第七十二話 王女様の失恋 ~理解されず、心は遠くへ~
「任務お疲れ様。その様子だと、何か収穫があったみたいね」
風精の国へ戻り、ラプラタ様の執務室へ到着したあたし達は、ラプラタ様から労いの言葉を貰った後に中央書庫であった出来事を伝える。
「なるほど。これで王女殿下の目的がはっきりとしたわ」
「どういう事ですか?」
「あなた達が中央書庫へ向かっている時、気になっていた事を調べたの」
そう言いながら、一冊のぼろぼろになっている本をエミリアに差し出す。
エミリアは本を受け取り、ゆっくりとページをめくりながら最初の数ページを読むと、ある事に気づいたのかラプラタ様の方に視線を戻し問いかける。
「これは死刑囚のリストですよね? 心当たりのある名前もいくつかあります」
「そうね。エミリアが過去に関わったり、任務で捕らえたりした指名手配犯や凶悪犯が何人もいる」
「どうしてこんな物を?」
「そのリストの中に、一人だけ国家反逆罪で死刑になった人がいるのよ」
エミリアは再び死刑囚リストを読み始めると、あるページで目を止める。
「彼の名前はアレックス。ごくごく一般的、平凡な平民の少年ね。次にこれを見なさい」
ラプラタ様は、そんなエミリアの行動にあわせるかのように話し始めると同時に引き出しの中から一通の手紙をあたしに差し出してくる。
あたしは何だろうと思いつつ手紙の中身をエミリアにも解るように朗読する。
「ああ、愛しのアレックス。あなたへの思いは日々強くなっていき、あなたの事を一日たりとも忘れた事はありません。……ってな、なにこれ!」
何この恥ずかしい文章!
どうみてもラブレターじゃん。声出して読み上げちゃったよ。ひー。
でも何でお姫様が死刑囚の人宛にこんな手紙書くんだろう?
「つまり、身分の違うシルフィリア姫様とアレックスと言う少年が恋に落ちた。けれどその恋は実る事無く、愛しの恋人はお姫様と交際していた事により処刑されてしまった」
事情を察したエミリアは、死刑囚リストを執務室の机の上へ置くと、悲しそうな表情のまま窓ごしに遠い空を見つめる。
「さらに付け加えるなら、姫様がそんな身分の低い人と付き合っていた事実が公になるのを防ぐため、処刑は内密に行われ、ごく限られた人しか知らないって事ね。少年の遺体は魔術で完全消失されて、お墓すら立っていない。身内には行方不明として伝えられているわ」
そんな酷い事が裏であったなんて。
好きだった恋人を、自分が将来継ぐ国に殺されたようなものじゃん。お姫様かわいそうすぎるよ。
あなたには解らないってこの事だったんだね。
「これで目的が解ったわね?」
「復讐……、ですか」
今まで遠い景色を見ていたエミリアは、まるで恐怖しているかのようにラプラタ様に返答する。
「愛しい人を失った王女殿下の思いの力。いいえ、そんな優しいものじゃない。晴らす事の出来ない悲しみと怒り、国や自分の思いを理解しないこの世界に対する憎悪が殿下を動かしている」
あたしはラプラタ様の言葉に思わず身震いがしてしまう。
ふと、自分がもしもお姫様の立場だったらと考えてみる。
最愛の人がそんな形で奪われてしまい、あがなう事も出来ず誰かに知られることも無く内密に葬られてしまう。
うーん、あたしでも姫様みたいに復讐に走っちゃうかもなあ。
「流石はラプラタ様。よく気づきましたね」
「ふふ、ありがとう。女の勘ってやつかしら?」
しかし本当によく気がついたよね。思わず声を出して感心しちゃったよ。
「実はずっと気にしていた事があるのです」
表情に憂いを、場の雰囲気に重々しさを残したまま、エミリアはラプラタ様にゆっくりと話しかける。
「ルシフェルの居城にあった灰紫色の水晶の封印を解こうとしているのではないかと思います」
「そういえば、そんな物があると言っていたわね。あれは何なのかしら?」
前にヘンタイが来た時に何か言ってたっけか。
自分でも記憶に無いけれど、その水晶がおかれた部屋があって何の為にそこがあるか解らないって。
あれって封印だったの?
