思い、エミリアはただ笑顔で傍観し、あたしはエミリアの言葉に返答をするが、苦笑いのまま呆然としてしまう。

 な、なんだか拍子抜けしちゃったかも。

 あんなに怖い顔してるんだもの、無礼者!って一喝されて牢獄へ叩き込まれるとか考えちゃった。


「環と柱が見ていますよ。それくらいにした方が良いのでは?」

「うん? ああ、来客がいたのかい」

 愛しの娘以外の他の誰かがいる事を告げると、無理矢理くっつこうとしていた魔王はため息を大きく一つつくと、ようやくラプラタ様から離れて玉座に腰を落とし、あたし達の方へ視線を向ける。


「ようこそ我が城パンデモニウムへ。君たちの話はラプラタから聞いている」

 ラプラタ様と話していた時のような、容姿に似つかわしくないくらいの甲高い声からは想像もつかない程、お腹に底が響くような深みと重みのある声で私達の来訪を喜ぶ。


「さて環と柱よ。まずは君たちが来てくれた事を喜び、祝杯でもあげようかと思うのだが……」

「た、大変です国王!」

 魔王が話している最中、扉の方から慌しい声が響く。

 あたしがそちらを振り向くと、焦りの色を隠せずにいる城内の兵士であろう悪魔が息を切らせ、ふらふらになりながら膝を折り報告し始めた。

 何かあったのかな?


「大いなる厄災の封印が、解けてしまいます!」

 えええ!?

 あたし達が来ていきなりなの!?

 ま、まだ心の準備が出来てないのに。

 というか、後三年とか二年とか言ってたのにどうして?


「何だと!? まだ僅かだが猶予はあるはず! 何故今解ける?」

「わ、解りません。ですかこのままでは……!」

 予定外の事だったらしく、今まで落ち着きを見せていた魔王の顔に余裕が無くなる。

 魔王の突然の問いかけと、一刻を争う出来事に兵士はただただ狼狽し、自分が何も知らない事を告げるのも精一杯のようだ。


「来てすぐに申し訳ないが、早速環と柱には働いて貰う。こちらへ着いて来なさい」

 立ち上がり、いそいそと早歩きのまま謁見の間の奥にある扉へと向かう。

 あたしとエミリア、ラプラタ様もそんな魔王の後ろについていく。

 どうなっちゃうんだろうあたし。


 そんな感じで自分のこれからを考えつつ、魔王城の奥へ奥へと続くであろう道を進み続ける。

 大いなる厄災、破滅の女神って言うくらいだから、今まであたしが戦ってきた相手なんかとは比べものにならなかいんだよねえ。

 火竜の国の王様、ヘンタイ天使、リトリアに憑いていた大悪魔、もう一人の自分。

 今考えれば、全員人じゃなくって怖くて恐ろしくて、最初対峙した時は勝てる気しなかったり、実際負けたりもしたけれども。

 今までだってエミリアが危なくって負けられないけれど、今回は負けたらエミリアどころか世界全部が終わりになっちゃうんだよね?

 どん色騎士だって散々馬鹿にされて、騎士団を抜けるように勧められていたあたしが世界を救う戦士だなんて、何の冗談なの。

 悪い夢でも見ているのかな。突然目が覚めると、いつもの底辺騎士の生活に戻ったり。

 そして他の騎士からは馬鹿にされて、つかいっぱしりな仕事しか来なくって……。


「この魔法陣の上に乗り、転送された先に大いなる厄災が封じられている」

 そう言われて見た先は、金色の装飾が豪華な鎧を身に纏った兵士複数体によって守られた、白く光る魔法陣があった。


「いこっか」

「うん!」

 そうだよ、これは夢なんかじゃないんだ。今あたしは世界を救う戦いをしようとしている。

 今も割り切れない部分はあるし、とっても不安だし怖いけれども、あたしとエミリアにしか出来ないんだよね。

 エミリアだって不安なはずなのに、しっかりと腰を据えて立ち向かおうとしているんだもの。

 頑張らなきゃ、絶対に負けられない。


 唾を飲み込み、大きく息を吸って不安と緊張に押しつぶされそうな自分を奮い立たせると、エミリアの手をぎゅっと握り、あたしは魔法陣の中へと飛び込む。



 移動した先、これからあたしとエミリアの戦う相手がいる場所。

 今までの魔界の雰囲気とはまるで違う、何だか自分も白くなったように錯覚してしまう程、少しの曇りも汚れもない真っ白な背景。

 それと同じく、着ているドレスも髪の色も、整った顔も肌も、背中の六枚の翼も何もかも純白の女の子が、この空間の中心に宙に浮いたまま目を閉じて動かずにいるが、それとは逆に真っ黒な灰のような物体が複数個、女の子を中心に円を描いてそれぞればらばらの速さで周回している。


「本当に……生きていたんですね」

 純白の女の子の姿を見た瞬間、エミリアの握っていた手は酷く震え、顔は不安で満ちてしまう。

 じゃああれが、大いなる厄災って事なの?

 全部真っ白って事以外、すっごい可愛い女の子にしか見えないけれども。

 でも何だろう。

 あの子を見た時から酷く胸の中がざわつくというか、もやもやするというか変な気持ち。


「普通の人間や力の弱い悪魔なら、見ただけで精神崩壊し廃人になってしまうか、魅了され狂信してしまうけれど流石は二人ね、平静を保っていられる」

 ラプラタ様の言葉を聞いてあたしは、ぎょっとなりつつ半歩ほど後ろへ下がってしまう。

 ひええ、そんな危険だったんだ。こわこわ……。


「シュウちゃん、エミリア、お願いね」

「はい」

「はい!」

 ラプラタ様は自身の父親との会話を終えると、あたしとエミリアの方を向き、こちらの緊張を察してか笑顔でこの世界の行く末を預けようとする。

 いよいよだよね。あたしは何があっても倒れないし、負けない。

 エミリアと一緒に戦って、大いなる厄災をやっつけて……。


「ごめんなさい。シュウちゃん」

 その言葉を聞いたのは、あたしが破滅の女神のところへ歩こうと、ラプラタ様に背を向けた瞬間だった。

 どうして謝るのかと、振り向こうとした時。


「黒檀なる悪夢を超え無限の闇開花する時、その身に宿りし真なる魔王の力蘇らん」

 な、なにこれ。どういう事なの?

 う、うごか……ない。

 二言目に放った言葉を聞いたあたしは、体が硬直し全く動けなくなってしまった。

 それと同時に頭の中から言葉が浮かび上がり、それを言えずにいられなくなってしまい。


神を封じる漆黒(ラストトランス・シ)の存在への転生(ール・オブ・ピラー)

 自分でも何が何だか解らないまま、欲望のままに言葉を紡ぐと今まで真っ白だった世界が急に真っ暗になってしまった。

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