第六十話 ラプラタの過去 ~初めての風精の国~
「ところでエミリア」
「はい、何でしょうか?」
こうして私は、地上での旅を始めてすぐにひろいものを抱える事となる。
私がエミリアと呼ぶひろいものは、まるで生まれたばかりの雛鳥のように、私の後を一定の間隔をあけながらついていく。
人見知りする事も無く、自分の記憶だって無いのに全然不安そうなそぶりを見せず、見ず知らずの私と一緒に旅をしてくれるのは嬉しいけれど。
「疑わずに着いて来てくれるのは嬉しいわ。でも少しは警戒しなさい。私が人売りだったらどうするの?」
「人売りって何ですか?」
昔は混沌としていたらしい地上も今では国家が存在し、秩序が出来ていると聞いていた。
そこまで物騒だとは思わないけれども、邪な考えを持つものが居なくなるわけではない。
「つまり、あなたにとって好ましくない人物だったらって事よ」
その言葉を聞くと同時にエミリアは、遠い景色をみながらなにやら考え事を始めだす。
固有名詞で解らない部分はあるみたいだけど、日常会話なら問題なさそうね。
それだと完全な記憶喪失とも言い難いし、でも名前は解らないみたいだし。
ますます何者か気になるわね。
「大丈夫です。ラプラタ様は良い人だって事、私は解ってますから。ふふ」
熟考したであろうエミリアは、無邪気な笑顔でこちらを見ながら答えた。
や、やあん!
何この可愛い子は!
わ、私はとんでもないものを拾ってしまったかもしれない。
襲いたい。欲望のままに私のモノにしちゃいたい!
「だ、駄目よ私。地上に来て早々、人間の子に手を出すなんていけないわ!」
その場でうずくまり、胸の高鳴りと全身の高揚感、そしてエミリアを襲いたい欲望を全力で堪える。
「げほん。さてと、私がいつも側に居れたらいいけれど、そうじゃない時もあるだろうから、あなたには護身用の簡単な魔術を教えておくわ」
「護身用の魔術って何ですか?」
わざとらしく咳払いを一つして気分を変えて、私はエミリアに魔術を教える事に決める。
普通の人間なら数日あれば修練できて、手軽に発動出来て、おいはぎくらいなら驚いて逃げてくれる程度の簡単な魔術なら、旅をしながらでも教えられると思ったからだ。
記憶喪失だから多少時間はかかるかもしれないけれど、当分は一緒に居れそうだからね。
しかし、その予想は大きく裏切られてしまう。
旅を始めて数日後。
「ラプラタ様、大火炎召喚魔術も出来る様になりました」
簡単な魔術も含め、恐らく地上の人間だったら数年は魔術を研究し、多くの実践を必要とするレベルの魔術をも、私と出会ってからのこの数日で全部自分の物にしてしまったのだ。
「……あなた、本当に何者なの」
「それは解りません」
やっぱりそこは解らないままなのね。
実は人間って元々魔術の素養があるのかしら……。
ここまで上達が早いとは思っていなかったわ。悪魔でもここまで出来るのにそれなりの時間がかかるはずなのに。
「まあいいわ。あなた凄いわよ。多分物凄い魔術の素質を秘めていたのかもね」
「ありがとうございます。ふふ」
こんなに可愛い笑顔が出来て魔術もこなせるとか、これは大物になるかもしれない。
それからも旅をしながら、私はエミリアに魔術を教え続けた。
エミリアは何の疑いも無く、まるで渇いた砂地が水を吸収するかのように難しい詠唱や、難解な術式を覚え、そして容易に習得していく。
それだけじゃない。
魔術以外にも私が持ってきた本をエミリアに渡すと、彼女は歩きながら夢中になるほどその本を読み、どんどん知識を獲得していったのである。
人間の中には天才って呼ばれる、他の人とは異なる非凡な能力の持ち主が少数だけど居るって聞いた事があるけれど、まさに彼女がそんな存在なのかもしれない。
「エミリア、かわいいが正しい発音ね」
「かあいい……、ですか?」
しかしどこで間違えて覚えたのか、それとも単純に舌足らずなのか。
可愛いと言う単語だけは変に訛り、かあいいとしかよべない事に気づく。
まあ、実生活にそこまで影響があるわけでもないし、かあいいからいいかな。
あら、うつってしまったわ。ふふ。
エミリアの成長に驚きながらも私の旅は、本来の目的をこなせないまま数日が過ぎていく。
道中小さな集落や、比較的大きな町にも寄ったけれど、目的を果たすことは出来なかったのだ。
そんな中、ある転機が訪れる。
私は今まで行った所とは比べものにならない程、大きな街へとたどり着く。
そこは、風精の国と呼ばれるここら一帯を統治している王族の居城がある街らしい。
人気も多く、賑わいもある。治安も良さそうだし、街の人も生き生きとしている。
”風精の国、宮廷魔術師任命試験、受験者はこちら”
街を散策していると、王族が住んでいるであろう城の門の前に立て看板を見つける。
「国の幹部になれば、地方を旅するよりも効率が良いかもしれないわね」
これだけ大きな国なら、他国との外交も盛んだろうし、もしもそんな大国の権限を自由に扱えたら、私の目的も達成できるかもしれない。
私の目的。
それは生物が生まれた時から持っているエレメントと呼ばれる物質。その一種である光のエレメントと闇のエレメントを色濃く持つ人間を探し出す事。
光のエレメントは、これまたラッキーな事にエミリアがかなり強いモノを持っていた。
だから後は闇のエレメントだけなのだけれども。
「うわあああ! ちこくちこくううう!」
後方から、悲鳴にも似た叫び声が聞こえる。
「ぎゃあっ、ご、ごめんなさい!」
恐らく悲鳴をあげた本人が、私めがけて勢いよくぶつかり、そして手に持っていた本を地面へと盛大に広げてしまう。
女の子はせっせとその本を広い終えると、何度か私に頭を下げてその場から去って行った。
「……賑やかなところね」
「さっきの女の子、かあいかったですね」
私とエミリアは、まるで竜巻の様な現れそして去っていく女の子を呆然と見ていた。
女の子の背中を見送った私は風精の国の王城へと入り、通りすがりの兵士に宮廷魔術師の任命試験を受ける旨を伝えると、試験の手続きを行う部屋へと通される。
私はそこで渡された書類に必要事項を書き込み、試験の受付を済ませると当日まで街の適当な宿に滞在して待つ事にする。
「試験、受かるといいですね」
「魔術の試験だったらまず落ちる事はないわ。大船に乗った気持ちでいなさい」
問題は宮廷魔術師になってからと言う事は解っていた。
光のエレメントの持ち主はすぐに見つかった、けれどもそうも都合よく闇のエレメントの持ち主が見つかる保証なんて無い。
今からやる事も無駄になってしまうかもしれないけれど……。
あまり悲観的な考えをしてはいけないわね。
大丈夫だろうとは思うけれど、まずは試験が合格する事を考えましょうか。




