第五十九話 ラプラタの過去 ~月を仰ぐ少女との出会い~
「さてと、ここはどこかしら」
私は今、地上に居る。
具体的な場所はいまいち良く解らない。
「地上は思った以上に明るい場所なのね。空も魔界と違って青い」
魔界から地上への道を開けたのは成功したけれど、地上のどこに繋がっているかまでは解らずじまいだった。
今考えたら迂闊だったわね。結果的に無事だったから良かったけども、海の中や空の彼方という可能性もあったわけだから、もうちょっと実験をするべきだったかもしれない。
何だか待ちきれなくなってしまったのは、人間であるお母様の血を引いているって事かも。
「ふふ、どうも一人旅と言うのは独り言が多くなってしまうわね」
誰も居ないはずなのに、思わず口ずさんでしまう自分が何だかおかしくなって、思わず笑みがこぼれてしまう。
笑っている場合ではないのにね。
初めての地上だし、どういうところなのかと言う好奇心に、心が躍っているのかもしれない。
私が地上へと来た理由。
それは魔界に封じられた破滅の女神、私たち悪魔は大いなる厄災と呼んでいる存在に対抗する為の力を探す事だ。
魔界では見つからなかった為、魔王であるお父様の許可を得て地上でその力を探し、そしてモノにする。
正直な所、地上で見つかる保証は無くって、可能性を数値にしたら、限りなくゼロに等しい事も解っていた。
でもこのままだと封印は解け、破滅の女神が再び目覚めてしまい魔界は勿論、この地上ですら存亡が危うくなってしまう。
そんな最悪な結果だけは回避しなければならない。
藁にもすがる思いと言うのは、こういう事をいうのでしょうね。
「とりあえず、人が集まっている場所へと向かいましょう。ああ、この格好では流石に怪しまれるから……。よっと」
私はひらりと利き足を軸にくるりと回転すると、今まで悪魔だった格好からヴィクトリア調のドレスを纏い、翼や体の線がばれないようにした。
自身の格好を確認した後に私は遠くを見ると、街道がある事に気づき、まずは道沿いに歩いていく。
道中街があるかもしれない。
人の集まる場所へ行けば、私の探しモノも見つかるかもしれない。
僅かな期待と新鮮な地上の景色は私の心を躍らせ、歩みを速めた。
街道を歩き続け、次第に夜が更け周囲が暗闇に包まれて行く。
地上にいる人間はこういう場合、明かりを携帯しないと周囲が見えないらしいのだけれども、悪魔である私は真っ暗な中でも何ら不自由なく道沿いに進むことが出来た。
それでも、流石に暗い中で女性一人が歩いているのは不自然だと思い、手の平から魔術で明かりを生成し、周囲を照らしながら進む事にする。
「ん? あれは何かしら」
辺りに集落が無い事は確認済みだったし、人気が無い事も解っていた。
けれど、街道から少し外れた草木に囲まれた場所が淡く光り輝いている事に気がつく。
確かにそこだけ妙な明るさはある。しかし気配が全くしないのはどうしてなのだろうか。
追いはぎのような不届きな輩に出くわしても、地上にいる生物になら負けない自信はあったけれども念のために用心はしておかないと。
私は多少警戒しながら、そこへと近づいていく。
「あら、これは……?」
まさか地上でこんな光景を見れるなんて、正直想像していなかった。
全身が青緑色にぼんやりと光る長い髪の少女が、生まれたままの姿で夜空に浮かぶ月に向かって、両手を大きく広げている。
全裸で月光浴をしているのかしら?
表情もどこか虚ろだし、変わった趣味を持っている?
でも結構可愛い子じゃない。ふふ、このまま連れて行ってもいいわね。
「お嬢ちゃん。そんな格好では風邪を引いてしまうわよ」
私が話しかけつつも、少女へと近寄っていく。
少女は私に気づいたのか、表情を変えずこちらを振り向くと、体から発せられた光はゆっくりとおさまっていく。
光が完全に消え、周囲が再び夜の闇に包まれると同時に、少女はその場で力なく倒れてしまった。
「地上はもっと平穏な場所と聞いていたけれど、中々面白い事があるじゃない」
この少女をこのまま放っておくほどに急いで旅をする必要もないと感じた私は、倒れた少女と共に一夜を過ごす事にした。
「起きたみたいね」
翌朝、日が昇り始めると少女もそれに併せて目を覚ます。
少女は不思議そうな顔のまま周囲を見回した後、私を純粋無垢な輝きを宿した瞳で見つめだす。
「そんな可愛い顔で見つめられたらドキドキしちゃうじゃない。私はラプラタ、あなたの名前は?」
綺麗な目で見れくれちゃって!
元々可愛い子だったし、もう女の子好きが疼いて仕方が無い。
悪魔の女の子も素敵だったけど、人間の女の子も中々アリかもしれない。
……今は私の趣味を全開にしている場合じゃないわね。
「名前って……、なんですか?」
私にとって、意外な回答ではあった。
確かにあんな格好で月光浴をしていたくらいだから、ただならぬ存在ではあるのかなとは思ったけれども、まさか名前を知らないとは。
「言葉は喋れて理解出来ているみたいだけれども、何か覚えている事はある? 些細な事でもいいわよ」
「……いいえ、何も解りません」
少女は視線を逸らし、申し訳無さそうな顔で答えた。
記憶喪失なのだろうか?
それだと、この子が何者でどこから来て、何故そんな格好であんな事をしていたのかも解らなさそうね。
「ならば私は今日からあなたをエミリアって呼ぶわ。後、その格好ではみっともないからこれを着なさい」
私は指をぱちんと鳴らすと、エミリアと名づけた少女の体形に合う服を生成し、それを押し付ける。
少女はきょとんとしながらも、半ば強引に渡した服をぎこちない動作で着替え始める。
「似合うじゃない、見立てどおりね」
着替え終わると、濃い色のワンピースとマントの魔術師姿となった少女は呆然としたままこちらの様子を窺っている。
うん、丈も丁度いいわね。
見た目よりも胸が大きかったのかしら?
ちょっときつそうね。また時間があったら仕立て直さないと。
「さあ、行くわよエミリア」
「はい」
服を渡した時もそこまで大きく表情を変えなかったけれど、名前を呼んだ時に少し笑顔になったのは気のせいかしら?
まあ、一人で旅するよりも二人の方が楽しそうだし、この子の両親が見つかるまでは面倒を見てもいいわね。ふふ。




