第六話 ブロンズハンターの譲れない思い
あれ?
ここは、どこだろ?
気がつくと目の前には雲一つ無い、真っ青な空がある。
あたし、死んじゃったのかな?
じゃあここは天国なのかな。
上体をおこし、あたしは周囲を見回す。
左右には草原が広がっており、時折吹く風で草がゆっくりなびく。
後方にはあたしが薬草を採りに行き、目当ての品物は見つけたけれど凄い強いドラゴンに潰されてしまった、毒霧に満ちた場所がある。
前方には見慣れたお城と街が遠くに見える。あれが風精の国の王都なのは間違いない。
……ここは、どうみても現世だよね。
次にあたしは自分でも気づかないうちに力強く握り締めた右手を見る。
探していた薬草がくしゃくしゃな状態で手の中にある事を確認する。
どういう事なんだろう。うーん。
何が何だか解らないあたしは、その場で再び遠くを見ながら僅かな時間ぼうっとした後、薬草の持っていない方の手で後頭部を二度ほどかく。
あれ?
じゃあ、無事だったの?
あたしはドラゴンに潰されて気を失っちゃって、それから何かあったっけ。
なんでここにいるの?
誰かが運んでくれた……なわけないよね。一人で行ったわけだし。
ど、どういうことだろ。訳がわからない。
「そうだ! エミリアにこの薬草を届けなきゃ!」
こんなところでぼうっとしている場合じゃないよ!
急いでラプラタ様に渡さないと!
ど、どのくらい寝てたんだろ……。間に合うかな。
あたしは薬草を届けるため、ドラゴンに踏み潰されたはずなのに怪我一つ無い今の自分の状態に疑問を持ちながらも、寝起きの体に鞭を打ちながら必死で道中を走り続けた。その甲斐あってか、日没までには何とか城のエントランスへたどり着き、道中人にぶつかりそうになりながらもラプラタ様の執務室の前までたどり着くと扉を勢いよく開け、ノックも挨拶もせずに中へ入る。
「お、おまたせしました、はぁ、はぁ」
息を切らしながら薬草を持ってきた事を告げると、あたしの声に反応したのか、ラプラタ様は部屋の奥から怖い表情のままこっちへ向かってくる。
やっぱりあたしって足速いのかもしれない?
今日はやたら走らされるきがする。これだけ急いだから、間に合ってお願い!
「待っていたわ、さあ、薬草をこちらへお渡しなさい」
あたしは言われるがままに薬草を手渡すと、ラプラタ様が僅かな時間薬草を見つめ、神妙な面持ちなままこちらへ視線を向けた後、話し始める。
「今は労いの言葉をかける時間はないわ、部屋に戻って待機していなさい」
これだけ真剣な表情をしているって事は、やっぱりエミリアの具合はよくないんだよね。ごめんね、あたしがもっとしっかりしていればこんな事にならなかったのに……。
「そんな顔しないで、エミリアは必ず助けるから。あなたの強い思いに、今度は私が答えなきゃね」
あたしが心配している事はラプラタ様にお見通しのようで、その事を察したのかな、あたしの顔を輪郭にそって優しくなでた後、笑顔を見せると部屋の奥へと去って行ってしまう。
エミリア、お願いだから元気になって!
ラプラタ様、エミリアを治して下さい。お願いします!
