第六十一話 ラプラタの過去 ~風精の国・宮廷魔術師任命試験~
「試験は筆記、実技、面接で行われます。内容を大まかに言いますと筆記は魔術に関する基礎知識、応用、そして一般教養となります。実技では、受験者の方々が最も得意とされている魔術を披露していただきます。それでは皆様頑張ってください」
係りの兵士から簡単な説明が終わると、私を含めた受験者達に筆記試験用の問題用紙と解答用紙が裏向けのまま配られていく。
試験なんて何十年ぶりね。
最後に受けたのは魔界の幹部候補試験の時だったかしら?
ふふ、何だか久しぶりで懐かしいわ。
私は何気なく、どんな人達が試験を受けるのか視線だけを動かして周りを見てみる。
何だかいかにも勉強してきましたって感じの人や、緊張しているのか全身が小刻みに震えている人、逆に開き直って堂々と構えている人もいる。
人間世界も魔界も、試験風景はそんなに変わりないみたいね。
「制限時間はこの魔術の光が消えるまでとします。光が消えると解答用紙に書き込めなくなるので気をつけてください。では筆記試験始めて下さい」
兵士の号令と同時に、魔術が発動する音と受験者が紙をめくる音が聞こえる。
その音から少し送れて私も問題用紙をめくり、さっと内容を確認していく。
ふむふむ、予想通りね。
魔術の基礎を知らなければ解けない問題が多い。後、文章を複雑な言い回しにして解答者をひっかけようとしている。ふふ、問題を作った人の性格はあまり良くは無さそうかも。
でも、大した事は無いわね。
魔界は魔術発祥の地であり、魔術に関しては人間が住んでいる地上よりも何十手も先を進んでいるのは解っていた。
そしてこの筆記試験のレベルは、魔界では相当遅れている内容である事は言うまでもない。
だから私は問題を一通り流し見終わると、何の迷いも無く解答用紙に答えを記入していく。
何が起ころうとも間違える事は無い。筆記試験は満点合格っと。
「む、君はもういいのかね?」
受験者が不正をしないように見張っていた別の兵士が、解答用紙に答えを書き込み終わり、目を閉じて次の実技に備えて精神集中していた時に話しかけてくる。
私は集中を解き、目を開けて兵士の表情を見る。
どうやら、わからなさすぎて諦めたと思われているみたいだ。
「ええ、大丈夫です」
兵士は私の淡々とした返答に多少変な顔をしながらもその場を去っていき、その姿を見送った私は再び目を閉じ集中を始める。
そして筆記試験が終わり、他の受験者の顔色を観察しつつ実技試験の場所へと向かう。
あの真面目そうな男の人がうなだれている。きっと失敗したのね。
さっきまで震えていた人は逆に良い顔つきになっている。上手くいったのかしら。
「それでは、一人ずつ名前を呼んでいきます。呼ばれたらこの部屋の中へ入り、中に居る試験官の指示に従ってください」
これから行われる実施試験の簡素な流れを伝え終えると、兵士は部屋の前で凛々しい表情のまま立つ。
私は壁にもたれて再び目を閉じ集中しようとした時、別の試験者が小声で話しかけてくる。
身長は私と同じくらいかな、整った顔つきとセミロングの髪。うん、可愛い。
人間にも素敵な女の子がたくさんいるのね。わくわくしちゃう。
「あなたも受験者ですか? 魔術師団の方では無さそう」
魔術師団と言うのはこの風精の国の軍隊の一部隊で、名前の通り魔術を使う者達で構成されているらしい。
事前に少し調べたけれども、宮廷魔術師というのは魔術師団に所属している魔術師の上官に位置する立場で、数年間経験と実績を積んだ者がこの試験に受けてさらに高い地位に就くようだ。
ここの試験を受けると言うだけで、選りすぐりのエリート魔術師みたい。
そういえば試験は満点だけれど、いきなり見ず知らずの私が来て大丈夫なのだろうか?
やはり縁故とかそういうモノが無いとどんなに試験結果が良くても駄目とかあるのだろうか?
