第七十五話 故郷への帰還
八日が経ち、約束の日。
今日はラプラタ様のお父さんであり、魔王と呼ばれる存在に出会う日だ。
あたしは城内のエントランスで、エミリアと合流すると魔王はどんな風体なのか、居る場所はどんなところなのか、これからの事をいろいろと話しつつラプラタ様の執務室へ向かう。
そして集合場所である執務室内へと到着すると、真剣な面持ちのラプラタ様が待っていた。
「揃ったみたいね。準備は出来たかしら?」
ラプラタ様の問いかけに無言のまま頷いた後、ふとあたしは手を胸に当てている事に気づく。
何だろうこの気持ち。なんだかざわざわとする気分。
初対面の人に出会うってだけなのに、どうしてだろ?
「今更こんな事を確認のもあなた達には失礼になるけれど、くれぐれも粗相のない様にね」
「は、はい」
緊張しているせいかな、言葉が詰まってしまい上手く喋れない。
うーん、何だか変な気分。
「大丈夫だよ。私がついているからね」
そんなあたしの不安を察してか、エミリアが手をぎゅっと優しく握り、励ましの言葉をかけてくれる。
そうだよね。エミリアがいるんだよね。
あたしは一人じゃないんだ、だから大丈夫なんだ。
「うん。ありがとうエミリア」
「ふふ」
弱気になっていたあたしを支えてくれた大事な人に対し、少し照れくささを感じながらもお礼の言葉で返すと、エミリアはいつもの優しい笑顔を見せてくれた。
ずっとこの笑顔に支えられてきた。きっとこれからもあたしを支えてくれる。
だからあたしはエミリアを守るんだ。エミリアの悲しむ顔なんて見たくない。
「さあ、行くわよ」
ラプラタ様は目を閉じて魔術の詠唱を始めると、執務室の何も無い場所に赤い光の粒が集まり、やがてそれは人一人通れそうな楕円形状になる。
あたしはいったんエミリアの手を離し、悪魔の姿へ変身した後に息を大きく一つ飲み込み、ゆっくりと光り輝く魔界へ通じる道へと入る。
ラプラタ様が出した魔界へ通じる道を潜り、到着して見た風景。それは……。
「うわあ綺麗……。ここがラプラタ様の故郷ですよね?」
「きらきらしているね、何だか幻想的かも」
良い意味であたしの予想を裏切ったものだった。
「そうね。ここが私の故郷、不滅の都ゲヘナよ」
街中の建物や空の色は暗く重々しいけれど、魔術で生成されたであろう明かりがまるで無数の宝石を散りばめたように溢れていて、年老いた悪魔がのんびりと買い物をしている様子や幼い悪魔達がじゃれあって遊ぶ姿が見える。ひょっとしたら風精の国よりも賑やかもしれない。
魔界の街って言うから、もっと冷たくて殺伐としているものだと思っていたのに。
エミリアも意外そうな顔をしているから、あたしと同じ事を思っているのかもしれない。
「あー! ラプラタ様だー! おかえりなさいっ!」
「ただいま。お出迎えかしら。ありがとうね」
今までじゃれあっていた悪魔の女の子がこちらの様子に気づき、今度はラプラタ様へと勢いよく抱きついてくる。ラプラタ様はいつもの笑顔のまま、抱きついてきた女の子の頭を優しく撫でた。
その声に反応したのか、街中の人々がラプラタ様のところへ集まっていき、街の入り口に人だかりが出来てしまう。
魔王の娘って事は、お姫様って事だからそりゃあ人気あるよねえ。
「しかし珍しい客人ですな。天使なんて見たのは……数千、数万年ぶりですぞ」
人だかりはラプラタ様の出迎えがひと段落すると、今度は天使であるエミリアを取り囲む。
人々の好奇で興味津々な顔とは逆に、エミリアは不安げな表情をしていた。
天使と悪魔って争っているって聞いた事あるけれども、大丈夫なのかな?
エミリアもきっとその事を気にしているのかもしれないねえ。
「私を見ても、恐れないのですか?」
「はっはっは。争いはもう終わり、今は平和の世。もはや互いが憎む理由もありませぬ。それよりも風説では天使は内乱で滅んだと聞きましたが、生き残っていたとは。無事で何よりですな」
正直意外だった。驚かされてばかりだよ。
あたしは悪魔だからいいとして、昔は争いあってたはずなのに。
予想だにしない好意的な悪魔の言葉は、エミリアの曇った表情に笑顔を戻していく。
「天使って本でしか知らなかったけれど、実物って凄い綺麗だなあ」
「だよねだよね、きれいだし何だかとってもあったかいー」
笑顔がほぼ戻ったのと同時に、群れのなかに居た二人の幼い悪魔の子達は、エミリアにぎゅっと抱きつきながら話す。
「ふふ、ありがとう」
そんな二人の言葉を聞いたエミリアは、二人を何も言わずそっと優しく抱きしめた。
街の悪魔達もみんな穏やかそうだし、思ってたよりもいいところかも?
あたしは悪魔姿だから、珍しくも何ともないのかスルーだけどもね……。
「それじゃあ城へ行きましょう」
「はいっ」
「はい」
手厚い歓迎を受けたあたし達は、本来の目的である魔王の居城へ向かう。
ラプラタ様の一言を察したらしく、今まで取り囲んでいた悪魔達は穏やかな笑顔のままそっと離れて道を譲ってくれた。
「おかえりなさいませ! ラプラタ様!」
多少薄暗いが、風精の国に良く似た城内のエントランスへ到着すると元気で通る声が響き、一人の人間の兵士がラプラタ様へとぴしっと敬礼をして出迎える。
あれ、どうして魔界に人がいるの?
「見張りご苦労様。お父様の部屋まで案内お願い出来るかしら?」
「はい! かしこまりました!」
一行は兵士の案内で、ラプラタ様のお父さんがいる場所へと連れられる事となった。
あたしは疑問に思いつつも、ラプラタ様の後ろへとついていく。
それにしても、彼は何者なのだろう。
魔界に入ったらエーテル耐性が無ければ死んでしまうし、あったとしてもいきなり来たであろう人間を受け入れるなんて思えないし。うーん。
魔王がいる謁見の間へと向かう道中、あたしは気になっている事をラプラタ様に問いかけようとした時、ラプラタ様が歩きながら笑顔のままこちらを向き話し始める。
「彼は偶然にも魔界へ通じる道へと入ってしまった人なの。たまたまエーテルに強い耐性があったし、放っておけば人を喰う悪魔の餌食になってしまうから、匿いつつこうやって仕事を与えているの」
「ラプラタ様には感謝してもしきれません。命の恩人です!」
「助けたのは、気まぐれだけどね。ふふ」
「気まぐれでも命の恩人には変わりません!」
なるほど、気まぐれだったんだね……。
ラプラタ様に拾われるなんて、やっぱこの人運がいいんだろうなあ。
あ、でも、偶然出来た魔界への道に落ちるって事は、やっぱり不運なのかもしれない。
そう思いながらも歩みを進めていると、青銅色の扉で案内をしていた兵士の人は立ち止まる。
「こちらに国王は待っておられます!」
兵士はにこにことしたまま、ゆっくりと扉を開けていく。
ついに来たよ。
この奥に魔王と呼ばれる存在がいるんだよね。どきどき……。




