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どん色の女騎士と、輝色の女魔術師  作者: いのれん
第五部「神葬編」
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第七十四話 明星が語る憎悪の歴史

 あたしは姫様にやられたであろうヘンタイ天使を連れ、ラプラタ様の執務室に戻る。

 運が良かったらしく誰にも会わずに執務室へ到着し、あたしとエミリアの神妙な顔と、ぼろぼろになったヘンタイ天使を見たラプラタ様は状況を察したのか、まずはエミリアと力をあわせて治療に専念し始める。


 これからどうなってしまうのかな。

 あの様子、あの雰囲気、どうみても悪魔のモノだった。

 という事は、やっぱり姫様もう……。


「手当ては終わったわ。すぐに目覚めると思う」

 天使と悪魔の力なのか、あれだけの負傷にも関わらず大した時間を待たずして治療は終わり、椅子に座っていたあたしへラプラタ様は話しかけくるが、その表情にいつもの余裕混じりな笑顔は無い。


「……姫様はもう姫様じゃなくなってしまったのね」

「ええ、止める事が出来ず申し訳ございません」

 この世界にシルフィリア姫はいない。

 太古の時に封じられし悪魔リリスに体を奪われてしまった。

 あたしがヘンタイ天使の居城で見た時は、ほぼ間違いなくリリスだったと思っている。

 信じたくないけれども……。


「中央書庫で出会った時、最初はあたしの気のせいかなと思ったのですが、シルフィリア姫から人間と悪魔、両方の気配を感じ取る事が出来たのです」

 あの時から様子が変だったかもしれないけれど、城で会った時とはまた違っていた。

 体が馴染むって言ってたから、中央書庫の段階でリリスになっていたけれど、まだあの時はシルフィリア姫の人格が残っていたって事なのかな?


「王女殿下は既にリリスの封印を解く術を知っていて、中央書庫で二冊の本を手に入れた時に、封印が解けたのという事かしら?」

「でも、リリスの封印されている灰紫色の水晶は魔界にあります。あの大きさを持ち運び出来るとも思えないし……」

 考えれば考えるほど、物事が矛盾していって結論が導きだせないや。

 ラプラタ様もエミリアも、その場で立ったまま視線を下に落として深く考えている。


「封印の解除は、現地じゃなくても行える。あるいは中央書庫にあったその禁書に何かあるのかもしれない。どちらにしても決定的な証拠は無いわね。……私達は相当遅れていたのは事実だけども」

 そうなんだよね、あたし達は姫様がリリス化するのを防がなければならなかった。

 解らない部分はあったとはいえ、もうちょっといい方法があったのかもしれないし。

 強くなって、何でも出来るって思っていたのに。

 はぁ、駄目だ。またエミリアやラプラタ様に迷惑かけてしまったよ。自分が情けない。


「別にあなた達を攻めているわけじゃないわ。二人の力をあわせても可能でなければ、他の誰にも出来なかったでしょうから。それよりも今後どうするかを考えないと」

 ラプラタ様の言葉によって、暗い思考に取り付かれようとしていたあたしは現実へと引き戻される。

 そうだね、くよくよしている場合じゃないよね。

 何かいい方法ないかな。うーん。


「同じ様に封印出来ないのかな?」

 あたしがふと思いついた事を口にしてみる。

 今まで封印できてたなら、もう一度同じ事が出来ないのかな?

 倒すのは無理だから、それしか無いと思うけれども……。


「封印ってのは魔術の中でも難しい部類で、そんな特殊な悪魔を封じていたのなら術式も相当複雑だろうし、魔界にいる魔術に精通した悪魔達の知識をフル活用しても再現するのは難しいわね」

 うーん、そうなのかあ。

 じゃあこのまま自由にさせておくってわけにもいかないし、本当にどうしよ。


「それでも放っておくわけにはいかないから対策は考えないと。一応お父様には連絡しておくわ」

 倒せない以上、何とか方法を考えてもう一度リリスを封印しないと。

 あの時、あたしとエミリアの命を奪えたはずなのに、敢えて逃がしておいて次覚悟しておけだなんて言う位だから、このままじゃ夜も安心して寝れないよ。


「ううっ。ここは、ラプラタの執務室かい?」

 あたしも含めて三人それぞれが悩んでいるであろう時、かすかな呻き声と共に執務室の奥で治療を受けていたヘンタイ天使がよろめきながらこちらへ来る。


「……やれやれ、そんな顔で見られたら話すしかないじゃないか」

 あたし達の重い表情を見たヘンタイ天使は、いつものへらへらとした笑顔のまま鼻で大きくため息を一つつくと、普段ラプラタ様が座っている椅子へ勢いよく腰を落とす。


「ええ、あなたには聞かなければならない。城で起こった事、そしてあなたの記憶にあるリリスに関する事をね」

「そこまでお見通しとはね」

「全てを思い出したからこそ、リリスに命を奪われそうになった事くらい解るんだよ?」

 エミリアはこの場にいた誰よりも早く気持ちを切り替える事が出来たらしく、いつもの調子でヘンタイ天使に問いかける。


「まあ話さない理由も無いし、助けてくれたお礼も兼ねて()の知っている事を話すよ」

 彼は手を組み、今までの緩い笑顔からまるで彫像のような生気を感じない無表情へ変わっていく。


「まずは君たちが気になっているであろう事に答えるとしよう。どうして現地へ行かずに水晶の封印を解けたか。一つだけ心当たりがある」

 ヘンタイ天使は、あたし達の頭の中を透かしてみているかの如く、疑問だった事について話し出す。


「前世の僕が調べた資料がどこにも見当たらなくてね、そこにはリリスの事も書いてあった。恐らく姫様は何らかの方法で手に入れて、そこからリリスの存在を知り、封印を解こうと思ったのだろう」

 お姫様は確か、世界の真実と悪魔の封印って言っていたような。

 じゃあその悪魔ってリリスの事だったんだね。

 あれ、でもそれだと姫様はあたしが追いかける以前に中央書庫へ出入りしていたって事なの?

