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どん色の女騎士と、輝色の女魔術師  作者: いのれん
第五部「神葬編」
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第六十七話 プリンセス・シルフィリア

「うーん、事前に聞いていたけれども」

 あたしは行方不明となっている風精の国のお姫様が目撃されたと言われている、火竜の国の鉱山入り口で立ち止まっている。


「確かに、ただならぬ雰囲気ですね」

 エミリアは不安げな表情をしている。どうやらこの重重しい感じを察知しているようだ。

 あたしに解るくらいだから、これってかなりヤバイんだよね。きっと。


「私も最初聞いた時はこんな所に王女殿下がおられるなんて考えもしなかったし、悪質ないたずらかなとも思ったのだけれども、逆に人が寄らない場所ならば、身を隠すには有効かなと思ってね」

 そう言われれば確かにそうかもしれない。

 こんな不気味な場所、誰も近寄りたくないもんなあ。


「じゃあ今は採掘されていないのです?」

「そうね、今は廃鉱になっているわ」

 まあそうだよね。

 でも、いくら怪しいって言っても魔法鉄って貴重な金属って聞いた事あるし、採掘出来るならしてるよねえ。

 という事は、別の理由があるかも。


「廃鉱になった理由が他にもあるのかな……?」

「シュウちゃん、最近冴えているわね。これも変身のおかげなのかしら? ふふ」

 わあい、また褒められた。

 ラプラタ様の言うとおり、最近なんだかあたしって冴えてるかも!

 ふふんー。


「中に入った工夫が戻っていないの。誰一人としてね。さらにその工夫の捜索に行った火竜の国の兵士達も戻ってこなかった」

 誰も戻ってこないの!?

 えええ、何でどうして?


「さて、立ち話もここまでにして中へ入りましょう」

「はい」

「う、うん」

 疑問と嫌な予感を残しつつも会話が終わると、ラプラタ様を先頭にエミリアが最後尾、あたしが二人に挟まれる形となって採掘をしていたであろう縦穴の中へと入っていく。



 奥はとても暗く、ラプラタ様とエミリア二人が魔術で周囲を照らしていなければ目先すら見えない程だ。

 しかも妙に息苦しいし、本当にこんな場所でお姫様なんているのかなと思いながらも先を進んでいく。


「む、止まりなさい」

 今まで何も話さず、足音も極力たてないように進んでいたあたしだったが、ラプラタ様の突然の呼び止めに思わずつまづきそうになりながらもその場で止まる。

 あたしとエミリアが歩くのをやめた事を確認すると、ラプラタ様はその場でしゃがみこみ、足元に落ちていたであろう何やら黒い物体を触れないように少し距離を開けたまま凝視する。


「シュウちゃん、エミリア、今すぐ変身しなさい。そして私が合図したら二人は両端の壁へ逃げる事」

 急にどうしちゃったの。何が起こるの?

 さっきの落ちていた黒い物体ってなんだろ、なんか虫の足っぽかったような気はするけれども。


「黒檀なる悪夢の解禁」

「燦爛なる創造主の栄光」

 戸惑いながらもあたしは解放の言葉を口ずさみ、本来の姿である悪魔姿へと戻る。

 そして悪魔姿へと戻った瞬間、あたしはこの今起きている状況を把握する。


「避けなさい!」

 この鉱山で何故人々が失踪したのか。

 そして何故閉鎖されてしまったのか。

 脳内の考察と現在起きようとしている事を整理し、そしてある結論が導かれる。

 それと同時に周囲を照らしていた明かりは消え、あたしはラプラタ様の指示通り跳躍し壁際へと逃げる。

 次の瞬間、無数の虫が坑道内を飛び抜けていく。

 逃げた場所以外に居れば、間違いなく虫の大群に飲み込まれており、耳障りな羽音を立てながらあたし達を無視して虫たちは通過していく。


 少しの間を経て、坑道を支配していた虫達は通り過ぎ、再び周囲に静けさが戻るとあたしはエミリアとラプラタ様に合流し、お互いの無事を確認しあう。

 でもどうしてあたし達の方を狙わなかったのだろう?

