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どん色の女騎士と、輝色の女魔術師  作者: いのれん
第五部「神葬編」
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第七十三話 悪夢が再び訪れる時

 まさかここに三度も足を踏み入れるなんて誰が予想出来たか。

 うーん、何だか運命を感じちゃうね。

 いろいろあった場所だけども、今回は今までとは違う。


「ねえシュウ」

「うん?」

 過去にあった事を振り返りつつ、しみじみさと感じていた時にエミリアが話しかけてくる。


「もしも、シルフィリア姫が私達の説得に応じなかったらどうする?」

 今回の作戦は、敢えて悪魔と天使の姿で灰紫色の水晶がある部屋に行き、悪魔が封じられている水晶を目当てで来るお姫様を驚かそうという内容だ。

 今まで無防備だった部屋が、実は天使と悪魔に守られていましたなんて事になったら、封印を解くどころじゃないからね。

 驚いて逃げてくれればいいんだけども。そうじゃなかったら……。


「そんな怖い顔しなくていいよ。いざとなればあたしの刻印術で拘束して無理矢理でもお城に連れて帰ればいいわけだからね!」

 まさか、お姫様の命を奪うとか言うと思ってたのかな?

 いやいやそんな事はないよ!

 お姫様がこうなってしまった理由知ってるだけに、ただ殺しておしまいじゃ絶対後味悪そうだもの。王族殺しってなれば、たとえ任務であっても国に居れなくなるだろうし。


「気を使わせちゃったかな? ごめんね。でも、何だか不安なの」

 エミリアが不安になる気持ちも解るよ。

 万が一にも封印が解けたら、リリスになった姫様が世界を滅ぼそうとするからねえ。

 ただでさえ、あたし達は大いなる厄災に対抗しなきゃいけないのに。というか、世界壊したい人ら多すぎじゃないかな!

 それに、エミリアの心の中にある不安感。あっているかもしれない。

 具体的にこうだって言えないんだけども、何かこう大変な事が起こる前兆みたいな。


「行こう」

「うん!」

 あたしは形容しがたい不安を抱えながらも意を決して、城の扉を開き中へ入っていく。

 お姫様が話を聞いて、考えて改めてくれる事を願いつつ……。



「何この臭い」

「うーん、こげた臭いがするね」

 城の中に入ってまずあたしを迎えたものは、異様なまでの焦げ臭さだった。

 過去の突撃では無かった出来事に、意気揚々と入ったあたしの足は思わず止まってしまう。

 でもどこか燃えた跡は無さそうだし、現在進行形で火事が起きている様子も無い。

 近くに火の気も無く、悪魔化しているあたしが周囲のエーテルの変化を探知しようとするけれども、特別変わった様子も見当たらなかった。


「少なくとも、この城内のエーテルの流れに異常は無いよ。魔界だからエーテル有りすぎて感知し辛いのかな?」

「うーん、不気味だね。水晶の間へ行く前にルシフェルに聞いてみよう」

 不安そうなエミリアは、あたしにまずこの城の主であるルシフェルの生まれ変わりことヘンタイ天使を尋ねるよう伝える。

 そして、あたしもそれに従い城の中心へと向かう。


 部屋の扉を開け、奥へ入っていく。

 臭いと不安が、城内の奥深くへ入れば入るほど増していくけれど、ここで止まるわけにはいかない。

 そんな不快感を心の内に宿しつつ、目的地へと到着する。

 あたしはエミリアに目で合図すると、ヘンタイ天使がふんぞり返っているであろう天使の模様が施された一際大きな扉の部屋へ足を踏み入ったが……。


「お姫様! えっ……」

「ルシフェル! これは?」

 そこには血まみれのヘンタイ天使と、その返り血を受けて着ている服が真っ赤に染まったシルフィリア姫がいた。

 二人がいる部屋から、城内に入ったときよりも焦げ臭さが強くなっているから、ここで何かがおきたという事なの?

 あたしとエミリアは部屋の中へ入り、深手を負ったヘンタイ天使の側へ駆け寄る。

 気に入らないけれども、見殺しにも出来ないし助けなきゃ。


「全く、これじゃあ昔と同じじゃないか……、げほっげほっ」

 相当酷い目にあったのか、片膝をつきいつもへらへらしている表情が大きく歪んでいる。

 全員傷だらけになっており、おびただしい量の出血をしている事があたしにも理解できるほどだった。


「そうね、懐かしさすら感じるわ」

 懐かしい?

 いったい何を言っているの?

 あたしはヘンタイ天使をこんな目にあわせたてであろうシルフィリア姫の方へ向く。


「でも残念ね。今は違うの。もう私を止める術は無いのだから」

 その顔に今までの穏やかさや気品さはまるで無い。恍惚とした笑みを浮かべ、混濁とした赤色に染まった瞳で見つめ返されたあたしは酷い寒気に襲われてしまい、身動き一つ取れないどころか小刻みに震えてしまう。

 悪魔になって力を得たのに、なにこの威圧感。

 お姫様に何があったの? 


「お久しぶりね、昔の名前と今の名前、あなたはどちらで呼べばいい? フフ」

 まるで蛇に睨まれた蛙のように何も出来ずにいるあたしを無視し、シルフィリア姫はエミリアの方へ話しかけてくる。

 エミリアも同じ様に感じているのか、返答をする事も無く、表情が強張ったままその場から動かずに姫様を見るだけだった。

 昔の名前って事は、エミリアが天使だった前世を知ってるの?

 どうして姫様が?

 も、もしかしてっ!


「ここであなた達を倒すのは容易いけれど、まだ私もこの体に馴染んでいないし……」

 エミリアからの答えを得られないと察したであろう姫様は、血で汚れてしまった自分を見ながらなにやら独り言を話している。

 これだけ残酷な事をしたのに、何故笑顔なの?

 馴染んでいないって、じゃあもう水晶の封印を解いてリリスと一体になってしまった?

 あたし達は間に合わなかった……?


「他にやらなければいけない事があるの、あなた達をさらなる絶望と悪夢のどん底へ落とす為にね。それまでの短い生を楽しむといいわ」

 様子がおかしいシルフィリア姫は、笑顔のまま転移魔術でどこかへ行ってしまう。

 あたしの勝手な思い込みなのかもしれないけれど、シルフィリア姫は誰かを傷つけるような人では無いと思っていた。

 しかしあたしが散々苦労してようやく負かしたヘンタイ天使は、姫様にやられてこんなにボロボロになっている。

 あたしは嫌な夢でも見ているのかな。

 正直信じられないし、信じたくも無い。


「いろいろと話したい事はあるけれど、今はルシフェルの治療が先だね。ラプラタ様のところへ戻ろう」

「うん」

 動揺しているあたしの気持ちを落ち着かせようと、エミリアはいつもの笑顔と優しい声でなだめようとしてくれる。

 ヘンタイ天使は嫌いだけど、このまま放っておくわけにはいかないし、こいつからいろいろと聞かないといけない。

 落ち着くんだあたし、何も心配しなくていいんだ。

 そう何度も自分自身に言い聞かせつつ、あたしとエミリアは風精の国へ戻った。 

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