 やっぱり遅かったんだね……。


「次に、水晶が持ち出されていないのに封印が解かれた理由だけど、実に単純で簡単さ、既に解かれていたのだよ。城にある灰紫色の水晶は抜け殻だった」

 だから姫様の様子がおかしかったんだ。

 あたし達は既に、リリスと一つになった姫様を追っていたって事なんだよね。

 私はもう国の人間じゃないとかそういう感じの事を言ってたのも、その時にはもうリリスを受け入れた後だからだったんだ。

 やっぱり間に合わなかった。相当遅かったじゃん。

 姫様を説得する事も、助ける事も出来なかった……。


 あたしがどんよりと暗い思考に捕らわれそうになった時、何気なくエミリアとラプラタ様の方を見てふと我に返る。


 駄目だ落ち込んじゃ駄目なんだ。

 ラプラタ様もエミリアも話を聞きながら、きっと次どうするかを考えている。

 いつも周りに流されっぱなしじゃ駄目なんだ、今度は自分の考えを持たないと!


「まあ、数千年以上封じられていただろうから、姫様の体を取り込みリリスが馴染むまでに時間がかかったのかもしれないけどね。だから出会っても気がつかなかったのだろう」

 あたしは少し前の過去の出来事を思い出す。

 中央書庫で感じた、人間の気配と悪魔の気配の半々をお姫様から感じたのも、魔界でヘンタイ天使を襲った時は悪魔の気配しか感じなかったのも、全部そういうことだったんだね。


「記憶を取り戻し、リリスの秘密を最も知っているであろう僕が邪魔になったから、僕の居城を襲撃したところを、君たちが来てくれたわけさ」

 じゃあある意味タイミング良かったのかな?

 正直ヘンタイ天使なんてどうなったっていいんだけれども、こうやって情報提供してくれているし、まあいい事にしよう。


「そしてリリスと言う存在についてだが、彼女は地上に降り立った最初の人間、アダムの嫁と言う説が高い」

 最初の人間ってどういう意味なんだろう?

 アダムってどなたなの。

 始めて聞く名前だし、わけが解らない……。むう。


「またリリスにアダムの側にいるよう伝えたのは天使みたいだから、天使も何らかの形で関わっているのかもしれない」

 ヘンタイ天使は淡々と表情を変えずに話している。

 いまいち理解ができないあたしは、隣に居るエミリアの方を見てみる。

 エミリアは、ヘンタイ天使の話に軽く頷きながら聞いている。

 ってことは理解しているって事だよね?

 う、うーん。考えろ考えるんだ。

 またあたしだけ取り残されるのは嫌だ。

 えっと、アダムとリリスは天使の働きによって夫婦となって一緒に居たでよかったっけかな。


「そしてリリスはアダムの事を相当怨んでいる。余程酷い仕打ちを受けたのかもしれない。故にアダムの子である人間や天使を怨み憎んでいるのだろう」

 そんな背景があったなんて。

 エミリアの言うとおりこの世界の人達に復讐しようって姫様と目的が同じだったって事だよね。


「後、彼女は肉体を持たず、別の生命体の肉体に寄生する精神体といったところかな。以上、僕が知っている事はそれだけさ。まあ今はそんな過去の話よりも、するべき事があるだろう? ラプラタもいい加減アレ(・・)を見せたらどうだい?」

 アレって何の事だろう。

 ヘンタイ天使とラプラタ様が知っているみたいだけども、見せるって事はあたしも知っておいたほうがいい事なんだよね多分。


「そうね。姫様の動向は使い魔に探らせるとして。シュウちゃん、エミリア、あなた達に会わせたい人がいるの」

 ラプラタ様は人差し指を自身の顎にあてながら僅かな時間悩んだ後、真剣な眼差しをあたしとエミリアの方へ向けてくる。


「それは誰です?」

「私のお父様。現在の魔界を統治している魔王ディアボロスよ」

 ラプラタ様のお父様が魔界に居て悪魔だってのは知ってたけれど、まさか魔王なんて!

 という事は、ラプラタ様って魔王の娘!?

 ひゃああ、何だかすんごい人と今まで平然と話していたんだあたし……。


「やっぱり驚いているみたいだね。ハハッ」

 あたしが新たな事実に半ば腰を抜かしそうになっていた時、ヘンタイ天使がへらへらしながらあたしを茶化してくる。

 こいつに言われると腹立つ……。

 何がやっぱりよ。それくらい、お、驚かないんだからっ!


「僕も行くよ。久しぶりに顔を見たいからね」

 しかも自分も行く気になってるし。

 ラプラタ様のお父様とこいつ、何の関係があるっていうの。

 何だか馴れ馴れしいし、まさか実は親しい……なわけないよね。


「じゃあ手続きとか諸々あるから出発は八日後、ここに再び集合という事でいいかしら?」

「はい」

「はい!」

 魔王かあ、どんな姿だろう。

 うーん。どんどん話が飛躍していって、何が何だか……。

 うう、考えてたら頭が痛くなってきたかも。部屋で寝ていよう。ふう。

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