というか、何を封印してるんだろ。
「私が生まれ変わる前、ある悪魔と戦ったのです。その悪魔の力は凄まじく、私とルシフェル、そしてもう一人の天使が力を併せても太刀打ちできなかったのです。何とか封印に成功したのですが、もしもシルフィリア姫がその封印を解く術を見つける為に世界を周っていたのだったら……」
「その悪魔の名前は?」
ラプラタ様は神妙な面持ちのまま、エミリアに問いかける。
そんな過去の存在が今の今まで封印されているって何者なのその悪魔。
「夢魔リリス。人間を堕落させ精気を奪う悪魔なのですが、恐るべきは彼女の正体は実体が無いという事なのです」
「実体が無い? エーテルや光、あるいは何か可視不能な物質で出来ているって事?」
「いいえ、彼女は次々と他の誰かの体を乗っ取っていくのです。だから倒してもまた別の体に乗り移り、その体が新たなリリスとなってしまうのです」
それって不死身って事じゃん!
倒しても倒しても別の体を乗っ取るから、自由を奪って封印していたんだろうなあ。
こ、怖すぎる。
「リリスと言う存在はエミリアが最初に言ったとおり、人間の精気を奪う低俗な悪魔って考えが魔界では一般的だけども。……実に興味深いわね」
どうやらラプラタ様は存在だけは知っていたらしく、頬杖をしながら何度か頷く。
悪魔になったから何か知ってるかなと、あたしも思い出そうとするけれども、やっぱり解んないや。変身出来る様になっても万能ではないんだね。まあ当然なんだけどね!
「ねえエミリア、もしもお姫様がその悪魔の封印を解いたら、お姫様がリリスになってしまうの?」
「そうだね。そうなってしまえば、シルフィリア姫の人格は消え、悪魔になってしまうかも」
やっぱりそうなんだよね。
乗り移って永遠にその存在で居続ける、たとえ体が壊れてもまた取り替えればいいわけだし。
あれ、じゃあお姫様ってリリスになりたいの?
それとも、別の目的があってリリスと一つになろうとしている?
「うーん、難しい事は良く解らないけれども。リリスって悪魔も実は世界の破滅を願っていたら? なんちゃって」
ふと何気なく思った事を悩んでいる二人に言ってみる。
まあ、あたしのいう事だし、みんな気にしないよね。
そんな根拠も理由も全くないし。
「その通りだね。良く解ったね。リリスは天使と人間に底知れぬ憎悪を抱いている。今のシルフィリア姫と目的が同じなの」
「シュウちゃん、あなた最近凄いわよ。お姉さん嬉しいわ。ウフフ」
「えっ! まさか当たっちゃった!?」
やった。良く解らないけどもあたった。しかも褒められちゃった、わあい!
てかそれ相当やばいじゃん!
「でもどうしてリリスは天使や人間を憎むようになったのかしら?」
「うーん。大まかに酷い仕打ちを受けたとしか私も解らないのです」
リリスとシルフィリア姫様。
どっちも人間の事を憎んで、怨んで、全部死んじゃえって考えている。
もしかして、リリスも姫様と同じで恋人を失ったからとかかな?
「じゃあ次の任務は決まったわね」
「ルシフェルの居城へ行き、お姫様を待ち構える。そしてリリスが封印されている水晶を守るのですね」
「ええ、本当なら私も行きたいのだけれど、最近執務が忙しくて手が離せないの。ごめんなさい」
そんな危険な悪魔の封印を解かせるわけにはいかないよね。
うーん、場合によってはお姫様と戦わないといけないのかな……。
境遇が境遇だけに気が重いかも。うう。
「正直、何が起こるか予想もつかない。だから危ないと感じたらすぐに撤退なさい。いのちだいじにって感じかしら?」
「はいラプラタ様」
「今日は帰ってきたばかりで疲れているからしっかり休んで、明日朝にここへ集合。魔界へ通じる道を開けるわ」
「はい」
「はいっ!」
それでも止めないといけない。
シルフィリア姫の復讐に立ち向かわなきゃ駄目なんだ。
頑張ろう。何があっても負けちゃいけないんだ。
そして無事に帰ってきて、またエミリアとデートするんだ!




