番外編 初めての晩餐会は雪と共に
「あともう一つ連絡。話は変わるけれども……」
今までの張り詰めた雰囲気は緩んでいき、ラプラタ様の顔に笑顔が再び戻っていく。
「近々中央精霊区で各国の王同士の会合があるの。それに伴い三日後、風精の国の晩餐会に水神の国のお姫様が参加されるわ」
晩餐会かあ。
きっとすんごいおいしいご飯がいっぱいで、きらきらしてて豪華なんだろうね。
でもどうしてあたしにそんな事言うんだろ。ああそうかっ。
偉い人が来るから、警備の任務があるんだね!
「要人の警護ですね! よっし、頑張るぞー」
「いいえ、警護は別のペアに任せてあるから。シュウちゃんはもっと大事な用事をお願いするわ」
恐らく考えすぎが原因の頭痛を我慢し意気込んだけれども、どうやらあたしの考えは違ったらしい。
でも大事な用事ってなんだろう?
警護じゃないって事は、お姫様の護衛かな!
それなら確かにあたしとエミリアのペアじゃないと駄目だもんね。うんうん。
「よかったねシュウ。買ったドレスが役に立つね」
エミリアはあたしの予想しない言葉をいつもの笑顔のまま、投げかけてくる。
何でドレスが役立つのかな。
あああっ、雰囲気を損なわないように参加者を装っていくわけだね!
うーん。でもいざって時、あんな動きにくい格好で戦えるのかなあ……。
「本当にキミは鈍いね」
「何よ! あんた解ってるの?」
側で聞いていたヘンタイ天使はいつものへらへらした笑顔をしながら、あたしを馬鹿にしてくる。
何でヘンタイ天使がそんな事を言うの?
風精の国の任務の事ならあたしの方が詳しいのに。知ったかぶっちゃって!
あれ、何でこいつが知っているんだろ。
明らかに周りの人達の様子がおかしい。
この雰囲気はあたしが解らない何かを知っている感じだ……。
な、なんだろ。うーんと、考えるんだ。
あたしは今までエミリアやラプラタ様の言葉を思い返し、様々な可能性を考察する。
唸りながら頭をフル回転させ、そしてたどり着いた結論は。
「あ、あたしも晩餐会に参加……?」
「そうだね。一緒に綺麗な服着れるね、ふふ」
う、うそでしょ!?
ああ、そういえば中央精霊区へ行った時にエミリアが言ってたっけ。
ランク一は祭事にも参加しなければならないとか。
ど、どどどうしよう!
頭を抱え、慌てふためくあたしを他の三人は笑顔で見つめる。
み、みんな余裕ありすぎじゃないかな!
ってエミリアもラプラタ様も経験しているんだよね……。はぁ、どうしよ。
執務室での突然の連絡も終わり、あたしはエミリアと別れた後に自室へ戻り、今まで触れずに埃だらけになっている本棚を漁る。
た、たしか。あたしの記憶が正しかったら……。
あった!
煙い思いをしながらようやく見つけた、埃さえかぶっていなければ新品同然のように綺麗な本を両手で取り、高らかと上げる。
じゃーん、風精の国名門貴族アレクサンドライト著、フォーマルな場で失敗しないマナーについて!
騎士団に入ってきて、万が一ひょっとしたらあたしもそういう場所に行くかもって思いながら、結局今まで使わなかった本だ。
よしよし、さっそく読もう。
ふむふむ……。
本を数ページぱらぱらと開き、マナーについての勉強を始める。
ほおほお、挨拶をする時は御機嫌ようって言えばいいんだね?
ええっ、デザートの食べ方とかもあるの!?
め、めんどくさー。
うーん。最近イチゴパフェ食べていないなあ。食べに行きたいなあ。
お小遣いまだあったっけかな。確かあれとこれと……。
だ、駄目だ。集中できない!
どうも本を読むと考えが脱線しちゃうんだよねえ。なんでだろ。
うーん、やっぱり実践して覚えないとだね。
折角探した本を固いベッドの上へ置くと、道中や現地含め誰も居ない事を確認しつつ食堂へ入り、こっそりそれっぽそうな道具を机の上に広げて実際に道具を使って練習をしてみる。
「えっと、ナイフとフォークは外側から使っていくんだっけかな。あれ内側だっけ? うーん、解らないや」
さっきまで読んでいたテーブルマナーの本に書いてあったような気もするけど、勿論そんなの覚えているわけも無く、普段は手づかみでそんな形式ばった事なんてしなかったせいもあって、どうすればいいかさっぱり解らず何も動けないあたしがいる。
そもそも持ってきた道具も本当に使うのかすら怪しい事に今更気づき、途方にくれてしまう。
どうしよう。全然解んないや。
でも貴族の人らはこういうのをちゃんと使って食べているんだよなあ。
大変だね。ウンウン。
……感心している場合じゃないや、はぁ。
本持ってくればよかったんだよね。何で置いてきちゃったんだろ。
まあいいや、とりあえずこうかな?
あたしが特別深く考えず、手元にあったフォークを取ろうとした時だった。
「違う違う、そうじゃないよ。こうやって使うの」
「ひっ!」
背後からいきなり高い声が聞こえると同時に小さな手があたしの後ろから伸びてくる。
ここに入ってくる時は誰も居ない事は確認したはずなのに、いつの間に!?
「だ、誰!」
あたしは思わずびくりと体をすくませ、勢いよく後ろを振り向く。
あ、あれ?
