第七十一話 お姫様と二冊の禁書
扉の奥へ入ったあたしを待っていたのは、今までの明るい雰囲気から一転した、微かなかび臭さが鼻に纏わりつく、最低限の明かりしかない場所だった。
本当に入っていいのかな?
うう、何だか背中がぞくぞくしてきたかも。
「こういう所に入ると、何だか奥へ来たって感じがするよね」
エミリアはこんな状況でも笑顔を崩す事無く、本棚にあった古臭い本を適当に一冊取り中身を読み始める。
いつも思わされるけど、肝が据わっているというか度胸があるというか。凄いよねホント。
ってかさも当然の様に手にとって見てるけども!
い、いいのかな。
「勝手に読んじゃって大丈夫?」
夢中で読んでいるらしく、あたしの声に一切反応が無いや。
真剣な表情で目線だけ動かしている。
こういう場所に保管されている本ってどんな内容だろう。ちょっと気になる。
どれどれ……。
「うわあ!」
あたしがエミリアの読んでいる本を覗き込んだ時、自分の手ほどの大きさしかない人型の何かが飛び出してきた。
ひー、何これ。あっちいけ!
思わず身を引き、手で何度も本から出てきた何かを振り払おうとする。
「多分、魔界から呼び寄せた悪魔を封じた本だったのかな。うかつに覗いたら危ないよ?」
「う、うん。そうだね」
そ、そっか。エミリアの言葉で理解したよ。
エミリアは天使だから悪魔は嫌がって出てこなかったけれど、人間状態のあたしが見たから出てきちゃったんだよね。
何も悪さされていないっぽいし、気配もなさそうだから大丈夫かな?
「警備が厳重な理由は解ったよ」
流し読みが終わったであろうエミリアは、本をゆっくりと閉じた後にあたしへ話しかけてくる。さっきまで本を読んでいた時と同じ真剣な表情だから、何か気がついたのかな。
「どんな理由なんだろ?」
「多分、ここは危険だったり悪用されたら大変な事になる魔術の研究日誌とかが、保管されているんだと思う」
だからこんなに厳重警戒なんだね。
しかも中立地帯に置く事で、ある特定の国家だけが強力な魔術を使えないようにしているってわけだ!
ふふん、あたしって冴えてるかも。
「さっきみたいな力の弱い実験対象として呼ばれた悪魔なら出しても問題ないけれど、他の本は危険な悪魔が封印されているかもしれないね。あまり開かないほうがいいかも」
エミリアは閉じた本を元あった場所へと戻しつつ、何かを考えながら話し続ける。
こういう時のエミリアって、他にも何か考えていたりして、しかも嫌な事だったりするからなあ。
うーん、何が起こるんだろう……。
また悪魔が出てくるのかな。
ってかあたし悪魔じゃん。別に怖がる必要ないよね、同族なんだし。
「さらに奥へ行ってみよう」
「うん」
あたし達は暗がりの中、再び奥へと進んでいく。
道中、下へ向かう階段を見つけ、あたし達は中央書庫の地下へと足を踏み入れる。
地下も同様に薄暗く、相変わらずかび臭い匂いと壁一面の本に囲まれながら先を進む。
変わらない風景に、本当に奥へ向かっているのかなって不安になってしまいながら、自分でも気がつかないうちに、エミリアの白く綺麗な手を強く握り締めている事に気がつく。
「変身できるようになったからするね。黒檀なる悪夢の解禁っ!」
少し前に時のルーンを使用した刻印術による消耗を回復し、気持ちと呼吸が落ち着いたあたしは再び悪魔の姿へと変身する。
あ、あれ。何これ。……気配?
変身が終わると同時に、あたしは今まで気づかなかった感覚に襲われ、思わずエミリアに言ってしまう。
「悪魔になって解ったんだけど、ここ凄い場所だね。魔族の反応がそこらじゅうにあるよ」
人間の時には全くそんな感じはしなかった。けれど今なら解る。
これが本の中に封じ込められた悪魔なのかな?
全部が全部悪魔を封じた本じゃなくても、凄い数だ。
む、この反応、この雰囲気って。
「あれ? ここからさらに地下へ向かった場所に魔族じゃない反応がある」
「もしかして、シルフィリア姫?」
「うーん、そこまでは解らないや。でも何だろうこれ、まるっきり人間って訳でも無いみたいだし」
あたしはここから離れた場所に、無数に散らばっている悪魔達とはまた別の反応に気がつく。
なんだろうこれ。
「例えるなら、ラプラタ様に近い感じかも。人間と悪魔と両方?」
「急いで行ってみよう」
シルフィリア姫なら人間なはずなのに、悪魔の封じられた本を一緒に持っているのかな?
