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どん色の女騎士と、輝色の女魔術師  作者: いのれん
第一部「成長編」
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第七話 やつあたりは女の子の特権?

 最初からこうしておけば良かった。

 何で今までここに居たんだろう?

 こんなに馬鹿にされて、虐められて、痛いことや辛い思いをしても、何故無理して居続けたのだろう。自分でもよく解らない、きっとなんとなくなのかも。


 だからこんなに耐える必要なんて無かった。むしろ、それが原因で周りに迷惑しかかけてなかったのに。

 エミリアが傷ついて、あたしがぼこぼこにされるまで気がつかないなんて。

 ため息すら出ないよ。自分が嫌で嫌で仕方が無い。


 あたしは自分の荷物をまとめ、今まで胸にさげていた銅色の記章と、一通の手紙を机に置いて自室を出る。

 普段は明るく活気がある城内も夜のせいなのか今は暗く、明かりで使っている松明がちりちりと燃える音以外は聞こえないし、ちょうど見回りをしていない時間帯だったのか、人の気配を感じない。


 あたしは今までの事を振り返りながら、誰も居ない城内を出口へと向けて歩く。

 今までの事……。

 いい思い出とか、楽しい事は無かった。いつも任務に失敗して足手まとい、お荷物といわれ続け、騎士ランクは今じゃ最下位となり同じ銅騎士の間でも、あたしに向けられる視線は常に冷たかった。


 でも、それはもう過去の話になるの。


 これからは実家で静かに暮らしていこうと思っている。お父さんはきっと許してくれないだろうなあ。騎士としての生活から離れ、家の手伝いをしながら変化の無い日々を過ごしていく。ごく平凡でとても穏やかな日常が始まる。

 そうだよね、これでいいんだよね。そう自分に言い聞かせながら、お城の誰も居ないエントランスを出ようとした時。


「本当にそれでいいのかしら?」

 背後から聞きなれた声がする。あたしは声の主を探そうと後ろを振り向き、薄暗い周囲を見回す。


「こんばんは。シュウちゃん」

 柱の影からゆっくりと声の正体が姿を現す。予想していた通り、ラプラタ様であった。

 ラプラタ様はいつもと変わらない笑顔でこちらを見ている。


「あなたみたいな可愛い子、辞めてしまうなんてもったいないわ。戻ってきなさい」

 ラプラタ様の言葉は正直嬉しい。心にぐっとくる何かを感じる。

 正直期待していた。まだあたしは誰かに必要とされてて、去ろうとしているあたしを呼び止めてくれる。

 そして、ラプラタ様が今まさに、あたしが望んでいた対応をしてくれている。


 でもそれ以上に、あたしのせいで誰かが傷つくのはもう嫌だ。


「あたしは可愛くないし、これ以上他の人たちに迷惑をかけたくないです。ごめんなさい」

 ラプラタ様に一回だけ頭を大きく下げ、この場から去ろうとする。

 あたしの事なんかもう忘れてください。あたしが居なくなれば、エミリアは新たなパートナーと組むだろうから、そうすれば、今回のような事も起きないはず。

 それが幸せなんです。あたしが居たら不幸しかないから。


「私やエミリアは、他の誰かではなくて、あなたが必要なのよ?」

 まるで今の心の中を見透かされたような答えが返ってきた。けれどなんかそれが凄いイライラして、腹立たしくって、何でも知っているような感じが嫌で、そんな言動があたしの胸の中の嫌な部分をぐつぐつと煮え滾っていくような感じがした時、拳を強く握り、口を開いて内に秘めた言葉を吐き出そうとする。


「あたしなんていらないの。もう引きとめないで、あなた達のような完璧で才色兼備で悩みなんて無い人に何にも出来ないあたしの気持ちなんて解らないんだから!」

 全ての思いを解き放った後に来た感情は、とても寂しく、後味の悪いものだった。別に何か食べたわけでもないのに口の中が不味く、胸がどんよりと重い。

 ラプラタ様もその言葉を聞いた瞬間、今まで笑顔だった表情が曇り、真剣な眼差しであたしを見つめている。

 なるべく悪い気分にならないようにここから出ようと思ってたのに、最悪だ。最後の別れの時ですら、他の誰かを不愉快にする事しかできないなんて。

 本当、あたしって周りに不幸しか与えない、最低の人間なんだよね。


「……解ったわ、そこまで言うならもう無理に引きとめはしない。けれど、最後に見せたいものがあるからついてきなさい」

 険しい顔のまま、ラプラタ様があたしを誘っている。

 もう騎士じゃないから、あなたの命令に従うことはないよね。

 あたしはラプラタ様の言葉を無視し、門の方へ歩みを進めようとする。


「このまま去れば、あなたはずっと後悔し続けるわ。それだけは断言出来る」

 なんでそこまで言うの?

 いったいあなたはあたしのなんなの?

