第八話 虐めには優しさを、毒には毒を
あたしは今、騎士の修練場で剣の素振りをしている。
頑張って鍛えて、エミリアを守れる騎士になるんだ。その誓いを胸に、剣を振るうけども。
「いたいいい! おもいよ……」
剣を振りかぶろうと持ち上げた瞬間、剣の重さと振った時の勢いに負けて、あたしは尻餅をついてしまう。
「はぁ、もういっかい」
ため息を一回つき、今一度気を引き締めて立ち上がり、おしりについた砂埃を手で軽く払って落ちた剣を拾う。
そして再び大きく振りかぶろうとするが、再び情けない悲鳴と共にあたしは剣を手放し、後ろへ大きくよろめいた後、今度は背中から地面へ落ちる。
「いたたあ……、うまくいかないなあ」
うーん、なんでこんな重いものみんなあんなにらくらくと振り回せるんだろ。
やっぱり腕の力がないからかな。
鎧も重くって思い通りに動けないし、はぁ、困ったなあ。
装備があわないって事は前々から知っていたし、それを訴えた事もあった。
しかし、ブロンズごときが自分のヘタレさを装備のせいにするんじゃねえって装備を支給してくれた人から言われて何も返す事が出来ず、現在に至る。
新しく貰った剣も、前つかってた物より重いし、やっぱりこれもあたしが駄目だから扱えないのかな。うーん。
「てめえ! まだいやがったのか!」
どうすれば上手く修練できるか青い空の中の流れていく雲を見ながら考えていた時、広場の入り口から罵声が聞こえてくる。
げ、あれはブロンズハンター達だ。
折角剣の練習していたのに、また邪魔されるんだろうなあ。
うわあ、すごい怒ってるよ。
シャロンはこちらへ一直線に向かってきて、座っていたあたしは胸ぐらを掴まれて無理矢理起こされてしまう。
「く、くるしい」
「辞めずにいるって事は、解ってるんだな! この人殺し!」
腕を振りかぶった。ひ、げんこつが来るっ!
あたしは彼の暴力の前に成す術無く、まぶたを強く閉じた時。
「シュウ、頑張ってるね。見に来たよ」
「え、エミリアさん!」
来たのは自身が予想していたげんこつと痛みではなく、入り口から聞こえる優しい声だった。あたしは固く閉じた目を恐る恐る開いた後にそちらを向くと、エミリアがいつもの笑顔でこちらを見ており、あたしと目が合うとかるく手を振ってくれた。
シャロンは、まさかここに魔術師最高ランクが現れるなんて思っていなかったらしく、あたしの胸ぐらを掴んだまま、驚き呆然としている。あたしはエミリアの方へ視線を向け、顔を引きつらせつつも同じ様に手を振り返した。
「シャロン君、私の騎士に何か御用かな?」
この状況を見たエミリアはあたしとシャロンへ近づき、シャロンの方を上目遣いでじっと見つめながら笑顔で言う。どことなく意地悪そうなのは考えすぎかな?
「あ、い、いえ。何でもありません!」
あたしと一瞬目があったシャロンは、戸惑いながらもすぐさま放し、殴ろうと構えていた拳を体の後ろへ隠す。エミリアのおかげで殴られずにはすんだけれども、こんなところへどうしたんだろう?
そんな事よりも、任務で受けた傷は大丈夫なの!
なんか普通に歩いているし、傷あともなくなってるけれども、また強がって無理してるんじゃないかな?
「怪我はもう大丈夫なのー?」
「うん、しっかり休んだし。ラプラタ様に治療して貰ったから大丈夫だよ。心配してくれてありがとうね」
よかった。確かによく見たら顔色も昨日の夜に比べていいかも。きっとあたしの持ってきた薬草がきいたんだよね。うんうん。
あたしがエミリアの怪我が治った事に満足していた時、エミリアは急にあたしの顔を両手でつかみ、顔を近づけてじっとこちらを見た。
「どうしたの? 顔にすごいあざできてるよ? ちょっと見せて」
「い、いやあ、これは大丈夫なんだよ」
エミリアの両手をほどこうとするが、意外と力が強くて全く外れないよ!
まさか昨日、ぼこぼこにされたなんて言えないし、夜あった時は薄暗くて気づかれなかったみたいだけれども、別にこんなのいつもの事だから大丈夫なのに。
「だーめ、見せなさい」
「い、いたいっ」
エミリアはあたしのあざが出来ている部分を触ったりしている。傷の具合でも見ているのかな?