あたしは必死に祈りながら、ラプラタ様を信じ、全てを託す思いでいったん部屋へ戻る事にする。
「この人殺し! エミリアさんをよくも酷い目にあわせやがって!」
自分の部屋へ戻ろうと城内の廊下を、エミリアの無事を祈りながら歩いていた時、聞きなれた声に反応し振り向く。声の主はブロンズハンター達を率いる銀騎士シャロンだったけれども、あたしがシャロンを目視した瞬間、急に胸ぐらをつかまれ、次に気がついた時は、頬に酷い痛みをかかえて磨かれた石の床が目の前にあった。
あたしは殴られたであろう頬を手でおさえて痛みに耐えながら、シャロンを睨みつけるが、彼はそのままあたしへ馬乗りになって腕を振りかぶり、おさえていない方の頬を殴りかかってくる。
シャロンがあたしに暴力を振るう瞬間を今度は見る事が出来た、しかし防ぐ事は出来ず、頬に激痛が再び襲い掛かり、あたしは両手でシャロンの無慈悲なる暴力を防ごうと腕で防壁を築くが、その決死の防御の上からでも情け容赦なく彼は何度も拳を振り下ろし続け、その度に腕越しから激しい苦痛が生じる。
「そ、そのくらいにした方がいいですよシャロンさん。これ以上やると本当にやばいっすよ」
確かにいつもよりも虐めが長い気がする。殴られたところが酷く痛い。たぶんあたしの顔と腕はあざだらけになっているかもしれない。
「ああ? 俺は本気だぞ? こいつが許せねえんだよ」
シャロンは殴るのをやめ、付き人たちへ話しかけている。あたしは防御の隙間からシャロンの表情を窺うが、彼の顔は戦場に出ている時と同様に、厳しく、冷たい。
その顔を見て、普段のへらへらとした雰囲気とは違うことは、あたしにも十分解った。彼は本気の力であたしに攻撃をしていた事も確信した。
腰ぎんちゃくたちはいつものノリでやっていると思っていたのだけども、違うと解って止めに入ったのかもしれない。
「いいか! 今すぐ騎士をやめて騎士団から抜けろ! それが嫌なら俺がここでお前を二度と戦場へ出れない体にしてやる」
シャロンがここまで怒っている理由は十分わかってた。あたしなんかとは比べものにならない程、かけがえの無い存在である魔術師ランクトップのエミリアを守れなかった。しかもエミリアは怪我をしたにも関わらず、パートナーの騎士は無傷で帰ってきている、さらにエミリアが傷ついた時、適切な処置もせずただ泣きそうになっていただけだった。
どう見てもあたしが悪い。それくらい解っている。だからこそ、あたしは彼の暴力に対して何も返すことが出来ない。今までも特別何か仕返したりした訳ではないけれども、今回ははなから抵抗する気は無かった。
薬草はなんとかもってこれたけど、元々の原因はあたしにあるのだから。
「こっちは遊びで騎士やってるんじゃねえ、命かけて体はっているんだ。俺はな、こいつの為にもこうやっているんだ。何故それがわからない?」
そうだよね、あたしがこれ以上いたらエミリアだけじゃない、今後他のパートナーにも迷惑がかかってしまう。これ以上迷惑がかからないようにする為にも、シャロンはあたしをここまで……。
「明日になってもここにいたら、その時は覚悟するんだな」
シャロンは最後に一言、冷たく見下したまま言い放ち、去って行ってしまう。腰ぎんちゃくらはあたしの方を何度か振り向き、戸惑いを隠せないままシャロンへと一足遅れて付いていった。
彼の後姿を見ているあたしは、自然と目から涙が流れている事に気がつく。
殴られた事による痛みが原因ではなく、自分が今おかれている立場を改めて思い知らされ、悔しくて胸が張り裂けそうになって、そういうのを我慢すればするほど全身がふるえて、目から流れ出る涙を止める事が出来ずにいたから。
思い出せば今までの任務だってそうだった。
あたしがいたせいで撤退を余儀なくされた任務もあった、入団した頃はそれでも周りはあたしを見捨てずに叱り、励まし、成長させようとしたけれど、やがてリトリアと組むようになって、お荷物扱いが定番になって……。
でもリトリアは任務に貢献し、パートナーの信用を勝ち取っている。それに対してあたしはパートナーを瀕死に追い込んでしまった。あたしって本当に駄目なんだね、どんなに強いパートナーでも任務を無事に遂行する事が出来ないんだもの。
そんなあたしは、ここにはいられないよね。
ペアとかそういう問題じゃない、あたしが駄目だったんだ、あたしが騎士として働くなんて無理だったんだ。
あたしは涙を手で何度も拭いながら、自然とこみあげてくる泣き声だけは必死に押し込めようとしつつ、自室へとゆっくり戻っていった。




