第六十三話 ランクアップは突然に
「その後、私は宮廷魔術師になったの。その時にエミリアも魔術師団に入れて、お互いに戦果をあげて今の地位に至るって感じね」
「なるほど……」
まさかそんな経緯があったなんて。
今まで知らなかった過去を知り、あたしは感心しつつも何だか不思議な一体感を胸に抱いていた。
「今日はこのくらいにしておきましょうか。私も執務が残っているからね。続きはまた後日」
「はい」
「はーい」
これ以上ラプラタ様の時間を割くわけにもいかない為、あたしとエミリアは部屋を後にする。出る直前、ラプラタ様は再び難しい顔をしながら書類に目を通し始めていた。
「ラプラタ様の話で、ずっと気になる事があったの」
お互いの部屋へと帰る道中、エミリアは真面目そうな表情をしつつあたしを呼んでくる。
どうしたんだろ、何か思い当たることがあるのかな?
あたしは全然違和感無かったけれども。
我ながら鈍いからね。仕方ないよね!
「光のエレメントを持つ存在を環、闇のエレメントを持つ存在を柱って呼んでたよね?」
「うんー、あたしが柱でエミリアが環になるんだよね」
「どうしてわざわざその呼び方をしているのかなって、別に略す必要も感じられなかったし」
うーん、何だかそう言われるとそんな気がしなくも無い。
でも単純にエレメントを持つ存在って長ったらしいから省略しているだけなのかも。
どうなんだろう?
「もっと何か、大切な事がその言葉に込められているのかもしれない」
エミリアが窓から見える景色を見つめる。
その表情はどこか遠く、物憂げな感じがした。
「ねえシュウ」
「うん? なあに?」
遠い場所を見ていたエミリアは、急にこちらを向きいつもの笑顔とは何だか違う雰囲気を持つ表情でこちらを見つめる。
ど、どうしたんだろう。あたしの顔に何かついてるのかな……?
「今から私の部屋に来ない?」
「うん、いいよー」
何があるんだろう?
さっきの表情と関係があるのかな?
私は何の疑いも無く、エミリアの誘いを受ける事にした。
しかし、部屋に到着するとあたしはエミリアに押し倒されてしまい、ベッドの上で横になってしまう。
「あ、あのエミリア? これってどういう事?」
「ねえシュウ、変身してイチャイチャしてみない?」
ちょ、ちょっと!
急に何を言ってるの?
実はこんな事考えていたの!?
「や、やっぱり不謹慎じゃないかな? 変身ってそういうものに使うんじゃないと思うし……」
そうだよ、変身って大いなる厄災を封じる為にラプラタ様がくれたものだし、え、エミリアのは元々だけども、やっぱり駄目と思うよ!
「じゃあ、やめとく?」
先程のいつものは雰囲気の違う表情で、あたしにそっと問いかけてくる。
ああ、これってえっちなスイッチが入った時の表情だったんだ。
って納得してる場合じゃない。
うーん、でもでも……。
「……や、やっぱり気になるかな」
「ふふ、そうだよね。シュウも私と同じ気持ちなんだよね。大丈夫だよ。すっごい良くなると思うから」
エミリアってこんなえっちい人だったっけ。
もっと真面目で上品で、絶対に他の誰かに体を許す事もせず、一人でそういう事もしなさそうだし。
ってあたしは何を考えているんだ。
駄目だ、やっぱり不謹慎だ。いけない、とってもいけない!
「燦爛なる創造主の栄光」
「黒檀なる悪夢の解禁」
エミリアの解放の言葉に遅れるながらもあたしは、本来の姿へと戻る為の言葉を口ずさむ。
漆黒の光と共にあたしはセクシーな悪魔へと変化し、エミリアは眩い光と共に神々しい天使の姿になる。
「何だかね、変身する度にシュウの事が愛おしくなっちゃって、胸がドキドキしているのを抑えられないの」
確かにあたしも心当たりがある。
エミリアの言うとおり悪魔に変身すればする程、気持ちが昂るというか妙にムラムラするというか、今までだってそういう時は無くは無かったんだけれども、最近特にそうなる事を実感していた。
で、でもつられて変身しちゃったけれどもやっぱり駄目だと思うんだ!
「元々の姿もかあいいけれど、変身したシュウはえっちな姿だから、私がこんな気持ちになっちゃうんだよね。シュウが悪いんだよ? ふふ」
「えええっ!?」
そ、そんな!
あたしのせいにされても。この姿だって予想外だったわけだし。
てかこれってどうみてもラプラタ様の趣味じゃないかな!