 むしろ、何かを目指していたような。


「ラプラタ様、すぐにここから出ましょう」

 どうやらエミリアもあたしと同じ結論にたどり着いたらしく、撤退をラプラタ様へ進言するけれども、ラプラタ様は口を閉ざしたまま首を横に振る。


「何故です? ここは大悪魔ベルゼブブがいます。あの悪魔の力は余りにも強大すぎて、私達では到底敵わないでしょう」

 この重い雰囲気も兵士や工夫の人らが戻って来ないのも、たぶんその悪魔にやられたんだよね。

 あたしが悪魔の姿へ戻ってから、嫌な予感をさらに強く感じたから相当危険な何かがいるんだろうなーとは思ってたけれども、エミリアがここまで言うなんて。

 でもベルゼブブってそんなに凄い悪魔なんだね。虫を操るのかな?

 ひー、きもちわるう……。


「駄目よ。王女殿下の行方を突き止めるまで撤退は許可出来ない」

 それでもラプラタ様はエミリアの提案を拒否し、このまま進む事を決める。

 その言葉にエミリアの表情は不満と疑問に満ちていく。

 あたしも危ないと思うから、さっさと去った方がいいと思うけどねえ。

 虫あんまり好きじゃないし。


「だから、見つけ次第すぐに逃げるわよ。ベルゼブブとは絶対に交戦しない事」

 再び明かりを生成し、周りを照らすと虫が通った場所には大量の黒い粉が落ちている事に気がつく。

 さっきの虫のリンプンなのかも、流石に素手で触るのは危なそうだからやめとこう。


「さあ走るわよ。なるべく急ぎで探しましょう」

「はい!」

「はい」

 ラプラタ様の言葉と同時に、くるりと体を翻すと普段のローブ姿から身軽な悪魔姿へと変える。

 あたし達は、翼を広げて滑空して坑道内をより奥へと進んでいく。



 暗い坑道をただひたすら奥へ奥へと進む。

「この先に道が二つ分かれています。どっちへいきます?」

 悪魔の姿になった事で、暗い中でもいつも以上によく見えるあたしは、先に二股になっている道を見つける。


「シュウちゃん、あなたに任せるわ。探知能力はあなたの方が上なはず」

 お、おおう。任されてしまった。

 うーん、どっちだろ?

 じー……。


 あたしはさらに先を見通そうと凝視してみる。

 左は何もなさそうかなあ。まだまだ道が続いてそうかも、さすがにこれ以上は見えないや。

 右はどうかな。


 左の道は特別何も無い事を確認したあたしは、右の道をじっと見つめる。

 こっちもずっと暗闇が続いているなあ。

 特別何もなさそうだけども……。うん!?

 ここからずっと先、分岐する場所よりもさらに向こうにエメラルドグリーンの髪色の女の人がいる!

 きっとあれが本物のシルフィリアお姫様なんだね!


「ラプラタ様、右の道にお姫様がいますっ!」

「流石ね、私はそこまで見えないもの」

 飛びながらこちらを振り向き、笑顔を見せながらあたしを褒めてくれる。

 えへへ、何だか役に立ったかも!


 あたし達はさらに奥へと進んでいき、先程見えた分かれ道へと到着しようとした時だった。

 さっきは何も見えなかった左の道をもう一度よく見てみる。

 な、何これ!