触れられた時に、いたくって思わず声がでちゃった。
あんまし心配かけさせたくないけども、うーん、がっちり掴まれてて離れないや。どうしよう。
「じっとしててね、すぐ治してあげるからね」
いつもの穏やかな笑顔のまま、エミリアは一呼吸すると、あざが出来ている部分に手をそっとあてると、心地よい温もりが顔に広がっていく。
「昨日の夜の事、誰にも言わないでね。あまり心配かけさせたくないからね」
「うんうん」
あたしのと距離が近い事を利用して、あたし以外の誰にも聞こえない程の小声で、そっと告げてきた。やっぱりあの事は、他の人は知らないのかなと思いつつ、二回ほど頷いた。
「なんて羨ましいんだ! うおおおおお!」
「何いってるんですか……、シャロンさん」
ふと、目線だけ横にすると、シャロンが顔を真っ赤にして地団駄を踏んでいる。付き人の一人が、普段は見せないシャロンの姿に多少呆れ気味のようだ。
なんでだろ?
さては、エミリアの事がすきなんだね!
きっとそうだ、間違いない!
だからあたしの今の状況が羨ましいんだね。ふっふん、どうだー。
「はい、もういいよ」
「うわあ、なおってる! エミリア凄い!」
エミリアの手が顔から離れると、あたしは自分の頬を何度も触って確認した。
さっきまでふれただけで痛かったのに、今は何とも無いや。
さすがは最高ランクの魔術師なんだなあ、すごい。
「ちっ、いくぞ」
エミリアの登場で、あたしを虐める事が出来なくなったブロンズハンター達は、ばつの悪そうな顔でその場から去ろうとしていく。
「待ちなシャロン! そいつら二人をぼこぼこにしてやりな!」
また別の声が、入り口の方向から聞こえる。あたしは再び声に反応してそちらへ振り向くと、毒々しい色のローブを纏った三人の女の子が修練場に入ってくる。
三人とも、胸に金色の記章を下げているから金魔術師だけど、何の用事だろ。
「フロレンスさん、こいつはエミリアさんの騎士ですよ。いくらなんでも俺はちょっと……」
シャロンの腰が低い。あの毒々しい色に裾に白地で蝶柄が入っているローブを着た、三人の中心に居るつり目の女の人に全然頭が上がっていないや。
というか、散々あたし虐めといて今更その言い訳って、ちょっと都合よくない!?
「ふん、構わないよ。ランク一がなにさ?」
「でも俺はシルバーですし、勘弁してくださいよ」
あたしにはいつも上から目線のシャロンが、へこへこと何度も頭を下げて、敬語も使っちゃってるし。
弱きをくじき、強きを助けるって奴だよね。
冷静に考えてみたら、最悪じゃんあいつ!
……そんな最悪な奴より弱いあたしって。
「なっさけない、だから弱い者いじめのブロンズハンターと揶揄されるのが解らないのかい?」
フロレンスさんがシャロンを吐き捨てると、今度はこちらへ近づいて来る。
ひー、きつそうな顔だなあ。怖いかも。あたしのあんな事言われたらどうしよう。
あ、あれ。こっちの方向って。
「エミリア? いい気にならないで欲しいね!」
「いい気になんてなってないよ?」
なんとエミリアに向かって今度は毒づいてきたよ。
エミリアはいつもの笑顔で対応したけれども。何あの人、ちょっとむっとしたかも。
別にエミリアは何も悪くないのに、それなのに。
さては、仲が悪いんだよね!
きっとそうだ、間違いない!
というか、いきなり修練場へ入ってきてエミリアにつっかかるって一体何なの?
「そういう態度がいい気って言うんだよ!」
フロレンスさんが腕を振りかぶり、エミリアの頬をひっぱたいた。叩かれた時の音だけが修練場に響き、他は全く誰も喋らず静かだった。
しかし次の瞬間、さらに驚くような光景を目にする。
「痛っ! やったわね!」
先ほどエミリアが叩かれた時と同じ音が聞こえた。
なんと、エミリアが無言でフロレンスさんの頬を叩き返したのだ。
相手のまさか反撃してくるとは思わず、驚きつつも恨めしい顔のまま叩かれて少し赤くなった頬を手であてている。
ひっぱたいた後のエミリアの表情は、いつもの優しく穏やかな表情ではなく、フロレンスさんと同じ様、いやむしろそれよりも厳しい表情をして、普段では想像もつかない程の冷たい眼差しで相手を見下している。
「もう許さない! 魔術師の修練場へ来なさい。今日こそ決着をつけてあげるわ!」
「解ったよ」
いつもより声のトーンが低い。エミリアのまた意外な一面が見れたかも。怖いよう……。
フロレンスさんは、連れて来た金魔術師二人に目で合図を送ると、修練場から去って行った。
何気なくブロンズハンター達の方を見ると、彼らも普段穏やかなエミリアからは想像もつかない意外な対応のせいかな。口を開いたまま呆然としている。
「シュウごめんね、ちょっと行ってくるね」
「う、うん」
エミリアは、先ほどの冷たい表情ではなく、いつもの暖かい笑顔に戻っていた。
ちょっと行くっていってたけれども、大丈夫なのかな。
なんだか大変な事になっちゃったなあ、やっぱりパートナーとしては見に行かないとだけども。
……剣の修練どうしよ。