だからあたしはわるくな……うぐぐっ。
あたしが慌てふためき、必死に頭の中で言い訳を考えている時、エミリアは強引にあたしとキスをする。
「んんっ」
「ん……」
エミリアって本当、何でも出来るんだ。キスだってこんな上手い。
ああ、だめだ。気持ち良すぎて理性が溶けていくよう……。
長いような短いような時を終え、エミリアはあたしから少し離れてこちらをじっと見つめる。
頬は赤く、息づかいが少し荒いという事は、エミリアもあたしと同じ気持ちなのかな。
こんなに間近で天使姿のエミリア見たの久しぶりだよ。
とっても綺麗だなあ。何だか不思議な気持ち。
「愛してるよ、シュウ」
エミリアの甘い一言であたしの理性は完全に吹っ飛び、以降はお互いの欲望のまま振舞い続けた。
甘いひと時を満喫し、満足したあたしはエミリアと別れて自室へと戻る。
そして翌日。
「うーん、もうそろそろ起きなきゃ……」
けだるい体を起こし、半開きの目を窓の方に向ける。
とっても明るい。もう昼くらいかな。
あれだけ激しい事たくさんしちゃったから、妙に気だるいや。
本当にエミリアどうしちゃったんだろ、実はあれが本性なのかな。うーん。
「んー。……うん!?」
着替えを取ろうとふらふらになりながらベッドを出て、畳んでいない服に手をかけようとした時、適当に転がっている鏡に映る自分の姿を見て一気に眠気が飛んでしまう。
「な、なんで悪魔の姿なの!」
そこに映っているのは普段の自分ではなく、美人で巨乳な悪魔へと変身した姿だった。
いつの間に変身してたのあたし!?
あ、そうだ思い出した。人間の姿へ変身していたのが解けただけだよね。
もっかい人間の姿に変身っと。
あたしは、本来の姿であろう冴えない自分をイメージする。
頭の中の自分の姿が明確になった時、勢いよく手をあげて精神を集中させるが。
「あ、あれ。人間の姿に戻れない……」
前回はこれで元々の見た目に戻ることが出来ていた。
それなのに、今は全くうんともすんとも反応がない。
あたしは再び精神を集中させ、いろんなポーズをしながら変身解除を試みるが。
「うわあああん。どうしようどうしよう! 戻らないよう!」
やっぱり悪魔化が解けない。
なんで!
どうして!
やっぱりえっちい事したせい!?
こ、困った。これはとっても困った。
ふと、もしもこの姿のまま外へ出た時の事を想像してみる。
う、うーん。城中大パニックになっちゃう。
その後は捕獲されて酷い目にあったり、この場は逃げても多分死ぬまでずっと追われる。
駄目だ、絶対に出て行けない。
地面に落ちている手鏡を広い、再び自分の姿をまじまじと見つめる。
幸い、角や翼は何かローブみたいな物を羽織って隠せばばれないかな……。
でもこの顔はどうしようもないよなあ、全然面影ないし。
それにしても我ながら美人さんだ、お肌もすべすべしてるし巨乳だし着ているドレスも綺麗で素敵。
本当にあたしなんだよなあ。この姿ならエミリアだって魅了できちゃうかもしれない。
うふふ、何だか自分が好きになっちゃうね。
って違う違う。
今はそんな事を考えている場合じゃないよ!
自分の姿を見てうっとりとしかけていたが、今突きつけられている現実を思い出し、勢いよく顔を振って我に返る。
「そうだ、ラプラタ様に相談しよう! 執務室までならばれずにいけそうかな」
とりあえず、ぺらぺらな掛け布団をマント代わりにして羽織り全身を隠してっと……。
うーん、変な格好。何でお布団かぶってるんだろうって我ながら思っちゃう。
これはこれで不審者だなあ。
でもばれるよりはマシだよね?
ええい、行こう。悩んでても仕方ない。
「シュウ、おはよう。昨日はありがとね。お菓子作ったから持って来たよ」
「え、エミリア!」
あたしが意を決して外へ出ようとした瞬間、エミリアが挨拶をしつつ扉から現れる。
「どうしたのその格好?」
「え、えっとこれは……」
多分、悪魔姿よりも掛け布団で全身を包むヘンテコスタイルの方を突っ込んでいるんだろうと思い、とりあえず扉開けっ放しだとばれてしまうかもしれないので、エミリアを自分の汚い部屋へと招き、掛け布団を取り今起きている事を一通り話した。
「なるほど。それは困ったねえ」
「うん」
「ラプラタ様呼んでくるよ。すぐに戻ってくるからね」
「ありがとう!」
助かった。
これで無理して執務室まで行かなくてすむね。
相変わらず絶妙なタイミングで来るよなあ。実はこっそり見てるのかな……?