「ええ、個人で魔術を研究しているの。でもお金が無くなってしまってね」
「あら、確かに難しい魔術には大規模な機材や高価な道具が必要ですからねえ」
とりあえず怪しまれないようにそれっぽい理由で返答する。
まあ、駄目なら別の情報収集手段を考えればいいわね。
魔術師団を統括して探し物を見つけつつ、可愛い人間の女の子のハーレムを作っちゃうのも楽しいのだけどね。
「実は噂がありまして」
私に話しかけてきた女の人の声量が下がる。
噂って何なのかしら?
「名前を呼ぶ順番ですが、筆記試験の順位が高い順番に呼ばれるらしいです。本当かどうかは解らないですけどね」
魔界でもこういうどうでもいい噂は多々ある。
試験官で特定の悪魔が来た時は不合格とか、試験場の右から二番目の席は呪われているとか、試験前に黒マンドラゴラを煎じて飲むと合格するとか、少し考えればありえない事なのだけれども、そう言った類の迷信があるって事はそれだけ必死になって受かりたい人が多いと言う事なのだろう。
「受験者ラプラタ様、部屋の中へお入り下さい」
でも、その噂は本当かもしれないわね。
女の人が呆然と私を見ている中、私はその女性に手を軽く振ると試験会場へと入っていく。
「さて、事前に話は聞いているだろう。君の最も得意とする魔術を披露したまえ」
これから試験が始まるであろう部屋を私は視線だけ動かして確認する。
外から光が取り込まれ、白い壁に反射して全体的に明るい雰囲気がある。もっと薄暗くて圧迫感があると思っていたのにね。
流石に実技試験が行われる場所なのか、部屋はそれなりに広い。
そして私の前方は私が居る場所よりも高くなっており、その上には任命試験を受験する者を評価する、いかにも偉そうな雰囲気と態度をした人らが座ってこちらを見下していた。
私が部屋へ入り終えると扉が閉まり、試験官の一人である年配の男性が私に指示してくる。
そんな試験官の高圧的な態度が気に入らず、少しむっとしたけれども、人間相手にそこまでカリカリするべきではない、今は試験を合格する事が先決と思い、私は我慢しつつ笑顔で話し始める。
「それではあなた方が今望む事を一つ、魔術で瞬時に叶えてみせましょう」
「実に面白いアピールだが、本当にそんな事が出来るのかね?」
複数人いる試験官、ほぼ全員が半分馬鹿にした様な笑いをしながら答える。
それでも私は表情を変えないまま、相手の要求に待ち続けると同時に一つだけ気になる事について考える。
さっきから試験官の中でただ一人、険しい表情のまま私をずっと見ている人がいるのだ。
顔つきや雰囲気から察するに、相当魔術が出来るに違いない。
もしかしたら、私が悪魔だと言う事がばれてしまったのかしら?
いいえ、そんな事は無い。人間程度で私の正体に気づけるものなんていないはず。
「それならば、まずは私から言って見るかね。私は朝食を取れる時間が無く、空腹のままこの場にいる。だからここにパンと温かいスープを出して欲しい」
「容易い事ね。叶えましょう」
試験官の一人が笑いながら願いを伝えてくる。
ようやく言ってきた。まあ確かに願いをかなえるなんて突然言われても、信じられないかもしれないわね。
私は目を閉じ、僅かな集中の後に目を見開くと同時に指をぱちんと鳴らす。
すると食事を求めてきた試験官の目の前に、綺麗に盛り付けられた焼きたてのパンと高級そうな器に入った出来立てスープ、さらに食後のワインが現れる。
「これでどうかしら?」
今まで小馬鹿にしてくれた年配の魔術師に、腕を組みながら言い放つ。
試験官は唸りながら私と出された食事を交互に確認すると、恐る恐るパンを取り手で一口サイズに千切り、それを口にほうばる。
「う、うまいぞ!」
魔術による食料の練成は魔界でも十分に研究されてきた。
最初は食感や味が駄目で食べる事が苦痛だったり、栄養が無くてそもそも食べる意味が無かったりしていたが、ここ二百年程で実用化されて最近では術式の簡略化も進み、今では魔界の住人なら誰もが知っている程難易度の低い魔術となったのである。