初めてみる人かも。
「見慣れない女の子だけども……、どなたでしょ?」
どうせブロンズハンターやあたしに嫌がらせをしてくる騎士達だと思っていたけれど、そこに立っていたのは見慣れない少女だった。
「私の名前はユキ。よろしくね」
女の子は満面の笑みであたしの問いかけに答えてくる。
素直に名乗ってくれたし、雰囲気から察するに何だか悪そう人な感じではなさそう。
でもあたしが言うのもなんだけど、変わった名前だね。ユキちゃんで良いのかな。
あれ、良く見たら結構可愛いかも?
目はくりくりしてるし、淡い水色のショートヘアーもさらさらしている。エミリアみたいにしっかり手入れしているんだろうなあ。
魔術師団の子なのかな、それとも別の兵団の人かな。うーん。
でも服装見る感じ城下町にいる子と変わらないし、ご飯の時間じゃないのに何でここにいるんだろ。
「さあ、続きやろう! ナイフとフォークは外側から使っていくの」
「こ、こうかな?」
あたしはユキと名乗る女の子が何者か良く解らないまま、言われた通りにしていく。
そして晩餐会当日。
あたしは買ったドレスに着替え、エミリアと合流すると会場である王室専用の食堂へ入る。
水晶やきらきらしたやつがいっぱいついたシャンデリア、両手両足の指では数え切れない程居るメイドさん、美術品に全く興味が無いあたしでも解るくらい高そうな彫像や絵画がいっぱい。
これから料理が置かれるであろう長い机は縁に金の刺繍がされた真っ白なテーブルクロスが敷かれている。
こんな風景、むかーし読んで貰った絵本の中でしか無いと思ってたよ。
すんごいきらきらしてて、本当にあたしなんかが居ちゃっていいのか解らなくなるほどだね。
「こっちだよ」
声の音量を抑えながら、いつもの優しい笑みであたしはエミリアと腕を組んで指定された席へと向かう。
あたしはドレスの裾に足を引っ掛けて転ばないように気をつけつつ、エミリアの隣の席へと座り、周りの華やかな世界をきょろきょろと見回す。
「ね、ねえエミリア。本当に来ちゃっていいのかな?」
「もちろんだよ。むしろ行かないと失礼になってしまうの」
確かにそうだよね。来いっていわれてるのに来ないのはおかしいね。
うーん、でもまだ信じられないや……。
そしてエミリアが凄い綺麗だなあ。
ベルベットのドレスっていうのかな、つやつやでとっても高級そう。
……エミリアのドレス姿ってよく見ている気がする。
天使の時もそうだし、火竜の国の時もだし、今もそうだよね。
そう思いつつ、会場には次々と人が来てたくさんあった席はどんどん埋まっていく。
各兵団の団長、あたしやエミリアのように兵団で最も優秀であろう人達、貴族や王族関係者、他各界著名人等々。
あれだね、そうそうたる面々ってこういう事を言うんだよね。
じゃああたしもその中の一人って事じゃん!?
きゃー、照れちゃうね。うふふ。
「そろそろ始まるよ」
「う、うん」
座席が一通り埋まり、空席は一番奥の一際豪華な椅子のみとなった時、今まで小声を話していた参加者達は喋るのをやめ、会場は咳やくしゃみをするのも申し訳ない程静かになる。
「水神の国アクエリア王女、スノーフィリア・アクアクラウン殿下のご来場!」
会場にいた兵士の一人が高らかに声をあげて宣言する。
い、いよいよ今回の主役でメインゲストな王女様が来るんだね。
どんな人なんだろう、やっぱり綺麗な人なんだろうなあ。
あたしがまだ見ぬ水神の国の王女様の姿を想像している時、扉がゆっくりと開く。
間も無く水色のスカートが大きく広がったドレスを身に纏う、左右サイドでねじれた髪を後頭部で結っており、まるで冠のようになっている髪型をした、青髪の女の子が複数のメイドと共に現れる。
……あれ、あの子って!
大声で思わず叫びそうになった口を両手で塞ぎ、この雰囲気を壊す最悪の事態だけは免れたけれども、な、なんでどうして?
確かにおめかししているから見た目や印象は大分違っていた。
でも間違いない、あたしにテーブルマナーを教えてくれたユキちゃんだ!
あ、あの子王女様だったんだね。
ひええ、あたしとんでもない人と話してたんだ。
てかなんで食堂なんかにいたんだろう。
王女様姿のユキちゃんは、ゆっくりと静かに歩いていき決められた場所へ着席した。
前に会った時はもっと元気いっぱいで活発そうな印象だったのに、今は大人しくって落ち着いた感じがする。
「この度は風精の国晩餐会へよくぞ集まってくださった。皆の者、そして水神の国王女スノーフィリア殿。各位には、我が国自慢の料理と酒を存分に楽しんでいって貰いたい」
風精の国王が簡素な挨拶をした後、会場内に居たメイドの手によって様々な料理が机へと並べられていく。
な、なんだか見たことない料理ばっかりだ!
おいしそうなにおいがしている、じゅるり……。
豪華な食事が待っていると思い、お昼を敢えて食べずにいたせいか、机の前の料理のにおいをかいだだけで自分でも気がつかない内に口からよだれが出てしまう。
「一通り並べ終わったら食べよう」
「うん! うん!」
なんだか時間が物凄くながーく感じるような気がするよ。
お腹もぐるぐる言ってるし、も、もう限界だー。
そしてついにおいしそうな料理の数々が並べ終わり、事前に練習したとおりに食べようとした時。