「当然だもの、あなたは悪魔よ? それが本当の姿なの」
ラプラタ様を呼んできてくれたエミリアは、予想以上に早く戻ってきてくれたのはいいんだけども。
それが真の姿って言われても、これじゃあ外出れないんです!
あれ、本当の姿がこれって事は、正真正銘悪魔になっちゃったって事だよね!?
って今更だった。何も慌てる事なんて無いのに。
もっと落ち着かないと。ふう。
「簡単な精神集中では、大きすぎる力を隠しきれないみたいね。刻印術を使いなさい。今のあなたなら三種から四種のルーンを同時に扱えるはず」
「光と変化と幻想のルーンを組み合わせ、上級刻印術、メタモルフォーゼミラージュ発動!」
あたしが自分の姿を変えたいと願うと、自分でも驚く程に頭がすっと冴えていく。
それと同時に思い浮かんだ術の名称を高らかに叫ぶと、淡い輝きと共にあたしの姿は、昔の人間だった頃の状態に戻っていった。
てか上級って言っちゃったよ。地味にグレードアップされてる。
「おお、戻った」
「よかったね。ふふ」
助かった……。
危うく騎士団はおろか国を追放されるところだったよ。
あれ、じゃあエミリアも何か特別な術で人間の姿を維持しているのかな?
今度聞いてみよう。
「折角だからついでに伝えるわね。シュウちゃん、近々騎士団長よりランクアップの知らせが来るから、楽しみに待ってなさい」
ランクアップ!
すなわちランク四十二から上のランクに上がれるって事だね。
ようやく底辺から卒業できる!
や、やっとあたしの戦果が認められたんだ。嬉しくって泣きそうだよ。
「ところで、ランクいくつ上がるんです?」
地霊の国で頑張ったし、今までの功績も考えたら銅騎士の上位くらいにはなれるかなあー。
ひょっとしたらシルバーになったり。
も、もしもそうだったらシャロンに虐められなくて済むようになる!
でも現実は一つ二つくらいしか上がらないだろうなあ。
それでも嬉しいね、やったね。
「いくつねえ。そういう問いかけだと、四十一上に上がるのかしら?」
「へ?」
余りにも予想外な数字に思わず頭の中が真っ白になってしまう。
四十一上に上がるって事はどういう事なの。
えっと、確か白金騎士が抜けて全部で四十一人居て、今あたしのランクは最下位で、確かランク一ってまだ空きだったような。
だから今のあたしのランクは四十二だし。……と言う事は。
「ランク……いち?」
「そうね、ランク一ね」
う、うそでしょおおお!
あたしが最高ランク!?
しかもそれって金騎士って事だよ?
万年最下位だったあたしが、いきなり最高位ってわ、わわわわわけがわからないよおお!
「少しは落ち着きなさい。詳細はまた後日話すから。それじゃあ私は執務室へ戻るわね」
ラプラタ様は笑顔のまま、軽く手を振るとあたしの部屋から去っていってしまう。
あたしは今自分のおかれた境遇が理解できず、ただ興奮しているだけだった。
「ランクアップ、おめでとう」
「うん! ありがとう!」
こんな大出世、本当なの!?
実は夢でしたてへっだなんて嫌だよ?
うーん、まさかあたしが金騎士になるのかあ。皆から羨望の眼差しを向けられて、お給料も増えるし、おんぼろ寮から高級ホテルみたいな寮に住めて、ご飯も超高級料理なんだっけかな!
うわあ、わくわくしちゃう!
「これも全部エミリアのお陰だよー。本当にありがとう」
「ふふ、シュウが頑張ったからだよ?」
エミリアとペアを組んでいなければ、絶対に最高ランクになんてなれなかったもの。
あたしの事好きでいてくれて、今回の儀式だって救ってくれたし、本当に頭が上がらないよ。
エミリアが居る方へ足を向けて寝れないよね。
「でも金騎士かあ、お給料いっぱい貰えるからイチゴパフェいっぱい食べれる!」
「そうだね、よかったね」
金騎士になってお給料増えたら、毎日きらきら星亭へ行くんだ。
そして噂の常連客のみが食べれるらしい、幻の究極苺パフェを食べるんだ!