「ちょっとストップ!」

「シュウちゃん、どうしたの?」

 あたしは思わずラプラタ様とエミリアを呼び止めてしまう。

 二人は飛ぶのをやめて着地すると、あたしの方を向き何があったかを尋ねてくる。


「右の道にお姫様がいるのは確かなんだけども、左の道にも何かいる。なんだろ、大きな繭……?」

 まだ暗くてはっきりとはしないけれども道のさらに奥、深い闇の中に白い糸の塊のような物がある。

 形から察するに虫の繭っぽいんだけれども、ぼんやりと淡く光っているし、異常な大きさだよね。

 うう、何だか不気味。


「確かに嫌な予感がするわね」

「何だか、寒気がする……」

 あたしの言葉を聞くと、二人も左の方を見る。

 視界をそちらへ向けると同時に、あたしと同じ嫌な気配を感じたのか、ラプラタ様は腕を組みつつ神妙な表情のまま考え出し、エミリアは胸に手を当てて不安そうな顔をする。


「今は王女殿下と合流する事が先決よ。寄り道はせずに右へ向かうわ」

「はい」

「はいっ」

 少しの沈黙の後、ラプラタ様は姫様がいるであろう右の道へ向かう事を決める。

 気になるけども、今回の任務はシルフィリア姫を見つける事だからね、そっちに意識を集中させないと。

 あたし達は再び翼を広げて、坑道を滑るように飛んでいく。



「そろそろ人間の姿になっておくわよ」

 分岐した道をさらに進み、いよいよお姫様がいるであろう場所に到着する前、ラプラタ様の指示により人間の姿へと変身する。

 結構飛んだなあ、随分奥まで着ちゃったけれども。

 そういえば、お姫様はまさか歩いてここまで来たのかな?

 もっと大人しい印象があったけれど、意外と活動的なのかもしれない。

 

「王女殿下、お迎えに参りました。国王があなたの身を案じておられます。さあ、私と共に帰りましょう」

 ついに見つけた。

 坑道を抜け、採掘をしていたであろう広がった坑内に姫様がこちらを険しい顔つきで見つめていた。

 手には青白く波打つ魔法石が握られている。もしかしてあれが目当てでここに来たのかな?


「どうしてここが解ったの?」

 表情は変えずに姫様はこちらへ問いかけてきたが、ラプラタ様はそれに対して笑顔のまま、返答をしなかった。

 確かにこんな危ない場所に人なんて来ないよねえ。

 それにしても、よく無事でいたなあ。やっぱり魔術の天才だからなのかな?


「もうあそこへは戻らない。それに私は王女である事捨てた身」

「す、捨てたってどういう事ですか!」

 シルフィリア姫はこちらの誘いを拒絶するかのように、あたし達に背を向ける。

 予想しなかった発言に自分でも気がつかない間に反応して話しかけちゃったけれど、あたしなんかが本当は話しちゃいけない人だという事を思い出し、どきまぎしてしまう。


「別にあなた達が知る必要はないし、例え真相を知ったところで理解出来ない」

 そんなあたしの焦りを無視して姫様は、黒い霧に包まれると同時に跡形も無くなってしまう。

 思わず手を差し出すが、それも虚しく空振るだけだった。


「まさか転移魔術も使えるなんて……。ちょっと待ってね、残留したエーテルを調べるわ」

 ラプラタ様は、姫様が居なくなった場所に手をかざし、目を閉じて集中を始める。

 そんな事出来るんだ。悪魔に戻ればあたしにもやれるかな?

 今度試してみよう。


「地上へ出たみたい。場所は、中央書庫セントラル・ライブラリね」

「どこの事だろう……」

 さほど時間はかからず、閉じていた目を開くとラプラタ様はあたしとエミリアの方を向いて、姫様の居る場所を告げた。

 風精の国の図書館ですら、生まれて数度くらいしか行った事無いのに。

 せ、せんとらる?

 どんな場所だろ、エミリアは本好きだから知ってるかもしれないけど、あたしは解んないや。どうみても勉強不足だよね。とほほ……。


「今この地上は大きく分けて四つの国によって分割統治されている。その四大国の互いの共存と世界平和を象徴する目的で作られた町、中央精霊区セントラル・エレメンツにある世界最大の図書館ね」

 その街の名前に聞き覚えがある。確か授業で聞いたんだっけかな?

 実際には行った事無いけれど、世界の中心って呼ばれている場所らしい。

 何だか凄そうな場所だね。一度は行ってみたいなあ。


「その図書館内でも各国の王族しか入れない、特級地域に移動しているわ」

 確かに、そこならあたし達は絶対に入れないね。

 お姫様も逃げ道をちゃんと考えているって事なのかな?

 でも魔術使えたり、悪魔に襲われなかったり、お姫様って一体何者なんだろう……?


「いったん風精の国へ戻りましょう。特級地域へ行く許可も必要ですし」

 結局お姫様を連れて帰ることは出来ず、手ぶらのままあたし達は鉱山を抜けて火竜の国を出た。

 全員無事に帰ってこれただけでも良かったよね?

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