 でも、そんなに言うんだったら、最後だしついてってみようじゃない。

 あたしの決意は揺るがないし、何があったとしてもどうせあたしなんていらない人なんだし。ラプラタ様は、あたしの事まだ何にも知らないから、仕方ないよね。


 あたしはゆっくりと体を翻し、夜の闇の中に去り行くラプラタ様の背中を追った。



 到着したのは、金魔術師達の宿舎だった。

 上位ランカーの自室は高級ホテル並って噂を聞いた事があったけれども、実際はその通りですごい広い。

 天井には夜でもきらきらと輝いているシャンデリアとか、よく高級なお店についているプロペラとかある。

 床もすごいふかふかなカーペット引いてあるし、あたしが使っていたおんぼろ宿舎とはまるで天と地の差だねえ。


「ここがエミリアの部屋よ、お入りなさい」

 縁が金でつくられた、シンプルだけどもたぶん凄い高級な扉を開け、部屋の奥へ入っていく。

 部屋も広い。ひらひらの高級そうなカーテンとか、広間にもあったシャンデリアがここにもある。

 家具も全部高そう。


 しかしそんな豪華な装飾品よりも、あたしはかすかに苦しむ女の子の声が気になる。

 寝室の方から聞こえる、この声はなんだろ?

 ん、あれは……?


「うう……」

「大丈夫エミリア? また痛むのね」

 寝室へ入ると、そこには普段はいつもにこにこと笑顔しか見せないエミリアが、顔を苦痛でゆがめ、とても苦しそうにしていた。

 息づかいも荒く、痛みに耐えるのがやっとといった感じだ。

 ラプラタ様は、エミリアが横になっているベッドに座り、エミリアの背中を優しく撫で続ける。


 も、もしかして、あたしを庇った時の傷が悪化してこうなっちゃったの?


「他に誰か、いるのかな?」

 自分の体を抱え、じっと目を閉じていたエミリアが、辛そうにまぶたをあけてあたしの姿を確認すると、まるで今まで苦しんでいた事が嘘のように起き上がり、いつもの笑顔でこちらを見てくれる。


「あ、シュウ。ごめんね、情けない姿見せちゃって」

「もしかして、任務で受けた傷が原因……?」

 あたしが恐る恐る質問をしてみると、エミリアは笑顔のまま、首を横に二度ほど振る。


「ううん、違うよ。夜になると、背中が痛くなるの。お医者さんやラプラタ様に見て貰ったけれども、原因は解らないって」

 よかった、あたしが原因じゃなかったみたい。

 そういえば、今まで薄暗くて解らなかったけれど、普段は綺麗なロングヘアーが今はみつあみにしている。寝る時は髪の毛邪魔だから結っているのかも。しかし可愛い、どんな髪型でも似合うなあ。


「シュウが薬草持ってきてくれたんだよね。ありがとうね」

「ううん、あたしこそごめんなさい。本当ならエミリアを守らなきゃいけないのに」

 自分の口からふと自然と出た言葉に、今まで心中を覆っていた形容しがたいものは粉々に砕け、眠っていた大切な何かが目覚めていく。

 それと同時に、あたしの目から自然と涙が出て、頬をつたっていた。


 あたしは何をやろうとしたんだろう?


 周りに迷惑をかけたくない?

 そうやって自分の弱さを盾にまた逃げようとしてたの?


 エミリアだって悩みあるじゃない、夜こんなに苦しいのを耐えている。それでもあたしが来たら心配かけないように笑顔見せているのに。

 エミリアやラプラタ様はあたしの事を信じてくれているのに、こんな機会もう無いかもしれないのに、折角のチャンスを無駄にしちゃうの?


 今までだってそうだった、大して頑張ってもない癖にすぐに諦めて逃げ出そうとしていただけじゃない。

 いつも逃げて、逃げ続けて、また今回も同じ事を繰り返す。

 そしてまた逃げようとしていた。結局あたしは昔から何にも変わっていない。


 もう嫌だよ、これ以上自分を嫌いになりたくないよ。


 ……ラプラタ様の言うとおりだった。

 ここでエミリアの事を知らなかったら、ここに来ていなかったら、あたしはずっと自分を負け犬と責め続けていた。

 情けない、こんな自分が情けなさすぎて、恥ずかしくって悲しいよ。


「ふふ、これからも頼りにしているから、よろしくね。私の騎士様」

 エミリアは顔をほんのすこしだけ傾けてあたしの目を見ながら、慈愛深い表情を見せる。


 こんな泣き虫で何にも出来ないあたしでも、こうやって頼りにしてくれているんだ。

 今度こそ守ろう。これからは絶対にエミリアを傷つけさせたりしないんだ。

 頑張って強くなって、誰にも負けないようにするんだ!

 必ずエミリアに相応しい騎士になってみせる。

 この優しい笑顔を、あたしが守るんだ!


 あたしは静かに涙しながら、自分でも気がつかないうちにエミリアを強く抱きしめていた。

 エミリアはあたしの行動に何も言わず、拒むこともせず、背中を優しく撫でてくれた。

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