それともあたしの探知能力がまだまだだからかな、でもほぼ同じ場所にあるんだよねえ。
そう思いながらあたし達は、その不可解な反応を目指して奥へと進んでいく。
中央書庫の階段を下っていき、大分奥へと進んだであろうあたしとエミリアは変身を解除し、反応があった場所と思わしき部屋の前まで到着する。
「あと少し、もう少しで私の願いが叶う……」
部屋の中から声が聞こえる。
この声は間違いない、シルフィリア姫様だ。
あたしが先陣をきって扉を開け、中へと入っていく。
中には鉱山の時に出会ったシルフィリア姫が、一冊の本を真剣に読んでいた。
「シルフィリア姫様……?」
あれ、お姫様ってこんな人だっけ。
鉱山であった時も表情は厳しかった、けど偉い人特有の気品と言うか余裕と言うか、なんかそういう言葉では表せない何かがあったのも事実なんだけれど。
今のお姫様はそれが全く感じなくって、見た目変えちゃえば全く別人と言うか、というか中身が入れ替わったような?
あたしが呼びかけると、こちらに気がついたのか姫様は今読んでいる本を閉じ、側においてあったもう一冊の本を抱えてこちらを振り向く。
「また来たのね。何度も言うわ。私はもう王家の人間では無い」
「何故? どうしてですか! 姫様がなんでここに!」
そうだよ。理由も無くこんな場所に来るわけが無い。
お姫様ならあたし達みたいに無理矢理潜入しなくても、正規の方法で入れたんだろうけども。
鉱山の時と同じ事言ってるし、訳が解らないや。
「別に教える理由もないけれど。いいわ、気分がいいから教えてあげる」
今までの険しかった表情とは違う、怪しい微笑みをした姫様が僅かに光る周囲の明かりにより照らされていく。
彼女はそんな満足げな表情のまま、ゆっくりと穏やかに語り始める。
「中央書庫には様々な禁書が集められ、厳重に保管されている。その中でも二冊、余りにも危険すぎてここの最深部で管理している本があるの。一冊は世界の真実が書かれており、もう一冊はある悪魔の封印について書いてある」
じゃあその二冊の本を手に入れる事がお姫様の目的だったの?
そんな危険な本を手に入れてどうする気なんだろう?
「フフ、喋りすぎたわね。ではさようなら」
あたしが質問する間も無く、笑顔のままシルフィリア姫は鉱山の時と同様に転移魔術でどこかへ消えていなくなってしまった。
「世界の真実と、悪魔の封印が書かれているって、どんな内容だろ」
真実って一体何がかかれているんだろう?
ある悪魔の封印って、こんな最奥に保管されているくらいだから余程危険な存在なのかもしれない。
その二冊とも持っていくなんて、お姫様は本当に何が狙いなの?
「残留したエーテルを調べてみるね」
「ああ待って。あたしがやってみる!」
あたしは再び変身し、以前ラプラタ様がやっていた事を見よう見まねでやってみる。
精神を集中させ、この部屋のエーテルの流れを読み……。
「ご、ごめん。解らなかったよう」
駄目だ、まるで行方が掴めない。
うーん、やり方間違ったのかな。名乗り出てまでやったのに情けない。トホホ。
「私がしてみるね」
そんなあたしを慰めるかのようにエミリアは、優しい笑顔をあたしに見せながら頭を撫でてくれると、天使の姿へと変身し、あたしがした事と同様の事をし始める。
「シュウが正解だったね。まるで痕跡が残っていない」
魔術を使ったら、大気中のエーテルがどうとかで必ず使った跡が残るって話だけども。
どうして残らなかったんだろう?
やっぱりラプラタ様じゃないと出来ないのかな。
「すぐに風精の国に戻ろう。ラプラタ様へ報告しなきゃ」
「うんうん」
再びエミリアは真剣な面持ちをしており、いろいろと考えていたあたしに話しかけてくる。
焦っているみたいだし、何か気になるところがあるのかな?
また嫌な予感をしているのかもしれない。