「お気に召しましたか?」
「あ、ああ。うまいうまい……」
地上の魔術ではまだ食料の練成が出来ないのか、最初は警戒しながら食べていた試験官が、目を輝かせ感動しながら私の出した食事を夢中で食べている。
どうやら本当に空腹だったみたいね。態度は気に入らないけど、喜んでくれるのは素直に嬉しいわ。
「次は私の望みを叶えて欲しい。水神の国アクエリアに私の妹の娘がいる。その子に誕生日プレゼントを直接贈りたい」
水神の国アクエリアとは、ここ風精の国ウィンディアから見て東にある国らしい。
他にも北にある火竜の国サラマンドラ、南にある地霊の国ノーミデアと、現在地上はおおまかに四つの大国によって分割統治されている。
面接の時にあまりにも世間知らずだと困ると思って、この地上の現状を大まかに予習しておいた事が報われたみたいね。
「それも簡単ね、叶えましょう」
私は魔術の力でふわりと飛びあがると、望みを告げた試験官へと近寄る。
試験官は驚き身を引くが、私は笑顔のまま、彼の頭を左手で触れながら何も無い場所に右手をかざす。
間も無く、手をかざした先からフリルをふんだんに使ったドレスを身に纏う、育ちの良さそうな女の子が現れる。
女の子は突然ここに呼び出され、何が何だか訳が解らない状態らしく、周囲をきょろきょろと不安そうな顔で見ている。
「おお、イヴリーンよ!」
「あら、伯父様ごきげんよう。どうして私がここにいるのでしょう?」
知っている顔を確認した女の子は、礼儀正しくお辞儀をして挨拶した。
すぐに状況を把握して取り乱さないのは、さすがに育ちの違いなのかもね。
「少し遅れてしまったがお誕生日おめでとう」
「わあ、ありがとうございます!」
魔術師の男性は懐から綺麗な紙に包まれた小さな箱を出し、少女に手渡す。
私も小さい時、ああやってプレゼントを貰った事があった。
物心がついて初めての贈り物は、お父様から魔術が上達するようにと研究用のクロトカゲ粉末だったかしら。私はこんなものよりも可愛い服が欲しいとだだをこねた覚えがある。
ふふ、何だか懐かしいわね。
「すまないが、元居た場所に帰して欲しい」
「ええ、勿論よ」
少女と昔の自分を重ねて見ていた時、願いを告げた試験官の一人は申し訳無さそうにもう一度願いを言う。
私は少女に近寄り、再び不思議そうな表情をした少女に笑顔を見せると、少女の両肩に両手を置く。再び集中すると、間を置かずして少女を元居た場所へ送り返す。
「さあ、次の望みは何かしら?」
試験官と私は元居た場所へ戻り、次の願いを叶えようと腕を組み待つ事にする。
おおよそ私の実力は解って貰っただろうし、二人ともとても満足そうだった。この調子で進めていけば合格は間違いないでしょう。
それにしても、地上の魔術はここまで遅れているとは。
魔界では物質の転送なんて距離が短ければ低級悪魔でも使えるレベルなのに。ここまで感動させられるって事は、地上で同様の事をするには大規模な準備が必要なのかもしれない。
「私の望みを聞いて欲しい。良いか?」
「デウスマギア様……!」
今までの出来事にも何ら動じず、ずっと私の事を厳しい眼差しで見つめていた初老の魔術師が、私に話しかけながら立ち上がる。
その発言に他の魔術師は相当動揺している。立場が偉い人か、実力が相当あるのかもしれない。
「ぬしの力を直接計りたい、私と戦え」
他の試験官とは全く異なる雰囲気を持っている。
彼に話しかけられてから、自分でも不思議と思えるほどの高揚感を感じる。
魔界に居てもここまでゾクソクする事は滅多と無いのに、体が妙に疼くのはどうしてかしら。
「解ったわ。それがあなたの願い事なら……」
私は裾から杖を出し、今まで以上に精神を研ぎ澄ませていく。
今解っている事は一つだけ。
あの老人、只者ではなさそうね。




